120 友達がいない 2
入学して二ヶ月、ルイは王立学校での日常に慣れてきていた。
「ルイ殿下」
授業を終えて校舎を足早に移動する途中、声をかけられる。
「ジェローム先生」
魔法学の教師だ。生徒全員が必修の初歩魔法学と語学、それから選択科目の中位魔法学を担当している。
魔法学専攻のルイは、ジェロームの選択授業をも取っており、既に顔馴染みだった。
「殿下の模試の成績はお見事だった。古語の理解が深い」
「ありがとうございます」
生徒の中で希望者は入学後に魔力の査定する。自身の適性を知って進路を考える指針にするのだ。もちろん、適性があろうがなかろうが家の期待や当人の選択を優先する場合も多々ある。
ルイとシャルロットは査定を受けなかった。既に魔力を査定されるのは危うい兄と、魔法は最低限で良い妹の選択だが、他にも未査定の者が普通にいたので二人は目立たずに済んだ。
初歩魔法学では古語の修得、魔法学の基礎を学び、中位魔法学で古語の演習をしている。一応、特権階級がほとんどの生徒達は入学時にほぼ古語はモノにしているのだが、総合的に身についているか復習を兼ねてじっくりと教えられた。ここで学習に不安があると呪術語に進んだ時に躓くのは確実なので、念を入れるのだろう。呪術語の複雑さ発音の難解さを鑑みれば頷ける指導方針で、さすが国で唯一魔法学を体系的に学べる学校だ、とルイも全幅の信頼を置いている。
「殿下が勉学にご熱心なのは、アルノーから聞いております」
「先生はアルノー殿とお知り合いでしたか」
師の名前が出されて驚いた。だが見れば確かに年が近い。
「まあ、友人ですな」
皺深い顔をほころばせる。その親しげな雰囲気に、ふと思い当たる。
「あれ。じゃあテキストが『フランの大航海』だったのは」
「ああ。アルノーがこれは良い本だと薦めてくれまして。生徒達に興味を持ってもらうのに良い内容と気に入っております」
「だからですか。アルノー殿が私に見せた古語の本もあれでした」
「あの本がお好きですか」
「終わりがちょっと不満があったんですが、続編での新しい相棒との冒険が面白くっ、て」
はっとした。
その冒険譚の後日談は挿話で、古語で書いたものはない。ルイが読んだのも古代呪術語で書かれた本だ。
つまり──ルイが呪術語を読めることを白状したようなものだ。弁護するならば、あの当時、古語の発展系の上級古語などと言いくるめられて読んでいた為、自分の中で区別する意識が低かったのだ。
が、この場では言い訳にもならない。
口を滑らせた、とルイは思わず教師の顔を盗み見た。 ジェロームの顔には笑いが滲んでいた。
「脇が甘いですな、ルイ殿下」
鋭い言いようだが、咎める素振りは感じられない。
「人に言わないでいただけますか」
上目で窺った。
「どうせアルノーに勝手に詰め込まれたのでしょう」
見てきたように言う。それが当たらずも遠からずなのが二人の関係の近しさを物語るようだ。
「あれは面白がりですからな。殿下を見ていて、己の持てる知識を分け与えたくなったのでしょう」
そこでふっと笑う。
「ただしあやつは、いくら呪術語を自在に理解しようとも弱点がありましてな」
「それは…知ってます」
主に発語が、壊滅的に下手だ。
「左様ですか。この一点で我らの道は別たれた。アルノーは純粋なる学究の徒に、私は魔法学の探究へ。不思議なものです」
若かりし二人の選択する様が、自然と思い浮かんだ。
ジェロームはにっこりと微笑んだ。
「殿下のように向学心溢れる御方が魔道を極めること、喜ばしく思いこそすれ、何故に咎めだてなどいたしましょうか。闇に堕ちる愚か者とは隔絶した殿下の探究心、私は心より歓迎致します」
その日の帰り、急ぎ図書館に立ち寄って、書庫に巣くう二人に教師ジェロームに魔法の習得を知られたと告げた。
アルノーはああと天を仰ぎ、ジュールは他には、とルイに素早く尋ねた。
「他の人には知られてない。ジェローム先生だけだ」
そうですか、とジュールが息を吐いた。
「ジェローム殿は魔道庁とは一線を画しておりますから恐らく心配ありません。が、どんな些細な事で難癖をつけられるかわかりませんので、言動には細心の注意を」
「わかった。ごめん」
自身の迂闊さのせいだ。ルイは謝るしかない。
「いいえ。ロラン宰相にも知らせておきます。知られたのがジェローム殿で幸いでした」




