表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/164

第七十八話 選択

 古屋根駅で璃音と別れた後、真っすぐ帰宅した慧は最低限の用事を済ませてリビングのソファに腰を落ち着けていた。疲れが溜まっているのか、しばらくは何もする気が起きなかった。しかしいつまでもこうしているわけにはいかなかったので、慧は傍らに置いてあるバッグからラヴィ本体とイヤホンを取り出し、それを装着した。すると眼鏡の視覚情報からをイヤホンが装着されたのを察知したようで、


【お疲れ様です。ご主人】


 と、ラヴィの方から労いの言葉がかかった。


「あぁ、大分疲れたよ」

【えぇ、そうでしょう。あれだけ頑張ったのですから】

「なんだかんだ一日中出かけてたからなぁ」


 慧は相槌を打ちながら、うんと伸びをした。


【そうですね。勉学をこなし、状況に応じた作戦を立て、雀野氏への気遣いも欠かさず、調査も上々。文句無しですね!】

「あぁ。でも、今朝のお前の助言が無かったら今日の成果は無かったよ」

【ご主人……! 私、嬉しいです!】

「いっつも大袈裟だな。てか、最近は割と褒めるときは褒めてるだろ」

【うーん、確かに。言われてみればそうかもしれませんね】

「ったく、まぁいいや。こんなくだらない話をするためにイヤホンを付けたわけじゃないしな」

【く、くだらないですと……! 私にとってはとても大事な話なのですよ! 全く、本当ならばこのまま説教をしたいところですが、今はご主人のため、職務のため、グッと堪えましょう。それで、お話とは何ですか?】

「今日あったこと、全部見てたよな?」

【はい。しっかりと見ていましたよ】

「ならさっそく聞くけど、今のこの状況、お前ならどうする? 俺は今のところ、四の五の言わずさっさと江波戸を助けに動き出すか。もう少し母親と店長の情報を集めて地盤を固めてから動き出すかの二択で悩んでるんだけど、お前の意見も聞きたくてさ。あ、もちろん、新しく第三の意見があるなら出してくれてもいいからな」

【なるほど……】


 ラヴィは短く答えると、数秒の沈黙を挟んで答えを再開する。


【実は、その質問が飛んで来ると予測し、私もずっと対応策を考えていたのです】

「ほんとか?」

【はい。ですが、私もまだ答えは出せていません。ご期待に沿えず申し訳ございません】

「そっか……。いや、いいんだよ」

【すみません……。おそらくご主人も同じことを思っていると思いますが、焦り過ぎても良くないように思いますし、かと言って悠長に情報を集めている場合でもないような気がするんですよね。どちらも正解であって正解でないような……。そんな予感と言いますか……】

「あぁ。お前の言う通り、俺もほとんど同じことを考えてたよ」

【ですよね。そんな不明瞭な霧の真っただ中に立つご主人に出来ることと言えば、その二つの作戦の成功率を上げるくらいですからねぇ】

「成功率が上がるのか?」

【はい、一応は。しかし微々たるものだと思います】

「聞いておくよ」

【分かりました。では、まず結論から申しますと、どちらを選んだとしても、迷って作戦に乗り出してはいけないということです。前者のすぐに動き出す方を選ぶのなら、間違いなくスピード勝負になると思いますし、後者の情報を集めてから仕掛ける方を選ぶのなら、確実な証拠、それこそ誰かが江波戸氏に暴力を振るっている現場を押さえるだとか、絶対に勝てる証拠を用意しないといけませんね。そしてこの二つの共通点はもう一つ。一度選んだら最後、乗り換えは出来ない。と、私は思っています】

「乗り換え不可か……。まぁ、そうだよな」


 慧は自問自答するかのように呟くと、背中をグッとソファに預けて天井を仰ぎ見た。そうして数秒が経過したその時、


【となるとやはり】


 と、ラヴィが再び話し始めた。


【ご主人の意向に反するとは思いますが、今までの全てを江波戸氏に打ち明けて、ご自身でご家庭の環境を見つめ直してもらうのが一番いいのかも知れませんね】

「やっぱそうなるよな……」


 慧は視線を天井に向けたまま、捜索開始時に璃音と交わした会話を思い出す。


『あの男より先に見つけ出して警告してあげないと!』

『うん。そうしたいのは山々なんだけど、それをすると探ってるのがバレちゃうんだよな……』

『そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?』

『そ、そうだよな。雀野の言う通りだ……。よし、分かった。なるべく誤魔化しながら俺が警告するよ』


 会話を思い出すとともに、あの時の璃音の鬼気迫る表情が鮮明に思い出される。もしかしたら、自分なんかよりも璃音の方が心から伊武のことを気遣えているのかもしれない。俺はこの期に及んで、まだ体裁を気にしているんだ。だから捜索開始時も、今も、煮え切らない答えやら質問やらをして、どうにか全員の好感度が下がらない策を見つけ出そうとしてるんだ……。慧はそこまで考えると、自分に嫌気が差して瞳を閉じた。


【きっと今のままでは良い案も浮かばないと思うので、今は一度江波戸氏の捜索に集中しましょう。彼女の姿を見れば急に決心がつく可能性もありますから】

「……そうだな。母親とか店長とかも野放しには出来ないけど、今はまず江波戸本人を見つけ出さないと」


 ラヴィのフォローも受けて多少メンタルを回復した慧は、もう少しだけソファでグダグダした後、自分の生活に戻った。


 翌朝。登校した慧は習慣のように伊武の席を確認しながら教室に入る。が、そこに彼女の姿はない。慧は自分の席に着き、今日はどこを探すべきかと考えを巡らせる。すると、


「おはようございます。風見君」


 右隣から声がかかった。慧がそちらに顔を向けると、そこには恵凛が立っており、大きく黒く澄んだ瞳で慧のことをじっと見つめていた。


「おはよう、龍宮」


 慧はいつも通り挨拶を返す。そしていつも通り恵凛はカバンを机に乗せ、席に着く。と慧は思っていたのだが、彼女は慧のことを見つめたまま動かない。


「ど、どうかした?」

「はい……」


 あきらかに何かあったのだろうと察した慧が声をかけると、恵凛は小さく受け答えながらようやく席に着き、話を続ける。


「実は今朝、璃音から連絡があったのです。今日は学校を休むって。お話したいことがあったので、少し残念で……。それに、昨日あんなに元気だった璃音が突然休むというのも心配で、私、気になってしまって……。風見君は何か聞いていませんか?」


 恵凛の話の最中、何度か声が漏れそうになった慧だが、結果的には何も声が出ないまま彼女の話が終わり、順当に慧のターンが回ってきた。しかし伊武どころか璃音も登校していないことを知った慧は恵凛の質問に向き合えず、答えるまでしばし間が空いた。


「……いや、俺も何も聞いてないよ。多分、何かあったら俺よりも龍宮の方に先に連絡するだろうし」


 口ではそう答えながらも、心の中ではなぜ自分に連絡が来ていないのだろうと慧は不信感と不安感を募らせた。


「そうですか……。ありがとうございます」

「ごめん。力になれなくて」

「いえ、気にしないでください。私からまたメッセージを送ってみますので」


 元気を装いながら哀しそうに答えた恵凛は、カバンを机に置いて教科書類を取り出し始める。


(雀野が休み? 単純に休んだのか、それとも何か掴んだのか……?)


 視界では恵凛を捉えながら、頭の中では何故璃音が休んだのかについての考察が勢い付く。


(でも、もしも何かを掴んだんだとしたら俺に連絡するよな……。いやでも、雀野なら俺を巻き込まないために一人で動いた可能性もあるか? いやいや、流石にそれは無いだろ。作戦の主導権は俺が握ってるし、雀野だってそういう理解で動いてるって言ってたし……。まぁとりあえず連絡は入れておいた方が良さそうか?)


 頬杖をついて心の中で独り押し問答をしていると、左ポケットに入れていたラヴィが振動した。慧はそれにすぐ気付き、こっそりとイヤホンを耳にかける。すると、


【ご主人、連絡しましょう! 何か動きがあったかもしれませんよ……!】


 ラヴィが囁くような声でそう言った。


(こいつも同じことを思ってたのか……。ならもう迷う必要は無いな)


 たったの一言でもやもやしていた気持ちが一気に晴れた慧は、自然な流れでイヤホンを外し、気付けば右手にスマホを握っていた。そして、


『作戦のことじゃなかったら申し訳ないんだけど、何かあったの? 今日休みって聞いたから気になってさ』


 と、大分固い前置き付きのメッセージを送った。すると間もなく、案外早く返信が届いた。


『あちゃー、恵凛から聞いたの?』

『うん、龍宮から聞いた。すごく心配してたよ』

『そっか……。まぁ別に病欠じゃないから気にしなくても大丈夫なんだけどね』

『元気なら良かったよ。けど、ちゃんと龍宮に連絡はしてやってくれよ』

『分かってるわよ』

『それで、休みの本当の理由は聞いてもいいのか?』

『あぁ~、うん』

『じゃあ聞くけど、作戦のことで休んだのか?』

『そうとも言えるし、そうでもない。かな?』

『どういうこと?』

『昨日、母親が言ってたでしょ。洗濯物とかシンクが片付いてるから昼間に帰ってきてるらしいって。それで思ったのよ、昼間に張り付いてれば会えるかな~って。でも、会える確証はないからあんたに連絡は入れなかったの』


 予想通り、璃音は慧を巻き込まないように一人で行動をしていた。とは言え、その行動には正当な理由が付随していたので、慧は確かにと思った。しかしそれと同時に、わざわざその為に休んだのか? とも思った。もちろん作戦に前向きなのは嬉しいことだが、その為に学校を休むとは思いもしなかったのである。


『なるほど。狙いは面白いな』


 慧がそう返信をすると、ホームルーム五分前のチャイムが鳴った。

 それから流れるように一時限目が始まり、あっという間に一時限目が終わった。授業が終わると、慧はすぐにスマホを取り出した。新着のメッセージは無い。すると、向こうの状況は? 何か進展はあったのか? それとも異常事態が? 授業中に抑圧されていた探求心がじわじわと心の器に満ち始め、慧は堪らずトイレへ向かった。


「なぁ、メッセージのやり取り見てたよな?」


 個室に入るや否や、慧は小声でラヴィに話し掛ける。


【はい。見ていましたよ】

「俺も行こうと思うんだけど、どう思う?」

【行く価値は大いにあると思いますよ。ですが、私は答えを強要することは出来ませんし、おそらく、今飛び出したら作戦を変更することは厳しくなると思います。……ご主人。心苦しいですが、選択を迫られているのかもしれません】

「分かった……。なら、俺は行くよ」


 慧は短い制限時間の中で動き出す決断を下すと、個室トイレを飛び出して保健室へ向かった。そして堤に軽く事情を説明し、無理矢理早退できるよう取り計らってもらうと、慧は教室に戻り、教科担当の教員に早退届を渡して教室を飛び出した。その間、恵凛と遭遇しなかったのはラッキーだった。

 勢い任せに学校を飛び出し、電車に乗り、安雲橋駅で下車した慧は、改札を抜けてから璃音にメッセージを入れた。


『俺も早退して安雲橋に来た。今どんな感じ?』


 返信はすぐに来た。


『え、あんたも来たの? 早退したってこと?』

『うん。早退してきた。それで、今どこにいるんだ?』

『ライブハウスがある通りの曲がり角で張り込んでるけど……』

『分かった。すぐ行く』


 矢継ぎ早に答えを送ると、慧はスマホをズボンのポケットにしまって走り出した。伊武に会える確証はない。会えたところで本心と真実を話せるか分からない。しかしそれでも慧は選択したのだ。伊武を助ける為に動くことを。そんな芽生えたばかりの決意を胸に、慧は過去の自分を振り払うように江波戸宅を目指して駆けるのであった。

今週も最後までお読みいただきありがとうございます。

結論から申しますと、来週も休載にさせていただきます。隔週での休載になってしまい、誠に申し訳ございません。

今週分は半分以上仕上がっていたので気合で書き上げましたが、今現在、大分体調を崩しており、今の調子で作品を書くのは辛く、作品に対しても読者に対しても誠意に欠けて嫌だったので来週は一旦休載することにしました。

アマチュアなりにも作品を大事に書きたいと思っている自分勝手な休載を許していただけると幸いです……。

それでは……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ