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「成る程」
そういう見方もあるのか、とコレットは一人納得する。
ゲームの学校内で個人として人気を博していたシャルル王子は、王妃の意を汲んだ第二王子派からよく思われていなかった。その流れで、プレイヤーに王子の優秀さを際立たせる為に、王妃派の生徒に絡まれて返り討ちにする小イベントさえ設けられていた。だがこの世界では、性別が違う為にそんな問題は起こらない。
「もちろん噂よ。でもね、だからってわけでもないけど、兄のルイ殿下の話はあんまり聞かない。シャルロット殿下のおかしな噂は一年まで流れてくるけれど」
「話題にならないのよね。ルイ殿下はあまり他の生徒と交流しないみたいなの。もちろんシャルロット殿下とは仲が良いみたいだけど。魔法学に熱心で、医療処置室の助手みたいなことをやってるって」
「そんな話、私も聞いたわ」
話の最後にアニーとサラがルイについておまけのように語った。ポリーヌも既知のことらしい。関心がなさそうに相槌を打つ。
「王子殿下の方は、皆が飛びつくような話はないってわけ?」
コレットの問いに三人は揃って頷いた。
「妹君のシャルロット殿下の噂が多いから。私はあの、見たことがないんだけど」
サラの声はさらに小さくなる。コレットは聞き取れなかった。
「え、なに?」
「王女殿下の、お顔の傷」
ひそめた息のような音。かろうじてわかった。顔を寄せていたアニーが呟いた。
「あ、私も聞いたわ」
「私も。でも本当かは知らないわ」
「お見かけしたって遠目に見ただけだから、わからないわよね」
またも口々に言い合うそれに、コレットはついていけない。あまりに衝撃が大きい。
え?
シャル様、お顔に傷なんて、あったかしら。
ゲームと同じくらいきらきらしてたとしか…。
一度きりの邂逅を、懸命に脳裏で思い起こすがよくわからなかった。いないと思っていた人が突然現れて、あの時は感激と動揺でいろいろ眩んでいた、から。
思い返しても、太陽のような笑顔しか思い出せなくて、その輝く顔に傷があったかわからない。
「王女殿下、顔に傷、が、あるの」
何とか出せたのは、そんな辿々しい音だった。
「ええ。らしいわ。でも王女殿下の、よりにもよってお顔の傷でしょ。表向きには口にされないけれど、皆様、陰でいろいろおっしゃってるわ」
「よね。宮邸でお育ちだったのになんでそんなことにっていうのと、いつ、っていう疑問」
「一年の入学時にはもう痕があったらしいの。それで殿下が剣を為さるから、お稽古の時についたんじゃないかって言う人もいたわ。もちろん、根拠なんてないのよ」
「いやだわ。それだと誰がつけたかって話になりかねない」
「そうよ、その想像はよくないわ」
ひそひそと。
続く噂をコレットは呆然と聞くだけになっていた。
「コレットさん、平気?」
黙り込んでしまったのに気づいて、サラが顔を覗き込んだ。
「あ、ちょっとびっくりして」
誤魔化すように言うと、アニーが眉を下げた。
「傷のお話で気分が悪くなってしまったかしら」
「ごめんなさい。私ったらつい」
気の良い少女達は、まずい話題を振ってしまったと感じたらしい。短く謝罪すると、素早く噂話をお仕舞いにした。
「申し訳なかったわ。ええとね、だから話を戻すけれど、王女殿下のお話が多くて、第一王子殿殿下の存在が薄くなりがちなのよ。無難な方なのか、噂も盛り上がらないの。だからフィリップ殿下が次期国王で決まりなんですって」
こうして得られた噂話から出た結論では、シャルロット王女はゲームのシャルル王子と同一ではなかった。というか性別以外にもゲームと細かな相違がある。
コレットは寮の自室に戻って、情報を整理することにした。
サラ達の言葉に間違いがなければ、シャルロット王女には薄くではあるが額から頬、顎にかけて傷痕があるという。
近くに寄らないとわからない程の、学校に来る前に負った傷。もしかしたら剣で負った傷痕。
その話から思い起こされるのは、ゲームのルイーズ王女が刺客に襲われた際の背中の傷である。かの王女が引きこもり、唯一人の兄、シャルルに執着するようになったきっかけの痕。
背中と顔、という違い。傷を苦にして邸に引きこもったルイーズと顔の傷を気にせず快活に学校生活を送るシャルロットと、あまりに違う来し方であるが。ルイ王子は全く傷の痕跡もなく、校内を闊歩しているのだ。つまり、この世界で宮邸を襲った刺客が、ルイ王子を狙いながらもシャルロット王女に怪我をさせたとすれば。
やはり、やはり、シャルロットはルイーズなのか。
だがコレットの感覚では、シャルル王子に一番近しいのはシャルロットだった。ルイ第一王子は全くシャルルではない。
しかし攻略対象者は王子の筈。
コレットは混乱した。
この世界で、ゲームの展開は成立しているのか。
聖なる乙女として、この世界を救う。攻略対象者と共に、出来ればシャルル王子のルートを選択してゲームのエンドを目指す。
そう決意して、相応しい魔力も得ている自信があった。
けれど。
学校に入学するまでは一分も疑いを持たなかった大前提が崩されている。
覚えず、手の爪を噛んでいた。慌てて口から指を離す。
私は聖なる乙女。細かいところも綺麗でないといけない。
落ち着くのよ。
まだ時間はある。
コレットは思考の迷路から抜け出すように、大きく両腕を広げて深呼吸をした。
この世界で、ゲームのキャラクター達がどう生きているのか観察する。
学業、本分の魔法学を修めつつ、学校に在籍する対象者を見極めるのだ。そこはある程度時間をかけても良い。それから身の振り方を考えても、世界を救える筈だ。




