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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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「それで、あれらは」

王居の中でも威容を誇る大邸宅の奥まったサロン。主の意向を汲んだ、極一部の者しか入室を許可されない内輪の会合に使われる窓のない部屋。

上座にある男が低い声で問う。息を詰めていた複数の者共がわずかにさざめき、特に近くにある者がさらに意向を伺う。

「二人共にお伝えを?」

「無論だ」

間髪を容れず返ってきた迷いのない言に、一人が語り始めた。

「女子の方は、一つ大事なご報告が。陛下との対面の折りにはわからなかったことですが、顔に、傷があるようです。間近で見た生徒からの報せですが、こちらは数人からあがっており確かでしょう。極々薄くではありますが、額と顎に細く痕がある、と」

「私も聞き及んでおります。第一王女は傷物だと」

「深窓の姫だというのに、どうしたらそのような羽目になるのだか」

嘲りの色の混じった声音が口々に同調する。しかし上座の男──フォス公爵は動かなかった。わずかに眉をひそめて、まさか、と小さく漏らした呟きは、誰の耳にも入らぬままかき消える。

フォス公爵は唇を噛み締めると、わずかにきつい口調で問うた。

「姿のことはどうでもよい。人となりを知りたいのだ。校内ではいかに過ごしている」

王女の瑕疵を薄笑いで語っていた男が押し黙った。相槌を打っていた貴族も気まずそうに他の者と目配せし合う。それでも公爵の苛立った咳払いに背筋を伸ばすと、

「人となり、ですな。女子の方は本人が少し変わっております。男子に混じって剣術の授業を選択。しかし全く相手にされていない状態のまま時を過ごしているとか。ただ何故か一部の女子生徒達に支持され、慕われているようです」

「──」

フォス公爵は、少しばかり戸惑った。

男女共に知らせよとは言ったが、特に重要なのは兄の方、男子であるのに何故また妹について話すのか。優先事項を先に告げるのが求められる常道であろうに。

知らず、指が肘掛けを叩く。とんとん、という軽い音に深い意味はない。ないが、それは部屋の一同に緊張をもたらした。語っていた男が慌てて立て直す。

「失礼いたしました。男子の方はその、あまり特筆すべき点がないと申しますか。同級生でも上の学年でも親しくなった生徒はここまでの期間でほぼ皆無です。ブリュノ将軍の子息と、極たまに行き遇った折に話す程度で」

「ほう?」

「魔法学関連の授業を熱心に選択しておりますが、そこでも特別秀でているという話はありません。呪術語の習得は順調とのことですが、他の生徒と同程度と聞いております」

頷く一同に、公爵は首を傾げた。

「他に特別なことはないのか」

「医療処置室の助手の真似事をしているらしいです」

別の者が次いで話し出す。

「医療処置室?優れた治癒者が常駐する場ではないか。つまりアレは、治癒魔法に長けているということか」

「いいえ。あくまでも雑用を務めているのみのようです。どうも生徒達に馴染めないかの者を、魔法学の主任教師が気遣ったようで」

「私も聞いております。実際に処置室を訪れた生徒によると、治癒者に細々と雑事を指示されて唯々諾々と従っていたとか」

「魔法学に力をいれておるのだな。しかし、それでは剣術の方はどんな具合だ」

公爵は別の角度からの問いを発した。

「は。そちらに関してはまともな話は全く聞こえてきませぬ」

「剣術の授業はほぼ取っておらぬらしいです」

手応えのない話に、拍子抜けしてしまう。公爵は思わず、と重ねて尋ねた。

「なんと。曲がりなりにも王子であろう。最低限の剣技は身につけているのでは。あのブリュノが師ではないか。息子も足繁く通っている筈だ」

「はあ、将軍の指導は確かでしょうが実際、校内であの者が剣を良くするという噂は一つも挙がってないのです」

「その通り。入学すぐの必修で剣の授業はあった筈ですが、そこでの話も聞こえておりません」

「しかし。かなり前になるが、ブリュノの息子は大層褒めていたようだったが」

フォス公爵はかつて耳にした評判との矛盾を指摘する。それでも皆は首を横に振った。

「失礼ながら。それは以前の話で、ブリュノ親子が熱心に指導していても身が入らぬのではないでしょうか」

「かの者は剣はあまりやらぬのではないかと。複数の生徒から同様の報告が来ております。陛下から賜りし宝剣も帯びずにおりますし」

王族は校内での帯剣が許されている。いわゆる特権だ。それすらも行使しないとは、頭がおかしいのかそれとも規格外の傑物か。

やはりよくよく見極めねば対峙できぬ。

安易に結論を出すことはやめて、フォス公爵はさらに監視を続けるよう、情報を逐次上げることを約束させた。


今日の会合ではもう一つ大事な話がある。フォス公爵は姿勢を改めた。

「さて、陛下のご容態だが」

そう切り出すと、皆の顔に一様に緊張が走った。

万一のことがあれば国の大事、政変が起こるかもしれぬ局面だ。

「差し迫った事態に陥る可能性は見られない。ご意志もかなりはっきりと保たれているご様子らしい」

国王の体調が優れぬと密かに伝えられて宰相が王宮の奥に部屋を賜った頃より、彼らの秘密の会合は王宮から離れてフォス公爵家のサロンに移っていた。既に半年を過ぎ、重篤ではないとの報せはあるものの、表に現れない王の健康を過度に不安視する者は後を絶たない。

だが彼らはこの邸の主から、貴族社会で囁かれる王の重病説がまことではないと知らされていた。

病というのは偽りではないものの、噂にあるような生死に関わる危険は無い。ただ不安定な王が執政を宰相に全て肩代わりさせる為に、大袈裟に喧伝されているという。

それから、と公爵はゆっくりと告げた。

「妃殿下が面会された」

「おお」

「それはよろしゅうございましたな」

「ああ。それでお言葉も短いが交わされたという」

「では、王妃殿下もお心が落ち着かれたのでは」

「そなた達のお陰もある。入学以来のアレらの様子を報告しているが、目を惹く活躍を見せておらぬ故な」

「これは確かな話でございますから」

「先にお伝えしたのは二ヶ月程前であったか。妃殿下の気病みは杞憂であった、フィリップ殿下の障りにはならぬと安堵されたのであろう」

男の顔にゆったりと笑みが浮かんだ。一番の懸念が払拭されたのだ。

「特に男子の方が、校内で有力な人脈を全く築けていないと詳らかにしてくれたからな。人望がないというのは、ある意味どんな能力の優劣より王者として欠格だ」


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