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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
107/277

106


「それで。第二王子に近づくことは出来たのか」

朽ちかけた廃屋。それでも在りし日はそこそこの財を誇る商家の住まいであった館で、男は常に壁を背にして座している。


この場にあって男が強く希うのは、ただ唯一崇める御方が正しく世を征することのみ。その為に全身全霊を傾けている。全ては遺漏なく手配されているが、事は容易には進まない。

今も訪ねてきた娘に首尾を問えば力なく頭を振られ、思わず唇を歪めた。成果の無さに抑えられぬ怒気が滲んだ。

だが身を縮め、こちらのかすかな苛立ちにさえも敏感に反応する小娘を前にして、男は平静さを取り戻した。

「いや、東の宮の警備が厚いことはわかっていたこと。故に内から崩していく為にお前を王妃の元に送り込んだのだ。時がかかるのは致し方あるまい」

小娘が仕えるのが母なればこそ、気軽に子が訪れるであろうと。しかし想像以上に王妃と第二王子の仲が冷えきっていたのは誤算だった。

現状、唯一国王の嗣子と認められている第二王子は、東の宮で王妃の住まいとは別棟に離れて過ごしていた。親子はそれぞれ違う側付きに囲まれており、娘が王妃の元に仕えるようになってからの数年、王子が王妃の居住区域を訪れることは皆無だった。

極々稀に王妃が別棟を訪れていたが、その折引き連れていく侍女は限られた腹心らしく、娘が添うのは叶わなかった。

我が子と言えど王位に一番近い存在。であるが故か、生家の権勢を背に高慢な態度で宮廷に君臨する王妃が気を遣う数少ない相手だ。


「別の伝手を探すか。確か、侯爵令嬢が婚約者だったな」

「お恐れながら」

か細い声が上がって意外に思う。こちらから強く求めぬ限り報告を上げぬような小者だ。

だが、そうだった。

心得違いに男は気づいた。

これはわざわざ選って王家に近づけた特性ある者。ただの痩せた小娘ではない。

「なんだ」

「婚約者様の道は採らぬ方が良いかと」

「年の合うもの同士、頻繁に会っているではないか」

「月に一度、侯爵令嬢が第二王子のいる別棟を訪問するだけでございます」

「それでも年に数回の王妃よりはましであろう」

「いえ、それは。王妃が面会の回数を定めただけのことでございます。侍女達の申しますには、侯爵令嬢が決められた日時に訪問しても、王子は顔さえ見せずに終わることも多々あると。たまに会ったとしても形式的な挨拶のみでおしまいになるそうです。まともに時間を取るのは年に一度、王宮に新年の挨拶を揃って行う時だけだと」

「氷の王子というわけか。学問、政治等に関心が高いが人間関係の構築は不全、と」

「はい」

「欠陥人間なのは陥れるのに都合が良いが、こちらが付け入る隙がない」

ひとりごちて、考える。

「今少し様子を見よ。あれが王妃の元に復帰したであろう。人の不安を突くのに長けた男だからな。今度も王妃の懐に入り込むのは時間の問題だ。王妃に伺候するようになったら連携して、王子に接近する機会を作れ」

「はい」

娘は深く頭を下げて、その場を辞した。




「──聞いたか」

「はい」

娘が去って、ただ一人部屋に残された男は、ちらりと薄暗い陰の潜みに目を遣った。陰が崩れて、現れたのは暗灰色の塊。禿頭に歪んだ背を持つ魔道師、グレゴワールである。


「あの娘。オロールに第二王子と接触させようというのですか。さすがに、難しいのでは」

今しがたの会話について、異議を唱える。

「名ばかりの連絡係のおかげで、あれにはわずかな王妃の信頼も残っておりませぬ」

グレゴワールの空約束の生贄だ。数年放置されたナディーヌ王妃の怒りを買わないだけでも幸いだった

「それでも放逐されておらぬからな。せっかく潜り込ませた駒だ。お前にできぬことをやってもらう」

一見、無駄にしかならずとも良いのだ。

あの娘の使い途は別にある。その役目につくまではせいぜい雑事に励んでもらう。偶さか成功したなら、新たな手蔓ができる。その程度だ。

「余計な事を申しました」

男の言外に示した意図を悟ったか。グレゴワールはさっと引いた。

有能な男だ。王妃に取り入ることに成功したのもこの機微に敏い故だろう。


満足して、男は改めて本題に入ることにした。

「あの女の元には通っているか」

「は。ただ公爵の監視もありますので、宮を訪れるのもかなり間を明けております。ですから、頻回とは言えぬかと」

「それは構わん。一度疑われた身だ。不興を買って分を弁えたと見なされるまで、その程度で良い。もちろん、あの女の機嫌を取りつつな」

「ははっ」

「当分はその関係を維持するのだ。それで…折をみてそなたに探ってもらいたいことがある」

「なんなりと」

恭しく請け合ったグレゴワールを睥睨して続ける。

「──我ら同志はナーラ国のあちこちに散ったが、国の中枢に入り込む者は未だおらぬ。省庁の内に数人は食い込んだが王家に関わるまでには至っていない。故にそなたがアストゥロ王家に一番近い。特に、当代は傍系がおらぬからな。外から攻めるのは不可能だ。直系の王族に繋がる確かな手蔓は、そなたのみ」

現在、王族として在るのはアラン国王とその子女しかいない。それ以外の王族は先々代の子孫まで遡らねばならず、高齢の者を除いては既に臣籍に降っている。王家に近づく人脈は限られているのだ。

「それで、そなたに探ってもらいたいのは、王家に伝えられる宝剣についてだ」

「宝剣…?それは、第二王子が下賜された剣のことでしょうか」

「そうだ。第二王子が得たのは第三宝剣。第二宝剣が第一王子に渡された筈」

「そのような話を、確かに王妃が溢しておりましたな」

記憶を探って、グレゴワールが思い当たったと頷く。

そう。グレゴワールから、そして他の宮廷に潜り込ませた者からも聞いている、後継者争いの一端だ。

「宰相に請われ、それまで顧みなかった第一王子に王が第二宝剣を与えると決めた。それに王妃が不満を訴えた為、第二王子に第三宝剣が渡った」

正統な跡継ぎは第二王子しかあり得ないと断じる王妃が、強く抗議した果ての出来事。

「その宝剣に何かありましょうか」

どこまで話すかは事前に決めていた。この禿頭の魔道師が知っているのは、確か。

「この国の伝説の宝について、我が画策しているのは聞いているな」

「は。──そのうちの一つを密かに得ようと、随所に手を回していると聞き及んでおりますが」

いきなり話が変わって惑ったであろうが、グレゴワールは束の間、瞬きをしただけで平然と応じた。

しばらく見ないうちにさらに腹も据わったか。

男は魔道師のわずかな変化を好ましく思う。大事を託すに良い兆候だった。

「手に入れた者の如何なる望みも叶えるという宝玉は、かの方の御為に以前から捜索してきた。我らの悲願成就に欠かせぬ道具としてな」

グレゴワールが静かに頷く。

「なので、そなたに託すのは他の二つの宝の行方だ」

「他の、二つ。言い伝えでは、剣と盾」

「そうだ。宝玉と違い、他の二つの宝は王家に深く帰属するものらしくてな。在処も手掛かりもない。そもそも我らの用にはならぬ故、探索など考えず放置しておった。だがもし剣と盾が発現したならば、我らの障壁になろう」

「剣も盾も、魔物を屠る為の破魔の道具と聞いております」

「その通り。手にした者の望みを叶える宝玉とは種が異なる。魔物がこの国を蝕むことを望む我らにとっては、邪魔なものだ」

「つまり、」

「万に一つの可能性を潰しておきたい」

グレゴワールが大きく息を吸い込んだ。

こちらの力を育てるだけでなく、積極的に王家の力を削ぐ。その意味を正確に読み取ったのだ。

「王家の奴輩が剣と盾を得る望みを絶つ。その為の布石よ」

「宝剣が、その鍵となると?」

「わからぬ。ただいにしえの書によると、剣と盾、いずれの宝も顕現した際に宝剣の存在が記されている。それが偶然なのか必然なのか。他に要因があったのか。──実はな、宝は形代を拠り所として現れると、かの方の遺した書にもあるのだ。そして、王家に代々受け継がれし財宝は種々あれど、剣と盾に関わると思われるものは、現時点では宝剣しかあたらぬ」

「なんと。王子達に渡された宝剣にそのような重い役目があったとは」

目を瞪ったグレゴワールに、しかし男は首を振った。

「いや、先走るな。可能性の話なのだ、これは。しかも宝剣は三振りある。王子達の持つもの以外に、もう一つ」

「第一王子と第二王子にそれぞれ下賜したならば、残りの一振りは王が所有しているのでは」

グレゴワールの予想は、こちらも幾度も想定していたことである。だが男は首を振った。

「かの方の残した書にも第一宝剣の存在は記されておらぬ。実際にものとして在るのかさえ、定かではない」

現存するかも不確かな宝剣と、伝説の宝の行方。その真相を知り得る者は王家直系しかいないだろう。末端の同志が傍系の元王族に仕えたというが、今更王家に纏わる伝承や遺物に関われるとも思えない。探索には、現王妃を籠絡したグレゴワールが最適の人材だった。


「第一宝剣は、既に喪われているのかもしれませぬ」

「その可能性も含めて、詳細を探れ。併せて王子二人に下賜された第二宝剣、第三宝剣についても、どんな些細な噂も伝承も漏らさず集めるのだ。急がずとも良い。慎重に、秘密裏にな」

「承りました」

グレゴワールは恭しく頭を垂れた。それで話は終わりだった。

退出の為、立ち上がり、しかしグレゴワールはふと顔を向けた。


「先程の、オロールの務めですが」

「ああ」

「第二王子に近づけたなら、第三宝剣そのものを目にすることが可能、と」

思わず唇が笑みの形に歪んだ。この魔道師は本当に頭が回る。

「期待はしていないが。そういう線も諦めてはいない」

「──深いご思慮、感服いたしました」

グレゴワールは感じ入ったようにそう口にすると、静かに退出した。


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