133 二年生
ルイとシャルロットは 十六歳になった。
王立学校の二年に進級する。マクシムは三年、最上級生だ。
ルイは魔法関連の教科を多く取り、順調に魔道の修得を深めていた。医療処置室での手伝いも継続している。最近は、生徒達も処置室の扉を開けてすぐに王子が居るのも見慣れたのか、自然な態度で無視されるに留まり、ある意味落ち着いている。ルイとしても妙に意識されなくなって仕事に専念できていた。
対してシャルロットは、教養科目として最低限の平易な魔法を学ぶに留め、あとは一般教科を受講と選択が分かれた。剣術教科は本人の強い希望で入学時から選択したが入学以来まともな参加は出来ぬまま。宮での稽古を継続中だ。律儀なマクシムが暇を見つけては付き合ってくれるので、シャルロットの不満や物足りなさは解消出来ていた。
来年には卒業して再び騎士団に戻る予定なのに、未だに王女の稽古に付き合ってくれる彼には感謝しかない。
そして。
「シャルロット様~!」
シャルの人気は主に女子生徒の一部で凄まじい。長身で将来騎士確定有望株のマクシムよりも人気がある。もちろんマクシムもファンが多いから、二人並んでいると女子の視線がすごい。
しかも幼馴染みの男女でいるのにカップルと見られないのがまた不思議であった。
もちろん、大半の男子はこの風潮を苦々しく見ているし、騒ぐのはあくまでも一部女子生徒達だ。未だにシャルロットをルイとまとめて穿って見る生徒は多い。聞こえない場所での陰口も日常だ。それでも不思議な憧れ方であるが、第一王女が女生徒の中で人気を博しているのは事実だった。
今もシャルロットは、女生徒の一人に捕まって何やら包みを差し出されている。
長期休みが明けて、年度が切り替わる前、最後の登校日。
この一年の間に見慣れた光景。だが差し入れにしては少し大きい平らな包みだ。
「シャルロット様に」
がさがさと女生徒が包みを開ける。
取り出したものを広げると、わっと周囲の女子が歓声をあげた。丈の長い、服、ドレス?いや男物に見える。少し離れた所からなるべく目立たぬように首を伸ばして見るが、ルイには詳細はわからない。
「我が家の仕立て上手に作らせました。今度、こちらを着ていただければ、と」
「ありがとう。でも何だか普通と違わない?」
さらにルイが目を凝らして見ると、それはシャルロットの改造制服よりも男子寄りの騎士風の華美なものだった。
礼装用か?
うん、かなり普通じゃない。学校に着ていくものじゃない。
ルイは内心突っ込んだが、女生徒達は目を輝かせて、その派手な代物を彼女達のアイドルに勧める。
「でも絶対お似合いになります」
「そうです。とっても素敵」
「私、シャルロット様がこちらをお召しになった姿を見たいです」
しかしシャルロットは、目の前で揺れる金糸のびらびらに眉を寄せた。
「うーん。悪いけど変に目立つのはやりたくないかな。せっかくがんばってくれたのに、ごめんね」
この言葉に、勢い込んでいた少女達が一様に肩を落とした。女生徒達の願いは叶わなかった。
だがシャルロットが申し訳なさそうに謝れば万事解決だ。入学当初の躓きが嘘のように女子生徒は引き下がる。何故かご機嫌なままで。
余人は真似できないシャルロットの特技にルイは感心してしまう。
そのまま教室の端で彼女達のやり取りを眺めている方が楽だったが、そうもいかない。
ルイは女子に囲まれた妹に呼び掛ける。女子生徒達のアイドルとの歓談を中止させるために。
「シャル。ちょっといいかな」
途端、さざめいていた少女達が静まりかえった。突き刺すような視線があちこちから飛んでくる。
ああ。
ルイは内心溜め息をついた。
相変わらず、ルイが近づくと女子達はぱたりとおしゃべりを止めてしまう。そうして、そそくさとシャルロットから離れて遠巻きになるのだ。
これはやはり自分のせいだと思い知らされる。未だにクラスで浮いているのだ。
まあ確かに取っつきにくいし暗そうだけど。
マクシムだって筋肉筋肉で男っぽくて近寄りがたい雰囲気だ。でも人気はある。
ルイは人気者になりたいわけではない。ただもう少し同級生に馴染むべきだと考える。
やはり魔法学の選択ばかりしているのが良くないのか。変人に見えるのか。医療処置室での手伝いは悪くはない筈だ。
この暗そうな不健康ぽい見た目が…。いや、元々、第二王子即位の障害でしかないのだから、貴族出身が大半の生徒達が好意的になるわけがないのだ。
沈んだ考えに浸りそうになって、急いで頭を振った。
入学以来、少しだけ長くなった金髪が耳の横で揺れる。髪を伸ばしたのは、成長してシャルロットと男女を見間違う者はいまいと判断したからだ。
とはいえ、傍目には関わりたくない微妙な生徒なのだろう。それがこの学校での評価だ。
「ルイ、平気?」
シャルロットに気遣われて頷くのが精一杯である。二人で下校の支度を済ませると、ルイはなるべく周囲を気にしないように目を伏せて、急いで教室から立ち去った。
背中に視線がまとわりつくのは気のせいだと思う。
廊下に出てようやく肩の力が抜けた。
未だに馴染めない自分に少々呆れるが仕方ない。隣で堂々としている妹とは正反対だ。
さて、一年間通ったこのクラスとも今日でお別れだ。来週には正式に上のクラスに換わる。選択授業がさらに増えて少しクラスの顔ぶれに変化が多くなる筈だった。
次に登校する時は二年生。新しく一年生が入ってくる。
「その日」が近づくにつれて、ルイは気持ちが落ち着かなくなっていた。
遂にゲームの始まり、主人公の少女が現れる。彼女と出会い、正しくシナリオを進めなければならない。
進められるだろうか。
恋愛関係にはならなくても展開に不具合は出ないが、とにかく接触して友好を築かなくてはならない。サヨ曰くゲームで決まってるから大丈夫とのことだが、見も知らぬ初対面の少女と真っ当に会話を重ねていけるのか。そんな低いレベルの心配もしていた。
未だに学校で同世代の友人と呼べる存在を作れていないルイである。
こんな状態で大丈夫なのだろうか。
心の惑いは態度にも現れる。
書庫でアルノー、ジュールと共に書物の整理をしていたら、師二人に気遣われた。
「それで。殿下は何をそんなに心配しておるのかな」
「第二王子が入学しても、ルイ殿下の学校生活にそれ程影響はないと思う。あそこは完全とは言えないが、世のしがらみから距離を置こうとしている場だ」
校内では貴族社会の派閥争いや権力による強要は、ゼロではないが限りなく抑制される。嫌みや陰口は普通にあるが、追い落としや不正、力による序列の改竄などは学校の名において許されない。
それはルイも承知している。
「わかってる。大丈夫だよ」
今のルイの悩みとは違う的外れな二人の言葉だが、気持ちはありがたかった。だからそう応えたのだが、アルノーは不審そうに首をひねった。
「ルイ殿下がそれ程お気になさるとは思わなんだが」
「いや、違う…」
「なんだ、それ以外懸念があるのか」
「いや。いや、無いよ」
ジュールが鋭く尋ねたのでルイは慌てて誤魔化した。まさか、これから『出会うと決まっている』少女との関係を先案じしているなどと言えるわけもない。
「新年度が始まるから、少しそわそわしてるだけ。始まったら案外平気になると思うよ」
本当にそうなったら良いけど。
ジュールとアルノーに精一杯元気良く言って、ルイはその楽観的な見通しが現実になることを願った。




