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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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人の入れ換えが終わり、それぞれが東の宮に馴染んで常の落ち着きを取り戻した頃。

サロンの長椅子に身を横たえたナディーヌの元には、暗灰色のマントのグレゴワールが伺候していた。

「妃殿下にお尋ねしたいことがございます」

「なんじゃ」

今日の王妃は機嫌が良い。王との面会の日取りが決まったからだ。

陰鬱な顔の魔道師の会話に付き合う程度には、心が安い。

「王家に伝わる宝について。お教えいただけましょうか」

「ふん。そなたも宝と名のつくものは気になるか」

「ははっ。俗物でござりますれば」

グレゴワールはわずかに唇を歪ませ、笑みを見せる。

さて、どうするか、と王妃は肘掛けに身体を預けて扇を玩ぶ。

「国の秘匿であるものは教えられぬ。というより、伝説の事どもは興味がない故、殆んど知らぬのじゃ。私の知るところはわずかなものよ」

「いえいえ。お聞きしたいのは宝剣のことで」

「宝剣?フィリップが賜ったあれか」

「は。お話できましょうか」

「ま、良かろう。第三宝剣じゃな。あれはかなり美麗なもの。故に宝飾品としても価値のある品といえよう」

「確か、ナーラの花、と呼ばれていると聞きました」

「そうじゃ。金に覆われた柄に青玉、赤玉、真珠が飾られていて、まこと花と呼ぶに相応しい見事な造りの宝剣よ」

「卑賎の身なれば叶わぬでしょうが、実際に目にしてみたいものです」

「私も見たのは数える程じゃ。フィリップの手にある故、な」

息子の元にあるというのに、滅多に目にすることはない。その事実にナディーヌの心がささくれる。

ふっと目を伏せてやり過ごす、主の気の陰りを察したのか、グレゴワールは急いたように話を変えた。

「それが第三宝剣というわけですな。では、他の剣は、どのようなお宝なのでしょう。名から考えますに、第一と第二がございましょう」

「第二宝剣、か」

あの雛の手に渡った顛末を思い出せばやはり気持ちは波打ったが、敢えて気にせぬ風をナディーヌは装った。

「うむ、第二宝剣は、あの雛が手にある」

「妃殿下はお目にしたことが?」

「一度な。あやつに奪われる前に、と陛下に無理を申して見せていただいた」

「──如何なるものでございましたか」

「……」

一寸、目の前の魔道師の声音が常と違う強さに感じて、答えに詰まった。

「妃殿下?」

「ああ、いや」

はっと我に返る。

こんな卑しい魔道師に気圧されたなど、あり得ぬ。

ナディーヌはそっと息を溢して、背を心持ち伸ばした。

「第二宝剣は、フィリップのものに比べるとはるかにみすぼらしい造りであった。柄に金は張られているが鈍く曇っておるし、飾りとおぼしき石は欠けて穴がぽっかりと空いたまま。剣身も刃がない故、輝きもない」

「そう、なのですか」

「見映えはせぬ。まあ、宝剣の中で最古のものらしい故、致し方ないかもしれぬが」

「──最古。何か由来があるのでしょうか」

「それは知らぬ。陛下も何もおっしゃらなかった。ただ王家の護符である、とだけ。造りからして今よりはるかに未熟な技の剣であろうから、古いのは確かだが」

「護符、ですか」

「うん?形ばかりじゃが、フィリップに授けたのも同じよ。王家の祈りが長く捧げられているもの故。あとは、腹立たしいが王統の証となろう。あれを頂いた上は王子である、とな」

「では、当人は肌身離さず身に付けているのでしょうな」

随分と細かいことを聞く。

ナディーヌはそう思ったが、特に深く考えずに兄から伝え聞いた話を口にした。

「いや。学校には帯剣しておらぬらしい。王族は剣の所持を許されておるのだがな」

「はあ。護剣の意味がございませんな」

「全くだ。不相応な宝を得て、後生大事に宮に仕舞い込んでいるのであろう。愚か者なのじゃ」

きっと。

望む答えに無理やり結びつけて安堵する自身こそ、愚かだとナディーヌは知っている。だが王に距離を置かれた身なれば、フィリップが即位するまでは偽りの平穏を求めてしまう。

下らない自分に辟易するが致し方ない。


と、

「宝剣は、もう一本ございますな」

暗い想いに沈みそうになったタイミングで、魔道師の衒いのない言葉が耳を打った。

「ああ。そうであった」

グレゴワールは余程宝剣に関心があるらしい。その好奇心に乗ることで、先の惑いから解放される。

それは良い。良いが、グレゴワールと話していると、何故か、気持ちが安らいだり不安に陥ったりと、感情の起伏が激しくなることが多く感じた。もちろん、気のせいであろうが。

「第二、第三と称されるのですから、第一宝剣があると考えつくのは、我でなくとも自然でありましょう?」

言い訳のように言って、グレゴワールは声を一段落とした。

「やはりこちらは、陛下が所持されているので」

「いや、それがの、」

言い淀むと、焦らしていると考えたのか、グレゴワールは急くように迫った。

「どうか、お教えください」

「知らぬのだ。第二と第三宝剣を下賜されたのだから、第一宝剣も陛下の御元にあると思うがの」

「はっきりした答えになりませんな」

「そうなのじゃが。王宮の何処かで管理されているものか、陛下ご自身がお持ちなのか、明らかではない。第一宝剣は、私も目にしたことはないのだ」

「それは…陛下が常に佩いておられることもなく?」

「そうよの。お小さい頃よりお姿を見ておるが、特別な剣など帯びていると気づいたこともない」

「なんと。では本当に実在するのかもわかりませんな」

「宝がなくて、がっかりしたか?」

「そうですな。我のような卑しい者からすると、王家に代々伝わる宝剣など、聞いただけでも心躍る代物でございますから」

「第二宝剣のように地味な骨董かもしれぬぞ」

「それでも。謂われのあるお宝というだけで尊いものです」

熱心に語るグレゴワールについ、絆された。

「そうか。ではそなたの為に、私も少し調べてみようかの」

「まことにございますか」

明らかに声を上擦らせた魔道師に、慈愛深く微笑んだ。

「次に陛下にお会いした折に、伺ってみよう」




しかしその約束は果たされなかった。

翌日、国王アランの急な不例を告げられ、王との面談は中止になった。見舞いの許可を求めるも拒まれ、次の機会を問うことさえできない。

ナディーヌは東の宮で不穏の種を摘み取った成果を口頭で伝える術を失なった。仕方なく手紙を書き送ったが、返事が来る筈もないのだ。



王の健康状態は表には伏せられたまま。表面上は何事もなく日々は過ぎていき。季節を変え、年を越え。

第二王子の王立学校入学の日が迫っていった。


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