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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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「休みの間、どうしてた?」

王立学校の新年度、一年生が入学する日を明日に控えて、マクシムは一つ学年の上がった新しい教室にいた。既に見知った同級生が気楽に声をかけてくる。

「普通に稽古三昧」

「真面目だなあ。もう校内では無敵じゃん。卒業したら騎士様ほぼ確定だろ」

「いや、見習いに復帰だ。中断してるからな」

「厳しいな。じゃあどこにも出掛けずに屋敷で稽古か」

「ああ、いや…」

言いかけて口を噤む。すると妙なところで鋭い級友は、マクシムが言い淀んだことを的確に言い当てた。

「また王子様のお守りか。大変だな」

「そんなことはない」

言葉少なに答える。

以前は騎士団で宮邸の話をしていたが、フォス公爵に問われて間を置かずに襲撃にあった件から、彼らに関しては何も語らぬことを信条にしている。自分の発言が周り回って、ルイやシャルロットに不利になるやもしれない危険に気づいたのだ。

それでも生徒の多くが貴族出身、しかも王居の省庁に関わる親族が身近にいて事情通である。マクシムが沈黙を貫いていても王宮から流れた噂にルイとシャルロットの話題がのぼることもあった。その噂が事実でも嘘でも、口を挟まず無言で躱すことにしていた。

「相変わらず、口が固い。そこの双子は言えない程妙なのか」

煽るような言い方にも、マクシムは知らぬふりをする。相手の男子生徒にも特段悪意はないから、軽口として聞き流すのが最良なのだ。



「おい!聞いたか」

一人の生徒が教室に飛び込んできた。その大声に皆振り返る。

「大変だぞ。今度入学する第一王女。剣術の授業を選択するご意向だってさ」

「うそ!」

「はあ?女だろ。有り得ない」

「教師達が言い合ってるのを聞いたんだ。頭抱えてたぜ」

飛び込んできた生徒が続けた言葉で、にわかに話が真実味を帯びる。マクシムの周囲では男子生徒が声高に言い合うが、離れた場では女子生徒達が集ってひそひそと囁いていた。

「第一王子の聞き間違いじゃないか?」

「間違いじゃないって。王子だったら騒ぎになるはずないんだから」

「どういう王女だよ」

「今まで女子生徒で剣術選択してるのって、いたか?」

「遡ったら昔はいたかも知れないが、普通にないぞ」

「護身の為、とか」

「普通、女がやるなら魔法学だろ。そっちの方が簡単だ。攻撃魔法を使いこなせば事足りる」

「だよなあ」

「魔法なら、事故さえ気をつければ怪我もしないしな」

授業では人に向けての攻撃魔法は厳格に禁止されている。自爆しない限り怪我を負うことはない。

そこで皆、はたと気づいた。

「じゃあ、新一年は剣術の授業に女が混じるのか」

「稽古、やるのか?女と」

「仮にも王女だろ。怪我させたら家が終わらないか?」

「フォス家と関係ない血筋だし、さすがに授業の中での出来事で」

「王子だって気を遣うのに、王女じゃなあ」

そこで生徒達はマクシムの存在を思い出した。広い背中に呼び掛ける。

「なあ!お前、あそこで王女も見たことあるんだよな。どんななんだよ」

「そうだよ。剣を振り回すなんて初耳だぞ」

ここぞとばかりに口々に問われる。

「──俺は、あくまでルイ殿下の稽古相手で」

教室がシャルロットの話題一色になってから、いつこちらに話が回ってきても良いように身構えていた。お陰でマクシムは平然と答えることに成功する。

嘘ではない。そういう体でずっと宮邸に通ってきた。

「そりゃそうだけど」

「俺に王女様の意志なんて変えられないし」

これは本当だ。シャルロットには逆らえない。逆らわない。

「だよな」

「うん、当然か」

「悪いな、役に立たなくて」

申し訳なさそうに言ってみると、級友達は存外簡単に信じた。日頃、堅物レベルに真面目な性格と知られているのが功を奏して、シラを切り通すことに成功した。

級友達はマクシムから情報を得るのを諦めて、皆で勝手に考え始める。

「じゃあ、学校の教科課程見て何となく好奇心で?」

「いや、マクシムと王子が剣を使っているのを見て、自分もぶん回したくなったとか」

「それでも随分と変な趣味の女だぞ」

「世間知らずの我が儘か」

「我が国唯一の王女がそれか」

好き勝手に言い合う。

かなりひどい誤解を生んでいる。マクシムとしては口を挟みたくなるが、敢えて聞かぬ振りをしてやり過ごす。シャルロットには申し訳ないが、余計な話はしない方が良い。

「かの麗人エルザ姫の血をひくからと期待していたんだがな」

「お前、それフォス公爵派の奴に聞かれたらまずいぞ」

「フィリップ殿下が入学するまで一年ある。少しくらい楽しんでもいいだろう」

聞いていられなくて、マクシムは席を立った。男子生徒達も、新たな話を聞けないとみて追ってこない。

一人、教室を出て、明日に迫ったルイとシャルロットの入学を考えた。



シャルロットはマクシムと自分を比較して実力を卑下しているが、剣の腕前はかなりのものだ。

授業でも模擬稽古をしているが、同年代の男子生徒ほとんどより、王女様の方がはるかに手を抜けない相手だ。剣筋の鋭さ、なりは細いが鍛え抜かれた身体能力、軽い体を生かしたスピード。

マクシムやブリュノという、いくら打ち込んでも倒れない強者との長年の稽古、さらに魔物と戦ったことによって、貴公子達の遊戯のような剣術とは違う、必殺を目的にした容赦ない剣を使う。稽古を重ねて目指す先が、剣術を教養の一端とする彼らとははなから異なるのだ。

つまり当人は意識しないうちに、王女という立場からは有り得ない、敵を倒す為の実戦向きの剣術を無自覚に会得してしまっていた。しかもシャルロットには、「ルイ以外に」加減するという配慮があまりない。一番の稽古相手がマクシムだったから、常に全力でぶつかるのが普通のこと。それでも勝てないと歯噛みしては、さらに練習に励むのが当たり前だった。

「まずい」

ある問題に思い当たって、マクシムは廊下の中途で立ち止まった。

別の意味で、一般生徒達の剣術の授業に混ざるのは危険かもしれなかった。



剣術担当の主任教師ヤンは、騎士を引退した人物だ。

父ブリュノとも親交があって、マクシムは入学前から顔見知りである。剣一筋の生真面目な人格者で、王女が授業に参加という話に混乱して、扱いかねているだろうことが想像できた。

考えて、マクシムの足は教師達がいる棟に方向を変えた。

シャルロットには悪いが、裏から手を回させてもらう。

父には事後報告になるが、大事な殿下方がいらぬトラブルに巻き込まれるのを回避するよう、今日のうちに動くべきだった。


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