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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
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14 利器


ある日、ルイはどうしても確認したいことがあって常より早く書庫を訪れた。

「あれ?」

窓がほとんどない、天井まで本の壁で囲われた室内は薄暗かった。いつもは読書に困らない明るさであったので、特に灯りを意識してこなかった。

「明かりは、どこだ」

宮では壁に取り付けられた蝋燭やランプに火を入れていた。ルイは書棚の上の方を探した。

「ん?」

あるべきものがこの部屋にはなかった。灯りを点すべき蝋燭もランプの据えられている場所もない。

上を向いてキョロキョロしていたルイは、かたりと音がするまで人が来たのに気づかなかった。

「おや、先客か」

ジュールだった。ルイを認めて軽く会釈すると、薄暗い室内を気にする風もなく目当ての書の並ぶ棚へと向かう。

「ええ!」

ルイは思わず声をあげた。

書棚へ向かうジュールがさりげなく右手を振り上げた途端、室内がふわりと明るくなったのだ。

それは仄かな暖かみのある光で、天井の高い書庫を隅まで柔らかく包み込んでいた。光源は、火元はどこにもない。

不意に室内に程よく加減されたオレンジ色の光に満たされたようだ。

「あの、今のは何、ですか」

たまらず、こちらに背を向けたジュールに尋ねていた。

「何?とは。私が殿下のお気に障りましたか?」

「いえ、あの、今ジュール殿がこの部屋を明るくしたような…」

少しだけ振り向いた怪訝な顔は、ルイが何を問うているのか全くわからないといった様子だった。その彼に、自身の驚きと衝撃、そして不思議な現象に対する疑問を何とか伝えようとする。

何かの手品?もしかして見えない仕掛けで灯りがついたとか。それとも、こんなことにびっくりする僕がおかしいのか?

あまりに平然としているジュールに、ルイ自身の驚きそのものが揺らぐ。

「この部屋、蝋燭とかでないもので明るくなってませんでしたか」

「何を言っている?そんなものは」

「おおい、ジュールよ。すまぬの、灯りを点すのを忘れておったわ」

ルイが再度尋ねようとしたところにやって来たのはアルノーだった。見慣れた気安い調子で声をかける。

「あー。殿下、今日はお早いおいでですな」

ジュールの傍らのルイに気づいて、それから二人の間の不自然な空気に首を傾げた。

「殿下?どうされたかな」

「灯りが、僕の勘違いかもしれませんが、今、不思議なことが」

アルノーならば通じるかと、ルイは要領の得ないまま懸命に伝えた。

はた、とアルノーは思い当たったようだった。天を仰いだ。

「ああ!ジュールがやってしまったか。見つかってしもうたのう」

「見つかった?」

「むー。あのですな。殿下のご覧になったのは、これ、こういうのじゃろ」

ぱっ、とアルノーが手を宙にかざす。すると一瞬の間の後、書庫が再び薄暗くなった。ルイが目を剥く中、さらに皺深い手がひらめくと、また元の明るさに戻った。

「アルノー殿…?」

「蝋燭やランプではござらん。簡易魔法で灯りをつけたのじゃよ」

「魔法…」

ルイは呆然と呟いた。

「貴族はの、年頃になれば大抵簡易的な生活魔法を使えるようになる。故に、まあここではこうして灯りにしておるのじゃよ」

アルノーはさらりと言う。

ただ、魔力には制限があるので、貴族社会といえども普通は魔法で状態を維持し続けることはない。魔法なしの生活基盤に利便性を加える形で簡易魔法が使われる。図書館本館も各所に一般的なランプが付けられている。簡易魔法を使うとすれば、高所にある灯りに離れた場から一度に火を付けるなどにとどまる。

だが書庫は狭い上に火気厳禁のため、一般的な灯りを設置せずほぼ魔法のみで明かりを取っているのだという。

「僕、全然知りませんでした」

「見せておらなんだからのう」

ルイがやっとの思いで口にすると、アルノーはあっさり頷いた。ジュールが眉をしかめた。

「アルノー。私は聞いてないぞ」

「殿下がわしがいない時間にまで来られるとは思わなんだのじゃ。お前が不用意に動くことは失念しておったわい」

「魔法のことも、初めて見たので」

いろいろと許容量を超えている。

しかしジュールの不審げな顔を見れば、自分の感覚の方がおかしいのは間違いなさそうだった。

「その年で知らないのか」

「教えていなかったのじゃよ」

アルノーのとぼけたような取り成しに、ジュールは眉をあげてその顔を見た。しかし口に出しては何も言わなかった。


魔法!


ルイには衝撃だった。

先程からのアルノーの説明だけで、少しの興奮でどきどきと胸が強く鳴っていた。


ここは魔法のある世界なのか。ファンタジーなのか。

生まれてからこの年まで、全く気づきもしなかった。

宮では、ルイが知る限りアンヌは魔法とやらを一切使っていなかった。多分。たった今教えられた『生活魔法』を使えば簡単で時間短縮もできると思うのに、手作業で雑事を片付けていた。

アルノーの話によると貴族社会では簡易魔法は一般的だという。アンヌも使えると考えれば、敢えて手作業、魔法排除の生活をしていたとしか思えなかった。彼の言い様から、この書庫でも、ルイに魔法の存在を気取られぬようにしていたのだろう。

成る程、自分達兄妹は綿密に配慮して育てられたらしい。あらゆる権力や野心の構造から離れているように。



結局、その日は調べるはずだったものと続けていた古語の読み下しを後回しにして、臨時にアルノーからこの国の魔法について教えてもらった。



この国の、特に貴族階級の者は基本的に魔力を保持して生まれてくるらしい。

そして十二〜十四歳という学齢頃から簡単な魔法が使える程に発現し、成人に至る頃には簡易魔法を一通り身につけるそうだ。発現の多少は人それぞれで、稀に皆無の者もいるという。

そして。

当然、逆に優れて魔力が多く発現も顕著、かつ巧みにこなす者も生まれるわけで。魔法使い、つまりは魔道師とも言うべき存在もいて。

ジュールはその最高峰の魔道士「だった」。

過去形なのは、初めて会った折りに本人が語っていたように、引退して今は高位の魔法から一切離れているからだった。

魔力は一部返上して国の機関である魔道庁のトップは後任に譲り、今はただの老人だという。


本当だろうか。


ジュールの佇まい、また書庫で常に知識を得ようとする姿勢から疑問を持ったが、魔法という存在すら知ったばかりの身では事の真偽も判断できるはずもない。

少々疑わしい気持ちを抱きつつ、ルイはまたこの国の新しい面を知った。

これは早く帰ってシャルロットに伝えなければ。

種類は違えど、いつもと同じく頭に知識をいっぱいに詰め込んで、ルイは馬車に乗った。

宮で退屈しているシャルロットに、その日出先で会った人や起きた出来事、知った学問などを事細かく話して聞かせるのは習慣になっていた。

話した事柄について、シャルロットの考えや感想を聞く。彼女の正直で遠慮のない物言いが一日の終わりの楽しみでもあった。ひたすら取り込むばかりの知識を語ることで形にして、反応をもらって頭の中がきれいに整理されて身についていく。

この年齢での過剰な程の知識修得。その負荷に対する緩衝材となり得るのは、ルイにとってシャルロットだけだった。

一番にして唯一の対話の相手であり癒し手は、常に双子の片割れだった。


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