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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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その朝。

ルイは少しばかり寝不足だった。

昨日はサヨが来る筈だったのに、真夜中を過ぎても現れず、気配を待ってついつい夜更かしをした。何かあったのかと心配もしていた。

なのに、

「だっ!」

欠伸を噛み殺しながら部屋から出ると、頭頂部に鋭い痛みが走った。

頭を押さえて見上げたら、見慣れた鳩がもう一度嘴を突き立てようとしていた。

「サヨ!何するんだよっ」

叫んで、慌てて周囲を見回す。朝の早い時間だからか他に人はいない。それを承知のこの仕打ちなのだろう。

「ルイ、この馬鹿」

怒っているのはこちらだというのに、逆にそんな風に言われた。

「なっ」

反論するより早く、またつつかれる。近づくと作用するジュールの魔法は、見事にルイの私室でのみ作動するらしい。お陰でサヨは無防備なルイに容赦ない攻撃をしかけてきた。

「っ!やめろよ。何なんだよ」

両手ではたくと、ようやく鳩は離れた。地に降りてヒトガタに変わる。

「サヨっ。来てたのに何で…」

「あんたが役立たずだから、代わりに動いていたの」

反故にされた約束を咎めたが、逆にそんな風に言われた。

「大変だったんだから」

サヨはルイの前に仁王立ちだ。

「?わけわからないこと言ってるなよ」

少し焦れて言い募ると、それをいなすようにサヨが隣を向いた。

「ほら」

指差す先の扉が開いた。



シャルロットが隣の部屋から出てきた。いつもの朝の光景だ。

おはようと言いかけて、口が開いたまま止まる。

「おはよう、ルイ」

固まっているとシャルロットが挨拶する。

いつも通り。

いや。

見開いた目が確認するように一度、瞬きをした。それでようやく口が動いた。

「シャル、それ」

指差すまでもなく、シャルロットは言いたいことを理解した。だって一目でわかる変わりようだったから。

「これ?昨日から、サヨが言ってメラニーとクレアが作り替えてくれたんだよ。似合う?」

シャルロットが身につけている制服を軽く一撫でして笑う。

「似合ってる、けど」

シャルロットは登校の準備を整えて部屋から出てきた。それはこの二週間繰り返された日常。

しかし、その身に纏うのは昨日まで見慣れたものではない。素材こそ灰色の指定された制服そのものだが、形が大いに異なった。慎ましく広がらないスカートには足の付け根から大きくスリットが入っていた。そこから覗く脚は男子の制服のパンツを細くかつ脚の線を露にしないぎりぎりのゆとりで仕立て直したもので隠されていた。


制服改造?

「なんで…」

「剣術の授業が受けられないんだ」

「前の制服だと剣がまともに出来ないんだってさ」

「うん。だからサヨが作り替えちゃえばって言ってくれて」

「……」

何故、こんなことになっているのか。

犬猿の仲だった筈のサヨとシャルロットが、何故たった一晩で親友のように通じ合っているのか。 どうして既存の服の形を改造したのか。

ぐるぐると思考が混乱するルイに、シャルロットとサヨが同時に答える。

「二人が夜を徹して頑張ったくれたんだ。あ、ルイの制服使わせてもらったから」

替えの制服、しばらく無いって。

上がる笑い声も揃っている。

「剣帯も。サイズ合わせたんだ。格好良いでしょ」

マクシムから以前貰った黒革のものだ。騎士団に行く時に少しだけ使ったが宮の稽古ではほとんど使用しない。これを授業に流用するらしい。灰色の制服の上からつけると、黒い線がアクセントになって引き締まる。

シャルロットとサヨが満足げなのも頷けた。

しかし。

「もしかして、二人とも仲良くなった?」

「なってない!」

「んー、ちょっと違うかな」

確信を込めて尋ねたそれは、即座に否定された。

ルイとしては納得がいかない答えだ。だがもう時間がない。

サヨに見送られて、ルイは改変した制服のシャルロットと共にまずは食堂へ向かった。



───────────────────────



ルイとシャルロットが教室に入ると、クラス中がざわめいた。

普段はひそかに視線を向けられる、さりげない一瞬の目線で撫でられるだけだ。だが今朝は多くの生徒が抑えきれぬ強い関心を持って、シャルロットを見つめていた。そうして、生徒同士小声で囁く。


「シャル」

気遣うようにルイが名を呼んだが、大丈夫、とシャルロットは前を向いた。

この服、メラニーとクレア、そしてサヨが作り直してくれた制服が自信を与えてくれる。

シャルロットはクラスの視線を一身に浴びながら、平然と教室を横切り自分の席に座った。ルイが守るように後ろについていた。

シャルロットに対する好奇の眼差しは止むことはなく。

遂に一人の女子生徒が意を決したようにシャルロットの前に立った。

「あの、シャルロット様」

その声がかけられた途端、教室がしんと静まり返った。

入学して二週間、初めて生徒から呼び掛けられてシャルロットは驚いた。思わず顔を仰向けて、目の前に立つ生徒をまじまじと眺めた。すっきりとした青い私服のドレスに身を包み、綺麗な茶色の髪をした澄んだ青い目の少女だ。

「何かな」

つい、ルイやマクシムに向けるような口調になった。と、シャルロットが目を合わせると女生徒は顔を真っ赤にした。気の強そうなきりりとした瞳が、狼狽えてさまよう。

「あ、その。その制服は。服は、変えられたのですか」

少女の口から溢れた言葉はしどろもどろだったが、聞きたいことはわかった。だからシャルロットはほっとして笑みを浮かべた。

「うん。剣の授業で動きやすいように作り直したんだ。この黒いのは剣帯。変じゃない?」

「とても、お似合いです!あの、髪型も変えられて、とても素敵」

「ありがとう、あの」

辿々しく、でも褒められて嬉しかった。自然に感謝の言葉が口から出た。だが同じクラスなのに名前も知らないことに気がついた。は、と少女が目を瞬かせる。

「私はマリアンヌです」

察したように自己紹介されて、言い直した。

「ありがとう、マリアンヌ」

「っ」

息を飲むような音。それがおしまいの合図だったように、女生徒──マリアンヌは脱兎のごとく目の前から走り去った。



「何なんだ、今の」

後ろで眺めていたルイがぼそりと言ったが、クラスメイトと初めてまともな会話を交わせたシャルロットはほんの少し感動していた。

話しかけてくれた女子生徒は教室のどこかに逃げてしまったが、名前も教えてもらえた。

メラニー達が懸命に作り上げた制服のお陰か、服を変えたことで自分が変わったのか。

とにかく嬉しい変化だった。

思わず溢れたかすかな笑み。教室のあちこちから飛ぶ視線は、それを逃さず捕らえていた。



しかし全てが上手くいったわけではなかった。

剣術の授業は変わらず、一人隅にやられて木剣を振らされた。

ただ改造した服は動きやすく、大きく踏み込んでも足を取られなかった。それだけでも良かったとシャルロットは思った。

腰に提げた剣帯は出番がなかったけれど、上出来だ。


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