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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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封印から解けた魔物を使って、この国の各地に混乱を起こす。その具体的な策をクロウが持ち帰るために、地図を元にさらに詳細に魔物を出没させる地点、誘導する魔物の種と規模、事を為すタイミングを打ち合わせて時が過ぎた。

謀に割く人員、不測の事態の次善策などまで語り合う。アントンとしてはそこまで細かく突き詰めるつもりはない。だがこの場で言葉にした案全てを念頭において、クロウは先方に伝える筈だ。受け取った者共がアントンの意図を汲んで、その裁量のうちで柔軟に生かすならば、成果は上がるだろう。

失敗に終わるなら、それまでのこと。次の手を打つ。

アントンの考えはそんな程度のものだった。今のところは、火種に大いに風を送って火をおこすだけ。消えぬよう絶やさぬようにするだけでいい。炎が燃え上がったら、アントンの出番だ。





そうして大方の目処がついた頃合いに、一人の客が訪れた。

「アントンさん」

遠慮がちに店の入り口から声をかける。見知った顔に、アントンは商売用の愛想を顔に浮かべた。

「いらっしゃいませ」

「お客様ですか」

店内に佇むクロウを見て、先客と勘違いしたようだ。取り引きの邪魔をしては、と客は踵を返そうとする。

「いいえ。こちらは出入りの行商人、薬の原材料を仕入れてくれる者ですよ」

アントンの紹介に、クロウは小さく会釈した。

「あ、それは。こちらにはいつもお世話になってます」

客はにこやかに笑んで頭を下げる。アントンはそれで、と用件を促した。

「いつもの薬をお願いしたくて。これです」

カウンターを間に挟んで、客は懐から折り畳んだ紙を取り出した。

「これはまた大口の注文ですね」

「これから冬に向かうでしょう。体調を崩す人が増えそうなので、いろいろ揃えておきたくて」

差し出された紙のリストは一般的な感冒薬、解熱薬、鎮痛薬、咳止め、胃腸薬だ。既に調合済みの品が常時棚にある。ただ、量が多い。

「さすがにこれほどの量になると、在庫を浚っても全部揃えるのは難しいかと」

「そうですか。今、持ち帰れる分はどのくらい」

アントンは背後の棚から在庫を記した大判の帳面を取り出した。該当の薬の欄を確認する。

「お求めの三割程でしょうか。店頭の在庫をなくせば、もう少しご用意できますが」

「いや、それはっ。そこまでしていただかなくていいです。あの、取りあえず今、持ち帰れる分だけで」

店に置く薬まで買い占めるか。

そう問うと、客は慌てて胸の前で両手を振った。

軽い冗談だが、実際、あるだけ全て売れと強要する傲慢な者もいる。何か事が起きれば、金を積んでも手に入らなくなるのが魔道師の生み出す生成薬だ。希少さ故に目の前にあれば、一切合切持ち帰ろうとする金持ちは少なくなかった。

ただ、この顧客はそうではない。そもそもが魔道庁が卸す薬も正規に手に入れられる上級民だ。それでも尚、市井で良いものを探し、評判の良いアントンの薬の効果に感銘を受けて以降、まとまった量の薬を買い求めている。数年来取り引きをして信頼のおける優良客で、相手の性質は実直で善良であるとアントンは看破している。

「いつも無理を言ってすみません。ここの薬はとてもよく効くから、つい」

「いやいやいや。これまで一度として支払いに遅れも欠けもない。ゾエさんのご注文は優先して受けるのが私の方針ですよ」

客──ゾエははにかんで首を振った。

「私の方こそ。ここがあって良かった。薬を使う度、そう思ってます」

アントンは、リストの薬を確かめながら、まとまった量の薬を棚からカウンターに並べた。

「残りの薬はご用意でき次第、お届けします」

「いや、それはお手数でしょう。私がまた取りに参ります」

「ありがとうございます。ただ、揃うのに時間がかかりそうでして」

「そうなんですか」

ゾエの顔が曇った。

「ちょうど薬の素材が切れてましてね。調合しようにも無理なんです。でもご安心を。今、彼に材料を集めてくるようお願いしてたところなんですよ」

アントンはクロウを指し示す。ゾエは得心したようだった。

「あ、そうでしたか。あの、いつ頃できますか」

「年末には、ご用意できると思います。在庫が揃い次第、お知らせしましょう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「では、今ご用意できるものはこちら。料金は──こちらになります」

数種の薬の山をまとめてゾエへと押し出して、アントンは計算した金額の書かれた紙を見せた。

さっと数字を確認して、ゾエは懐から大振りの巾着を取り出した。中身を覗くまでもなく、そのままカウンターに置いた。

「支払いはこれで」

アントンは眉をひそめた。次いで巾着の口を開けて中をあらためる。一息ついて、カウンター越しの客に言った。

「これは多すぎます。金額が合わない」

巾着の中は金貨が十枚も入っていた。目の前の薬の値と等価ではない。

と、ゾエは首を振った。

「残りの分も先払いさせて下さい。薬の素材集めも大変でしょうから」

「そんな、」

「いつもたくさん薬を作ってもらってますから」

幾度かの押し問答の後、客は一抱えもある薬の山を大判の布切れに包んで持ち帰った。



「さて」

二人きりに戻った店内で、アントンはカウンターに置かれたずしりと重い巾着を掴んだ。

「軍資金も手に入った。例の落とし物、必ず持ち帰ってこい」

店主の商売をひっそりと眺めていたクロウは肩を竦めた。

「商売繁盛で結構なことで。では私は、あちらにアントン様の提案を伝えに参りましょう。それから、素材の件は最優先と」

「頼んだぞ」

「もちろん、事を成した後のことですよ」

巾着から一枚金貨を受け取り、クロウは店を後にした。


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