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第九十九話 些細な諍い

 慧、輝虎、祖母の三人はリビングに入ると、数分お喋りをしてから手分けして夕飯の準備を始める。担当は大まかに、祖母は料理の仕上げ、輝虎は食器の準備と盛り付けの手伝い、慧はテーブルの除菌と配膳の手伝い。となったのだが、品数が膨大にあるわけでもないので、三人もいれば作業はスムーズに進み、テーブルの上にはあっという間にほとんどの料理が運ばれる。


「二人が手伝ってくれたから、随分と楽ができたわ」

「それなら良かった。けれど、こうも早いと出来立てが食べられないね……。それは勿体ないし、おじいちゃんが来るまで少し休憩にしようか」

「そうね。そうしましょう」


 完成間際という所で出た輝虎の案に賛同し、三人は席に着く。そして夕飯の準備前と同様、九割は輝虎一人が担い、残りの一割は慧と祖母が相槌や返答で埋める。という形で会話は進んでいく。それは傍から見たら講演会のようなものであった。しかし、慧と祖母からしたら、それで良かった。いや、それが良かったのである。まだ距離感も分からず、お互い何を話していいか探り探りの状態だったので、自由気ままに話を進めてくれる輝虎という存在は、二人にとっては有り難く、この場においては救世主なのであった。だから二人は何も苦にせず、文句も垂れず、ただひたすらに輝虎の話に耳を傾け、適当な相槌や返答をして、輝虎が一人で話し続けることを促した。それに慧としては、この家に来てからというもの、何となく輝虎が気を遣って話しているというか、話し方が穏やかというか、丁寧というか、優しくなったように感じており、それを勝手に、祖父母を意識してのことなのだろうかと推察し、輝虎の人間的な一面を垣間見ているような気になり、尚のこと輝虎一人が話し続けることに抵抗感は無かった。


「……という感じで、僕と彼の活躍により、部活が発足したんだ」

「二人とも頑張ったのねぇ」

「あぁ。嫌だと言いながらも、彼はいつも手伝ってくれるんだ。ね?」

「ははっ、まぁ、そうですね」


 多少脚色された超常現象研究部の発足話が終わろうとしたその時、リビングと廊下を繋ぐドアが開き、


「おぉ、もう出来てるじゃないか」


 と、風呂から上がった祖父が陽気に入って来た。


「はい。あとはご飯とお味噌汁をよそうだけですよ」

「そうかそうか。なら早く食べよう。風呂でも腹が鳴って仕方が無かったんだ」


 祖父は豪傑に笑いながら慧の対面の座席に腰掛ける。するとその隣に座っていた祖母が入れ替わる形で立ち上がり、キッチンに向かった。慧はそれを見て、自分が配膳の手伝いを頼まれていたのだと思い出し、席を立って後を追う。


「手伝います」

「あら、ありがとうね。じゃあ、ご飯を盛るから、それを運んでもらおうかしら」

「はい。分かりました」


 慧の返事を聞いた祖母は調理台に並ぶ茶碗を手に取り、一つ一つに白米を盛っていく。そうして四人分盛り終えると、この茶碗は誰々の。この茶碗は誰々の。と、慧に説明を添えてくれたので、慧は授かった助言の通りに四人分の茶碗をテーブルに運ぶ。それが終わると、味噌汁は私が運ぶから座って待っていて。と言われたので、慧は邪魔にならないよう、素直に席に戻り、祖母が手際良く味噌汁を運ぶ姿を見守り、祖母が席に着いたところで、四人は手を合わせ、挨拶をし、夕飯が始まった。

 最初の数分は、あれが美味いこれが美味いと、皆料理の賞味に忙しかった。しかしある程度食事が進むと、料理や食に関する話は尽き、世間話が始まる。今回もまた、切り出したのは輝虎であった。が、その後会話の主導権を握ったのは、祖父であった。新たに加わった祖父は自分のテンポでころころと話題を変えていく。恐らく輝虎と同じくらい、いや、それ以上のお喋りさんである。慧はそんな滞りなく喋る祖父を見て、間違いなく輝虎はこの祖父に似たのだろうと思った。


「はっはっはっはっ。弁当を忘れて空腹で倒れていた所を助けてもらった? 奇天烈な馴れ初めだな!」

「ハハッ。でも実際そうなんだよ。で、それ以来、僕が昼食を忘れる度に、彼が弁当を分けてくれるんだ」

「あ、あはは。まぁ、合ってるような合ってないような……」


 しつこく強請って来るから仕方なくあげてます。なんてアウェイの地で言い返す度胸はなく、慧は曖昧な返事をした。すると、


「もう、輝虎ちゃん。彼に頼り切りは良くないわよ」


 今まで黙って話を聞いていた祖母が釘を刺した。


「えっ、いや、頼り切っているというわけじゃ……」

「輝虎ちゃんはそう思っていても、風見君はそうじゃないかもしれないでしょう?」


 祖母にそう言われた輝虎は一瞬慧の方を見ると、ばつが悪そうに視線を逸らした。


「とにかく、今度からは私がお弁当を作るから、風見君のお弁当は貰わないようにしましょうね」

「うん、分かったよ」


 祖母の口調は始終柔らかかったが、それでも説教みたくなってしまったことに変りはなく、食卓には気まずい空気が流れる。


(一応俺の気持ちを問われてたわけだし、何か言った方が良かったかな……? いやでも、余計なことを言って事態を悪化させてた可能性もあるし、これで良かったのかな……)


 数秒考えた結果、現状維持が賢明だと判断した慧は、どちらのフォローをすることも無く口を噤んだ。それでももし、ここから空気を挽回する可能性があるとしたら、それは祖父のトークであったが、結局それも揮わず、少々ぎこちない雰囲気を引きずったまま夕飯は終わった。


「ごちそうさまでした。流しに置いておくね」


 いち早く席を立ったのは輝虎であった。彼女はいつも通り剽軽な調子でそう言うと、手元の食器をまとめてキッチンに向かい、それらをシンクに置いてリビングから出て行った。


「……ごめんなさいね。聞いてるだけにしようと思っていたのだけど、ちょっと気になって、余計な口を出してしまったわ」


 ドアが閉まって数秒後、祖母がポツリと謝罪した。


「い、いえ、俺は全然大丈夫です。けど、その、気になったっていうのは?」

「あなたたち二人の関係が気になってねぇ。二人が望んでこの関係になったのか。或いは、輝虎ちゃんの我がままで出来たイヤイヤの関係なのか……」


 祖母はそう言いつつ、慧のことをじっと見つめる。その瞳は、全てお見通しだ。と語り掛けてくるようで、慧は背中にじんわりと冷や汗をかいた。


「えっと、そうですね……。まぁ、百パーセント納得した関係ではないかもしれませんね」


 完全に輝虎のことを受け止める自信も無く、かと言って今の関係をすぐにでも断ち切りたいわけでも無く、慧は煮え切らない答え方をした。


「そうよねぇ。部活動の話も、お弁当の話も、聞いている限りあなたから働きかけたと言うよりかは、輝虎ちゃんが強引にあなたを引っ張りまわしているようだものねぇ」

「はい……。でも、めっちゃ嫌ってわけでは無いんです。先輩が嫌いってわけでは無いんです。本当に」


 このままでは悪い方に解釈されてしまう。そう思った直後、慧の口は考えるよりも先に動き出し、眼差しは力強く祖母を見つめる。すると、


「その気持ち、なんとなく分かるわ。上手く言葉では表せないのよね」


 そう言って祖母は、隣で黙っている祖父に視線を向ける。


「うん? なんだ?」

「なんでもありませんよ」


 素っ頓狂な声を上げる祖父に微笑みを返し、祖母は再び慧に視線を戻す。


「あの子はまだ、人付き合いに慣れていなくて、ちょっと鈍感で、少し我がままなだけなんです。だからどうか、長い目で、輝虎ちゃんのことを見てあげてください」


 祖母は真っすぐ慧を見据えたまま、真っすぐな言葉を告げる。それに慧は、


「はい。もちろんです。まだまだ色んな景色を見させてもらうつもりですから」


 と答えた。


「ありがとうね」


 祖母は頬を緩めて感謝を述べると、一呼吸置いて席を立ち、電話台に向かい、メモ用紙を一枚取り、そこに何かを書いて慧に手渡す。


「これ、うちの電話番号よ。何かあったらいつでも連絡してちょうだい」

「はい。ありがとうございます」

「電話じゃなくて、遊びに来ても良いんだぞ。なんせ君は、輝虎の友達第一号なんだからな! はっはっはっはっ!」


 大仰に笑う祖父を見て、慧と祖母は呆れた微笑を交わした。

 その後、慧は食器の片付けを手伝い、祖母の案内で、輝虎の部屋から廊下を挟んで真向かいの部屋に通された。


「元は息子が……。輝虎ちゃんのお父さんが使っていた部屋で、少し物が残っているのだけれど、ここでも大丈夫かしら?」

「はい。全然大丈夫です」

「そう。良かった。あと、お風呂も自分のタイミングで入って良いからね」

「分かりました。それじゃあ今入っちゃいます」

「えぇ。どうぞごゆっくりね」


 食後間もないとは言え、自分のせいで後が詰まることだけは避けたかったので、慧はすぐにボストンバッグから部屋着と下着とタオルとシャンプーセットを取り出し、風呂に向かった。

 しかし脱衣所まで来て慧は気付いた。自分は親戚の家以外に泊ったことが無いという事実に。つまり、他家の風呂に入るのが初めてなのであった。すると突然、慧は服を脱ぐのが小恥ずかしくなってきた。だが、ここまで来て入らないわけにもいかないし、この汗をかいた状態で、他人の部屋、他人のベッドで寝泊まりするわけにもいかない。慧は一瞬迷った末、意を決して服を脱ぎ、風呂場に飛び込んだ。

 始めは全裸でいることが恥ずかしく、抵抗感があった。しかしそのネガティブな感情も、シャワーを浴びている内に汗と共に洗い流され、全身を洗い終える頃には何も感じなくなっていた。そうして身も心も綺麗になった慧は、シャワーを止めて風呂に入ろうかと思ったが、流石にゆっくりと風呂に浸かれるほどの図太いメンタルは持ち合わせていなかったので、シャワーだけで出ることにした。

 風呂を出るとまずは体を拭き、下着と部屋着を纏い、脱いだ服と使用したバスタオルとシャンプーセットをボールのように丸めて脇に抱え、脱衣所を出た。そして一度部屋に戻り、抱えていた塊をビニール袋に突っ込むと、祖母に風呂を上がったと伝え、再び部屋に戻った。

 それからは少々退屈な時間が続いた。と言っても、それは当然のことなのだから仕方がない。二つある目的の内、荷運びは達成してしまい、もう一つの目的、写真鑑定は明日にならなければどうすることも出来ないのだから、退屈で然るべきなのである。


【ご主人? 寝ちゃいましたか?】


 ベッドに仰向けで寝転がり、天井を見つめていた慧の脳内にラヴィの声が響く。


「あぁ、ごめん。起きてるよ」

【ぼーっとしてましたね? ご主人から話し掛けて来たのに】

「悪かったって」

【まぁ良いでしょう。今日は新天地に赴いて気分が良いので許します】

「案外ちょろいんだな」

【ちょろいですと?】

「うん。ていうか、俺がいないと新天地にも赴けないのに、なんか偉そうだよな?」

【ぐっ……。今日のところは引き分けにしておきましょう】

「そうしておこう」

【それで、お話の途中でしたよね?】

「あぁ、そうそう、食前と食後の先輩を見て、何か変化があったか聞きたかったんだよ」

【なるほど。少し遡ってみましょう】


 ラヴィはそう言って黙り込む。そして数秒後、


【特に外面的変化は見当たりませんね】

「そっか」

【ご主人は何か感じたのですか?】

「うーん、感じたというか、夕飯前に俺と少し揉めて、夕飯の時にはおばあさんと気まずくなって、単純に大丈夫かなって」

【なるほど。確かにダブルパンチではありますね】

「そうなんだよ。まぁでも、お前のセンサーに引っかかってないし、今のところは大丈夫なのかもな」

【と思いますけど、一応気に掛けてくださいね】

「分かってるよ」


 こうして輝虎の話題が一段落すると、慧とラヴィは別の話題でダラダラと雑談を続けた。しかし三十分を過ぎた辺りで、突然猛烈な睡魔が慧に襲い掛かって来たので、慧はラヴィに限界が来たことを伝えて会話を切り上げ、洗面台を借りて歯を磨き、いつでも寝落ちしていい状態でベッドに寝転がった。というか、ほとんど寝るつもりでベッドに寝転がった。そしてその思惑通り、慧は瞬く間に眠りに落ちた……。


 ……ギシギシ。ギシギシ。床が軋むような音が遠くに聞こえる。ギシギシ。ギシギシ。それは次第に近付いて来るような気がする。かと思うと、ギィー。と、ドアがゆっくりと開けられるような音がして、また、ギシギシ。ギシギシ。と音が近付き、背後まで迫ったところで、それは急に止んだ。典型的な悪夢だ。そう思ったのも束の間、ベッドがグッと沈み込み、背後からギュッと抱き着かれた。どうにか振り解こうにも、慧の身体は金縛りにあったかのように動かない。すると次第に意識が薄くなっていき、最後に、


「――を見て」


 小さな懇願のようなものが聞こえ、慧の意識は再び闇に沈んだ……。

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