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異世界転移女子大生、もふもふ通訳になって世界を救う~魔王を倒して、銀狼騎士団長に嫁ぎます!~  作者: 卯崎瑛珠
終章 世界のおわり

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第42話 エルフの里と半郷



【怪我人は、こちらへ。食料はあちらにある。落ち着いて並べ】


 エルフの里長である、シュナことククルータヴァイリシュナは、里の入り口で声を張り上げていた。

 避難してきた獣人たちが、続々と到着し始め、現場は混乱を極めている。

 が、エルフたちは意外にも精力的に彼らを補助していた。

 

 本来なら無気力・無関心な性質のエルフたちを説得したのは、他でもないシュナ自身だった。

 

『知識の番人たるエルフが、再び世界滅亡にあっても嘆いているだけだった、と書かれたいか。精霊の子を見捨てたとあっては、エルフへの精霊の加護もなくなるであろう』

 と。


 杏葉が里を訪れ、魔法を修行していったことが大きかった。

 人間だけでなく獣人とも心を通わせる。そんな彼女の周辺で、楽しく踊る精霊を目の当たりにしたエルフたちは、杏葉を精霊の子と認めたのだ。


『長! 西はいっぱいになりました!』

『ならば次は東へ収容』

『薬草庫はいいですが、穀物庫がみるみる減っていってます。足りるかどうか……』

『こどもに優先して配給しろ。あとは木の実と果物を確保』

『はい!』


 シュナは、無意識に空を見上げる。

 暗い雲がじわじわとここへも迫ってきている。


『アズハ……どうか無事で……』


 これが親心というものか、とシュナから自然と笑みがこぼれる。

 


 ――ガウルと、幸せになって欲しい。


 

 人間と獣人の婚姻を、エルフが祝う。

 それこそが、シュナの思い描く『新しい世界』のはじまりだった。




 ◇ ◇ ◇




「バザン、行くの?」

「スマナイ」


 獣人王国リュコスの中にひっそりとある、半郷という、人間と獣人のこどもたちが暮らす集落。

 ダンの娘エリンは、熊獣人と人間とのハーフである夫のバザンを、見送ろうとしていた。腕の中には、おしゃぶり代わりに親指を加えるダンの孫、アーリン。こげ茶色の瞳で、じいーっとバザンを見つめている。


「ううん。気を付けて」

「モチロンダ」


 バザンは、両手でエリンとアーリンの頭をそれぞれ撫でた。


 半郷、そして半獣人の存在が明らかになってしまう。

 けれどもこの世界の危機を、黙って見ていられるか?

 

 何度も何度も話し合いがされた。

 賛成も反対も様々。だが――


【仲間たちを、見捨てることはできない。腕に覚えがある者でだけでも、助けに動きたい】


 バザンの主張に、何人かが手を挙げてくれたのが、ありがたかった。


【ソピアへ渡れるかな】

【どうだろうか……】

【隠し舟の場所なら、いくつか知っているぞ】

【一番近いところから行ってみるか】

 

 命がけだ。二度と会えないかもしれない。それでも、バザンは行くことを選んだ。

 何もせずここで待っているより、精一杯あがこうじゃないか! と言ってくれる、心強い仲間とともに。


 ――杏葉たちの顔が思い浮かぶ。再会したい。また話したい。アーリンの成長を、共に見守って欲しい。

 そしてその思いはエリンも同じ。だから覚悟を決め、見送ってくれる。

 

「父さんと妹を、よろしくね!」

「マカセロ」




 ◇ ◇ ◇

 



【うひぃ~なかなかキッツー!】

【ぜえ、ぜえ】

【ウネグ、だいじょぶー?】

【は、い……】


 とはいえ顔面蒼白のウネグを振り返り、クロッツは苦笑する。

 いくら斬り捨てても、斬り捨てても、キリがない魔獣の数々に辟易(へきえき)している。

 

 制約の腕輪は、どうやらセル・ノアへ危害を加えたことで発動したらしく、今は元通り落ち着いている。水辺でジャブジャブと傷口を洗ったおかげで、血の匂いはだいぶ消えたようだ。布をぐるぐる巻きにして止血し、動けてはいるものの――失った血の影響は大きく、ウネグは動きに精彩を欠いている。


【川沿いを南下してったみたいけど……なーにがあるのかなー?】


 くんくん、とクロッツはセル・ノアの残した匂いを嗅ぎながらひた走る。

 独特のお香をまとう彼を追うのは、彼にとって容易(たやす)い。リリの鼻を誤魔化すためのものが、今は(あだ)となっていた。

 

【ソピアに渡る気なのでは】

【おー。舟とか?】

【かもしれません。この辺りは昔、兄が巡回していた地域です】


 ウネグの声を聞いて走りながら、クロッツが周辺を見回すと

【なるほど、あそこかぁ】

 と何かを捉えて目を細め、足を止めた。

【確かに流れが弱まっているから、渡れそうだね】


 下流()()の大きく蛇行している所には、様々な岩や石が堆積(たいせき)している。川幅は広いものの流れは(ゆる)やかで、素人でも舟で渡れそうな雰囲気だ。

 

 目を凝らすと、対岸に小舟がつけられていた。明らかに誰かが乗り捨てていった様子である。

 さてどうしたものかとさらに注意深く見てみると――木の(くい)が両岸に立てられ、ロープが輪っか状で渡されているのが見てとれた。恐らくそれで舟が手繰り寄せられるのだろう。誰が設置したのか知らないが、普段から行き来があるのを裏付ける設備だ。


【おや? 先客がいるね~】

 

 眼下の物陰から、複数人でそのロープを手繰り寄せている。

 

 土手の上から

【川を渡るのー!?】

 とクロッツは声を掛けてみた。

 全員がマントのフードを深く被っているので、どういう人物かは分からない。

 相手方は手を止め、見上げてきた。クロッツは、両手を挙げながら土手を下って、ゆっくり近づいていく。一方、ウネグは動揺し 

【近づいて大丈夫なんですか!?】

 と慌てる。

 

【うん。敵意なさそうだし】


 とはいえ油断はできない。

 剣は鞘に納めたままであるが、クロッツはいつでも動けるように踵を浮かせる。


【やあ。ボクたちも渡りたいんだけど、一緒に乗っても良い?】

【……何者だ】


 代表して話す男は、クロッツも見上げるほどの大男。

 近づくと分かるが、その顎は明らかに

【わあ! 君たちは、人間なの?】

 つるりとした人間のものであることに、クロッツは驚く。

【……半分、な】


 男がフードをめくると、人間の顔に熊の耳が生えているのが分かった。


【驚いたなあ! アズアズが見たら喜びそう~】

【アズアズ……ってまさかアズハのことか!】

【え、知ってるの!?】

【知っている。アズハに同行しているダンは分かるか】

【うん。ギルドマスターだよね?】

【俺の妻の父だ】

【うわーお! ダンの親戚だったかー。ボクはクロッツだよ】

【なるほど、その名は知っている。ガウルの左腕か】

【え、ボク有名?】

【ああ。よろしく、猛犬男爵。俺はバザンだ。一緒に渡ろう】


 す、と差し出された手をクロッツは素直に握り返す。

 

【助かる……けどそれって悪口だよね?】

【心強い】

【ねえってば】

【さあ、舟を引っ張るぞ】

【バザンまで無視! いいけどさ~どうせリリさんが右腕なんでしょ】


 皆フードを取らないが、あきらかに笑っている。


【加勢してくれればありがたい。アズハたちを助けに行きたいのだ】

【うん。途中までで良いなら】

【目的が違うのか?】

【若干ね。ボクは滅亡の元凶、セル・ノアを追ってる】


 たちまちバザンは目を見開いて息を呑んだ。


【セル・ノア……まさかこの世界の終わりは、ノアが引き起こしたのか?】

【たぶんね】


 ざわり。


 たちまち不穏な気配になるマント一行に、クロッツは

【心当たりあるの?】

 と問いかける。

【その前に……彼に何らかの魔力を感じる】

【!】


 ぶわ、と太い尾を立てるウネグに、バザンはゆっくりと近づく。


【その布の下……(いにしえ)の魔法の気配、か……?】

【分かるのか!?】

【半分人間だからな。それに、我々は(いにしえ)の魔法と(えにし)が深いんだ。それは何らかの制約と盗聴だな】

 

 ウネグが申し訳なさそうに耳を垂れると、バザンは手で仲間の一人を呼んだ。


【どうだ、ティル】

【ふむ。これぐらいなら力技でいけそうだ。バスク】

【はいよ。魔力封印】

【え……え?】

 

 ぱあ、と青い光が腕輪から放たれると、ティルと呼ばれた男がむんずと金の腕輪を上からわしづかみにし――ぱきり、と割った。

 あまりのことに、クロッツの耳としっぽが、ピーン! と垂直に立つ。


【うっそおおおおおおお!!】

【金は変形に弱いからな】

 ティルと呼ばれた男が、あっさり言う。

【そういう問題!?】

【そっちのバスクは、封印が得意なんだ】

【へっへっへっ】

【えええー……】


 言いながらフードを外す二人もまた、半分獣人。


【俺は虎獣人と人間の子、ティルだ】

【僕は蛇獣人と人間の子、バスク】

【よろしくうううおおおお願いっ!!】


 クロッツは、すぐさま二人の手を掴んで叫ぶ。


【フォーサイス伯爵を、助けてっ!!】


 戸惑う二人の代わりに答えるのはバザンだ。

 

【フォーサイス……ここを統治している黒狼だな?】

【よく知ってるね! ガウルのお父さん! 同じく、その腕輪されてる! しかももっとすんごい強いやつ! だから命がやばい!】

【なるほど……ティル、バスク、どうする】


 クロッツに手を握られたまま、二人は顔を見合わせ、そして笑う。


【しゃあねえな】

【うん、僕もそちらに行くよ】

【うわああああありがとおおおおおお!!】


 叫んで礼を言いながら、二人の手をぶんぶん振ったクロッツは、【これ、僕の証!】と着ている服の肩の部分から、徽章(きしょう)を引きちぎって渡す。

 その背後から、バザンが低い声で告げる。

 

【いや。むしろ良かった。我々はフォーサイスに資金援助してもらっているんだ。救わねばならない】

【うっそん!?】

【ガウルはフォーサイスの息子だったのか……ならあの時もっと歓待すべきだったな】

【は!? ちょ、バザンて団長とも知り合い!?】

【ああ。アズハがこの耳にもふもふ? とやらをしてな。すごい嫉妬だったぞ】

【え? 何これ運命の出会い?】


 左手首をさすっていたウネグは、自然と頭を下げる。


【ありがとうございます……団長たちが、世界を繋げてるんですね……】


 バザンが、力強く断言しながらその肩を叩く。

 

【ああ。その通りだ。そしてこの滅亡の元凶がノアであるならば、人間と獣人、双方の罪だ。共に立ち向かわなければ、勝てない】

【え……】

【それって、どういう?】


 その問いには答えず、バザンは無言で川岸にあったロープを拾い、力いっぱい引き始める。その怪力は、たった一人でみるみる対岸の舟を手繰り寄せた。

 それから、額の汗を拭いつつ唸るように言う。

 

【乗れ】


 素直に従うクロッツとウネグ、そしてマントの二人。

 ティルとバスクは川岸に残り、舟の(へり)を押してくれた。手を振ってから、あっという間に走っていく。あの二人なら、安心して伯爵を任せられるだろうと、クロッツはその身のこなしを見送った。

 

 ぎい、と舟を手慣れた様子で漕ぐバザンが、静かに語る。

 

【……ノアは、我々と同郷】

【な……!】

【半獣の、マードック・ノア。その子がセル・ノアだ】

 

 ぶるり、とクロッツの背筋を冷たいものが一瞬で駆け抜ける。


【やっぱり、親子だった……しかも、半獣って!】

 

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