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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
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103


「なあ、マクシム」

シャルロットを残して騎士団に置かれていた私物を片付けていると、顔見知りの騎士の一人がマクシムに声をかける。

「あの遠縁って子、あれだよな。王居の南のさ」

「すみません、ノーコメントで」

大雑把に荷物を一纏めにして断ち切るように言うと踵を返す。尋ねてきたのはいつも何くれとなく面倒を見てくれる年の近い先輩だが、ここは何も語るわけにはいかない。他の騎士もちらちらとこちらを見て、マクシムが決定的なことを言わないか注視している。

団長の通達が行き届いているから、さすがに無理やり問い詰めては来ない。一人佇んでいるシャルロット当人に素性を質したりもしない。

また稽古では、常と同じくびりっとした緊張感と真剣さが場を制していて、部外者一人の為に動きが乱れたり皆が落ち着かず質が落ちるということはない。それでも、常の練兵場にはないさざめきが起こり、それぞれが待ち時間にシャルロットに密やかに視線を投げているのは知っている。

さらにマクシムが通常の仕事をこなしている普段の日にも、騎士達は探りを入れてきた。父と違って視線一つで問いを封じるような真似は出来ないから、声をかけられたら応じるしかない。


「あの子、もう少し近いところで見学してもいいって言っておいてくれよ。俺ら怖くないから」

荷物を抱えて振り返ったところで、今度は三人の騎士に囲まれてそんなことを言われた。『特別な見学者』のシャルロットへの興味を隠せていない。あわよくばの機会を狙っている。

「いや、剣が飛んできたりしたら危ないんで」

「大丈夫だって。そんなもの喰らう間抜けじゃないよ、あれは」

「だよな。あれはなかなか隙がない」

何年も剣術をやり続けているシャルロットは、剣士としての足運びや目配りが身についている。反射神経が良いし勘も鋭い。

よく見てるな、とマクシムは思う。ただ、彼らの申し出はシャルロットからすれば魅力的だが、もちろん受けるわけにはいかない。

「それでも駄目です。今の距離で充分楽しめてるからお気になさらず」

「ガード堅いな。ダニエル隊長かクロードがいたら教えてくれたと思うぜ?二人とも不在なんてついてないな」

兄二人の名前を出されてもひたすら無言を通す。それぞれ辺境に赴任中と国境の監察に同行中であるが、いたとしても事態は変わらない。

今度は少し年長の騎士に呼び止められる。

「ブリュノ閣下の連れてきたあの子。見てたんだけどさ。あの身ごなし、結構剣をやりこんでるよな。試しに見習いとでも稽古をしたら面白いんじゃないか?」

「いやあ、家で手慰みに剣振ってるだけですよ。さすがに騎士の皆と手合わせなんて無理なんで。失礼します」

実際に立ち合ったりしたら少女だとバレてしまう。剣をやる、ブリュノの庇護を受ける曰く付きの少女。

そこまで辿り着いたら最後、囁かれる噂の精度が段違いに上がる。

それにマクシムは、今の時点でシャルロットが剣の遣い手と知る者を増やしたくなかった。箝口令が敷かれていたとしても、騎士団の内輪ででも話題になるのは避けたい。ある意味、王子のルイを隠れ蓑にしているのだが、そこはまあ方便である。

さらに別の騎士が足止めをしようとするのを頑なな態度で何とか振り切って、鍛練場に戻った。壁際でぽつんと待つシャルロットの元に参じた。



「マクシム」

こちらを見てほっと表情を緩めるのがわかって、マクシムも自然に頬の強ばりが解ける。

「すみません、いろいろ来る途中で捕まっちゃって。あの人達興味津々なんですよ」

「私の正体がバレてブリュノやマクシムが困ったりしなければ、別にいいよ」

「いや、俺は平気なんで。ただルー様は大丈夫ですか」

数度に渡り訪問して、シャルロットは騎士の顔見知りが出来たらしい。

頷いたり首を振ったり。ほぼそれだけの意思表示しかしていないのに、何故か見かけると声をかけてくる者がいるという。

見習いのマクシムとも距離が近い、若手の騎士達だ。

「何も話してないし、そういう、私のこと探るようなのは聞いてこないから。多分、勝手にルイだと思ってるんじゃないかな」

お忍びの王子と見ているから、話しかけるが詮索はしない。

ならば何をしているのかといえば、シャルロットが見よう見まねで剣を振っているのを見て、構えのコツを教えたり自身の身体を示して修正箇所を指摘したりと至ってまっとうな交流をしているという。

あくまでも距離を保って、というのだから"要請”の威力は凄まじい。対してシャルロットは頷くくらいしかアクションを返していないが、それで意志疎通が成立しているのだ。

ブリュノとマクシムが考えていたよりずっと、シャルロットは騎士達の好奇心を刺激しているのだろう。

「本当に、すみません。嫌だったら、ここに来るの止めてもいいんですよ」

「それは嫌」

シャルロットにとっては制限が多かろうと楽しいらしい。



五回目の訪問が終わった後だった。

シャルロットを馬車まで見送ったマクシムは、片付けの為に用具置き場に向かっていた。

「よ、マクシム」

廊下の壁に寄りかかった男が片手を上げて待っていた。

「ジャックさん」

「お見送りは終わったか」

「はい、俺ももうすぐに帰ります」

近寄ってきたのはいつもマクシムを可愛がってくれるジャックという騎士だ。まだ正騎士になって数年。鳶色の髪を持つ気さくな彼は言いたいことがあるようで、マクシムは足を止めて言葉を待った。

「何度も来てるのに、飽きは来ないのか。あのルーちゃんは」

「──、はい」

ルーちゃん、の単語に一瞬喉が変な引っ掛かりを覚えたが、マクシムは何とか飲み込むことに成功した。

「剣術が大好きで。小さい頃から俺も騎士団の話をしてたんで憧れがあるんだと思います」

「へえ。惜しいな。真剣に目指せばいけそうなのに」

「は、あ」

あやふやに応えるとジャックはにやりと笑った。

「あーわかってるって。騎士団入りはできない立場だもんなあ。もったいないけど、仕方ない」

肩を竦めてからそれにしても、と続けた。

「だけど実際に見て驚いたわ。さっすが美貌で知られた方のお子だな。男だってのに美少女にしか見えないぜ」

ひく、と顔がひきつりかけた。マクシムは顔の筋肉に活を入れて、ぐいとジャックを正面から見上げた。

「俺、あの方がどなたの子息だとか言ってませんよ」

「秘密なのはわかってるって!」

ばん、と大きく背中を叩かれた。けほ、とマクシムは咳き込んだ。

「いや、俺はお家騒動とか興味ないけどな」

ジャックはマクシムの肩に腕を回して声を潜める。

「ブリュノ閣下とお前が肩入れしてるから、まあボンクラではないと思ってたんだ。だが、あれは確かに見所がありそうだ。見栄えだけじゃない。まっとうに育ってきらきらしてる。気性も良さそうだ。あれは賭ける価値があるわ」

他人に聞かれたら多方面に支障がありそうなことをずけずけと言い放つ。

先輩騎士の勝手な言い種に、マクシムは覆い被さられた背中に汗をかいた。ジャックに小声になるだけの配慮があったのが救いである。

「ジャックさん、もう」

「あれなら、俺も乗ってもいいぜ」

「は?」

「将来の話。アンリも同じ気持ちだってよ」

「!アンリさんまで。何を勝手に話してるんですか」

マクシムがついているドニ隊長の右腕、シャルロットが褒めていた騎士の名前まで出されて驚いた。シャルロットが来る都度、かなり目立っていたのは承知だったが、騎士達の間で随分と話題に上がっていたようだ。

「だってお前が、わざわざ騎士見習いを辞めて学校に入る理由だろ」

「──」

「誤魔化しても誰も信じないから、無駄なことするなよ。お前はブリュノ将軍の七光りがなくても上に行ける奴だ。しかも骨惜しみしない質で努力家、さらに真面目ときてる。皆だって期待してた。なのに、お前はそれを放り出してでも守りたい人がいるんだろ」

マクシムは答えられない。

「納得してない奴も多かったんだぜ?でもあの子を見て皆諦めた」

「そんな」

やっと出た声は小さくて、抱え込まれた距離でも聞こえない。

「まあ、それくらい俺達はあの子を気に入ったってことだ。もしもの時は力になるからな」

肩を抱き込んだ腕を離して、最後にぽん、と背中を突いた。

マクシムは曖昧に挨拶を返して別れた。



かなり大事になっている。

別の意味で戸惑った。

彼らが"わかってる”つもりのそれは間違っているのだから。

お家騒動、つまりは王位の争いだが、本当の王子であるルイは自ら地位を欲するタイプではない。自分やシャルロットに火の粉が降りかかったら全力で阻止しにかかるが、基本性格も穏やかで剣よりも魔法、しかも守りに向いた能力の持ち主だ。

彼らが賭けてもいい、と言った相手は無関係の王女。真実を知ったらどうなるか。


変に盛り上がられたら困るな。


溜め息をつくと、マクシムは向かう先を自邸から変更した。


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