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パンドラの箱

「ここが『お嬢様』の部屋なんだな?」


「うん、間違い無いよー」


「…お前には緊張感ってものはないのかよ」


魔理沙はこあに先導させてパチュリーの部屋の奥にあったドアに辿り着いた。あたりは埃を被った魔道具や実験用具が散乱し、魔法灯もなく仄暗かった。


「一応、お前は今捕虜って形なんだからな?少しでも嘘をついたらドカンだぜ、わかってるよな?」


「わかってるよー。全く嘘じゃない、ここが正真正銘のお嬢様の部屋さー」


「…お前のその棒読み癖、やっぱり慣れないな」


そう言いつつ、魔理沙は八卦炉の状態を確認した。煙は上がっていない。万全だ。そして魔理沙はこあの方を向きながら、ドアを指さして言った。


「こあ、お前がドアを開けろ」


「へ?」


意外だったのか、こあは素っ頓狂な声を上げる。


「ドアが開き切ってお前が射程範囲から外れたら、マスパを打ち込む。お前はそのままどっかにうせろ」


「いいのー?私一応捕虜だよー?」


「いいんだよ、私は拾えるものはとことん拾うタイプだから」


「ありがとー!さすが魔理沙さんー!」


こあは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながらドアに近づく。魔理沙はこあの嬉しそうな様子に少し頬を緩ませる。


「じゃあ、開けるねー!」


こあがドアノブを捻り、ガチャリとドアの開く音がする。魔理沙は八卦炉をドアに向かって構える。しかし、こあが悪意に歪んだ笑みを浮かべていることには背中からはわからなかった。



***



「あんたが『お嬢様』?」


霊夢は大広間のような部屋のドアを蹴り開けて、その奥で大層な椅子に座る子どものような妖怪に尋ねた。その椅子は玉座のように階段の上にあり、そいつは右の肘掛けに肘を乗せて頬杖をつきながら霊夢を見下していた。


「…ここまで来たのね、博麗の巫女」


そいつは頬杖を解くと上に浮上し、斜め下にゆっくり降下して霊夢の前に降り立った。相変わらず右目を閉じたまま、真紅の左目で霊夢を睨んでいる。


「…あんたにいくつか質問したいことがあるんだけど」


数秒間睨みあった後、霊夢が口を開いた。


「何かしら。気に障らない程度なら答えても構わないわよ」


「あんた、名前は?」


「レミリア・スカーレット。この紅魔館当主吸血鬼よ」


(吸血鬼…!妖怪の中でも上位種族じゃない!やはりそのレベルだったのね…)


霊夢は固唾を飲みつつ話を続ける。


「レミリア…ね。オッケー。では次の質問よ。何でこんなことしたの?」


「こんなことって?」


「勘が悪いわね、霧のことよ、あの赤い霧。人間に有害な物質が含まれているのは私の能力でわかってんのよ」


「あら、それはないわ。霧を起こしたのは私だけど、なるべく無害なものにしかしてないし、ただの真っ赤な霧だから人里を脅かす程度くらいしか効果はないわ」


「え、そうなの?」


霊夢は驚いた顔をする。レミリアに嘘をついた様子はない。むしろ何言ってんだこいつって顔である。


(勘が外れた…?!まさか…いや、そんなことが…!)


「じゃあ、逆に何で霧をばら撒いたのよ。人里を脅かしたところでこうなることくらい、あんたには予想つくでしょう?」


霊夢は心の中の動揺を押し殺しつつ、さらに尋ねた。


「ふふ、もちろんついていたわよ。だって『見た』もの」


「じゃあ、何でこうなるとわかっててこんなことをしたのよ?」


「だから言ってるでしょ。『見た』って。その上でこの霧が最善の一手と判断したまでよ」


「悪手もいいとこね。あんたのために何人部下が倒れて行ったと思ってんのよ」


「人智を超えた一手は常人には理解されないものよ、人間」


「何をお…」


煽ろうとしたら煽り返されてややお怒りの霊夢である。レミリアはそんなを見てクスッと笑うと霊夢に話しかけた。


「ところで私の部下はどうだったかしら?お楽しみ頂けた?博麗の巫女」


「ええ。みんなあんたのためにって果敢に私に立ち向かう、いい奴らだったわ。あんたとは違ってね」


霊夢は今まで倒してきた敵を思い出していた。太極拳をベースに『気』を操り、ボロボロになってでも門が倒れるまで門を死守し続けた門番・紅美鈴。ナイフ投げと時どめを器用に操り、霊夢をあと一歩のところまで追い詰めたメイド長・十六夜咲夜。それに対してそいつらをアゴでこき使うこいつは…


「…何で泣いてんのよ」


レミリアは涙を流していた。左目からは流れていないが、閉じているはずの右目から涙の線が細く溢れていた。


「あら、これは失礼」


レミリアはポケットからハンカチを取り出し、右目を拭う。もう涙は止まっていた。そして下を向いてボソッと呟く。


「…運命って時に残酷ね」


「え?何て?」


「ふふ、知らなくてもいいわよ、博麗の巫女。なぜなら─」


レミリアは右手の手のひらを上に向けると真っ赤な炎の球ができ、それが変形するとあっという間にレミリアの身長をはるかに超える炎の槍が右手に握りしめられていた。レミリアは再び浮上して槍の切先を下にし、霊夢を見下す。


「あなたはここでこの私が直々にぶっ殺して差し上げるのだから」


レミリアの左目が前髪による暗がりの中、真っ赤に輝く。レミリアの殺意が伝わったのか、霊夢は大幣をレミリアに向ける。


「その言葉、そっくりあんたに返してやるわ」


レミリアは霊夢めがけて急接近する。霊夢も地面を蹴ってレミリアの方へ飛び上がる。空中で大幣と槍が互いに互いを撃ち滅ぼさんと唸りをあげて振り下ろされた。



***



「恋符『マスタースパーク』!」


こあがドアを引いて中が見えた瞬間、魔理沙は撃ち込んだ。虹色のビームがドアいっぱいに広がる。撃ち終わった時にはビームの射線にあったものは何もかもなくなり、爆煙だけが立ち込めていた。


「来るか…?」


魔理沙は敵が出てくるのを警戒して身構える。誰も出てこない。


(もしかしてもうやったのか?)


「それじゃ、私はこれでー」


ドアを開き切ったこあはそう言いながらもどんどん魔理沙から離れて行っている。


「ああ、じゃあな…」


魔理沙はこあの方を振り返りもせずに慎重に前へと足を進めた。部屋に足を踏み入れる。そしてゆっくりとドアを閉めた。


「何じゃこりゃあ…」


魔理沙は思わず声を上げた。あまり広いとは言えない部屋の中、あたりに散らばっているのは人形ばかり。しかも、ただの人形ではない。中の綿がどれもこれも切り裂かれた傷口から噴き出ているのだ。中にはもう何の人形かすらわからないものもある。


「人形のこんな使われ方、初めて見るぜ…相当残忍と見える…」


魔理沙は周りを見渡す。『お嬢様』とやらはどこにもいない。そもそも人自体、いない。


「…あれ?」


ここで魔理沙は違和感に気づいた。


(何で霊夢がここにきてないんだ?)


魔理沙は脳をフル回転させて考える。


(霊夢なら勘があるから、『お嬢様』の部屋であるここに簡単に辿り着けるはず。なのに、来てない。私はかなりの時間パチュリーと戦った。もうそろそろ来てもいいはずなのに…)


次の瞬間、魔理沙の耳に爆発音が聞こえた。恐らく霊夢が誰かと戦っている音だ。しかし、それは魔理沙からかなり遠れたところで起こった感じだった。


(いいや、違う!この爆発は2階だ!2階で起きている!霊夢は勘に従って私からどんどん離れている!ってことは…!)


魔理沙はドアの方向を見る。


(ここは『お嬢様』の部屋じゃあない!違う部屋だ!私はまた騙されていたんだ、チクショー!)


魔理沙はドアに駆け寄り、ドアノブを捻り、開けようとした。しかし、魔理沙はそのドアを見て更なる違和感に気づいた。


(何でこのドア、押し戸なんだ?)


魔理沙は一旦ドアを押す。問題なく開きそうだ。トラップとかではない。それを確認すると魔理沙はまだ開けずに閉めた。


(普通、危険がない方に引くのがドアの基本構造ってものだ。誰かがドアから入ろうとするならドアを引いて、危険かどうかその隙間で確認するものだからな。だからここは普通引き戸じゃないとおかしいんだ!ここに危険があるんなら話は別…だが…)


そこで魔理沙は思い出した。あたり一面の破けて綿が出ている人形達が魔理沙の目に映ったことを。その瞬間、魔理沙は冷や汗をかくほどの恐ろしい真実に辿り着いてしまった。


(こんなに狭い部屋じゃあ、こあでもすぐに嘘がバレるってわかってたはずだ。でもここに誘導した。バレて私に倒されるデメリットよりも誘導するメリットがあったからだ。ってことはまさか…!)


人形が弾ける音がする。背後に凄まじい殺気を感じた。危険だ。逃げなくてはならない。魔理沙はドアノブを捻る。ドアが開く。部屋から駆け出し、さっきまでパチュリーと戦っていたところまで戻る。


「気づいちゃったかー、まあもう手遅れだけどねー」


こあがそこで突っ立っていた。いつもの棒読みでしゃべりつつ、魔理沙の方を向く。


「お前…何をした!」


こあが魔理沙の上を指差す。魔理沙は上を向く。爆発が起きる。壁に大きな穴が空く。爆煙の中に虹が煌めく。


「パンドラの箱は開かれた。あとはせいぜい頑張れ、人間」


こあがそう言い終わるとほぼ同時に、こあは爆煙の中から放たれた弾幕に押しつぶされた。後ろの本棚もろとも吹っ飛ばされていった。魔理沙は目を見張ることしかできなかった。目の前の惨状にただ震えることしかできなかった。


「…厄災がくる…!」


魔理沙は爆煙が晴れるのをただ恐怖と共に見つめていた。



***



「ほらほら、どうしたのよレミリア!これならさっきのメイド長の方がまだマシだったわよ!」


霊夢はレミリアの弾幕を巧みに避けつつ、言い放った。レミリアがやや押されている。それはそうだ。霊夢は両目が開き、しかも完全に勘でレミリアの攻撃を見切っている。一方、レミリアは右目が閉ざされたままだ。目の前いっぱいに広がる霊夢の攻撃が全て見えているわけではない。


「言わせておけばこのおっ…!」


レミリアは手に持っていた槍を霊夢に向ける。霊夢は構わず突っ込む。


「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」


レミリアは霊夢めがけて手の中のグングニルを投げ込む。霊夢は左肩を突き出し、右肩を引っ込める体勢で間一髪で避けた。霊夢の髪の毛をかすめて何本か切れつつもレミリアのグングニルは霊夢のはるか後方へと飛んでいってしまった。


「なん…だと…!」


レミリアが霊夢の尋常じゃない身体能力に驚く。そして霊夢は叫んだ。


「霊符『夢想封印』!」


霊夢の周りから大きな色とりどりの光弾が形成され、レミリアに向かって急接近する。レミリアは屋根の方へと逃げ去るが、霊夢に勘で読まれていたのかその方向へと光弾は進んでいく。


(まずい!避けられない…!)


レミリアの周りが虹色の爆発に包まれた。その爆発は屋根をも貫き、粉砕する。霊夢は落ちてくる屋根のレンガを避けると、もう爆煙は晴れ上がろうとしていた。あとは夜空に漂う赤い霧がただ立ち込めていただけだった。


「ふん…これで異変解決ね。じきに霧も晴れるでしょう。あとは残党狩りってところかしら」


そう言いつつ、霊夢が踵を返し、玉座の間から出ようとしたその瞬間─


「おい、どこに行く。博麗の巫女」


空から声が聞こえた。霊夢がハッと振り向く。爆煙が完全に晴れ上がった中空中に浮かんでいるのは─


「あの攻撃を喰らってまだ生きてるの、レミリア」


霊夢が再び大幣を構える。若干動揺しているようだ。


「ええ。ご愁傷様ね、博麗の巫女」


レミリアは手を前に突き出す。すると、霊夢の側に突き刺さっていたグングニルはご主人様のところに戻る犬のようにレミリアの手に戻った。攻撃を喰らった様子は微塵も感じられない。


(何で生きている?!私の夢想封印を喰らって妖怪がまともに立てているはずが…!)


「信じられないって感じね。ついでだから教えてやるわ、人間」


レミリアは右手で右目を撫でつつ言った。レミリアはこの上なく悦に浸っているようだ。


「確かにあなたの夢想封印は危険だわ。妖怪を祓う光があの弾幕には込められている。しかし、所詮光。届かないところに行けばそれまでよ」


「じゃあ、まさか屋根が爆発したのは…!」


「そう。あなたの弾幕が爆発する前に私の弾幕で屋根を爆破し、霧の中に逃れたのよ。そうすればもう光は届かない!私の勝ちってわけよ。…まあ、あくまで私も今やっと理解したんだけどね」


「は?あんたの行動でしょ?」


「ふふん。私の能力は『運命を操る程度の能力』。未来を予知し、もし私にとって望ましくない未来が起こるならば、その未来が起こるはずの時が訪れるまで、右目の視力と全ての未来を見られないことを引き換えに、その未来において5秒間だけ最善の運命を辿ることができる。もちろん、ありえない運命は辿れないし、恐らく死ぬ時には死んでしまうでしょうけども、私の知能にかかれば最強の能力に化けるのよ!そしてえ!」


レミリアは右手を顔から退けた。燃えるような真っ赤な瞳が二つある。右目が開いている。つまり─


「その未来は今訪れた…能力が今ここに復活した!」


紅魔館の時計台が9時知らせる鐘を打つ。その音を聞いて、霊夢はゴーンと頭を殴られた気分だった。

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