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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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105 東の宮と廃屋


「見つかったか!」

肘掛けを打った王妃に、色好い報告をすることのできた男が深く頭を下げる。

「ははっ」

「よくやった。後で褒美を受け取るが良い」

言って、ちらりと部屋の隅に控える小娘に視線を投げる。

「雇い主の行方も知らぬ無能とは大違いじゃ。さっそく私の元に参るよう伝えよ」

「かしこまりました」

淀みないいらえに王妃は鷹揚に頷いた。



あの男が自ら去ってから三年。

日々の中で苛立つこともあったが、それでも何とか乗り越えてきた。しかしあとわずかで王子が王立学校に入学する歳になる。未だ魔道教育は放置したまま。準備期間もなく素の状態であるが、それでも王子につけた教師から、初歩の魔法の発現を確認したと報せを受けている。

このまま、順調に成長してくれれば。

両の手指を組み合わせて一心に願う。

しかし破綻した親子の関係は、直接な声掛けや励ましを許さない。日々の進捗も王子の住まう離れから話があがってこない限り、知る術もない。

王妃の抱く不安を宥めてくれる存在が必要だった。王妃と王子の難しい経緯を理解して、魔道教育に対する期待と焦りに共感してくれる者。


トマでは駄目だ。あれは無能過ぎる。そして、兄公爵に筒抜けになってしまう。

王妃は、兄リュシアンこそ自分の全き味方であると信じていたが、それ故に自らの醜い闇色の情念を見せたくなかった。

それに兄が動いていれば、糾弾されるべき事態に陥った時は身に罪の一切を被る立場となる。兄は妹を守るために、進んでその道を選ぶだろう。だが公爵が何も知らず、上にあるのが王妃だけならば、罪は末端の者に向かう。

兄は要らぬ。切り捨てられる使える駒があれば良い。

そう考える王妃にとって、有能な野良魔道師は便利な男だった。使えるだけでなく、自らの腹立ちを思う様ぶつけることもできる。

これでまた私の願いを叶えてくれる手足が戻った。

満足感に浸った王妃は、部屋の端から向けられる冷えた眼差しに気づくことはなく。高揚する気持ちのまま侍女を呼んだ。

「別棟へ行く。支度せよ」



───────────────────────



東の宮の離れに王妃一行が着くと、フィリップ付きの侍女達に緊張が走った。王子が母の訪れを歓迎していないからだ。

離れと言い慣わされているが、完全に別棟、独立した宮のような造りで、王妃と王子は互いの気配を察するも難しい。

フィリップは今年十三歳。魔道修得の強要を発端とした母子の間の隔意は、狭まるどころか年を経て深まり、修復の兆しは見えていない。

公の場以外ではまともに言葉を交わしさえしない。頑なになった息子の心はほどけず、ナディーヌの胸の一部は淀んだままだ。

兄には辛い気持ちを溢しているが、夫であり父親である国王には、仲睦まじい母子を取り繕っている。王には、フィリップの瑕疵と見なされる要素は、限りなく隠しておきたかった。


ともすれば陰る心を押し隠して、王妃は頭を上げて王子の侍女に用向きを告げた。バタバタと慌てたように人が出入りをして、東の宮の正式な主人を出迎える。

王妃もよく知る年嵩の侍女頭が、静かに現れた。

彼女の役目はこの別棟の主、フィリップの意に添わない母親を秘密裏に受け入れ、さらにその望みを叶えること。

これまでにも幾度も成し遂げてきたそれは、機会を設けねば互いの存在すら忘れるほど隔絶した母と子を繋ぐもの。王妃に王子の姿を垣間見せるという、口にしたらあまりに他愛もない仕事だ。

だが幼少期の鬱屈の為か、少々気難しく成長した王子は、宮に仕える者達にも厳格さを求めた。故に独断による行動を知ったなら、主君としての寛容さを失い苛烈な咎めを与えるだろう。

そうと承知の上で尚、王妃の訪問を受け入れる侍女頭の所作には無駄も躊躇いも一切ない。

今日もさっと他の使用人に指示を与えると、自ら王妃を回廊へと誘った。しばらく歩を進めると、前方に光が差し込んた。

「妃殿下。あちらに」

宮の庭が臨める場に向かっているのだ、と王妃が気づいた時、侍女頭は心得たように庭先を指し示した。


美しく刈り込まれた庭。

拓けた地に敷かれた緑の絨毯を踏みしめて、フィリップが剣を振るっていた。動きやすい軽装で、既に時を経たのか額に汗が滲んでいた。

前に顔を見たのは国王の生誕祭だった。豪奢な礼服を纏った母子は儀礼的な顔合わせに終始した。

このような、素のフィリップを見たのはさらに時を遡らねばならない。

王妃譲りの黒茶の髪が動きに合わせて跳ねる。明るい陽光を浴びて蒼の目は輝き、運動をするフィリップは生き生きとしていた。

ほぼ三ヶ月ぶりの息子に目が吸い寄せられる。一心に眺めて言った。

「また、背が伸びたようじゃの」

「はい。お健やかにお育ちで。妃殿下のお背にほど近くなられたやもしれませぬ」

「まことか」

ほ、と心がほんのり温かくなる。

これはフォス家の長身の血ではないか。兄上、そなたの伯父を見ればまだまだ伸びる余地がある。将来は見事な体躯になるのではないか。

本来ならフィリップ自身にかけたい言葉を、内々で巡らせる。当人には言えぬ心の泡沫だが、それでも考えるだけで浮き立つ気持ちがあった。

大事な王子は、母である王妃とは変わらず距離があるままだ。

それでもつけた教師の報告によれば、真面目で学習意欲は高く、特に国政や歴史、外交関連の分野を深く掘り下げて学んでいるという。もちろん目の前の姿が示す通り、騎士としての嗜み、剣術の稽古も欠かさない。まさに王としての資質に恵まれた、非のない跡継ぎだった。

幼い頃に頓挫した魔道の上達を除いては。

十三という年は、初歩の魔法発現には遅すぎるのでは。そんな焦りが未だ王妃にはあった。

だがこうして実際のフィリップを見ていると、魔道の力の開花などひどく些細なものだったと思える。王子が幼い頃にあれほど拘ったのがひどく愚かしい。

ありのままのフィリップは、こんなにも素晴らしいではないか。

目を細めて今一度息子を見つめて。

そろそろお時間です、と促す侍女の言葉に王妃はゆったりと笑んで踵を翻した。



だが数日後、探し当てた男を宮に呼び寄せることに成功した王妃は、気持ちを一変させる。

魔術をかけられたのではない。自分にはそんなものは効かぬと、王妃にはよくわかっていた。

ただ普通に会話をしているだけ。

男──グレゴワールとの面談を思い返しても特におかしなことはない。事実の羅列を告げられたに過ぎない。なのに何故か狂おしいほどの焦りと苛立ちがその身を襲い、我が子の成長に不安を抱えて過ごすことになった。

手駒になる者のみで周りを固めた王妃は、何れの助言も仰げず、理由がわからぬ焦燥感に駆られて煩悶した。

サロンに集う者達に美辞麗句を捧げられても鬱屈は晴れない。

求める安心を得られず、王妃は再び禿頭痩躯の魔道師を頼ることを選んだ。


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