天才と馬鹿は紙一重
「場所は?」
「霧の湖周辺!」
「結構ざっくりしてるんだな…」
「行けばわかるでしょ」
人里を出発した霊夢と魔理沙。霊夢は空を寝そべるように、魔理沙は箒に乗って空を飛んでいる。空は紅霧に覆われ、もう夜になってるはずなのに月明かりが分散しているのか妙に明るい。月もいつもの数倍大きく見える。
「ところで霊夢、さっきの謎のマークとこの紅霧は関係あるのか?」
「ない…と思うけどもしかしたらあるかも」
「煮え切らない答えだなぁ。どういうことだ?」
「さっきのマークは勘では全く予見できなかった。でも、今日紅霧の異変が起こるというのは勘でわかってたわ」
「じゃあ、関係ないんじゃ…」
「問題は時間よ。この紅霧異変はもっと早く起こるはずだったの」
「なるほどな。その遅くなった理由がわからない以上、断定はできないってことか」
「そういうこと…あ、前」
魔理沙は霊夢と話に夢中になっていたので前方を全く見てなかった。急に魔理沙の視界が黒くなっていく。
「あれ?もう紅霧は晴れたのか?」
魔理沙は不思議に思って霊夢の方に向き直るとそこに霊夢はいなかった。星もない、ただ黒い闇が広がっていた。
「おーい!霊夢ー?」
「紅霧ー?赤い霧のことかー?外はそんなことになってるのかー。そーなのかー!大変だなー」
黒い闇から白黒の服に頭の左側に赤いリボンをつけた少女が出てきた。腕を横に伸ばしてまるで十字架のようだった。
「誰だお前?名前を名乗れ!」
「私かー?私はルーミ
「そうか、わかった!くらえ!イリュージョンレーザー!」
魔理沙は卑怯にも敵が名乗ってる最中に攻撃した。不意を突かれたルーミアはレーザーでぶっ飛ばされ、自身を覆っていた闇の球体からも出てしまった。
「やられたのかー?」
そう言いつつルーミアは目を回しながら地面に落ちていった。
「ふう、この魔理沙様に挑むなんて100年早いのぜ」
本体を失った闇の球体は原型を保てなくなり崩れ、そこから八卦炉を右手に持った魔理沙がゆっくり現れた。
「にしては結構卑怯な手を使ったじゃない。声が丸聞こえだったわよ」
闇の球体を外から見ていた霊夢が魔理沙の隣に降りていった。魔理沙はバツが悪そうな顔をする。
「それは…あれだ、まだこの異変の首謀者にもたどり着けてないからな!無駄に魔力を使いたくなかったんだ!」
「そう、なら私みたいに避けたり、適当に逃げて闇から出たらよかったじゃない。どうせあいつ、自分の闇のせいで前見えてないんだし」
霊夢からルーミアに関する衝撃的な事実を告げられて魔理沙はポカンとする。
「…そーなのかー」
確かに、ルーミアはこの紅霧すら見えていなかった。霊夢の的確なツッコミに魔理沙はそう返すしかなかった。
***
「…あいつらは馬鹿なのか?」
霧の湖の前で歯噛みする人影が1人。オッドアイらしく、右目が赤色で左目は青色をしている。手に土に塗れたクナイを持っている。どうやらこいつが謎のマークを描いた人物らしい。
「どっからどう見てもすべきではなかっただろ!お陰で私の計画がめちゃくちゃだ!」
苛立ちから地面にあった小石を蹴り上げる。小石は湖に落ち、ぽちゃんという音を立てて見えなくなった。
「いや、待てよ…もしかして、あいつらはむしろこっちの方がいいと気づいたのか?」
振り返って館を見つめる。館自体が赤色なので霧で霞んで見え辛い。しかも館から霧が噴出しているからなおさらだ。しかし、そのシルエットは目に焼き付けられた。
「ふん…もしそうなら、馬鹿と天才は紙一重ってことになるがな」
人影は湖の畔を歩いて館から遠ざかっていく。
「ま、こうなった以上、仕方ない。せめてあいつに御無沙汰の挨拶でもしてくるかな…」
風が吹いたことでその人影の周りの霧が濃くなった。人影が霧で見えなくなっていく。そしてさらに風がその霧を押し流した時には、その人影はどこかへと消え失せていた。
***
「そろそろ霧の湖なんだが」
「じゃあ、もうすぐなんじゃない?」
ルーミアとの一戦(?)を終えて一直線に霧の湖に直行する霊夢と魔理沙。
「霧がだんだん濃くなってきて見えずらいな…近づいてるってことだろうけど。これじゃ見逃しててもわからないぜ」
「見逃してるはずがないわ。勘ではもう少し先よ」
「ほんと万能だなぁ、勘って…」
「それより、さっきみたいなのに気をつけなさいよ。…やれやれ、噂をすれば何とやら」
霧が急に開けた。同時に寒さが霊夢達を襲い、魔理沙はくしゃみをする。冷気で霧が凍り氷になって細かいダイヤモンドのように落ちていく。そんな幻想的な景色の中、霊夢達からそう離れていないところに2人組がいた。
「今日会ったが100年目!勝負しろ、霊夢!」
「なんかすっごく怒ってるよ?やめとこうよ、チルノちゃん…」
好戦的な青服で氷の翼を持つ妖精とそれを引き止めようとするサイドテールの緑髪の妖精。どうやらさっきのルーミアと同じようにこの紅霧とは関係なさそうだ。
「ここであったが100年目、ね。それじゃただの年寄りの挨拶になっちゃうわ」
霊夢が白い息を吐きつつ、チルノの言い間違いの揚げ足を取る。いつもの霊夢ならあんまり気にしないはずなのに珍しいと魔理沙は疑問に思って聞いてみた。
「戦うのか?霊夢」
「どうせ目的地まで近いんだし、私の肩鳴らしにと思ってね」
「ああ、そういうこと…」
そういえば霊夢は戦闘狂だったなと魔理沙は納得する。納得してはいけないような気もする。
「うるさい!霊夢を倒してあたいは最強になるんだ!」
「その意気やよし!少しは私を楽しませてみなさい!」
怒ったチルノが弾幕を出そうとすると、霊夢も封魔針という大きな針を左手の指と指の間に挟んで構え、大幣を右手に構える。
「いくぞ!冷符『アイシクルフォール』!」
チルノがスペルカードを宣言すると、チルノは横に向かって弾幕を打ち始めた。その弾幕は横に行くと、今度は前へ向かって前進し始める。それが一箇所だけではなく、十数メートルおきに繰り返してまるで波状攻撃のように波打つように霊夢を襲う。
「…丁字戦法だと?!」
魔理沙は思いの外チルノの知能が高いことに驚愕する。丁字戦法とは本来海戦術の1つであり、敵の進行方向に対して遮るように味方艦隊を配置することで全火力を敵の先頭艦にぶつけるという極めて効果的な戦法である。代表的なものとしては日本連合艦隊が当時最強と呼ばれたバルチック艦隊を破った日本海海戦や、アメリカ軍が壊滅的被害を与えて日本軍の組織的攻撃能力を失わせたレイテ沖海戦がある。チルノは知ってか知らずか、この丁字戦法の味方艦隊を自身の弾幕に置き換えて霊夢を攻撃することで打倒しようとしているのだ。
「霊夢!」
チルノの攻撃がかなり巧みなことに気づいた魔理沙は今度は霊夢を心配する。霊夢は持ち前の勘を活かしてこちらも巧みに避けている。チルノの巧みさと霊夢の巧みさ。より巧みな方が勝つ─魔理沙はそう思った。
だが、その僅か十数秒後、事態は急変する。
「…」
「…」
霊夢とチルノが睨み合ったまま動きを止める。弾幕は射出されたままである。依然、弾幕は丁字戦法のまま波状攻撃を続けている。だが、霊夢は動かない。一体何が起こったのか?次の瞬間、霊夢が口を開いた。
「…馬鹿と天才は紙一重ってこのことね」
「なぜだ!なぜこんなことに!あたいの攻撃には隙がないはずだったのにいい!」
何と、霊夢はチルノのすぐ目の前にいた。そこがチルノ式丁字戦法の致命的な弱点だった。言われてみれば、チルノの身体のところからは弾幕は出ていなかったのでちょうどチルノのすぐ前だけは弾幕がない空白地帯となるのだ。霊夢は既にそこに到達してしまったのでもはや動く必要がない。
「あたいはまだ負けてない!負けてない!」
チルノは真っ青になりながら、必死に弾幕の向きを曲げようとする。しかし、霊夢のいる位置には到底曲がりきれない。もはや勝敗は決してしまった。
「いい運動にはなったわ。それじゃあね」
そういうと霊夢はチルノに左手に持っていた針を投げつける。至近距離なので避けられずにチルノはギャーという悲鳴と共に針の爆発に巻き込まれて落ちていった。
「チルノちゃーん!」
遠くから心配そうに見ていた大妖精は慌ててチルノの跡を追って下降していった。
「イージー…」
霊夢はチルノがいなくなったことで再び立ち込めた霧の中、そうぼやいた。
「次、行こうか」
「そだね」
霊夢と魔理沙は再び前進を始めた。
***
一方、その頃紫達は。
「紫様ー、元気出してくださいよう、異変ですよ!」
「そうですよ、我々も博麗の巫女に一刻も早く追いついて補助せねば…」
藍と橙が未だに何故か鬱になってる紫を励ましていた。
「…どうせまた妖怪の仕業でしょ?なら手を出す必要はないわ。いつも通り博麗の巫女が討伐しておしまい。私達が関与する必要はないわ」
「でも、この霧は恐らく幻想郷全体に広がっています。最悪の場合、幻想郷の存在を揺るがしかねない存在による…」
「アレでさえも無駄だった…どうせ幻想郷は…」
鬱というよりトラウマかもしれない。紫は頭を抱えたまま動こうとしない。いつもの自信たっぷりな態度はどこへやらという感じである。主人の情けない姿を見て、藍は意を決した。
「ええい!行きますよ!何としてでも連れて行きます!」
そういうと藍は紫の服の襟首を引っ掴むとそのまま空へ飛ぼうとした。
「く、首が!首が締まる!わかったわよ、行けばいいんでしょ、行けば!」
紫は服で首元が詰まりかけたのを何とか回避する。少し自我を取り戻したようだ。頬を膨らませたまま藍に付いていく。
「…とりあえず、紫様が動いてくださったのはいいのですが…」
「何?」
紫が付いてきているのを確認した橙が先導する藍の近くに行って聞いてみた。
「無理矢理連れてくるなんて…少し強引すぎません?」
「…人妖問わず、ひどい負の感情を持った時には誰しも変化を嫌う。これ以上精神状態が悪化してほしくないから本能で外の変化をシャットアウトしまう。でも、大体そういう時に限って逆に無理矢理にでも外の変化に触れさせた方がいい。変化というのは時に…いや、この場合では大体いいものだからな」
「そういうものですかね」
「そういうものだ」
しみじみと藍が語る中、赤い月の光が3人を照らしていた。
チルノのとこはただただ書いてみたかっただけです。ま、小説って大体そんなものかな。投稿頻度上げられるように頑張ります!