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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
108/277

107 対面


時が経ち、ルイとシャルロットは十五歳になった。

公に喧伝されていないとはいえ、現国王の王子と王女である。当然、国の支配階級の通う王立学校に揃って入学すると決まった。

お陰で宮は今、何かと忙しない。

入学準備として勉学に落ちが無いかメラニーが厳しく精査、つまりは双子に数度の学力テストを課してチェックをし、主にシャルロットに悲鳴を上げさせた。さらに力不足と見た分野は重点的に学習時間が増やされ、これまた主にシャルロットが…以下略。

またカリキュラムの説明、持ち物の用意など知るべきこととやることは山ほどあった。

通常、王族貴族ならば家族や親戚が卒業生や在校生で身近な話題として聞き込んで知らず予備知識を得ているはずが、ルイとシャルロットには全くの未知の世界だ。そんな二人に学校の内情を話してくれたのは卒業生でもあるメラニーとクレアで、実体験を交えて語るそれらはとても助けになった。


そうして図書館通いや魔法の練習、剣の稽古、勉学といった日課と入学準備を並行して進めていた矢先。

ルイとシャルロットの元に実父である国王との対面の機会がもたらされた。

王立学校に通うとなれば多くの貴族に存在が知れわたる。その前に二人の存在を公式に認知しようというわけだ。

仲介に立ったのはロラン宰相で、格式を調える為と儀礼的な配慮が必要と遣いの侍従が幾度も王宮と宮を行き来した。支度も大仰で正装を誂えるところから始まって、とにかくやたらと時間がかかった。シャルロットの顔の傷は入念な化粧によって埋められ、表情筋を動かさないようアンヌに厳しく言いつけられた。さすがのシャルロットも神妙に指示に従ったが、そうまで準備した実際の顔合わせは、ひどくあっさりとしたものだった。



対面の日、王宮から馬車が迎えに寄越された。四頭立ての馬が牽く見たこともない豪奢な馬車に、ルイとシャルロットは正装に身を固めて乗り込んだ。

遠く宮から石造りの堅牢な外観が見えていた国の権威の象徴。馬車に乗ったまま衛兵の守る王門を抜け、豪壮華麗なナーラ国の政治と権力の中枢である王宮の中に、ルイ達は初めて足を踏み入れた。

王居にあるものよりは小さいが、遥かに豪華な造りの噴水の周囲を走って、王宮に繋がる車寄せで馬車を降りた。

ドレスの長い裾に手間取るシャルロットを気遣いつつ、ルイはお仕着せを纏った侍従の後を追った。

恭しく案内されたのは謁見の間。背丈の三倍も高さのある両扉を式部官が開け、ルイの後ろにシャルロットが付く形で伺候した。

分厚い絨毯を踏んで進んだはるか先に玉座があり、一段低く設えた位置に左右二つ椅子があった。そしてルイは中央に座る人の存在は認めたものの、向かって右隣に座す人物に注意が引き付けられる。

当然だ。最奥の玉座から遠く離れた扉より入室した時から、刺すような視線が放たれているのだから。顔立ちが窺える距離まで進んだところで、そっと瞳を動かしてその人を確認した。

艶やかな黒茶の髪を結い上げた上に輝く宝冠を載せた華やかで美しい女性。しかし濃い青の瞳はきつくつり上がり、強い念を持って睨み据えてくる。執拗な視線はルイに当てられ、外れるのは背後のシャルロットに向けられるわずかな時のみだった。


これが王妃。


二人にあからさまな敵意を向けている女性は、ある意味予想通りの存在だった。この念の強さなら、かつて二人に刺客を放ったのも頷ける。

一通りその姿を頭に入れて、ルイは視線を外した。顔を伏せがちにして神妙に前へ進む。

玉座に向かう深紅の絨毯を挟んで重臣達が両脇を固めていた。ルイとシャルロットを値踏みする視線が突き刺さる。

知らぬ顔が並ぶ中、玉座に一番近い位置に顔見知りを見つけた。ロランだ。

ちらりと視線を投げるとしっかりと目線が合い、穏やかな表情でゆっくり頷いてくれた。

ロランの正面、王妃のいる側の臣下の最前列にいるのは長身の貴族だった。王妃と同じ髪色と似通った端整な顔立ち。

王妃の血縁、なれば兄のフォス公爵だろうかと見当をつけた。確か、国内では最上位の貴族だ。

自分達を見てさざめく貴族、官僚達。悪意も好意も微笑を貼り付けた仮面に隠されていてよくわからない。ただ強い好奇の的であるのは、ルイとシャルロットに全方位から投げられる無遠慮な視線で明らかだった。

と、そんな敵意と好奇の視線とは異なる不思議な、しかしかたときも離れないまなざしを感じて、ルイは斜め左の方角を盗み見た。


そこに、この場では唯一ルイ達と同じ年頃の子供が座っていた。

玉座の左隣、一段低い椅子に座すのは第二王子、フィリップに他ならない。

王妃そっくりの滑らかに櫛梳られた黒茶の髪、そして濃い青の瞳。見開かれたその目はひどく大きい。強い興味を見せるまなざしとは逆に、唇は強く何かを耐えるかのようにぐっと引き絞られていた。纏う衣服は最上の仕立てで、豪華でありながら洗練されている。


上から下まで、完璧に王子様だ。


ルイの素直な印象だった。

弟という実感はない。血筋ではそうなのだろうが、全く別物に感じた。

自分達のようにイレギュラーな存在ではなく、生まれた時から王子として育った正統派。

そんな感想を抱くと、ルイは跪いて目を伏せた。

ロランとフォス公爵に挟まれた位置で二人、頭を低くして声がかかるのを待った。


「ルイ・シャルル、シャルロット・ルイーズ、面を挙げよ」

ルイは静かに頭を上げ、それまで一度も視線を当てなかった玉座の主、この国の国王を真っ直ぐに見た。

巨大で細かな彫刻を全面に施した金色の豪華な椅子に座していたのは、痩せた男だった。シャルロットに似た少しオレンジがかった金髪に藍色の瞳、青白い肌。隣の王妃とあまり変わらぬ年齢であるはずが、ひどく年を取って見えた。特に皺深いというわけでもないが、肌に張りがなく無気力でひどく疲れた雰囲気が漂う。この世に飽いているかのようだ。

「──」

国王アランを前にしてルイは冷めた目で観察すると、そんな感想を抱いた。ただその髪と瞳の色合いがシャルロットにそのまま受け継がれていると気づいて、由来を知る。

それだけだった。実父との初めての対面であったがルイの心に何の感慨ももたらさなかった。

傍らにいるシャルロットが気になったが、気配を感じるしかできない。

王の方は生まれてすぐ放逐した双子にどんな印象を抱いたのか。こちらを見ているのにわずかも動かぬ白晳からは何も窺えなかった。

そんな王の藍色の目がルイの腰の一点に留まった。

「第二宝剣は携えておるのだな」

「はっ。肌見離さず。陛下には身に余る宝をお預け下さり恐悦に存じます」

唐突な問いかけ。ルイは平静に応じられたことに内心息を吐く。

「ふむ。ロラン宰相の計らいでブリュノに剣を習っているのだったな」

「はい」

「学問も熱心だとか。うむ、師は誰だったか」

「陛下。書庫の主、アルノー老にございます」

王の逡巡にロランが口を挟んだ。

「ああ、そうであったな。アルノーであったか。あれは面白い男であった」

ひとりごちて王は頷いた。宰相に向けた人間らしい振る舞い。だがそれはたちどころに消え失せる。

しばしの空白のごとき沈黙。

ルイは上目でそっと王を伺い見た。

ぽかりと空を見つめる藍色の双眸。虚ろに見えるそれが瞼の下に隠れた。生きる力を喪うように唐突に。

そして無機質で平坦な面持ちに戻った王が、義務のようにルイとシャルロットに言い渡す。

「そなたらには学校で王族特権が与えられる。学校長も教師も王宮から通達され、そのように扱うだろう。二人とも、それに奢ることなく日々励むがよい」


それでお仕舞いだった。

恭しく頭を垂れるルイとシャルロットに無言で、国王は退出した。

耳に聞こえるのは衣擦れと靴音。

父王との対面は終わった。



「シャル、いた意味あったのかな?」

結局、一言も国王に声をかけられなかったシャルロットが、帰りの馬車の中で首を傾げる。

「顔見せだから。多分これでいいんだよ」

「そうなの?」

「名前を呼んだだろ。あれで王宮では王様が俺達を認めたってことになるんだよ、きっと」

「そんなものなのか。変なのー」

うん、とシャルロットは大きく腕をあげて伸びをした。正装ということでガチガチのドレスを着せられて、堅苦しさに体の各所が音をあげている。化粧が崩れないように気をつけていたので頬がひきつっている。馬車に乗り込んだ途端、固まった筋肉を解そうと大きく顔を動かしたので、塗り込めた白粉はよれてしまった。

「でも、学校では特別扱いってどういうことなんだろ」

「さあ?俺からアルノー達に聞いてみよう」

「変なことにならなきゃいいけど」

「シャルがそんなことを言うなんて珍しい。不安?」

「まあね。私はあんまり外に出ないから」

元々、シャルロットは宮からほとんど出ぬまま育ってきた。某地下の冒険は例外の出来事だ。

ルイと一緒に教育を受けることで、知識の上では外の世界を知っている。

だが未だにリアルにシャルロットが交流しているのはアンヌと宮の使用人、ブリュノ親子、そしてルイを介して知り合った人達だけだ。

不特定多数の人が集う「学校」はそれだけでシャルロットには未知の存在なのだ。


「ルイは何だか平気そう」

「うん?そこは、俺は図書館とか出掛けてるしね」

前世で学校というものは経験済みだ、とは言えない。

「そんなもの?」

「そんなものだよ。でもシャルロットならすぐに慣れると思う」

ルイの重なる励ましに、シャルロットもさすがに考えても仕方ない、と心を決めたようだ。

「んー。わかった。もし困ったことがあったらルイがいるしね」

「そうだよ。一緒に入学だから。何があっても二人いれば大丈夫だよ」

「だね。あとは学校ではもう少し楽な服装だと良いんだけど」

「それは、我慢して」


学校については図書館で資料を一読していた。生徒には揃いの制服がある。メラニーとクレアに確認したらずっと以前から変わらぬ伝統だという。シックなデザインで男女共に暗い灰色に統一されている。確か、王族や貴族の子弟が在籍するが故に敢えて質素に装う意図があると書かれていた。

マクシムやルイの着る男子の制服は、騎士見習いのようなあっさりとした上下で動きやすいものだ。女子は足首までの長さの飾りのないワンピースに短い上着がある。

シャルロットとしては正装より限りなく楽とはいえ、動きにくい長めのドレスは憂鬱の種だ。制服を作るため採寸している時から苦行に向かう顔つきだった。


本当は。

高位の貴族や王族は、制服を着用せず好きな服装で押し通す向きもあるらしい。本来は規則違反だが、身分を嵩に堂々と破っているという。学校側も黙認だとか。制服を制定した意義を根底から損ねているが、これが貴族社会の現実なのだろう。

シャルロットが知ったら喜んでパンツスタイルで登校しそうだった。

なので、実態がバレるまでは内緒にしておくとルイは決めていた。


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