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第七十三話 調査開始!

「急に誘っちゃったけど、用事とか平気だった?」


 歩き始めて一分前後。気まずい沈黙が遅効性の毒のように二人を蝕み始めた折、極めて自然な喋り出しで慧が話題を提供した。


「全然平気。てか、ちょうど用事が済んだタイミングでメッセ来たのよ! マジでビックリした!」


 璃音はいつも通りの闊達な調子で答えると、無垢な驚きの表情を浮かべ、最後に笑みを添えた。


「そっか、なら良かった。けど、無理はしなくていいからな。俺が無理矢理――」

「あぁもう! そういうの良いから。あんたは気にしなくていいの」

「う、うん。そうだよな」

「そう。あたしのことはあたしで判断するから、あんたは頼られるまで待ってればいいのよ」

「あぁ、分かった。でも、頼る時なんてあるのか?」

「うーん、まぁ、いつかあるかも?」

「ふっ、なんだそれ」

「あんたが信頼に足る人間になったら頼るわよ」


 そう言って璃音は笑った。そんな彼女を見て、自分はまだ完全に信頼されていないのだなぁ。と、慧は自らの非力と僅かな壁を感じた。しかしそれと同時に、もしかしたら璃音は何か話したいことがあるのかもしれない。なんていう英雄的な憶測も浮かんだが、それは憶測でしかない。今はこの直感に従うべきではない。と、すぐにそう考えが纏まったので、慧は現状の考えを消し去って話頭を転じた。

 その後各々のクラスの話やら教科担任の話やらで盛り上がった二人は、あっという間に大通りの手前まで歩みを進めた。


「で、その先生がね……。って、もうここまで来たんだ」


 大通りを挟んで向こう側に建つコンビニを見つけた璃音は話を中断した。


「うん。喋ってたらあっという間だったな」

「だね。あそこが例のバイト先か~。あたしこっち来たことないんだよね」

「まぁそうだよな、コンビニなら駅前にもあるし」


 流れるように会話を転じた二人は横断歩道の前で立ち止まる。


「あっ、そうだ。念のため持ってきたものがあるんだよね」


 何か思い出したようで、璃音は左肩に下げていたトートバッグを前に持って来ると、そこに手を突っ込んだ。そして、


「ほらこれ!」


 と言って、中から真っ黒の覆面マスクを取り出した。


「な、なにこれ……」

「なにって、マスク。身バレしないために」

「いや、要らないだろ」

「でも、顔見られたり覚えられたら調査できないじゃん」

「そうかもしれないけど、普通に考えてこれ被ってる方が怪しいだろ?」

「うん。怪しい」

「じゃあなんで持って来たんだよ……」

「ぷっ。あはは! 本気にしないでよ、冗談に決まってるじゃん。家にあったから持ってきただけ」


 からかい作戦が上手くいって満足したのか、璃音は用済みの黒い覆面マスクをバッグに戻した。


「ったく、しょうもない冗談言うなよ。てか、なんでそんなマスクが家にあるんだ?」

「弟たちの遊び道具。泥棒ごっこだかプロレスごっこだかで使ってた記憶があったから、勝手に借りて来ちゃった」

「な、なるほど」

「ってことで冗談は終わりにして……」


 ニヤつきながらもワントーン下がった真面目な声音で言うと、璃音は再び右手をバッグに突っ込む。そして今度は、普通のマスクを。不織布の個別包装されたマスクを取り出し、それを慧に差し出した。


「はいこれ。こっちなら自然でしょ」

「あ、うん。ありがとう」


 まだ何か来るかもしれないと若干身構えていた慧だが、差し出された平々凡々なマスクを見たらいつの間にか感謝の言葉がこぼれ出ていた。


「じゃ、行こっか」


 慧が呆けている間にマスクを着け終えていた璃音は、慧に一言だけ声を掛けると先に歩き出した。するとそのタイミングで信号が点滅を始めたので、慧も慌てて歩き出し、彼女の背中を追いながらマスクの包装を破った。

 大通りを横断し、昼過ぎでほとんど車の停まっていないだだっ広い駐車場を突っ切った二人はコンビニの入り口付近で立ち止まった。


「例の店長、いるの?」


 店内の様子を伺いながら、小さい声で璃音が言う。


「うーん、レジにはいないみたいだけど……」

「じゃあ裏にいるのかな?」

「何とも言えないな、シフトを知ってるわけじゃないし」

「ま、そうだよね」

「普通に作業してる可能性もあるし、とりあえず入ってみよう」

「うん」


 多少警戒しながら自動ドアを抜けると、レジに立つ女性店員の挨拶が二人を迎えた。そしてそれに続き、今度は店の奥の方から男性の声で「いらっしゃいませ~」と聞こえてきた。


「今のは?」

「声だけじゃ分からない。それとなく見に行こう」


 視線を合わせず小さく短くやりとりを交わした二人は、雑誌コーナーを過ぎ、ドリンクコーナーへ向かう。そしてそこからもう少し店内の奥の方へ移動し、突き当りを左に曲がってすぐにあるデザートコーナーの角まで来ると、その先にある弁当コーナーで品出しをしている店長を見つけた。その姿を見るや否や、先を歩いていた慧が身を隠すようにドリンクコーナーへ引き返して来たので、璃音も固まるように立ち止まった。


「いたの?」

「うん。間違いない」


 慧がそう答えると、璃音は恐る恐るデザートコーナーの角から顔を出し、店長の容姿を確認する。


「け、結構ガタイ良いのね……」

「うん、そうなんだよ。ありゃケンカになったら百パーセント勝てないよな」


 勝気な璃音が珍しく尻込みしている様子だったので、慧は先ほどのお返しも兼ねて冗談を放り込んでみた。すると、


「そうね。あれは流石にあたしでも勝てないわ」


 と、璃音は真剣な表情で難しそうに答えた。


「……本気、じゃないよな?」

「えっ、本気よ。もしもの時は戦うって覚悟してきたんだから」

「じゃ、じゃあそのもしもが来ないように頑張らないとな」

「そうね。反論も反撃も出来ないような証拠を必ず掴むわよ」

「あぁ、だな。まずは店長の勤務態度を――」


 会話が一段落して動き出そうとしたその時。バタバタバタバタ! と、物がなだれ落ちたような音がした。


「なんだ?」


 デザートコーナーの裏に隠れていた二人は、その音を聞いて弁当コーナーを覗き見た。しかしそこに店長の姿はない。どうやら店長が何かを落としたわけでは無いようだ。するとその直後、


「店長すみません!」

「大丈夫大丈夫。怪我が無くて良かったよ」


 と、レジの方から微かに会話が聞こえてきた。それで二人は顔を見合わせ、まずは弁当コーナーまで進み出た。するとそこで先ほどの落下音の正体が分かった。それは出入り口側のレジ後方、少し高所にあるタバコの棚からタバコが落下した音であった。


「本当にすみませんでした……」

「大丈夫だよ。少し高いから置きづらいよね。そうだ。ちょうどタバコの在庫確認もしておきたかったから、作業を交代しよう。君には品出しの続きをお願いしてもいいかな?」

「はい。分かりました」


 タバコの後片付けは店長が受け持つことになったようで、女性店員はレジを離れて売り場に出てきた。その一部始終をばっちり見ていた慧と璃音は少々気まずいながらも、またデザートコーナーでコソコソするのも変だと思ったので、二人は当初の目的である昼食を選び、陳列作業を任せられた女性店員に会計を済ませてもらい、店長が裏作業をしている間にコンビニを出た。


「案外いい人そうだったじゃん」


 駐車場を歩き出して間もなく、マスクを外しながら璃音がポツリと切り出した。


「うん。だな」

「あんまり納得いってない感じ?」

「うーん、納得と言うか何と言うか、俺はファーストコンタクトが最悪だったからってのもあるかもしれないけど、なんか嘘くさく見えたんだよな」

「ま、仕事中だけ愛想良いって人もいるもんね」

「そう。そんな感じ」

「そもそもだけど、そのファーストコンタクトはどんな感じだったわけよ」

「そういえば話してなかったな」


 慧はこういう時に用いられる常套的な言葉を返し、あの日のことを話し始めた。まずは伊武に呼ばれてコンビニへ行ったこと。そしてそこで店長と鉢合わせたこと。しかし実はコンビニで会うよりも前に、一度駅のホームで順番を横入りされており、謝られていないこと。それらを部分的に、特に恵凛と二人きりで出掛けていたということはバレないように璃音に伝えた。


「なるほどねー。それは印象悪くなるわ」

「だろ? そこに加えて暴力してるかもって話を聞いたから、どうしても色眼鏡で見ちゃってさ」

「それは仕方ないでしょ。ここまで聞いてもまだ、あの人は良い人かもしれない! なんて思える人の方が少ないと思うけど」

「そう言ってもらえるとありがたいよ。まぁでも、何にせよ情報が少ないっても事実だから、しっかり調査しないとな」

「そうね。まだまだ始まったばっかだし、絶対化けの皮を剝がしてやりましょ」

「結局悪い人前提なのかよ……」

「今のところはそうでしょ。こっからどう転ぶかはあの人の行動次第だし」

「その通りだけど、なるべく決めつけはしないようにな?」

「分かってるわよ。任せときなさい!」

「うん。頼りにしてるよ」


 店長の新たな一面も知り、調査に対する意欲とモチベーションも高め合うことができた二人は満足のいく初回調査を終えて横断歩道を渡った。


 翌日の放課後。とりあえず現在の進捗を報告するために、慧は保健室へ向かった。


「失礼します」

「いらっしゃい。もう少しで終わるから座って待っててね」


 自分のデスクで作業をしていた堤はチラリと来訪者を確認してそう言うと、再び作業に戻る。対して慧は相手が見ていないと分かっているにもかかわらず、小さく会釈をしてソファに腰掛けた。

 それから一、二分後、作業を終えた堤が席を立ち、慧の対面のソファに掛けた。


「どうしたの? どこか悪い?」

「いえ、金曜日に話した件で――」


 慧がそこまで話した瞬間、堤がスッと右手を口元まで持っていき、人差し指を立てた。それを見た慧は何か問題が発生しているのかと解釈し、言葉を止めた。


「それじゃあまずは熱を測っておきましょうか」


 堤はそう言うと、ローテーブルの中央に置いてあるペン立てからボールペンを、そしてその横に置かれているレタートレーから問診票を一枚取り、その裏にスラスラと文字を書き始めた。


『今、ベッドに江波戸さんがいる』


 差し出された問診票の裏側には、少々崩れた文字でそう書かれていた。慧がそれを読んで小さく頷くと、体温計が鳴った。


「うーん、熱は無いみたいね。でも、今日は早く帰って安静にした方が良いわ」


 温度計を一瞥した堤は、いかにも心配しているような声音で答えながら再び問診票の裏に文字を書く。


『今日は多分話せないと思うから、また明日来て』


 新たなメッセージを読み終えた慧は堤と視線を交わし、ソファから立ち上がる。


「ありがとうございました。失礼します」


 軽くお辞儀をしてやや早口に辞去を述べた慧は、早々に保健室を後にした。するとその直後、ベッドを隠していたカーテンが開き、そこから伊武が出てきた。


「今、あいつ来てた?」

「あいつって?」

「風見慧」

「いえ、来てないわよ」

「……あっそ。そろそろ帰る」


 伊武は雑に会話を終えるとベッドの下に置いていた鞄を拾い上げ、慧の後を追うように保健室を出て行った。


「上手くやってよ、風見君……」


 完全に閉まったドアを見て、堤は祈るように小さく呟いた。

 一方そんなことなど露知らず、慧は下駄箱まで来ていた。靴を履き替えるために立ち止まったが、ちょうど右ポケットに入れているスマホが振動したのでそれを取り出した。


『ミーティング長引きそうだから、また明日以降調査しよ!』


 メッセージは璃音からであった。慧は『了解。また連絡する』と返信を打ち、靴を履き替える。


(さて、今日は一人になったわけだけど、どうしようかな。まぁ調査するにしても家の近くなわけだし、一回家に向かうか)


 今後の予定をぼんやりと決め、慧は下駄箱を離れて昇降口を出る。すると間もなく、そんな慧を追うようにもう一つの人影が昇降口を出て行った。

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