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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章

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110/280

番外小話 魔鳥と騎士見習い

104の前半辺りの話です。


それは偶然だった。

かの者との邂逅。マクシムとしては、あの者を特段避けていたわけではないが、訪れる時間のズレがこれまでお互いを未見のままにした。

その日は、騎士団でのあらぬ誤解を報告する為に、約束もなしに夕方に宮邸を訪れた。不意の訪問も快く迎え入れられ、宮にいたルイに自身の口で騎士の若者に拡がる誤解を説明することができた。それに伴う懸念も、微細な色を含めて理解してもらえた。



肩の荷がおりた心地でルイの前から辞去して、恐らく気が緩んでいたのだろう。勝手知ったる宮と、構えもせず廊下を歩いていたのだ。


と、見慣れぬ色合いが視界の隅に躍った。

「!」

それはこの世界にあって異質の漆黒。有り得べからざる闇の色。

思い出すのは三年前のあの時。その場にいながら、シャルロットが暗殺者の手にかかるのをただ見るしかなかった悪夢。

反射的に全身に緊張が走る。はっと顔をあげてマクシムはそちらを見た。


あ…。


廊下の端に立っていたのは、黒い、真っ黒い長い髪を垂らした、灰色の長い服を身につけた女。驚いたように大きく瞪られた漆黒の瞳がこちらを見つめていた。

「…っ」

声をあげそうになって、マクシムは意識して唇を引き結んだ。

頸の後ろがそそけ立つ。鳥肌が止まらない。 そんな自分に動揺した。

彼女は──一応、人の姿をしているから、女性として扱う──不審者ではない。

ルイから、シャルロットからも聞いている、伝説の魔鳥。人の姿を取る時は黒髪黒瞳の少女となる。

姿を認めてすぐ、その答えに行き着いた。魔鳥は敵ではない。こちらの、ルイの味方とされている。だから警戒心を持つ必要はない。ない筈、なのに。

どん、と背中が壁にぶつかり、マクシムは我に返った。

無意識に後ずさって廊下の壁に背中があたっていた。


情けない。


ぐっと歯を食いしばる。

と、目の前の魔鳥が口を開いた。

「マクシム殿?初めまして。ルイ王子から聞いていると思うけど。私はサヨ」

見たこともないほど黒い真っ直ぐな髪に縁取られた白い顔。見つめていると吸い込まれそうな黒い瞳。その下でぱくぱくと動く口。

「あ、あー、」

言い淀んで。マクシムは頭を思い切り振り下ろした。言葉が出なかった。

頭を下げるだけで精一杯な自分がいたたまれず、後ろを向く。

「失礼いたしましたっ」

それだけを言い捨てて、マクシムはもう後ろを窺うこともせず、その場から早足で去った。

忌避感を抑えられなかった。

どうしてかわからない。ただ、あの場から離れるにつれ、マクシムは気持ちが落ち着き平静になるのを感じた。



───────────────────────



「来てたか」

扉を開けた瞬間、見慣れた姿を認めてルイは吐息をついた。黒髪の少女が慣れた様子で、自室のソファに陣取っている。

そういえば今日は約束をしていたのだった。

突然のマクシムの訪れで、意識から消えていた。

「ねえねえ。さっき私、会っちゃった」

「?誰と」

基本的にサヨは、宮を訪ねてきた時はなるべく人目につかないよう配慮している。使用人はもちろん、サヨが出入りしていると知ってるアンヌ、メラニー、クレアにもだ。シャルロットにも、また別の理由で顔を合わせないようにしている。出会ってしまうといろいろとややこしくなるからだ。

「騎士見習いのマクシム」

「あ」

「宮の人の動きは大体把握して、鉢合わせないようにしてたんだけど、イレギュラーで」

確かに。マクシムがこんな遅くに訪問することは普通はない。

「気配を感じなかったんだよね。それでちょっとルイの部屋から出てたら、廊下で会ったんだ」

「一応、サヨのことはちゃんと話してあるけど」

「うん、驚いてたけど、多分、すぐに正体わかったと思う」

「マクシムもこの宮の人間はほとんど把握してるからな。それで、どうだったんだ」

促すと、サヨが苦笑いした。

「一瞬固まって。慌てて頭を下げてきたけど、初めて珍獣を見たみたいな顔してたわ」

「何だそれ」

冗談かと思った。

しかしサヨは 大真面目に言う。

「本当だって。少し、腰が引けてたもの」

「は?え、まさかサヨ、鳥だったのか?」

黒い、全身漆黒の大きな鳥が宮を闊歩していたら、それは驚くだろう。魔鳥の存在を話には聞いていたとしても、やはり見たことのない生き物は一種異様なのだから。

慌てて確認すると、サヨはむっと眉をしかめた。

「ちゃんと人間でしたー。至ってまともに挨拶しただけです」

「え。じゃあなんで。マクシムがそんな」

聞けば尚、マクシムの態度が想像できなくて、ついサヨの言葉に懐疑的になる。

「話、作ってない?」

「ないわ。だって顔見た途端、目を剥いて、それからざっとなるたけ距離を取って廊下の反対側に張りついたのよ。私が挨拶したら、頭を下げたけど」

「ああ、それは」

「それから、失礼しましたって早口で言って、背中向けて行っちゃった」

確かに、ちょっと変かもしれない。

「言ってて思ったんだけど、珍獣というより、見てはならないものに会ってしまったって感じ?」

サヨの言い分に納得しかない。これが本当なら(嘘をつく理由はない)マクシムは随分な対応だ。

そう思って疑問が湧く。

「え、どうして?」

首を捻ると、サヨは肩を竦めた。

「マクシムくんは正常な判断能力があるってことでしょ」

「正常、判断…?」

「明らかに異形な存在がいたら、本能的に警戒して当たり前。私を受け入れた事情は聞いてるんでしょ。だけど、いざ魔物を目の前にしたら緊張が張り詰めたのよ」

「いや、ヒトガタだったんだろ。今のサヨのまんま」

改めて正面に座るサヨを見直す。おかしな点はなんら見当たらない。飾り気のない灰色のドレスを着た、ルイより少し年嵩の少女。

「なのに緊張するか?しかもマクシムが」

「いやいや。私はやっぱり普通じゃないから。ルイみたいなのがおかしいの」

「はあ?」

ルイは眉をしかめた。 意味がわからない。サヨはサヨだし、たった今見直した通り、普通の女性だ。ただし、かなり綺麗ではあるが。

「黒い女、この国にいない容姿の女に、構えもしないで接してるルイが変わってるの」

「それは、サヨだからだろ」


前世の、(一方的だが)知っている顔の存在が記憶を共有してくれているのだ。よくわからない使命を与えられた身としては、ついつい頼りにしたくなるのは仕方ないだろう。

「……そうやって信頼してくれるのは、ありがたいんだけどね」

「いけないか?」

サヨは味方だと言った。それを信じてる。

ルイがそう指摘すると、まあそうだけど、とサヨは小さく頷いた。

「前世を知ってるからって、簡単に信じないでってこと。これから敵になる魔物に、生まれ変わりがいたらどうするの」

「その可能性ってあるのか」

「ないと思うけど。他にも前世を知る人間がいるかもしれない」

「あー」

王子と魔物がいるのだ。ないとは言えない。

「とにかく。いきなり剣を抜くとかじゃないんだから、マクシムの警戒は良いんだと思う」

「そう、か?」

「ルイは前の記憶があるからだけど。魔道師、魔法使いってどうしても魔法に頼りがちだし、魔物と対峙する機会が多いせいで異形、異常に慣れすぎる傾向がある」

「──」

「天変地異とか魔物の襲撃とか。そういうのを目の前にしたら、冷静にどうやって解決しようか考えるでしょ」

「それが魔道師だろ」

「そうなんだけど。なんていうか、自然な怖れとか忌避感とかが薄れてて」

「マクシムは臆病者じゃないよ」

「うん。それはわかってる。剣の腕は確かな将来の騎士様だもんね」

言ってから、 そういうことじゃなくて、とサヨは続ける。

「現実の強さとは別の、感覚の話。魔道を恃みにする人って、普通の感覚が抜け落ちてる気がする。私を見て思わずぎょっとする、ナニかは理解してても、見知らぬモノとして警戒の膜を張るのは、ある意味正しいってこと」

「──」

魔道師、魔法使いの目だけでは判断が狂うと言うのか。

サヨの言い方は漠然としていて、具体的な事柄を想像するのは難しかった。ただ何となく、魔道のみで事を進めるのを危ぶんでいるのは理解できた。

違う目線、魔法使い以外の者の目が必要と。 その大事な一般の目に、マクシムがなるというのだろうか。


あれ?

「なあ、シャルは?」

「は?」

「シャルはどうなんだ?前世の記憶もないし魔道に関してはほぼゼロ。どちらかと言うとマクシムに近い剣士なんだけど」

それなのに、サヨのことは最初から怖れもせず、距離を縮めて噛みついてきた。

「あー。それはね」

ぐるん、とサヨは首を回した。真っ直ぐな黒髪が大きく揺れて戻る。

「ルイが親しいってことに頭が行っちゃってて、私が異形とか魔だとかは後からついてきてるから」

「つまり?」

「シャルロットにとっては、ルイが騙されてたり何かされたり、連れていかれたりするのが許せないわけで。その場合に魔物だったらジュールとかの手を借りて倒す、人間の敵だったら自分で倒す、て認識なんじゃないの」

「──」

「逆に言えば、お姫様としてはルイの味方なら、魔物だろうと悪者だろうと構わない、自分の邪魔にならなければ、って気分かも」

シャルロットの行動規範がひどく単純化されているが、正直、あまり否定できない。あの妹の処し方は果断で迷いもない。そして、省みて自分もシャルロットが絡んだなら、同じようなものだと自覚がある。

「なんか、シャルもちょっとズレてる?」

「ちょっとじゃなく、かなりね」

サヨにあっさりと断じられて凹んだ。この鳥はシャルロットに対しても容赦ない。

でも、ズレていようが、おかしいことはない筈だ。お互いを思い合うのは良いことの筈。少しばかりズレているのは、育ちのせいか、二人きりの兄妹だったせいか。

益体もない事を呟き小さく唸るルイに、サヨが言う。

「だから。マクシムくんはとても貴重な人材ってこと。今後の展開で異常事態に巻き込まれた時に、ああいう健全で正常な資質を持つ人が側にいるのは、世界にとって良い決断をする助けになるもの」

「そう、なのか」

「うん。ゲームクリアの助けになる」



ルイは、マクシムがゲーム内のキャラクター、騎士見習いの攻略対象者と確信しているが、未だサヨに言葉にして確認したことはない。

はぐらかされるか、意味深な言葉に振り回されるか、とにかくまともな答えが返ってくるのは期待できないと思っている。だからサヨの方から進んで教えてくれるまで、突き詰めて考えない。


ただ、攻略対象者でなくともマクシムはルイとシャルロットにとっては、既に何者にも代えがたい友人である。いなくなることなど考えられない。

彼がこの先も変わらず傍にいてくれるよう、ルイは願った。


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