破壊と破界
「厄災が来る…!」
魔理沙は壁の大穴から爆煙が上がっていくのを見ながら、恐怖のあまり後退りする。
「何で…」
魔理沙の背後から声が聞こえる。魔理沙が振り向くと先ほど魔理沙の頭突きをくらって伸びていたパチュリーが起き上がっていた。まだ足元がおぼつかないのか、本棚の角に手を添えてもたれかかっている。
「…フランを起こしてしまったのよ、人間!」
爆煙が晴れる。壁の穴の縁に佇む少女が見えた。
「キャハハハ!」
ロリ声の、可憐な笑い声が聞こえる。しかも、満面の笑みを浮かべている。
「やっとドアが開いた!ねえ、パチュリー!この人間って壊してもいいの?いいよねえ!キャハハハ!」
奇異な見た目をした少女だった。真っ赤な半袖にミニスカートで深紅の瞳をしている。背中には太い木の枝のようなものが2本、翼のように生えていてそこに赤、橙、黄、黄緑、緑、青、藍、紫の8つの結晶が1つの枝のような翼にぶら下がっている。しかし、その奇異さがフラン可憐さを引き立てているのだろう。全く気味が悪いだとかは感じさせない、不思議な少女だった。
「その人間は壊してもいいけど…それからどうするの?」
パチュリーは手を本棚から離して前へと進んで魔理沙の前で止まり、優しくフランに話しかける。しかし、その口調とは裏腹にパチュリーの表情はかなり強張っている。
(さらっと私の生存権を否定されたーッ!)
魔理沙は思わずツッコミの声を出しかけるが、そこを何とか飲み込む。
「もう部屋を出てもいいんでしょ?だったらこの屋敷も何もかもぶっ壊すの!それでそっからぶっ壊してぶっ壊してえ…キャハハハ!もうみんなハッピーになっちゃうの!」
「…フラン、まだレミィが博麗の巫女と戦っているの。せめてそれが終わってからにしてくれない?」
「ヤダヤダ!お姉様の言いつけ守って生きてくのもうヤダ!もうみんなぶっ壊れちゃえ!」
見下すフラン。見上げるパチュリー。両者共に引かない構えだ。
(マジか…このフランってやつ、やる気満々じゃねーか…)
魔理沙はドン引きしつつ、静かに後ろへとさらっと逃げようとしていた。
(どうやら、こいつは『お嬢様』じゃない。だったら、もう戦う理由がない。よーし、早く霊夢と合流して…)
そう思った瞬間、魔理沙は身体が硬直するのを感じた。恐怖でとかそういう感じではない。文字通り動かない。次の刹那、魔理沙は急激に押し潰される圧力を全身に感じた。
(な、何だ、これは…!まずい…何とかしなければ!死…)
魔理沙の視界が霞む。フランが拳を握り潰そうとしているのがスローで見える。このままでは圧力で押し潰されて死んでしまう。魔理沙の全身の骨や筋肉が軋むように悲鳴をあげているのを感じる。終わったかもしれねえと思った瞬間─
「ゲボエッ!」
唐突にパチュリーが振り向いたかと思うと魔理沙の腹を蹴り飛ばした。あまりの蹴りの強烈さで魔理沙の口からさっき飲んだお茶諸共吐瀉物が飛び出しつつ、転げ回る。
「何すんだよ!くっそ腹が痛いじゃないか!」
魔理沙は立ち上がりながらパチュリーに文句をいう。
「今のがフランの能力への対処法なんだから仕方ないでしょ!むしろ感謝してほしいくらいよ、人間!」
パチュリーがプンスカ怒りながら言い返す。魔理沙はさっきの圧力が自身の身体から消えていることにそういえばそうだなと気づく。
「フランの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』よ。フランが正確に重量、形状を把握したものならば何でも破壊できてしまう。逆に言えば途中で重量や形状が変わってしまえば破壊は出来ない。だからフラン相手ならこれが効果的なの」
「なるほど…助けてくれてありがとうなのぜ」
「…レミィの部屋は2階よ。今頃博麗の巫女が戦ってるかしらね」
「…」
「ほら、さっさと行きなさい。私はあなたに負けたんだし、こあの後始末をつけないといけないんだから忙しくなるのよ」
「…わかった」
パチュリーは去っていく魔理沙から振り返ってフランの方を見る。
「ムー!パチュリーも私の邪魔をするのー?だったらもう許さないから!」
そういうとフランは壁から飛び立つと右の手のひらの上に炎の球を作り出し、それが変形してグネグネした真っ黒な身長より少し小さい黒い杖を作り出した。
「禁忌『レーヴァテイン』!」
フランはその杖に炎を纏わせ、パチュリーはおろか部屋全体が射程に入るような巨大な炎の剣を作り出し、そこにさらに弾幕を纏わせてパチュリーを攻撃する。
「フラン…少し痛い目にあってもらう必要がありそうね」
フランの弾幕を何とか掻い潜っていたパチュリーは開いていた目の前の魔導書をパタンと閉じて脇に抱える。そして手を高く掲げる。
「日符『ロイヤルフレア』!」
パチュリーの手の上に魔法陣が広がったかと思うと、黄色に輝く球が形成される。その輝きにフランは顔をしかめ、目を隠すように腕で顔を覆う。その瞬間、フランは身体の異変に気づく。
「熱い…!これは擬似太陽ね!」
フランの身体が焦げ出している。パチュリーの擬似太陽から射出される弾幕を避けつつ、太陽の光自体を避けなければとフランは逃げ場所を探す。
(やはり…!フランはレミィの妹、当然吸血鬼だから効くとは思っていたけど、ここまでとは…!日々の研究の成果ね)
フランの身体が燃えている。自身の炎ではなく、吸血鬼の体質が引き起こす炎だ。
「熱い、熱いよ、パチュリー!どうして私は外に出ちゃダメなの?」
「ダメなのはダメなのよ、フラン。少なくとも今はね」
「ダメだから私は死にかけなきゃいけないの?」
パチュリーはハッとする。いくらレミリアからフランを屋敷から出さないように言われていたとしても、さすがに倒してきってしまうのはレミリアのためにはならない。もう十数秒間もフランは擬似太陽に晒されている。パチュリーはフランに尋ねる。
「フラン、もう動けないの?」
「もう指一本すら動けないよ…」
(動けないならもうフランの部屋にフランを戻してあとは吸血鬼の弱点である流水を壁に魔法で流し込めばいい…じゃあ、いいかな?)
パチュリーは弾幕を撃つのをやめる。擬似太陽は消える。その瞬間、フランの笑い声が聞こえた。
「キャハハハ!残念でしたあ!」
フランは確かに燃えていた。しかし、フランは一人ではなかった。何と、4人いたのだ。しかもそのうち1人は残りの3人が擬似太陽から守るように覆っていたので燃えてすらいない。さらに、燃えていないフランが腕を振りはらうとその3人は消えた。つまり、フラン本体は全くもって無事だったのだ。
「禁忌『フォーオブアカインド』!あなたが無理だってほっぽり出した分身魔法、覚えちゃった!キャハハハ!ざーこざーこ!」
確かにパチュリーは分身に関する魔導書を研究中に紛失していた。どこにいったんだろうと思いつつもパチュリーはそのままにしてしまっていたのだ。それがこんな形で帰ってくるとは思わなかった。そんなことをパチュリーは考えてしまった。その一瞬が命取りになってしまった。
「じゃあね、パチュリー」
フランがそういうと拳を握る。パチュリーの身体が硬直する。驚く間もなく圧力がパチュリーを襲う。パチュリーはフランの術中に落ちてしまった。パチュリーは倒れ込む。それでもなお、パチュリーはジッとフランを睨む。
「キャハハハ!さすがパチュリー!魔力を無理矢理放出して重量を変えることで抵抗してるのね!でもね、私を誰だと思ってる?フランドール・スカーレット、泣く子も黙る吸血鬼だ!キャハハハ!」
フランは拳を握りしめる。パチュリーへの圧力が一層増す。魔力放出も限界だ。もうダメだと思った、その瞬間だった。
「魔符『スターダストレヴァリエ』!」
その声と同時に弾幕がパチュリーのはるか後ろから弾幕が放たれた。星型の弾幕が一斉にフランの周囲にばら撒かれる。
「チイッ!」
フランはパチュリーを破壊するのをやめて退避する。パチュリーは起き上がって振り返る。
「…何で戻ってきたのよ」
パチュリーは少し怒って、でもどこか嬉しそうに言い放った。
「さっき助けてもらったしな。やっぱり見殺しにはできないぜ。それに─」
弾幕の爆煙の中から人影が現れる。
「私は拾えるものはとことん拾うタイプだからな」
現れたのはニヤリと笑った魔理沙だった。
***
「久しぶりだな、紫」
紫の背後から声が聞こえた。紫にとって聞き覚えのある声だ。紫は覚悟を固める。
「私のいない幻想郷は楽しいか?」
「ええ。そりゃあ…」
紫はくるっと声の主の方を振り返る。
「再びあなたと会いたくないくらいには」
そこにいたのはさっき異変を起こしたことに苛立っていたオッドアイ。深緑の軍服に軍帽、青いマントに黒い手袋をしており、そのどれにも先程の大方位陣のマークが白抜きされていた。紅霧の中、瞳の赤と青のコントラストが綺麗に映る。
「ふん…なかなか傲慢になっているじゃあないか。今のお前をかつてのお前に見せてやりたいわ」
「人妖問わず、年月は成長させてくれるものよ。…で?どうやってここに来れたのよ?」
紫は手の平に手汗を握りしめつつ、尋ねる。
「ハハ、信じられない様子だな。確かに、アレはかなりやばかったな。おかげで私の能力は今や使い物にならなくなってしまった」
「それは吉報ね」
そういうと紫は表情を明るくする。そして紫の周囲に紫の能力でスキマを展開する。いつでも攻撃できる体制を一瞬で整えあげたという形だ。
「じゃあ、ここであなたを始末すれば永劫の平穏を手に入れられるというわけね」
「攻撃するなら勝手にしろ。どうせ私は久しぶりにお前の様子を見にきただけだからな。…だが、これだけは言っておくぞ」
「何?」
「お前の企みはいつかこの私が打ち破ってやるからな!」
オッドアイから放たれた、たった23文字の言葉。しかしその重みは絶大で、残酷に紫の耳に響き渡った。
「つべこべほざくな!この死に損ないが!」
紫のスキマから弾幕が射出される。オッドアイはトンッと後ろに地面を蹴るとあっという間に霧に紛れたのか見えなくなった。
「ハハ、別に私の能力を失ったからとはいえ無能力者になったわけじゃないぞ!残念だったな、紫!」
霧の中でオッドアイの高笑いがこだまし、そして消えていった。
「大丈夫ですか!紫様!」
藍と橙がスキマから飛び出す。万一に備え、紫がスキマで待機させていたようだ。
「今のは…まさかあの襲撃犯ですか?」
「ええ。そうよ。…まあ、今すぐにどうとかできるものではないということはわかったわ」
「では一体これからどうするので?」
「幻想郷の賢者たるこの八雲紫が自ら動く必要がありそうねえ…やれやれ、忙しくなってきたわ…」
紫の妖艶なため息が空へと消えていった。藍も橙も己の主人は賢明なので自身の知略では及ばぬところまで考えを巡らしているのだろうと信じているのでそれ以上は何も言わなかった。