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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
139/277

137 コレット


今日は運命の日。

そう信じて疑いもせず、意気揚々とお約束の場所で『出会い』を待っていたコレットは、その日を終えて混乱の極みにあった。


第一王子シャルル。

『聖なる祈りと三つの宝』の攻略対象者で、かつ物語進行のキーパーソンである。

ゲームのプレイヤーならば誰もが知るメインキャラクターの一人だ。

なのに、ゲームがリアルとなったこの世界では、第一王子は完全な別物で現れた。



予想もしない現実に、コレットは狼狽えた。

自身が前世でやり込んでいたゲームの世界。そこにヒロインとして生まれたと知って信じてきた全てが、崩れていく心地がした。



シャルル王子はルイーズだった。



あの出会いの場で、顔を見た瞬間にコレットは気づかされた。

シャルル王子の双子の妹姫。

前の生でセイイノのゲームを進めていく上で、幾度も画面上に立ち塞がったルイーズ王女。

出る度に苛立ちを覚えた絵姿。オレンジの髪で明るく華やいで笑うシャルル王子。それが前世で大好きだったキャラクターだ。

彼と似通った箇所はあるものの、白っぽささえある金髪を持つ人形のように整った妹王女。

画面に現れる度にうんざりした使い回されたスチルそのままの特徴を持つ人間が、リアルな王子となってコレットの前に現れたのだった。

そうしてあろうことか、シャルル王子の出会いのイベントをなぞってのけたルイーズは、ルイと名乗った。

完全に、完璧に。この世界ではシャルル王子は存在しない、とコレットの淡い希望を砕き、思い知らせるかのように。

名前だけではない。あのルイ王子に、ゲームの中のシャルルの 面影はない。

朗らかで生気に満ちた太陽のごとき王子はいない。

明らかに、明白に。ルイ王子は性別以外、ゲームで認識していたルイーズ王女そのものであった。




精神に大きなダメージを負ったコレットが、学校からどう寮の自室に帰ってきたのか、もはや記憶は曖昧だ。

それでも傍目には普通に振る舞う意識だけは残っていたと思う。自分の部屋に入るまでは何とか自制した。だが取り繕えたのはそこまでだった。

制服のまま着替えることもせず、コレットは部屋のベッドに腰かけた。

服に皺がつくのも気づかないで、今日受けた衝撃を何とか消化しようとしていたのだ。


第一王子シャルルは、前世のコレットお気に入りのゲーム、『聖なる祈りと三つの宝』略してセイイノで、こよなく愛した王子様である。

ゲームヒロインとして初めて学校で出会う、理想の王子。攻略対象者は他にもいたが、幾度も繰り返しプレイしたのは、彼と協力して進めるシナリオの為だけだった。

この世界に生まれ落ちたと自覚してからは、画面越しの架空のキャラクターである彼を、生身の姿で見て触れられるのを楽しみにしていた。


なのにあんな出会いになるなんて。


こんなことなら、クラスメイトの助言に従って医療処置室になど行かなければ良かった。

一人、灯りもつけない部屋で頭を抱えた。

お陰で、コレットにとっての天敵に一度ならず二度も会う羽目になったのだから。

今朝、この部屋を出た時は心が浮き立っていた。ゲームで設定されているその日。遂に念願の日が、と逸る心を抑えるのに苦労したくらいだった。

だというのに、憧れの人との出会いを期待してお約束の場所を訪れたら、とんでもない人物に会ってしまった。

その上。

足を軽く捻った。

右足をつく度に痛みが走ったが、その時は忌まわしいルイ王子の前から去ることに必死だった。

そうしてようやくその場から離れて人心地がついた時には、足はかなり腫れあがっていた。


治せるかしら。


コレットは熱をはらんでいる足首をそっと撫でた。

最近めきめきと術の上達を感じている魔法。その中には初歩の治癒魔法も含まれている。ただ、まだ人には言っていないから、自室でゆっくり治癒を試みようと思っていた。

だが足を引きずって教室に戻ると、隣の席の女子生徒が医療処置室に行くべきだと勧めたのだ。

下級貴族や騎士、平民の特待生も混じるこのクラスは、王族や大貴族の集められた隣のクラスより生徒が気さくだ。処置室を教えてくれた女生徒は、コレットを純粋に心配してくれたのだろう。

素直に嬉しかった。

それに庶民の暮らしでは望むべくもない、治癒専門の教師が行う治癒魔法にも興味を惹かれた。


それが全ての間違いだったのだが。


悪夢の出会いで負った怪我を上級の魔術で治癒してもらって、嫌な思い出と共に払拭しようと考え医療処置室を訪ねた。

まさか、その治癒師の元にあの男がいるなんて思いもしなかった。

ルイーズ姫が学校に普通に通っているパターンなどゲーム上にはないのだ。だからその場合の校内での彼女の出没地など知る筈もなく。あの歪んだ引きこもりが王子になったら、平気で校内を彷徨いているなんて思いもしなかった。医療処置室はシャルル王子も無縁の場所だったから、ノーマークである。

完全に無警戒でいたコレットの、処置室であの顔を見ることになった衝撃は大きかった。

呆然として、治癒師の先生に言われるがままに椅子に座って足を見せることになった。それでも働く頭が、あの男が衝立を動かしただけでなく、然り気無くその場から離れた配慮に気づいてしまってムカついた。

足の治療自体は先生の手際も能力もとても高くて、あっという間に元通り歩けるようになった。その処置にはとても感銘を受けたのだが、当たり前のように先生の手伝いをしている王子が目障りで仕方ない。

治癒師の先生の人柄は、この短い間の対応でも教師としての包容力に溢れているのが見て取れた。だからだ。先生が人格者だから、高慢なルイーズをも扱えているのだ。



そう。ルイーズは高慢で邪悪で嫌な性格、の筈。ゲームなら間違いなく断言できる。

実際は、この世界のルイーズ、いやルイ王子の性格も立ち位置も全く読めなかった。

想定外の事態だ。

そして一番の大問題は別にある。

無意識に避けているが、明らかに向き合わねばならないのは、今日出会ってしまったルイがこの世界の第一王子で攻略対象者であるという認めがたい現実だ。

イレギュラーなのかバグなのか。しかしながら、ヒロインであるコレットはこのバグを踏まえて、これからの学校生活とゲームの進め方を考えていかなくてはならない。



「本当に、第一王子がルイーズってどういうことなの」

口にして、コレットはその忌まわしい言葉に今日、幾度めかの絶望を感じた。


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