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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
4章
102/276

101


石造りのがっしりとした堅固な空間。王宮の北に広く与えられた土地を、大きな石を組んだまるで要塞のような壁がぐるりと囲う。その内に、国の最高の軍、最上の剣士達が集う場があった。


騎士団の了承を得て、ブリュノ将軍に伴われて騎士団本部を訪れたシャルロットは、見るもの全てに目を輝かせた。

「う、わあ…!」

「殿下。お声は小さく、なるべく低く」

長身を屈めてブリュノがシャルロットの耳元に囁く。

「ごめんっ」

シャルロットははっとして肩をいからせた。

その出で立ちは青を基調としたパンツスタイル。ルイの服を借りてマクシムにもらったベルトに模擬剣を下げている。髪は低い位置でまとめて紐でくくった。

遠目には、近くで見てもどこかの貴族の少年だ。声質だけはどうにもならないから、あまり大きな声は出さないよう事前に注意されていた。

とはいえ、好奇心が抑えられずシャルロットはきょろきょろと辺りを見回してしまう。

騎士団の建物の内も、育ってきた宮邸などとは全く違うのだ。半ば放り出されたとはいえ、宮は王族の使う瀟洒な邸である。細部まで貴人の為の居心地の良さに配慮している。しかしここは一切の飾りを廃し、高い壁と広い廊下を有して、騎士達が行き来しやすい堅牢で実用に適した造りだった。


ブリュノは最初に騎士団長の元を訪れた。

「悪いな、マチアス。手間をかけるがよろしく頼む」

「ブリュノ将軍のご依頼ですから、こちらは歓迎いたしますよ」

壮年の騎士団長はブリュノと固く握手を交わすと、その背後に視線を移した。

「ああ、そちらが、」

ブリュノの陰に隠れるようにして、シャルロットは小さく頭を下げた。事情を知っているのか、口を利かない無礼も気にした風はない。

「これから私が団の中を案内する。次からはマクシムが相手をするから、迷惑はかけないとは思うが」

「末息子殿はあの年でなかなか人間が出来ておりますからな。では、まずは」

笑顔を見せて答えると、マチアスは何を思ったか大股で部屋を横切った。音もなく扉の取っ手に手を掛けると勢い良く開いた。

「「うわっ」」

重い何かがいくつもぶつかる鈍い音、そしてあたふたとした複数の人の気配。

「何をしてるか、貴様ら!」

マチアスが扉の向こうへ怒鳴り付ける。

「「失礼致しました!」」

揃った太い声がした。それからドタドタと足音が駆け去っていく。

静かになった外に溜め息をついて、マチアスは扉を元通りに閉めた。

「躾がなってなくて申し訳ありません」

こちらに向き直り、ブリュノとシャルロットに謝罪する。

「いや、まあ物珍しいのだろうよ。だが"要請”は守ってもらいたい」

「わかっております。あいつらもさすがに将軍のお言いつけを破る愚か者ではありませんので。ご安心下さい」

シャルロットは今の騒ぎに目を丸くしていた。

騎士団の人間が、団長の部屋を盗み聞きしていたということか。

マクシムにいろいろ聞いていたが、想像よりはるかに元気な者達が集まっているようだ。宮に閉じ籠っていては見られない剣士や素晴らしい本物の騎士がきっとたくさん居るのだ。


楽しい。


シャルロットの唇に自然と浮かんだ笑みを見て、マチアスが眉を上げた。

「これはこれは。無礼者達に困惑されるどころか、楽しんでおられるのか?」

「元気をもて余してるのでな。騎士達の姿を見るのが楽しみで仕方ないのだ」

ブリュノの言葉ににこりと笑ってマチアスは請け合った。

「ならば、きっとご満足いただけると思います」


騎士団の建物内部を一通り案内してもらって、シャルロットは屋外の鍛練場にやって来た。

四方を塀に囲われている土が均された広場には、十数人の騎士が稽古に励んでいた。

ブリュノがシャルロットを伴って足を踏み入れると、存在に気づいた騎士がさっと姿勢を正した。それに倣うように次々と騎士達が礼を取る。

さあっとその場にいた全ての騎士が踵を鳴らし直立不動で立つのを、シャルロットは口を開けて見つめた。


すごい。


ブリュノの騎士達への影響力が伺えて、知らず尊敬の籠った目で師を振り仰いだ。

「殿、…ルー」

落ち着いて下さい、とでもいうように、ブリュノが名を、偽名を呼ぶ。

ルイとマクシムがいつも呼んでいるシャル、とさらにルイとも似通っている音。しかもルイを思わせる響きで本当の素性を煙に巻くよう、ルイとマクシムが考えたものだ。

ブリュノにもこの名で呼ぶよう頼んだ。王女を偽名で呼ぶことに彼は躊躇いを見せたが、ここは事情を鑑み応じてくれた。

ブリュノは騎士達に稽古を再開するよう告げると、シャルロットを広場の端に誘った。石が積まれた壁を背にした日陰になる場所。そして騎士達の稽古の全体が見渡せる位置だ。ジュールの魔法が及ばない外だから、日焼けをしないよう配慮している。アンヌの怒りを買わないように。

シャルロットは守られ気遣われていることに、少しばかりもどかしい気持ちになった。

自分はどこまでも守護される存在でしかないのか。真に誰かを守れる盾になりたいのに。


だが、すぐに目の前の光景に夢中になった。

騎士団の日常はマクシムが事あるごとに教えてくれたが、実際に目にしたものは全てにおいてそれを超えていた。

マクシムよりも体の大きな長身、かつ毎日の鍛練を怠らない彼らが繰り出す剣の速さ。力強く土を蹴る足の無駄のないステップ。大きく筋肉質なのに俊敏に動く身体能力。重い剣を自在に操る膂力の強さ。

大胆に動いているのに周囲の状況を把握している視線。目まぐるしく変わる状況とそれに対する自身の身体、剣が届く範囲を冷静に見定める判断力。

師であるブリュノはかつてこれらの騎士達全てを束ね率いていた筈だが、宮ではルイとシャルロットに指導するのが主で、自ら剣を振るって見せる機会は限られていた。だから騎士の本気、彼らの鍛練の賜物である練り上げられた剣を目の当たりにしたことはない。

今、単独で剣の素振りをしているのでさえ、シャルロットには感嘆を覚える要素があった。姿勢一つとっても真似をしてみたくてたまらなくなる。ましてや、複数で剣を合わせた模擬試合を行っている騎士の姿など、瞬きをするのすら惜しい気持ちでいっぱいになった。


長く飽きもせず鍛練場で時を過ごしたシャルロットだが、その日一番の歓声を上げたのは最後に連れていかれた馬場だった。

「わあっ、馬だ!」

思わず洩れた声は大きかったが、誰にも聞き咎められなかった。

大きな、見事な体躯の馬が何頭も、丸く切り取られた馬場に引き出されていた。馬の調教をしている騎士や騎乗している騎士もブリュノを認めて軽く礼をする。それに軽く手を上げて応えた元将軍は、馬から目を離せないシャルロットに声をかけた。

「ルー、は、馬は初めてでしたか」

「うん、馭者が使ってるのしか見たことないよ」

「──確かに。機会がございませんでしたな」

宮邸に馬はいたが、馬車専用の引馬である。その上シャルロットは外に出ることすら稀なので、馬車もあまり馴染みがない。乗るための馬、しかも軍用の騎馬など見たこともなかった。

「大きいし、かわいいな」

声が弾んだ。

近くに繋がれていた鹿毛の馬は黒目がちの目が澄んでいた。その体に丁寧にブラシがけをしていた馬丁が汚れた顔を綻ばせた。

ちら、とブリュノに向かって頭を下げると、シャルロットに近づいた。

「こいつをやってみますかい」

"要請”を知らない馬丁はぐい、と無造作にシャルロットに手を突き出した。手のひらに載っていたのは二つに割ったリンゴ。馬の好物なのだろう。目にした馬が頭を振り上げこちらに寄ってくる。

「いいの?」

「ルー様」

「どうぞ。喜びますよ」

ブリュノが制するのを聞かず、シャルロットはリンゴを受け取り馬の鼻先に差し出した。具合の良い高さだったのだろう。馬はふんふんと鼻で匂いを確かめると、シャルロットの手からリンゴを食べた。ごりごりと噛み砕く音がよく聞こえ、鼻息が手にあたってくすぐったかった。

「ありがとう」

馬丁に礼を言うと、照れ臭そうに頭をかいて離れていった。

初めて間近に感じた馬の気配。生き物の息づかいに怯むよりもっと触れたい気持ちがふくらんだ。

鍛練場での人が放つ熱気とは違う、大きな動物と共に訓練をする場所。馬に添う騎士達の心持ちは厳しくも優しさを傾けているように見えた。シャルロットは歩く馬達、騎士が軽々と騎乗して軽く走らせている姿を熱心に見つめた。

剣を使う騎士は、シャルロットが自身やマクシムの実際と引き比べて、より高いレベルの技術や身体の動き、鍛練の成果を感じて興味深かった。

一方、馬場では馬そのものすらわからないから、目の前を歩くのさえ感嘆したし、騎馬の一切、馬の調教の全てが好奇心を刺激した。


そうして、シャルロットの騎士団見学の初日は終わった。


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