廃嫡から始まる異世界漂流記
異世界乙女ゲームの世界! 王太子に転生してしまったおれ君の物語♪ 始まるよ!
{追伸:背景、愛する父上、そして母上。不甲斐ない息子で申し訳ありません。この度私は野に下る事としました。愛する弟よ。いずれこうなる未来であったにせよ、お前とは争いたくなかった。この国の事をくれぐれも頼んだ。民を思っての政治を心掛けてくれ。優しいお前ならきっと出来るはずだ。}
そう言ったふざけた書置きと共に、王太子の印である腕章が横に添えられていた。
「王、これは我が国始まって以来の一大事です!」
「こんな醜聞が敵国に広まっては!」
「何でこんな事に・・・。」
「うろ堪えるでない。あやつにとっても苦渋の決断であったろう。」と国王。
「あんなに優秀な方でしたのにおいたわしや・・・。」
「父上はこのような事になる事を知っていたのですか?」
「・・・。」
「今、ここでの回答は控えさせてもらおう。」
「そんな、我々はもう終わりだ。」と第一王子派閥の大臣たち。
「皆のものよ静まれい! これより第二王子を正式な跡継ぎである事を宣言する!」
「異論はなかろうな?」
「ハハッ。ありがたく承りたく存じます。」
そして、後日正式な発表と王太子就任式が開催される運びとなった。
*****
やあ。おれの名前は第一王子ことおれ君だ。もう廃嫡された身だから、気軽に話しかけてくれても構わない。
おれはもう1年前から悩んでいた。我が国は統一国家でまだ創国してからまだ数10年の新興国。当然国内の政治の基盤はまだまだ不安定で、跡継ぎをめぐっての派閥どうしの争いが過激化してきたのだ。
もともと仲が良かった弟との関係も次第に気を遣って遠のいていき、出会っても会話をする事も無くなっていた。
弟は大変優秀で、いつか王になれる可能性を信じて日々邁進している。おれも王としての力量や実力は周りの評価から推し量ればなかなかに優秀であるようだ。
まあ、俺自身の自己評価は常に低めなので、慢心する事はなかったが。
昨日、寝室の鏡を覗き込んだ時だ。突如おれの前世の記憶が蘇った。おれはおれだ。王子になってる?
なんだこの超絶イケメンは?
しかし、この声と容姿にはどこか見覚えもしなくはない。確か、妹がプレイをしていた、名も知らぬ乙女ゲームの主人公だ。
ということは今の時系列からして、乙女ゲームのヒロインはちょうど1年後に登場する訳だ。そしてこの主人公のおれ。
という事は、これから数日後に国王の影により、弟もしくはおれが国内の安定のために消されるわけか。
そして、どちらかの生き残りとのワーワーキャッキャッする為の謎の序盤の分岐点。
おれは死にたくないし、弟も殺させるわけにはいかない。王を倒す為クーデターを起こすにも、おれの戦力では足りなく、成功したとしても隣国に攻め込まれるわけだ。
つまりいろいろ詰んでいた。そして、1年も待てるかよ。ヒロイン! 命をかけてまで、君との出会いなんて求めるわけねえじゃん。見ず知らずの人にそんな、ね。
婚約者の悪役令嬢みたいな人も、顔はおきれいだけど、いろいろ猫かぶってて裏では悪さしているのおれはもう知っちゃっているんだよなあ。
うん。まったく愛情のわきようがない。これからもきっと。
というわけでおれは自主的に半ば強制に廃嫡にさせてもらったのだった。
*****
*翌日
庶民の宿に泊まったおれは、明日からの生活にワクワクしていた。だってさ、乙女ゲームの主人公だぜ!?
容姿端麗、美丈夫、声は一声かけるだけで女性がうっとりするレベル。剣術の腕前は最強クラス!そして持ち出した、持参金は一生遊んで暮らせるレベル。
なあ。夢があるだろう!?
*****
そんなおれの一週間後はどうなっていたかというと、”キース”という偽名を使って酒に酔って色に溺れそれはもう怠惰な生活をしていた。
「きゃあああ。キース様よ!?」
「こっち見てくださったわ!?」
「こんにちは。キレイなお嬢様がた。」
「きゃああああ!」
いつも女性からモテモテの毎日。これだ~! これがしたかった! 国を背負う重圧から解放され、おれは乙女ゲームをほっぽりだして、ハーレム系主人公になる事にした。
それについても妹から聞かされていた知識が役に立ったかというと良く分からないというのが正直な感想だ。
スチルがどうだの、イベントがどうだの。何だい? クリエーターの全て想定通りなイベントって分かっているのに面白いのかい? もしおれが主人公なら、誰かの思いのままに操られるのではなく、自分で行動したいように思う。
田舎でのスローライフにも憧れる事はないかなあ。おれ前世田舎出身だからこそ言えるのかもしれないが。
しかし旅行は好きだ。今日も見知らぬ街を馬車に揺られ渡り歩いている。何か目的があるかって? そんなものは王太子を辞めた時に全て捨て去ってきた。
しかし、誰かをいや何かを探している。おれの心を躍らす存在を! もしかしたらずっと見つからないかもしれない。
でも、それで良い。時間も金もあるのだから。
*****
少し寒くなってきた夜風が吹き始めた頃。
夕焼けを仰ぎむる一人の女性に目が留まった。何とも無表情で儚げな長い銀髪をはためかせる彼女。
そんな彼女の後ろ姿があまりにも美しく、おれは馬車からおりて、接触をする事にした。
「こんなお時間お一人だと危ないですよ。」
「・・・。はい。」
「この近くに宿屋はありませんか?」
「こちらです。」
彼女の案内でおれは宿屋へとたどり着いたのだが、どうやらこの宿屋の女将さんの一人娘らしい。
「ようこそお越しくださいました。若旦那様。どうそこちらの部屋へ。」
案内してくれた、ベットは質素ではあったものの、部屋の広さや作りはとても居心地の良い空間であった。
次の日の朝。昨晩お会いした彼女が水汲みをしていた。おれもちょうど彼女と話したかったので、ちょうどよかった。
「あの、昨晩はどうも。」
「・・・。はい。ご宿泊いただきありがとうございます。」
えええ。何この娘塩対応過ぎないかい? ちなみに、おれの今の顔面偏差値パねえんだが? 前世男のおれでも鏡見るのがつらいんだが? まぶしすぎて。これは自意識過剰ではなく単なる事実だ。
「働きものなんですねえ。尊敬しちゃうなあ。」
「・・・。ありがとうございます。」
どうしよう会話が続かない。こんだけイケメンでモテモテのおれなら、いけるはずだ!
「何かおれにも手伝えることありませんか?」
「お客様の手を煩わせるわけにはいきませんので。では失礼いたします。(ペコリ)」
機械的な歩みで立ち去って行く彼女の背中を寂しげに見送る男の姿がそこにあった。
*****
おれは諦めねえぞ。絶対におれに惚れさせてやる! 我ながらクズな考えをするようになったなあと思いつつも、アプローチ方法を考え尽くすおれ。
だって仕方ないよな。夕焼けを眺めている彼女に一目惚れしてしまったのだから。
露骨にアプローチしすぎたのが裏面に出てしまったのか、とうとうおれは2週間後に彼女に拒絶されてしまった。
「あなたは私に構うのが好きだからとおっしゃいますが、今後も私はあなたを好きになることはありません。どうせ後で食い下がってこられても困りますので・・・。」
「今この場で全てお話ししますね。私は生まれてこの方・・・。」
他人に対しても、友人に対しても関心を持つのが薄いんだそうだ。そして告白されると付き合ってみるものの何を言っても返事はいつも”はい”と”そうですね”だけなので、愛想をつかれみんな離れていくのだとか。
別にわざとそうしているわけではない。もともとの感情が欠如してしまっているのだそうだ。嬉しい、楽しいが分らない。父さんが亡くなったときにも涙が出なかったそうだ。
落ち込む事もなく、ただ毎年お墓参りだけは欠かさないそうだが、それもただただ行って手を合わせるだけ。いつしかお父さんに悲しいってどういう事? 教えてと天に願い続けているのだとか。
容姿が多少整っているからだろう。3年程前に結婚を申し込まれ受け入れたが、夫婦仲が一向に改善する事はなく、直ぐに離婚を言い渡された。その時に思った事は、明日からお母さんのお手伝いができるなあというたったそれだけのことだった。
今まで強い感情を感じた事も涙を流した事も一度もない。ただ、大事に育ててくれた両親にこんなに欠陥品の子供でごめんなさいと思うだけ。
普段通り抑揚もなく、機械のような声で表情一つ変えることなく、おれはただただ告げられた。
あまりにもディープな話であり、おれは本当に戸惑った。どうしてそんなに申し訳なさそうなんだ?
「お話はお伺いしました。でも、それを素直におれに誠実に向き合ってお話してくれたのは、あなたの”優しさ”つまり、りっぱな感情だと思います。」
そして、予想はできたが、答えが返って来る。
「はい。そうですか。」と。
「それに、人の目を見て誠実に返事ができるあなたは素晴らしい女性だと思いますよ!」
と茶化すようにいたずらっぽく言ってみたものの・・・。
「・・・。はい。」
どうやら、この娘を口説くのは一筋縄ではいかないらしい。乙女ゲームの主人公キャラでさえ出来ない事があったとは・・・。
おれは、一生をかけてでも、彼女に愛を伝え続けて行きたいと思った。
「もし可能であれば、おれと結婚してください!」
「はい。良いですよ。(無表情)」
「ですよね。ダメですよね。」
「いえ。」
「あなたの気持ちがなびいてくれるまで、おれは待ちます! え、今何て?」
「はい。良いですよ。(無表情)」
「えええ!? あ、その。ありがとうございます!(真っ赤)これからよろしくお願いします!」
「はい。お願いされました。(無表情)」
ここでおれは一瞬固まってしまった頭を回転しはじめる。こういうことは流されてしちゃダメだ!
いや。おれのセリフではないかもしれませんが。と、取り敢えずだ。
ここで大事なことを確認しなくては。
「もし、好きという感情を探したいと思っているのでしたら、おれ、いつまでもお付き合いしますので!」
「ええ。そうですね。」
「こ、こんな事今聞くのは不謹慎かもしれませんが、1度目の結婚もその理由で?」
「はい。そうです。」
マジですか・・・。
そして、1年後・・・。夕陽を見ながら微笑む彼女の顔を拝めたのだった。
「今の顔めっちゃ可愛かった!ちゃんと笑えてたよ!」
「はい。そうですか。(無表情)」
もしかしたら、良い未来に変えていけるのかもしれない。そう、きっと何もかも大丈夫なんだ。
実は最近、弟に住所を知られてしまい、お忍びの手紙が定期で届いている。次に返信する時の書き出しはこうなるだろう。
~ご無沙汰しております。今私はとても安らかな幸せな日々にあります・・・~ と。
廃嫡王子様のプロポーズって・・・。何とやらの作品が出来てしまいました・・・。
でも、作者はいつかこの二人ならではの幸せな未来が作られていくと信じてます!
結婚はスタート地点だ! そんな感じに仕上がっていたらいいなあ。




