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第八十七話 似た者同士

 龍宮宅に招じ入れられた慧と伊武は、恵凛の案内でリビングダイニングキッチンに通されていた。


「お茶を持ってきますので、そこに掛けてお待ちください」


 案内を終えた恵凛はダイニングテーブルを見ながらそう言うと、キッチンの方へ向かった。


「うん。分かった」


 既に歩き出している恵凛の背中に答えると、慧と伊武はダイニングチェアに腰を下ろした。


(俺の家で一緒に朝ご飯を食べたことはあったけど、こうして龍宮の家に来るのは初めてだったよな……。結構ウチと構造が似てるんだな。確か同じ工務店が……って、流石にジロジロ見回すのは失礼か)


 お茶を持って来るまでの時間なんて大した長さではないのだが、そんな束の間の暇でさえ持て余してしまった慧は、無意識のうちに室内を見回していた。しかし幸いにもすぐに自制心が働き、慧は勝手に見回していた視線を慌ててテーブルの上に移した。


「すみません。お待たせしました」


 数秒後、恵凛は急須と湯呑の乗った盆を持って戻って来た。


「いや、全然大丈夫。それより、こっちこそごめん。その、色々と」

「そんな、気にしないでください。むしろ嬉しかったんですよ、私」

「そう、なの?」

「はい。今回のお泊りでもっと江波戸さんのことを知れるような気がして。それに何より、誰かに頼ってもらえたというのが嬉しくて」


 恵凛は笑みを浮かべながらそう言うと、両手で丁寧に急須を持ち、茶を注ぎ始める。


「そっか……」


 慧は小さく答えながら、これまで恵凛に何も報告してこなかったことを悔やみ、申し訳なく思った。璃音と堤と一緒に伊武を探っていたこと、その流れで璃音と伊武を仲直りさせようとしていたこと、先日璃音が学校を休んだ時にしらばっくれたこと、ほんの数時間前にライブハウスで合流した際、伊武と一緒にいた理由を誤魔化したこと等々。恵凛の笑みを見ていると、吐いてきた嘘や隠してきた事が悪性の腫瘍となって脳内で膨らみ始める。すると隣に座る伊武が、


「話せば」


 と囁いた。


「え?」

「隠し事、したくないんでしょ」

「な、なんで」

「顔に出てるから」

「マジか……。でも、龍宮に話して良いのか?」

「どうせいつかバレるんだし、それなら傷が浅く済む時に言った方が良いでしょ。それに、今更一人増えたって変わらないし」

「まぁ、確かに……」


 伊武の言うことは全て的を射ている。そう思った慧は素直に彼女の言葉を受け入れ、静かに深呼吸をした。


「どうぞ。まだ熱いと思いますので、少し冷ましてからお召し上がりください」


 茶を入れ終えた恵凛は、注意喚起をしながら考え込んでいる慧とスマホをいじっている伊武の目の前に湯呑を置く。


「ども」

「う、うん、ありがとう」


 湯呑からはゆらゆらと薄く細い湯気が昇る。慧はすぐに消えるそれを見つめながら、話す内容、話す順序、話し方、そして一番に、話の切り出し方を考える。この機を逃すわけにはいかない。しかしだからと言って雑に話すわけにもいかない。丁寧に、何かきっかけを作らなくては……。そう思い悩んだ末、一旦茶でも飲んで気を落ち着かせようと慧が右手を動かしたその時――


「ねぇ、龍宮さん」


 突如伊武が話を切り出した。それも、恵凛に対して。


「は、はい。なんでしょうか?」


 不意を突かれたからか、それとも名前を呼ばれたからか、どちらにせよ恵凛は驚いた様子で答える。


「龍宮さんはさ、私のこと、何か聞いてるの」

「えっ、えっと……。何も、聞いていないと、思いますけど……」


 何も知らないはずの恵凛は、それでも自分に落ち度があるかもしれないと思ったようで、律儀に記憶を辿りながらつっかえつっかえに答えた。そんな彼女の瞳は未知を恐れる幼子のように始終泳いでおり、明らかに不安を訴えていた。そしてその乱反射する視線が時折慧の方へ向けられる度、慧は後ろめたく思い、心臓が締めつけられるような感じがした。


「ふーん、そう」


 引け目を感じている慧や、動揺している恵凛とは打って変わり、質問者である伊武は淡白に答えた。きっと伊武にとって恵凛の答えはどうでも良くて、ただ、この状況を作り出すことが目的だったのだ。そう、慧の話し出すきっかけを作ることが。


「……あの、龍宮」


 お膳立てしてもらったようでいて、実は引き返せない所まで追い詰められていることに気付いた慧は洗いざらい話すことを覚悟し、口を開いた。


「はい。なんでしょうか?」

「話しておきたいことがあるんだ。江波戸と、雀野のことで」

「わ、分かりました。私で良ければ何でも聞きます」


 慧の神妙な声を聞き、先ほどまで動揺の色を浮かべていた恵凛の顔には緊張の色が浮かび上がる。


「ありがとう。じゃあ江波戸のことからなんだけど……」


 感謝の一言を置いて会話に区切りをつけた後、慧はここ一、二週間に起きた出来事を話し始める。

 まずは事の発端である伊武のアルバイト先の店長の話。次いで堤と調査に乗り出そうとしたところで璃音に話を聞かれてしまい、成り行きで協力関係になった話。そうして璃音と行動を共にし、調査を進めるうちに伊武の母親とひと悶着あった話と、同日に伊武ともぶつかり合った話をし、最後に、今日、伊武が母親と仲直りしたいという決心を伝えてくれた話をして、慧は湯呑を手に取った。


「そんなことが、起きていたのですね……」


 驚いたような、頑張って事態を飲み込もうとしているような、はたまた悲しんでいるような。つい数分前までは分かりやすい表情を浮かべていた恵凛だが、今はとても曖昧な面持ちでそう呟いた。


「うん、ごめん。話すのが遅くなっちゃって」

「いえ、きっとこれで良かったのだと私は思いますよ」

「えっ、でも俺は……」

「確かに、すぐお話していただけなかったのは少し寂しく思いました。ですがきっと、調査に私がいてもお役には立てなかったと思いますし、むしろ足手まといになっていた可能性もあります。ですから、璃音と二人で調査をしたのは正解だったと思います。でも逆に、お泊りの件は私に相談して正解だったと思います。ご家族がいる璃音に相談しても、きっと断られていたと思いますので。……えっと、つまり何が言いたいのかと言うと、適材適所。結果オーライ。ということです」

「龍宮……」


 どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえたが、向かいに座る恵凛の朝日のような微笑みと、清流のような声を見聞きして無粋なことが言えるはずも無く、慧は喉まで上がってきていた言葉たちを腹の底に押し戻した。


「それに、今こうしてお話して下さったのですから、風見君が気にすることは何もありませんよ」

「うん。ありがとう」

「ふふっ、いえ、こちらこそ。お気遣いありがとうございました」


 今日何度目になるかも分からない慧のありがとうに対し、恵凛もようやく自然な笑みを浮かべて答えると、二人は微笑みを残したままお茶を啜った。


「はぁ、めんどくさ……」


 そんな二人を見て、きっかけを作った伊武は小さく嘆いた。

 それから文字通り一息ついた後、


「そう言えば、さっきのメッセージのことなんだけど」


 と、慧が話を再開した。


「あっ、璃音のことですね?」

「うん。一応電話を掛ける前にチラッと確認はしたんだけど、大丈夫って文字しか見てないから、具体的にあの後どうだったか聞きたくて」

「はい。結論から言うと、しっかりお家まで送り届けました」

「そっか、良かった」

「ですが、一言も話してはくれませんでした」

「まぁ、そうだよな。相当滅入ってたし……」

「はい。険しい顔で考え事をしていると思えば、次の瞬間には呆然としていて、とにかく一瞬も目が離せない状態でしたね」

「うーん、大丈夫かな、雀野」

「心配ですよね。とりあえず今はお家にいて、ご家族も一緒なので大丈夫だとは思いますけど……」

「うん。家族の誰かが良い相談相手になってくれればいいんだけど」

「そうですね。それが一番の理想ですね。でも恐らく、家族思いの璃音は何も言わないでしょうね。ご家族のことを大切に思っているからこそ、心配をかけるようなことは絶対に」

「確かに……」


 家族思いとは少し違うが、自己犠牲と言う意味では慧の中にもいくつかの心当たりがあった。それこそ今回の伊武の件だって、たまたま話を聞いてしまったというだけで、わざわざ調査に協力する必要は無かったのである。


「私たちに出来ることは何もないのですかね……」

「出来ること、か……」


 今の自分に出来ること。慧はそれについて考えを巡らせるが、その思考を阻むように、璃音の言葉が蘇る。


『でも、これからって何? 表現する場所も、信頼してた人も、たった今全部を失ったあたしのこれからって何?』

『ほら、何も無いでしょ。あたしにはもう何も無いんだよ……』


 璃音のあの言葉に、自分は何も返せなかった……。慧は独り感傷に浸り、テーブルに乗せている自らの手をぼんやりと見つめる。一方恵凛も何か考え事をしているようで、湯呑を両手で包んだまま黙り込んでしまう。すると話の接ぎ穂を失った室内には、なんとも言えぬ暗澹たる空気が満ち始める。


「……ふっ、偉そうに説教垂れてたくせに、結局一緒じゃん」


 沈黙を破ったのは伊武の嘲笑であった。


「一緒って。雀野と江波戸がってことか?」

「そ。駅で私に、助けを求めてほしい。とか、一緒に解決したい。とか言ってたでしょ」


 伊武に問われた直後、慧の脳内には安雲橋駅で璃音が伊武を引き留めたワンシーンが想起される。


「……うん、言ってたな」

「でも、当の本人は助けを求めて来ないし、親にも相談出来ない」

「うん。雀野は一人で抱え込もうとしてる」

「だから、あの時の私とまんま一緒ってこと。ま、完全に一致してるってわけじゃないけど」

「あの時の江波戸と一緒……。そうか。江波戸、ちょっと一つ聞きたいんだけど」

「なに」

「江波戸はあの時どう思ったの? 雀野に詰められた時」

「ムカついた。知ったような口利いてきて」

「ムカついただけ? 何と言うか、安心感みたいなのはなかった?」

「んー、まぁ、多少は……」

「なるほど……。俺たちに出来ることが分かった」

「えっ、何かあるのですか?」


 慧の唐突な解決に、静観していた恵凛が思わず口を挟む。


「うん。答えは意外と簡単だったんだよ。雀野が江波戸に言ったことを、そっくりそのまま江波戸が言い返してあげれば良いんだ」

「は? なんでそうなるわけ?」

「い、今から説明するよ。これには二つ狙いがあって。一つ目は、改めて俺たちが味方だって示すことが出来る」

「味方だと示す……」

「そう。それで二つ目は、雀野の心に火をつけられるってこと」

「火? なにそれ」

「多分意味分かんないと思うけど、そっくりそのまま言い返すだけで、この二つの項目をクリアできると思うんだよ」

「もう少し詳しく説明していただいてもよろしいですか?」

「うん、もちろん。まぁ一つ目はさっきも言った通り、助けを求めてほしい。一緒に解決したい。って伝えることで、俺たちは味方なんだって雀野にアピールしつつ、雀野は独りじゃないって理解させる目的がある。で、二つ目。こっちは雀野が動き出すための強い原動力を確保する意図がある。そしてその原動力になるのが江波戸なんだ。何故かと言うと、今の雀野には江波戸の言葉が一番効くと思うから」

「江波戸さんの言葉が? 私か風見君ではダメなのですか?」

「多分、俺たちが言っても優しさにしかならないから、二つ目の項目は満たせないと思うんだよね。でも、ライバルと言うか、雀野が一方的に目を付けてる江波戸に言われたら、多少はやってやるぞって気になると思うんだよね」

「つまり、焚きつけろってことでしょ」

「その通り」

「でももしそれで上手くいかなかったらどうするのですか?」

「もしダメだったら、更に油を注ぐ。江波戸の口から、母親と向き合う決心をしたって伝えてもらうんだ。そしたら後は、雀野の負けず嫌いが発動するのを祈るしかないって感じかな」

「面白いじゃん」


 明らかに不服そうだった伊武が先に反応を示した。


「えっとそれは、やってくれるってことか?」

「いいよ。こっちだけ弱み握られてるって言うのも癪だったし」

「マジか。ありがとう!」


 恐らく伊武が関門になるだろうと思っていた慧は、すんなりとイエスを貰って声高に答える。そして今度は恵凛の方を向き、


「龍宮はどう思う?」


 と聞いた。


「やりましょう。やれることは全部やりたいです」

「よし。決まりだな。明日、雀野の家に行こう」


 慧はそう宣言しながら二人の顔を見て、話を続ける。


「龍宮、案内お願いしても良いかな」

「はい。お任せください」

「ありがとう。じゃあ今日は解散にして、また明日、昼前後目安に」

「はい!」


 元気よく答える恵凛、小さく頷く伊武。慧は二人の意思を確認すると、手元のお茶を一気に飲み干して龍宮宅を後にするのであった。

今週も最後までお読みいただきありがとうございます。


あとがきがあるという事は何となく察しがつくと思いますが、来週は休載とさせていただきます。

体調を崩したというわけではないのですが、イマイチ執筆の調子が上がらず、睡眠不足も続いていたので、一度リフレッシュしようと思います。

物語が盛り上がって来たところで大変申し訳ないのですが、盛り上がっているからこそ雑に話を進めたくないので、休載することにしました。


今年はこんな調子でちょこちょこ休載を挟むかもしれませんが、引き続きお読みいただけると幸いです。


以上。玉樹詩之でした

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