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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
12/276

11


ルイは翌日にでもアルノーのいる書庫を再訪したかったが、さすがにそれは叶わなかった。

アンヌの許可がおりなかったからではない。ルイの立場の不安定さ故である。

じりじりと待つこと七日。

夜、急ぎの使いが宮を訪れた。

それからが大変だった。二人は預かり知らぬところだが、アンヌの監督の元、夜半の内に宮は徹底的に掃除された。

翌朝、ルイとシャルロットは叩き起こされそれぞれ湯浴みをさせられた。念入りに体を洗い、おろし立ての下着を身に付けて浴室を出る。

部屋に用意された服を見て驚いた。見たことのない豪華な飾りのついた、光沢のある布のかたまりだった。

待ち構えていたアンヌにそのヒラヒラの服を着せられ、繊細な飾りや襞を整えられる。艶々つるつるの生地にぴらぴらぴらキラキラの飾り。隣を見れば時間差で仕立てられた同じくぴかぴかの双子がいた。

「王子様『王女様みたい』みたい」

期せずしてそれぞれが評した言葉通り、お互いの姿は絵物語で知り思い描いていた王子王女のようだった。

ルイは襟元と袖先に細かく編まれた白いレースがついた金の縁取りの施された多分絹の青い上着に暗い色のパンツを身に付け、ぴかぴかのブーツを履いていた。

シャルロットがまとっていたのはレースと刺繍が細かく施された襟の詰まった淡い水色のドレス。子供らしく丈が踝までと短めの広がったスカートの裾から覗く足には、光沢のある青い布にビーズがついた靴。見たことのない細い爪先だった。

二人、これだけは同じ肩までのふわふわと広がる金髪を、アンヌが何とか梳かしつけて完成だった。

「これってどういうこと?」

「なんでこんな格好するんだ?」

「客間に」

アンヌは無駄なく手を動かしながら、二人を廊下に促した。

「ロラン閣下がいらしているので、お会いしたら閣下の言う通りになさってください」

「?何──」

「アンヌはご一緒できないのです。客間に入ったらロラン閣下が良くしてくださいますから」

ご挨拶を忘れずに、とだけ言い残してアンヌはルイとシャルロットを送り出した。




客間に着くと、見覚えのある男──ロランが佇んでいた。扉が開いて二人が姿を見せると顔を綻ばせた。

「これはこれは。よくお似合いです」

と、シャルロットが見知らぬ大人に固まっているのを見てとって、その前に跪いた。ルイに向けたのとは異なる、片手を差し出すきちんとした淑女に対する礼だった。

「シャルロット王女殿下。ロランと申します」

「あ、」

「シャル。僕を助けてくれたロラン宰相だよ」

「──シャルロット・ルイーズです。初めまして」

「お目にかかれて光栄です」

緊張気味ながらもきちんと名を告げたシャルロットに挨拶を返したロランは、頬を引き締めて二人に対峙した。

「時間がありません。これから、両殿下の元へ国王陛下の使者が来られます」

「え、なんで」

「訳は後程。今は、到着するお使者を迎えねばなりません。王命を拝しておりますので、使者の言葉は陛下の言葉。失礼のないようにお振る舞いください」

「そんな、無理です」

王の使者を迎える作法など二人が知るはずもない。不意打ちの連続に混乱してもいた。完全に及び腰のルイとシャルロットに、ロランが胸に手を当てた。

「わかっております。ですので私が」

「ロラン宰相?」

「今から簡単に段取りと立ち位置をご説明致します。あとは私が前におりますので、その通りに」

つまり、宰相閣下の真似をすれば不敬にならずに済むというわけか。

その為に急ぎ宮を訪れたのだろう。ふと気づいて己を顧みる。

「もしかして、この服も?」

「間に合って良うございました。先程も申しましたが、お二人ともよくお似合いです」

「私はこんな格好、初めてだけどね」

シャルロットがクルリと回るとスカートの裾が広がる。

確かに、普段はルイと同じパンツスタイルだからドレスを着た姿は見たことがなかった。王の使者を迎えるにはそれ相応の服装があるのだろう。しかし、外に出ることすら考えていなかった二人に用意があるはずもない。それも見越してロランが手配したのか。

「ありがとう」

自然、口から感謝が溢れた。

「シャルも。私も、ありがとう」

ルイに倣いシャルロットも礼を言う。相好を崩したロランは、そこでおもむろに尋ねた。

「ところで。お二人はどういったご関係でしょうか」

「え」

「どういった?」

唐突さに戸惑う。シャルロットがいつもの快活さで答えた。

「双子だよ」

その慣れた言葉に、ルイは気づいた。

「シャル。ええ、双子です。僕が兄でこちらは妹になりますが」

シャルロットを嗜めて、ロランに向けて言う。シャルロットが、あ、と気づいたように口を押さえた。

「そうですか、ルイ殿下が兄上なのですね」

満足そうに頷くロランに、これが正解なのだと感じた。

双子である、より先に外では兄と妹、姉と弟ではないと言うべきなのだ。アンヌが念押ししたのはそういうことなのだ。きっと。




程なくして、国王の使者が宮にやってきた。気配は消しているが遺漏なく準備を整えていたアンヌは、正門を開いて出迎えた。

定められた手順を踏んで客間に現れた使者は、そこで思いがけない人を認めておや、と声をあげた。

「これは、ロラン宰相閣下」

「お使者の方には、こちらにわざわざご足労いただきありがとう存じます」

「はっ」

ロランの姿に気圧されたか、平素の身分に返って頭を下げてしまった使者は誤魔化すように咳払いをした。改めて顔をあげ、後ろに佇む二人に視線を寄越す。

「ルイ王子殿下か」

「はい」

「うむ。国王陛下のお言葉を伝える」

言って上座に立った。

ざっ、とロランが使者の前に控えて頭を垂れた。ルイとシャルロットは急いでその背後に回って同じ姿勢を取る。

使者は上着の内側から巻き込んだ書状を取り出し両手で広げた。

こほ、と声を調え目の前に掲げて読み上げる。

「ナーラ王国第一王子、ルイ・シャルル。汝にその尊き身分に相応しき知識と教養、品格を身につけるべく精進することを命じる。師事すべき人材の選択を宰相ロランに一任する。これは特に厚い待遇である。ルイ・シャルルはこれを敬して受け止め、好悪の別なく遅滞なく邁進するよう」

そこで使者は一旦口を噤んで、朗々と声を張った。

「ナーラ王国国王アラン・フィリップ・ジィゴス・アストゥロ」

ルイが前方にちらりと視線をやると、ロランがさらに深く頭を下げていた。真似して頭を低くして、事前に教えられた口上を言う。

「謹んでお受けいたします」

緊張に唇を舐め、ルイはさらに続けた。

「陛下のご恩情、ルイ・シャルル、ありがたく存じます」

付け加えた謝意に、ピリッとロランの背中が揺れたのが見えた。

「承った」

使者が重々しく告げ、今一度深く拝礼している間に退出していく。

扉が閉まって、ルイは深々と息を吐いた。

「緊張したぁ」

それまで一語も発することなく控えていたシャルロットが、息を吐いて伸びをする。

「そうだね。僕達大丈夫だったかな」

「どうだろう。シャルはずっと下向いていたからわからないや」

二人してロランを見る。

「──大丈夫どころか。ルイ殿下は予想以上のお振る舞いでした」

ロランは、ははっと笑った。

「何と申し上げたら良いか。これまでに殿下はこういった場に居られたことが?」

いえ、あるわけないですね。

自身の言葉を否定してルイを見つめる。

「正直、殿下がここまでとは考えておりませんでした。そのお年で勅使に臆せずご自身でお言葉を述べられる。──ご立派です」

勅使は陛下の代理でしかありませんが、殿下に直にお会いして感じたものもあるでしょう。

そう微笑むロランにルイは良かった、と小さく溢した。

「ねえ、ルイ」

シャルロットがこそりと尋ねた。

「こんなのでいいの?」

予想外にあっさりと終わって肩透かしを食らったようだった。

「んー、多分?」

「まあ、そうですね」

ルイの答えにロランはゆったりと頷く。

「なんか、簡単なんだね」

いやいや。

王から使者が派遣されるまで調えるのが大変なんだよ。

「せっかくこんな綺麗なドレス着たのに、あんまり関係なかったみたい」

己の姿を見てがっかりすらしているシャルロットにルイは心の内で突っ込む。後で説明しようと思い定めて、ロランを振り仰いだ。

「ロラン殿、申し訳ありません。でもこれで王の許可が下りたと思っていいんでしょうか」

「はい。これで殿下は、お望み通りアルノーの元で学ぶことが許されました」

「じゃあ」

これまでの話で、許可されるのが既定路線と察してはいたが、こうしてロランの口から確約されるとほっとする。次いで、ここに至るまで一切関心を示さなかった国王を動かしたロランの働きに感謝した。

「宰相閣下には、ご苦労をおかけしました」

「いいえ、殿下には大層お待ちいただくことになりました」

「国王陛下が渋られたのですね。ご無理をされたのではないですか」

「ああ、いえ」

気のない国王に対し様々に配慮したのではないかと気遣うと、意外にもロランは首を振った。

「陛下はすんなり私の進言をお受けくださいました。恐らく、ルイ殿下の教育の必要性をお認めになったのです」

「え、じゃあどうして」

ロランは一度言い淀んでから、諦めたようにルイを見た。

「他の方面から少々邪魔が入りまして」

「それは、僕達をよく思わない方がいると言うことですか」

「殿下にはおわかりなのですか」

一応、生前に得た知識が残っているので。歴史で諸々あった王位に近い者達のいざこざは何となく想像がつく。

想像がつくだけだが。

黙って頷くと、ロランは秘密ですよ、と言い置いて語った。




国王アランは、生まれてすぐに離宮に捨て置いた子に、関心はないが最低限の義務を果たす気はあったらしい。

王立図書館利用の許可とアルノーを師とした学業の奨励、ロランの求めに応じて剣の師と宮の新たな侍女の手配を許可した。さらに宮廷庁を動かして剣術を始める王子に相応しい、守り刀と言うべき宝剣を寄越したという。

が。

「それが東の御方を刺激してしまったようで」

東の御方というのは王妃のことだった。王宮から見て東に王妃の宮があるからだという。ルイはてっきり国王に並び立つ王妃は共に王宮にいるものだと考えていたが、違うらしい。

さて、王が無造作に下げ渡した剣は由来があり、王家の血筋に代々委譲されるいにしえの宝であった。

そんな由緒ある剣が、これまで存在すら無視されてきた王子に与えられる。

王妃は強く異議を唱えたが決定は覆らず、怒りの矛先は行方を失って燻り、自身の駒である息子を権威で飾ろうと動いた。

第二王子はルイより一歳下ではあるが、すぐにルイの守護剣に並び立つ宝剣を譲ると確約されたという。

だが、それだけで王妃は満足しなかった。

ロランがルイの剣の師候補と考えていた手練れの近衛騎士は、第二王子の護衛という口実で奪われた。侍女も、宮仕えを志望している目ぼしい優秀な貴族子女は軒並み余所に採用が決まった。王妃が手を回したのだろう。

「それで、私の知人をあたることにいたしました」

それやこれや、改めての人材探しと勧誘と、さらには王の使者がルイ達の宮に派遣される下準備と。故にばたばたと日数を重ね、ここまで遅くなったという。

「本当に、いろいろありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでです」

ルイの感謝を笑って受け流し、ロランは剣術の師の人物像を語った。

王妃の勢力外にある引退した騎士。長く将軍の地位にあった老練な騎士らしい。

「ちょうど、末の息子が剣術を始めたばかりのようで。殿下の良いお相手になるでしょう」

上の息子達は既に成人して騎士として軍に配属されていた。そして引退間近に孫ほどに年の離れて生まれた末息子はルイ達より一つ上。未だ幼いが、兄達の後を追うように騎士を目指し父から剣の手解きを受けていた。

「いいなあ」

ロランの説明を黙って聞いていたシャルロットが溜め息をついた。

「すごく楽しそう」

「シャルロット殿下も、書庫にいらしてルイ殿下とご一緒に学ばれても良いのですよ」

「うーん、本はあんまり」

ロランの誘いはシャルロットの心には響かなかったらしい。くるんと回ってドレスの裾をはたくと肩を竦める。

「私は動いている方が好きだから。だからルイ」

頑張ってね。



ロランは今後の細々とした手配をアンヌと打ち合わせて宮を去った。

ルイとシャルロットは、綺羅綺羅しい服を普段着に着替えてようやく人心地がついた気がした。短い時間だったが、やはりそれなりに緊張していたようだ。

力の抜けたルイを見て、同じく緊張から解放されたシャルロットは、顔をくしゃくしゃにさせて笑った。

「ルイ、良かったね」

「うん。ありがとう、シャル」

「お疲れ様でございました」

アンヌが労い、朝から忙しなかった宮は元の生活に戻った。


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