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第八十五話 勘違いと人違い?

「い、いや、どういうことですか。流石に歌の才能が無いってことじゃないですよね? だって俺は、雀野の歌の方が聞いてて心地良かったし、上手いと思いましたよ?」


 浜崎の回答があまりにも言葉足らずだったせいで、慧はほとんど反射的に、詰問のような答え方をしていた。


「ご、ごめんなさい、流石に端的過ぎたわね。ちゃんと細かく説明するから」


 一方浜崎は慧がここまで食らいついて来るとは思っていなかったらしく、驚きながら早口に慧を宥めると、改めて説明を続ける。


「まず、才能が無いって言ったのは、バンドで歌う才能の話ね」

「バンドで?」

「そう。バンドって言うのは、メンバー全員が一丸となって音楽を作るんだけど、あの子にはちょっとそのスタイルは合ってないかなと思ってね」

「具体的な理由はあるんですか?」

「もちろんあるわよ。一つ目は、根本的に技量の差があるってこと。バンドメンバーの子には悪いけど、正直まだまだりーちゃんの実力に追い付けてないように私は感じたわ。そしてそれに付随して二つ目、そんなメンバーの演奏に合わせて歌っているから、りーちゃんの良さが最大限まで発揮できていない。そして最後に三つ目、これが一番大きな理由なんだけど、歌い方の種類ね。もしかしたら君も感じたかもしれないけど、りーちゃんの歌は会場を包み込む感じで、反対に後攻の子は会場を巻き込む感じだったでしょ?」

「確かに……。同じ曲を聞いているはずなのに、雀野の時は会場全員が聞き入ってる感じで、後攻の子の時は会場全員が一体になってる感じがしました」

「そうそう、そういうこと。で、結論に移るんだけど、りーちゃんの歌はソロとかデュエットとかの方が向いてて、後攻の子の方がバンドに向いてる。だから白を選んだってことが言いたかったの」

「なるほど……。良かった。そこまで考えての選考だったんですね」

「当り前じゃない。あの子は私が一目惚れした子よ? 雑なジャッジはしないわ」


 浜崎はそう言って安心したような、しかしどこか今日の選択を悔やんでいるような苦い笑みを浮かべた。


「ゴホン。それで、ここからが君へのお願いなんだけど」


 咳払いで苦笑を振り払った浜崎は、再び真剣な瞳で慧を見つめ直す。


「はい。なんでしょうか?」

「あの子を、りーちゃんを、本格的にソロへ転身させたいの。それで、その手助けを君にお願いしたくて」

「ソロに? そう言えば、前にここで雀野の歌を聞いた時にもそんなこと言ってましたね」

「あら、覚えていてくれたの?」

「はい。何となく気になったので。でも、俺は何をするんですか? 多分、説得するんだったら浜崎さんの口から直接言った方が素直に聞くと思うんですけど……」

「それがね、私はもう何度も言ってるのよ。まぁ、明確な理由付きでは言ってないんだけど、それとなーく、ソロで活動してみたら? ってね。けど、なかなか聞いてくれなくてねぇ。そこで現れたのが君よ。あの短気で男嫌いのりーちゃんが、ニコニコして、あんなに気合入れてライブに臨んでる姿は初めて見たわ。それで確信したの。君は大事な人なんだって」

「だ、大事な人? 俺が?」

「隠さなくても大丈夫よ。付き合ってるんでしょ?」

「えっ? い、いやいや、付き合ってないですよ!」

「またまた~。君は、りーちゃんが初めて連れてきた男の子なのよ? まさか友達止まりなわけ……。ないわよね……?」

「いえ。残念ながら、ただの友達です」


 恐る恐るも真剣に問うてきた浜崎に対し、慧も真摯に答える。するとその態度で独り先走っていたことを悟った浜崎は、気まずそうに視線を逸らし、両手で口を覆った。


「えーっと、その、すみません。ご期待に沿えなくて……」


 ショックを受けている浜崎を見て、何故か勘違いをされた慧の方が謝罪の言葉を述べる。


「大丈夫、大丈夫よ。私の早とちりが悪いんだから」


 そう言って慧の方に向き直ると、浜崎は忽ち頭を下げ、


「本当にごめんなさい!」


 と、言葉を続けた。


「ちょ、ちょっと浜崎さん。頭、上げてください」


 周囲の目が気になった慧はすぐに頭を上げるよう頼む。すると浜崎はゆっくりと頭を上げることには上げたのだが、視線は尚も上向かない。


「私はなんてことを……。もう何もかもお仕舞いだわ……」

「そんな悲観的にならないでください。俺は全然気にしてませんから」

「ありがとね、風見君……。けど、例え君が許してくれたとしても、どの道私はお仕舞いなのよ」

「そんなこと――」

「いいえ、終わりよ。私は君が彼氏さんだという前提でこの計画を、りーちゃんのソロ転身計画を実行したの。でも、勘違いだったってことは、計画全てがおじゃんということだわ。きっと君の協力も得られないし、りーちゃんとの関係も修復できない! もうあの子の歌を聞けないのね……。いえ、それどころか、あの子がこのまま音楽を辞めちゃったらどうしましょう!」


 喋れば喋るほど、自らネガティブの底なし沼に沈んでいく浜崎を見兼ね、


「大丈夫ですよ。彼氏とか関係なく手伝いますから!」


 と、慧が救いの手を差し伸べた。


「えっ?」

「俺に出来る限りのことはやりますよ。俺も、雀野には音楽を辞めてほしくないんで」

「風見君……! ありがと。やっぱり君を選んだのは正解だったわ。推理はド下手だったけど、人を見る目はあったってことね」

「は、はは、光栄です……」

「それじゃあ気を取り直して、まずは計画を練り直さないとね」


 慧の言葉で正気に戻った浜崎は、早速計画の再考を始める。そんな彼女の面持ちは既に冷静そのもので、つい先ほどまで錯乱していたのが嘘のようである。


「ちょっと待っててね。ペンを取って来るわ」


 考え込んでいた浜崎は何か思い付いたようにそう言うと、受付脇のスイングドアを抜けて行った。


「情緒どうなってんの……」


 ずっと黙っていた伊武が慧の傍らでボソッと呟く。


「まぁそう言うなよ。浜崎さんにとって雀野は、それほど大切な存在なんだよ」

「ふーん。家族でもないのにね」

「うん。でもさ、これだけの人が生きてれば、家族より深い関係になる人がいてもおかしくはないだろ? それにさ、家族じゃない方が話しやすいことってないか?」

「……ある。かもね」

「なんで濁すんだよ」


 慧と伊武がひそひそ話をしていると、間もなく浜崎が戻って来た。


「お待たせ」

「いえ、大丈夫です。それより、何か良い案が思い付いたんですか?」

「それがね、全く思い付かなかったわ」

「えぇ……。じゃあどうするんですか?」

「そうね。案は思い付かなかったけど、やれることはあるわ」

「なんですか?」

「やっぱりここは原点に立ち戻って、下手に策を講じるんじゃなく、私流にノリとフィーリングで行くのが良いんじゃないかと思ってるんだけど。どうかしら?」

「ノリとフィーリングですか。まぁ悪くはないと思いますけど……」


 慧が渋い反応を示すと、


「私の音楽論はりーちゃんも知ってるし、それにあの子の性格的に、回りくどいやり方よりも真正面からぶつかり合った方が分かり合えるかなって私は思うんだけれど……。さっきの推理を披露した後じゃ説得力無いかしらね?」


 自嘲交じりに浜崎が付け加えた。


「うーん、確かに説得力はないですね。けど、行動しないと何も始まらないってのも事実ですし、やってみましょう、ノリとフィーリングで」

「ほんとに? ありがと。じゃあ交渉成立の証にこれを渡しておくわね」


 浜崎はそう言うと、ずっと右手に持っていた紙を慧に手渡す。その紙の正体は、浜崎の名刺であった。


「それの裏に私の社用携帯の番号を書いておいたから、何かあったら連絡して。多分、これから君には相当負担を掛けちゃうと思うから、愚痴でも何でも吐き出したいことがあったら遠慮なく言ってちょうだい」

「わざわざありがとうございます」

「いいのよ。むしろこれくらいしか出来なくてごめんなさいね。それと、私の浅はかな行動のせいで面倒なことに巻き込んでしまったことも」

「いえ、それに関しては俺も一緒ですから。俺も心のどこかで、雀野を連れ戻せるって軽く思ってたんです。でも結果は、雀野の本音にも寄り添えず、解決策も答えられなかった」

「そう……」

「だから俺、やれるだけ頑張ります」

「フフッ、ありがと。じゃあ改めて、お互い頑張りましょうね」


 浜崎はそう言って右手を差し出す。


「はい」


 慧は爽やかに答えると、浜崎と握手を交わした。

 こうして計画と呼ぶにはあまりにも杜撰で大雑把な璃音のソロ転身計画の概要が纏まると、浜崎は仕事に戻り、慧と伊武はライブハウスを後にした。

 裏路地に出た二人を迎えたのは、ほとんど沈みつつある夕日の残光だった。コンクリートの地面には薄く伸びたビルの影が連なっている。時刻はもう、午後の六時を回ろうとしていた。


「大分遅くなっちゃったな。ごめん」


 少し歩いてから慧が切り出す。


「別に。どーせ帰る場所ないし」


 いつもと変わらぬ調子で伊武が答える。どうやら本当に気にしていないようだ。何となくそう思った慧は話を続ける。


「江波戸が行きたいって言ってた場所は今からでも間に合うのか?」

「全然間に合うと思う」

「良かった。場所は?」

「帰り道にある」

「ん? それは俺の帰り道ってこと?」

「そう」


 伊武は必要最低限の答えだけ述べると、スタスタと大通りへ出て行く。


(これはきっと、何を聞いても答えてくれないやつだな)


 何となくそう感じた慧は黙って伊武の後に続き、彼女の横に戻る。そうして数メートル歩いた後、突如として、


「そう言えば、さっきの話って結局どうなの」


 と、珍しく伊武から話を振って来た。


「さっきの話?」

「付き合ってるとかって話」

「あぁ、それか。本当に付き合ってないよ。マジで浜崎さんの勘違い」

「ふーん、そう」


 伊武は素っ気なく答える。


(え。なんだったんだ、今の質問……。もしかして、俺のことが気になってるとか? いやいや、まさかな。でも一応それとなく聞いてみるか)


 意味深な言動が気になった慧は、胸の高鳴りが漏れ聞こえないように呼吸を整えながら話を継ぐ。


「な、なんか気になることでもあったのか?」

「別に。面倒ごとに巻き込まれたくないから、事前に確認しておきたかっただけ」


 顔色も声音も変えない平然とした伊武の答えに、慧の緊張と期待は一瞬で崩れ去る。


「あ、あぁ、なるほどね……」


 危うく自分も浜崎と同じミスを犯すところだった……。と、慧は反省しつつ、しかし少々ホッとしながらこの話を打ち切る。

 その後は伊武に言われた通り、風見宅への帰宅ルートを辿る。まずは駅へ向かい、電車に乗る。そして古屋根駅で下車すると、そのまま改札を抜ける。と、ここまで来ると残りは真っすぐ道を進み、住宅街に向かうのみである。しかし伊武は何も言い出さない。怪しいところに連れて行かれるとは思わないが、流石にそろそろ答えが知りたい。そう思ってきた慧が伊武の背中に話しかけようとしたその時、伊武が立ち止まり、慧の方を振り返った。


「ここ」


 伊武は短くそう言った。


「えっ?」


 伊武が立ち止まったのは駅を出てすぐ。つまり駅前である。が、古屋根駅は安雲橋駅とも星峰駅とも違い、駅前には何もない。あるとしたら、大量の自転車が停まっているほとんど不法投棄場と化している駐輪場か、物寂しい喫茶店くらいである。


「付いて来て」


 多くは語らず、伊武は一直線に喫茶店へ向かう。まぁそこしかないよな……。慧は心の中で茶々を入れつつ、今は彼女に付いて行く他ない。そう思い直して伊武の後を追い、二人は喫茶店に入る。


「いらっしゃいませ」


 ドアの上部にぶら下がっているベルの音を聞き、店員が顔を出す。その顔を見た慧は思わず、


「えっ……」


 と声を漏らす。何故なら、目の前に現れた店員が養護教諭の堤だったからである。

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