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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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「よろしく、ルイ殿下」

医療処置室の専任治癒者はゾエという。

ルイは昼休みの空き時間と限られた曜日の放課後に彼女の手伝い、雑用係をすることになった。

ジェロームの教え子で、魔法学の中の治癒魔法を専門に学んだ。専攻故か魔道士への道は選ばず、王都の片隅で研究を続けていた。ジェロームが魔法学の主任になったのと時を同じくして学校に赴任したが、教師として生徒に教えるのではなく、処置室で日々怪我や体調を崩して訪れる少年少女の対応にあたっている。

三十を超えた程の小柄な女性だ。明るい茶色の髪と丸い瞳でふんわりとした雰囲気を持っている。心和む人柄に感じるが、これで治癒者として優れているというのだから人は見かけによらない。


「治癒の初歩は体を温めることです。人間の体って熱を失ったら死ぬでしょう?だから命の熱を戻してあげる。その時にまず火魔法ではなく光魔法を選ぶ魔法使いが、治癒魔法に向いていると考えられています。ジェローム先生がこちらに寄越したってことは、ルイ殿下はやはり光がお得意ですか?」

「あー。そういえば。初めて出た魔法は光だった、です」

「そうなんですね。私もです」

穏やかに頷いて、では、と提案する。

「私が治療をしている時、ジェローム先生からも言われているので殿下は見学、観察のみをしていただきますが」

「はい」

「私の見立てと症状、怪我の組み合わせ、それから治癒魔法の具合を特に注意して細かく見て下さい。後で書き付けても構いません」

「わかりました」

「見てる間は、殿下も光魔法をどう扱うかなるべく詳細に頭の中にイメージするように」

「はい。がんばります」

やはり治癒魔法の専門家は違う。

無意識に声に力が入っていた。ゾエは優しく微笑んだ。

「最初は上手くいかないかもしれないから、ゆっくりやりましょう。処置室の片付けや細かい手伝いをやって下さるだけで、私は助かりますから」



───────────────────────



「ひっ」

処置室の扉を開けた途端、固まる生徒。

こちらに顔を出し始めて一週間。既に幾度めか繰り返された反応に、ルイはもう溜め息も吐かない。

驚きに丸くなった瞳が奥の定位置に座るゾエの姿を見つけて落ち着くのを、黙って見守るだけだ。

「あ、ゾエ先生」

良かった、いた。

音にしない安堵の声が、ルイには聞こえる。

「どうしたの」

穏やかに問うゾエに助けを求めるように歩み寄る。いや、確かにこの処置室には助けを必要として生徒や教員は訪れるのだが。

ゾエの元に向かいながら少年は、ちら、とこちらを気にするように視線を投げてきた。王子が物珍しいのか、それとも猛獣か魔物にでも見えるのだろうか。

「ああ、殿下にはここを手伝ってもらってるんだ。物の整理とか雑用をね」

「手伝い…」

ゾエの言葉に及び腰のままそっと窺ってくる。ルイは黙って部屋の隅に寄った。

当初はゾエの紹介に応じて生徒へにこやかに挨拶をしていたが、皆さらに萎縮するだけであったので会釈もやめた。患者が訪れた時は、ひたすらゾエの治療の邪魔にならないよう、端っこで首だけ伸ばして見学に徹している。

それでも第一王子が同じ空間にいるのが気になるらしい。男子生徒が居心地悪げに立ち竦んでいるのを、ゾエがそっと肩に手を添えて椅子に座らせる。向かいの椅子に腰掛け、それで、と尋ねた。

「ここにはどうして来たのかな」

「あ、はい」

ゆったりと静かな、心を和らげる声音。まっすぐに見つめる誠実な茶色の瞳。ようやく心が静まったのか、少年はこわごわ口を開いた。

「さっきの授業で剣術で打ち合ってる時、避けようとして転んでしまって」

左脚を前に出す。

「擦りむいた?」

「いえ、転んだ時に強く膝を打ちつけたんです。体重が思い切りかかったかも」

「じゃあ、膝を見せて」

ゾエの求めに、生徒は服を捲りあげて膝を出した。ごつごつした膝小僧が赤く腫れている。

「あー。これは痛いね」

触るよ。

言って、そっと膝に両手を伸ばした。膝の上下、右左を確かめるようにぺたぺたと触っていく。気になる箇所は軽く押して、生徒の反応を確かめる。

幾つかの場所を押した時、生徒は明らかに痛みに堪えるように肩を強張らせた。

「ここ、痛い?」

「はい、少し」

押し殺した声で答える。ゾエは頷いて少し指の角度を変えて力を入れた。

「痛っ」

堪えきれなかった小さな叫びに、ごめんとゾエは謝ってから、そっと膝から手を離した。

「うん、打ち身だね。ただ膝のこっち側だけに力がかかったみたいだ。だからこの箇所だけひどくなってる」

整然と見立てるゾエに生徒が素直に頷いた。

「こっちは」

膝の丸いてっぺんを指差す。

「擦りむいてるけどそんなに痛くない」

「はい、そうです」

生徒は大きく首を縦に振った。

「うん、骨は壊れてないから、まずは擦過傷を治すかな。よいしょ」

生徒の膝をそっと持ち上げて膝小僧の擦り傷に右手をかざした。

ほんのりと明るい光が灯ったかと思うと、傷は白く光を孕んだ。細かい傷の隅々までそれが行き渡った、と見えた次には綺麗になっていた。薄い膜のような筋が名残のように膝に斜めに走る。

生徒は恐々と自身の膝に指を走らせた。

「うわ。治ってる」

「打ち身はまだだよ。気をつけて」

ゾエの掌が、先程触診して一番ひどいと判断した箇所に向いているのにルイは気がついた。膝の位置を微調整して生徒に自身で抱えさせる。

「ちょっと痛いかも。我慢してね」

さっきより強く鮮やかな光、言うなれば微細な稲妻のような光が一瞬閃く。

「うわっ」

生徒は跳ねそうになる膝を強く掴んだ。反射的に逃げそうになるのを懸命に我慢している。彼の勇気のお陰で、多少はぶれたものの、ほぼ正確に治癒魔法は患部に照射された。

「い、っつー!」

治癒魔法の副作用。急速に体の細胞を復元するそれは痛みをもたらす。ルイは生徒の痛みに自分も思わず呼吸を止めた。

しばしの静寂の後。

「はい、終わり」

ゾエはそう告げると男子生徒の膝から手を離した。少年は慌てて膝を引き寄せてそっと動かす。

「あ、動かせる」

「少し痛みは残ってるから。大事にして三日くらいはあまり動かさないで」

「はい、ありがとうございました」

恐る恐る、抱えた足を床に降ろして、立ち上がる。わずかに顔をしかめたのは、ゾエの言う通り膝が痛んだのだろう。しかし少年の表情は、処置室に入ってきた時とは見違えるように明るかった。

「あ。全然、痛みが軽いです」

そう言う声すらも軽やかだ。

「そう、良かった。じゃあ、また何かあったらここに来て」

「はい」

「それと、ここに学年とクラス、名前書いてね。それが終わったら帰っていいから」

「あ、はい」

指し示したのは部屋の扉近くにある処置記録簿だ。医療処置室の来訪者の記録簿で、これもルイにとっては非常に参考になる資料だった。

少年は言われるがまま羽根ペンで名前を記載すると、首を傾げた。

「あの、怪我のことはどう書けば」

「それはこっちで書いておくから大丈夫。助手もいるしね」

存在を忘れていたのだろう。慌ててこちらを見て背筋を伸ばす。

ゾエが苦笑した。

「殿下は勉強の為にいろいろ見てるだけだから。君達の助けになればいいんだ」

「ありがとう、ございます」

ゾエの言葉に感じるものがあったのか。ルイに向かってぺこりと頭を下げると、少年はわずかに背中を傾け出ていった。



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