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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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「もちろん、ごく薄いものです。注意深く見つめなければ見逃す程の。ただ私は不敬とは思いましたが、目を凝らしてよくよく見極めようと注視したのです。非常に興味深かったので」

「ジェローム先生っ」

ルイは声をあげたが、ジェロームは言葉を続けた。

「あれは、あの傷は、残る痕から考えるよりはるかに深くひどいものだったとわかりました。恐らく、命に関わる程に深刻な…」

シャルロットの傷痕について人の口の端に上るのさえもルイの心が波打つ。なのにジェロームはさらにその傷の所以、怪我を負った時の凄惨ささえ掘り起こす。


「やめて下さい!」


遂には大きく叫んでいた。自分の声に我に返ったが悔いてはいない。

誰かとシャルロットの傷の話はしたくなかった。

過剰にも思えるルイの反応に、ジェロームは気分を害した風もない。

「成る程。殿下はシャルロット殿下の傷を気にかけておられるのか」

「──」

「しかし、あれ程の怪我。あそこまで復原するとは施された治癒魔法はかなり強力、治療に携わった魔法使いはかなり優秀です。そして、興味深い」

「興味深い?」

ジェロームは頷いた。

「熟練の治癒魔道師のように傷や症状に応じて細かい技を幾種も使い分けていない。始めに血止めの呪は施してますが、後は極初手の治癒魔法で押した力業です。魔力の強さで内部組織も皮膚も復原せしめた。これはかなり不細工、と言ってはなんですが内包する力は強大な新米が、あらん限り一つの治癒魔法をひたすら患者に浴びせた、とんでもない無理やりな技の成果でして」

「っ!」


喉で変な音がした。

思い出したくもない、あの日の血塗れのシャルロットの姿が脳裏に浮かぶ。

あの時は必死で、とにかく血を止めること、傷を治すことだけしか考えなかった。単純に魔力を注いで治癒させる、それだけだった。

「しかし幸いなことに、治癒者のうちでシャルロット殿下の在りし姿が明確に描かれていたのか、イメージと復原元に齟齬が生じることなく完璧に近い首尾となったようです」


ルイは表面上は平静を保っていたが内心、大きく衝撃を受けた。

そんな危うい確率の線上で自分がシャルロットの傷を治してのけたとは、今ジェロームに指摘されるまで全く気づきもしなかった。ジュールもその点について触れていないから、彼が治癒魔法が得手でないとというのは真実なのだ。

そして、魔法学の主任教師、ジェロームが体系的に治癒魔法を習得していて、魔法の痕跡すら追える専門家なのだと思い知った。この点については、ジュールをはるかに凌駕する。

「素人に近い遣い手だが、なかなか頑張ったのでしょう」

労いの言葉にも冷や汗しかない。

「流れた血も多量と見ましたが、さてどう快復させたのか、そこも謎ではあります」

それはルイには絶対に答えられない。ジュールと誓った絶対の機密である。

沈黙するルイは、しかしジェロームにとっては予想の範囲らしくそのまま何気ない口調で続けた。しかし話の中身は真摯な誘いだった。

「宮でお育ちのシャルロット殿下が、何故あのような大きな怪我をされたのかは問いますまい。しかしこの素人治癒者については気になります。素質は充分。だがせっかくの適性、早い段階で様々な症例に対処する術を、実践で学ぶ機会があれば良いと私は思うのです」

語る意味をルイは理解した。しかし、自分にはそこまで学ぶ自力はまだ足りない。

「それは普通、難しいのでは?」

「多くの患者、多くの症例を見て、治癒魔法の多彩さ、それを踏まえた各症例に応じた働きかけを考える。ご自身が治癒魔法を使わずとも、処置室で治癒者が行う処置を実際に見て、その経過を知るだけでも勉強になります」

「──」

断りの言葉を言うのは容易な筈だった。だがジェロームの誘いは、ルイの心を確実に揺らした。




書庫で今日の顛末を告げた時のアルノーとジュールの反応は、馬車の中でルイが想像した通りだった。

「殿下……」

呆れたようにこちらを見るジュールと、にやにや笑うアルノー。

ルイは居たたまれなさに下を向いた。

「ジェロームはなかなかやりおる。さすがよの」

「はあ。確かにルイ殿下の適性を見定めようと図っていて、朧気にも感じ取ることが出来ていたならば。ジェローム殿であればシャルロット殿下の傷痕を見て、おおよそのことを推測できるかもしれません。もちろん確証は持てなかったでしょうが」

「……うん」

確証を与えてしまったのは、またもや自分だ。シャルロットの傷の話を切り出されて、全て顔に出てしまっていた。これに気づいたのも馬車の中だった。

学校という空間で気が弛んで、というのは二度目の凡ミスで言い訳出来ない。



「それで、ジェロームから提案されたんだ」

「提案とな?」

アルノーが眉をあげる。ジュールは難しい顔をして黙ったままだ。

「医療処置室の手伝いをしないかって」

「それはまた」

「なりません」

言いかけたアルノーに被せるようにジュールが即座に断じた。

「居るだけ、見学してるだけだ」

「殿下は、ジェローム殿の誘いに応じたいのですか」

「当たり前じゃろ。ルイ殿下は勉強熱心なのじゃから」

「黙ってろ、アルノー」

突っ込むアルノーをジュールは厳しい目で睨んだ。それからルイに向き直った。

「わざわざ、不特定多数の目に触れる場で治癒魔法を学ばなくても良いのでないか」

「でも、いろいろな治癒方針を見られる機会なんだよ」

「それは、そうですが。学校はある意味、治外法権で部外者は入れない。我々も簡単には手出し出来ない。何かあっては遅いのです」

ジュールの懸念はわかる。真剣にルイの身を心配しているのだ。

だが、それでも。

「俺は自分にある能力、魔力をもっと高めたい。俺の場合、それは防御魔法と治癒魔法だ。防御魔法は今まで通りジュールに習う。でも治癒魔法を究めるには、ジュールでは無理なんだろ?」

「それは…」

ジュールは言葉に詰まった。

揺らぐ師の顔を見て、わざと嫌な処を突いた自分は性格が悪いと思う。だがルイはそこで譲らず自分の望みを口にした。

「治癒魔法の使い方を学びたいんだ。いろいろな怪我、傷に対応する術や工夫、まだ知らない方法を。それはたくさんの患者が来る処置室でしかできない。少なくとも今の俺にはそこでしか見られない。治癒魔法は使わない。手伝うだけだ」

ジュールは難しい顔で黙り込んだ。もう一押しとルイは言葉を重ねる。

「それに。万一他の人にバレたとしても、治癒魔法じゃそれ程強い影響力があるとも思えない。その、政敵?も脅威を感じたりしないんじゃないかな」

世界を変える強大な魔力、魔法というわけではないのだ。それ程心配する必要を感じない。

だがそれは裏目に出た。ジュールのこちらを見る眼差しが厳しく細められる。

「そのお考えは捨てるよう。知られた時のことを考慮するのではなく、絶対に秘匿するという強い覚悟でお過ごしになるように」

「え、でも」

「甘い考えでいたければどうぞ。事が起きてからの対処は、未然に防ぐより何倍も労力を要する。それは同時にシャルロット殿下をも危険に晒すのだと、常に念頭に置いて下さい」

ルイの反駁を、ジュールは絶対の切り札で封じた。シャルロットの名を出されては何も言えない。

「──わかった」

「殿下の魔力の大きさ、そして治癒魔法の能力が結びつけば大きな力になる。それはあの大怪我を負われたシャルロット殿下を無理やり戻したことからも明らかです。人によっては脅威に考える。また利用しよう取り込もうと動く者も出るかもしれない。殿下の身分を考えれば、余計な要素は隠すべきです」

「じゃあ、やっぱり駄目なのか」

ジュールは、大きな大きな溜め息を吐いた。

「止めたら、さらにろくでもないことになりそうです。殿下は我々の手から離れて危険に突っ込んで行く」

「……ごめん」

諦めたような師の指摘は、ルイの先を見越して正確に言い当てた。これまで前科がありすぎる。

「殿下の身が危うくなる選択は我々は取れません」

ですから、と続けるジュールとの約束を絶対に守るとルイは誓った。


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