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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
145/226

143 王都の薬屋


「塔が壊れた」

廃屋の主の言葉に、向かいに跪いていた女は顔を上げた。

「封印の一つ、王立学校の鐘塔が砕けたのだ」

「それは、我らにとって朗報となりましょうか」

「さて。だが新たな魔が解き放たれたのは確実。あれらがまた国のあちこちを食い荒らすであろう」

こちらの望む場へ魔物を向かわせ、この国を荒廃させるのだ。

魔を操るのは皆が崇める唯一人の存在。

だが、と女は思う。

「王宮に近く守りが弱い、王都サギドを攻めれば良いのでは」

「確かに、都が脅かされれば貴族共も安穏とはおられぬ。だがそれは駄目だ」

「何故でしょう」

「サギドにはあの方の隠れ家がある。下手に都を攻撃して、騎士や魔道士が探り始めたら、あの方が長い時をかけて構築したあの場が台無しになる。それは避けねばならぬ」

それは気づけなかった、と女は沈黙する。

「これまで都を荒らす機会はあった。しかしそれを敢えてせずに、辺境や地方都市ばかりを狙って魔物が暴れたのは、意味があることなのだ。騎士を散らし、魔道士の目を方々に向けさせる、というな」

それは女が生まれるよりはるか過去から続くこのナーラ国の災禍。

長年に渡った故に災いが当たり前と化した、魔物が出没する国。それが全てあの方の深慮によるものというのか。

女は心を震わせた。


あまりに深い計算され尽くした謀。確かにあの方にこの身を賭ける価値はあった。


沈黙のうちに、秘めた心が唯一人へ傾いていく。それを認めたのか、男がゆっくりと頷いた。

「傲った貴族共、それに担ぎ上げられた愚かな王よ。今はしばし繁栄を楽しむが良いのだ」



───────────────────────



「塔が、砕けましてございます」

「うん、知っている。あの辺りには、しるしを置いていたからな」

不穏な者共が集う朽ちた廃屋から、ちょうど都の反対側。王都の豊かな人々向けの数多栄えた店が建ち並ぶ大通り。その一本裏に入った小道に、狭い間口の薬屋があった。

地味な造りの裏道の店とて、いつから居を構えたか周囲の者も知らない。だが年齢不詳の店主は魔法薬の生成に長けていて、質の高い商品を生み出し薬屋の看板を掲げた。ひっそりと小さな取引を重ねるうちにそれが実績となり、口伝えで評判が広まった。今では幾つもの固定客を抱えている。

特殊な商品を扱う店であるからあくまで限られた内々のことだが、貴族や魔道庁に伝手を持たない町医者が、魔道による薬効確かな調薬を手に入れられる、貴重な数少ない卸店である。



「あちらでは、解放された魔物を何処に出没させるか、荒らす場の候補地を模索しております。アントン様のご意向があればお伺いしたい、と」

店を訪ねてきたのは、頻繁に出入りする連絡係。平民の装いに小売りの荷を提げて、商いの用向きと装うのはいつものことだ。

名をクロウという。

簡素な木組みの椅子の奥に設えられたカウンター越しに店主へ語りかける。

と、店主──アントンは指を立ててクロウを制すると、カウンターから出て壁に立て掛けてあった衝立を広げた。

これで店に不意の闖入者が現れても軽い目隠しとなる。

満足したように頷き、アントンはカウンターの中に戻って、その下からくるりと丸めた地図を取り出した。この国の詳細な地形を記したものだ。両手で伸ばして広げる。

「ここはどうだ」

アントンが指で示したのはナーラ国の東の端だ。

「ここですか。近くに小規模な村がありますね」

クロウが覗き込んで、その箇所の地形を確かめる。

「うん。魔物が出ても騒ぐ人間がいなければ意味がないからな」

「距離的にもちょうど良いかもしれません。生活圏内にぎりぎり被る辺りに魔物が現れることになる」

「森に入った者が襲われるくらいで、人的被害はそれ程出ない。出ないが、生活は脅かされる」

「ちゃんと魔道庁に救援要請が出ますね」

「そう。全滅したら通報してくれる住民がいなくなってしまう」

邪悪な魔物を駒のように配置してその効果を算段する。アントンとクロウは、平穏な人々の営みや命を奪う結果がもたらす災禍を予測して、最善の候補を探そうとしていた。だが二人の会話は至極滑らかで、提案するアントンは穏やかな笑みさえ浮かべて地図を注視していた。

とん、と一つ処を指で叩く。

「ここ。この岩場の狭間に洞がある。以前、訪れた時に見つけた。魔蝙蝠が多くいるだろう。この辺りに火種を落としてやれ」

「はい。そのように申し伝えます」


「それで、だ。群れで巣くうこの蝙蝠の落とし物がな。使えるんだ」

「は、あ?」

唐突に、話の行方が変わって、クロウは目を白黒させた。

「此度の封印解除のお陰で魔は活性化する。尚のこと、集められる筈だ。そちらに派遣している手の者に、残らずかき集めて送るよう言ってくれ」

「アントン様、それは」

「発熱悪寒からなる全ての病の元に、覿面に効く薬の素材となる。あれがあるとないとでは、この店の在庫に大いに響く」

口を開けて絶句したクロウは、店主の背にある壁一面を埋め尽くした棚を見やった。

簡素だが頑丈な造りの木製の棚には、書き付けた紙束、薬草が種別に仕舞い込まれた紙挟み、さらに下段には蓋をした壺が大小ぎっしりと押し込まれている。この訳のわからないコレクションが、この店の仕事道具と商品である。

いつ訪れても棚に隙間などない印象だが、確かに材料の仕入れを怠れば薬はできまい。客の求めに応じられねば店は立ち行かなくなる。質の良い素材を得る機会は逃がしてはならぬ。

だが。

「薬の材料ですか。もちろん、お言いつけは余さず申し伝えますが」

躊躇って、しかしクロウは心のうちの懸念を口にした。

「──失礼ながら。この店の居心地が良すぎて、アントン様におかれましては我らの大望をお忘れでしょうか」

「いいや。一時たりとも忘れることはない」

不安に駆られて主を質してしまったクロウは、唸るような声音の低さにひゅっと息を詰まらせた。


一寸の間に、目の前の店主の様が変わったのだ。アントンの柔らかな光を湛えていた瞳は暗い澱みを帯び、食いしばった唇からは呪いに満ちた言葉が漏れる。

「忘れられる筈もない。信じた者に裏切られた衝撃、忠義を踏みにじられた絶望。我が騙された咎で一族が辛酸の苦しみの果てに滅んだ記憶は、未だに我が身を苛む」

「──愚かなことを申しました」

主の怒りの深さを垣間見て、クロウは肝を冷やした。掠れた声で詫びの言葉を紡ぐ。

と、アントンは一時、激情を表に出したことを恥じるように頭を振った。亜麻色の髪が揺れる。

小さく息を吐くと、元の穏やかな雰囲気をまとって地図に目を落とした。

「何はともあれ、有用なモノを獲られる機会は逃すまい」

「蝙蝠の落とし物。ご要望通り、余さず拾い集めるようあちらに申し送ります。最優先で」

「頼む。新しく生を受けてからは、妙に心配性になっている。過去の轍を踏みたくない思いが強いからな。それに」

地図に描かれた王居の近くを指が滑る。

「かつて放り出したと記憶する場を探しても、宝玉も見つからぬとあっては不安も過る。眠っている間に我の予期せぬ物事が起きているのだろう。とにかく気が逸ってならないのだ」

「それは、あちらの方でも捜索を続けております」

「くれぐれも王宮の者共に悟られぬように。外側からゆっくり攻めねば事は失敗に終わる」

「アントン様の命は、末端の者にも行き届いております。ご安心を」

「うん。逆に言えば、この順を守れば、あれらの動きを把握するのは容易い。

あれらは自分達に関わるものが害されぬ限り、動きはしない。奴らにとっては見えないものは無いと同じ。辺境に追いやった者がどのような苦しみにまみれて絶えていったか、知ろうともせぬ。あれらの住まう王居を抱える王都は、まだ手出しはすまい。思い知らせるのはもう少し後で良い。気づいた時にはもはや手遅れとなろう。奴らは己の傲慢さと愚かさを呪って、滅びるがいいのだ」


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