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宮邸の居間で、双子は息を詰めて向かい合っていた。静寂の中、パチパチと弾ける音がした。
ルイはほっと呼気を吐いた。
「できた。──痛くは、ない?」
細心の注意を払ってシャルロットの顔にあてていた手のひらを下ろした。
「んー。ちょっとむずむずするけど、平気」
二人、ソファに並んで腰かけて。大人しくルイに顔を差し出していたシャルロットは目を瞬かせた。
「そう。ちゃんと消えたよ」
ほら、とルイはテーブルに置いた大ぶりの楕円の鏡を両手で傾けた。シャルロットが覗き込む。
「あ、本当だ。傷が消えてる。すごい、ルイ」
騎士団に行くということで、ルイが眩惑の術を試したのだ。長く修練した甲斐あって、シャルロットの額と顎は真珠色の輝きで包まれ傷一つない滑らかさだ。
「ええっと。こうすると、あ。見えた!」
ぐぐっとさらに近づいて顔を映すと傷が浮かぶ。離れると消える。
至近に寄っては離れて、また寄って。鏡に向かって首を伸ばして幾度も動かし、遂にはぐらぐらと目が回ったシャルロットはソファに沈み込んだ。
「~~気持ち、悪い」
「やり過ぎだって。シャル、いい加減にしなよ」
「面白くって、つい」
そうっと額を撫でながら、シャルロットは笑う。
「触るとちゃんとあるのも不思議だね」
「人の目を誤魔化す術だからな。本当に治ったわけじゃない」
ルイが言うと、うん、とシャルロットは頷いて、それから少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「だからね。魔法はかけなくていいよ」
「え、なんで。綺麗に消えたのに」
まさか断られるとは。
愕然として、それから急いで術の跡を見直した。
「もしかして、やっぱり痛かったりしたか?」
何かミスがあったのか。手直しをすべきか。
ルイがそっと手のひらをかざそうとすると、シャルロットは首を振った。
「そんなんじゃない。でも、見慣れちゃったから私としては傷がない方が落ち着かないっていうか、」
「でも。外の人に会うのに」
知らない人間に傷を見られるなんて。それが原因でシャルロット自身が侮られたりしたら。
嫌だ、とルイは強く思う。
だが言い差した先を、シャルロットの笑顔が封じた。
「いいよ。王女様じゃなくて男の子ってことで見学に行くんだから。傷があっても平気だよ」
「──」
納得はできなかった。
だがシャルロットがそこまで言うなら、ルイにはもう何も言えない。
いつだってシャルロットの気持ちが最優先だ。
ルイは大人しく魔法を解除するしかなかった。




