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第七十話 協力者

 帰り道で何か糸口が見つかるのではないかと薄々期待していた慧だが、そんな数十分の帰路で何か妙案が思い浮かぶわけもなく、気付けば家に到着していた。

 その後も諸々の用事を済ませながら思索を続けたが、結局少しの光明も見えないまま自室に戻ってきた慧は、このまま一人で考えていてもどんどん選択肢が狭まっていき、今以上のどつぼにハマってしまいそうな予感がしてきたので、ひとまず思考を整理することも兼ねてラヴィに相談することにした。


「なぁ、ゴールデンウィーク期間に、俺が江波戸に呼び出された時のこと覚えてるか?」

【えーっと確か、龍宮氏とショッピングに出かけた後、江波戸氏から連絡が来て、鞄から私を出さずに再び出かけてしまった時のことですよね?】

「めちゃくちゃ嫌な覚え方してるな……」

【私は事実を記録したまでですので】

「事実ではあるけどさ……。まぁいいや、その日のことなんだけど、その感じだと話の内容も覚えてるよな?」

【はい。コンビニの店長と遭遇した後、江波戸氏と一緒に帰宅したって話ですよね? それがどうかしたのですか?】

「あぁ。その店長のことでちょっと気になることがあってさ」

【なるほど。それで昨日、店長の生霊がどうとかって話を江波戸氏にしたのですね】

「うん。そういうこと。まぁでも、江波戸は取り合ってくれなかったけどな」

【あまりにも唐突でしたからね。それで、その店長さんがどう気になるのですか?】

「色々と気になるんだよ。あの時はお前の説教が長くて説明できなかったけど」

【ぐっ……。そ、そうなのですね。今回はしっかりと記録しますので続きをどうぞ】

「うん。元は母親と店長が仲良くて、その伝手で江波戸はあのコンビニで働き始めたらしいんだけどさ、あからさまに江波戸と話す時だけ店長の態度が変なんだよな。それに、江波戸の家にも出入りしてるみたいだし、逃げる口実のために彼氏代わりにされた俺はめっちゃ睨まれたし、あきらかに怪しいよな?」

【ふむ。確かに話を聞く限りでは怪しいですね。しかしその情報だけで決めつけることも出来ません】

「そう、そうなんだよ。だから俺も困ってるって話なんだよ」

【なるほど。となるとやることは一つじゃないですか、ご主人】

「えっ?」

【情報収集一択です!】

「ま、そうなるよな……」

【はい! 恋愛成就のために、情報収集は必須ですからね! と言うことでまずは、江波戸氏のことをもっと知りましょう。それから店長の動向やら、江波戸氏と店長の関係性を探っていきましょう】

「オッケー、分かった。そうしてみるよ」


 結局ここに行き着くのか。と思いはしたものの、あまり嫌な気持ちにも、面倒な気持ちにもなっていない自分に慧は内心で驚いた。これは果たして成長なのか、はたまた悪い慣れなのか。分からず仕舞いのまま慧は情報収集に乗り出すのであった。


 とは言えそう簡単に情報が集まるわけもなく、慧は数日間何も成果のない日々を送った。そもそも伊武が教室に来ていなかったり、来ていても友宏に絡まれてしまい話し掛けることができなかったりした。だからと言って毎日コンビニへ通うことも気まずく、今回の情報収集は前途多難なスタートとなった。


(情報を集めるって決めてからもう二日経ったのか……。今回は恐らく家庭問題に首を突っ込むことになりそうだし、こっちから話しかけ辛いんだよな……。けど、そんなこと言ってたら明日はもう土曜日だし、とりあえず遊びにでも誘ってみるか? それかユニユニの話から入るのもありだな……。まぁでも焦り過ぎるのも良くないし、まずは本人以外に当たって手札を増やすか)


 登校を終えて自分の席に座っている慧は、スマホの画面を睨むようにジッと眺めながら作戦を考える。すると、


「なんだ、随分怖い顔してるな」


 前方から声が掛かった。その声に反応して顔を上げると、慧の一個前の席には友宏が座っていた。


「珍しく早く来た上にしかめっ面とは、なんかあったのか?」


 空気が重くならないための配慮なのか、友宏は笑みを浮かべながら茶化すように言った。


「いや、たまたま早く起きただけだよ。てか、そっちこそこんな時間に来るなんて珍しいじゃん」

「俺は朝から家の手伝いしてたんだよ。母さんが少し体調崩しちまってさ。父さんは仕込みがあって家のこと出来ねーから、こういう時は大体俺が家事を手伝うことになってんだ」

「そっか。大変だったんだな。……そう言えば、今仕込みって言ってたけど、お父さんって何してるの?」

「あ、言ってなかったっけ? 俺ん家、ラーメン屋なんだよ」

「ら、ラーメン屋?」

「おう。一階が店で、二階が家になってんだよ。で、父さんは一階でラーメン屋やってるってわけ」

「そうだったんだ。店は商店街に?」

「あぁ。今度食いに来いよ!」

「いいの?」

「当たり前だよ。むしろ食って欲しいよ!」

「分かった。それじゃあ近々食べに行くよ」

「おう。いつでも言ってくれよな」


 思いもよらない情報を仕入れた慧は、その後友宏と他愛無い話を続けた。しかし数分も経つと次から次へと他のクラスメートが登校してきてしまったので、友宏は勝手に借りていた席を明け渡し、自分の席に戻って行った。

 やがてホームルームが始まると、まず最初に朝の点呼が行われる。数人の欠席者の中には伊武も含まれており、常ならばここで、また連絡が入っていない……。と言いたげな表情を内海が浮かべるのだが、すんなりとホームルームが進行されている様子からして、今日は既に休みの連絡が入っているように思えた。なんて推察の内に朝のホームルームは終わり、内海は教室から出て行った。慧はその背中を追って伊武が本当に休みなのかどうか確信を得ようかとも思ったが、寸でのところでそこまでする必要もないかと思い留まり、一時限目の準備を始めた。

 ……それから伊武が登校してくることはなく、あっという間に放課後を迎えた。慧は朝の段階で企てていた計画に沿い、誰かに捕まるよりも前にそそくさと教室を出ると、早足で保健室へ向かった。そこにいる人物こそが、きっとこの学校で一番伊武のことを知っていると思ったからである。


「失礼します」


 保健室のドアをノックした慧は、ドアを開きながら声を掛ける。するとデスクで作業をしていたであろう堤が顔を上げ、出入り口に立つ慧を見た。


「あら、風見君。どうしたの?」


 堤はそう言いながら席を立つと、応接用のローテーブルとソファがある所まで進み、それに腰掛けた。


「どうぞ、座って」

「はい。失礼します」


 堤に促されてようやく動き出した慧は、堤の対面にある大きなソファに腰を下ろした。


「それで、今日はどうしたの? もう放課後だからサボりってわけじゃないと思うけど」

「まぁそうですね。体調が悪いわけではないです」

「じゃあ何だろう。あっ、もしかして、江波戸さんが来てるか確認しに来たの?」

「えっと、ちょっと違いますね。江波戸のことを聞きたくて来ました。だからむしろいなくて良かったというか」

「江波戸さんのことを聞きに?」


 慧の用件を聞いた堤は、先ほどまで浮かべていた笑顔を少々曇らせ、問い返すように、はたまた自らに確認をするように小さく呟いた。一方その機微をしっかりと見聞きしていた慧は、何かマズいことを言ったのだろうか。と、一旦話すのを止めて様子を伺った。


「……普段、江波戸は保健室で何をしてるのかなと思いまして」


 少しの間を置き、向こうが話し出す様子も無かったので、慧が話を継いだ。すると硬くなっていた堤の表情は微かに氷解し、


「あぁー、そうね。よく絵を描いているかしら」


 と、快活に答えた。


「へぇー。そうなんですね。俺も前に一度絵を見せてもらったことがあるんですけど、めっちゃ上手いですよね」

「そうなのよ。でも、ゲームのキャラクターばっかりで、私を描いてって言っても全く描いてくれないのよ。ひどくない?」

「ははっ、江波戸らしいじゃないですか」

「らしくはあるけどね。たまには私のお願いだって聞いてくれて良いと思わない?」

「まぁ確かに、堤先生にはお世話になってるはずですもんね」

「でしょ! そう思うでしょ!」

「はい。案外説得したら描いてくれそうですけどね」

「じゃあ今度、風見君がいる時に一緒にお願いしてもらおうかしら」

「えっ、俺も一緒に頼むんですか?」

「当り前じゃない。案外描いてくれそう。って言ったのは風見君なんだから」

「わ、分かりました。もしも一緒にいたら頼みますよ」

「うわー、その言い方。しばらく保健室に来ないつもりでしょ」

「ははっ、バレましたか」


 月並みの落としどころで話が一段落すると、数秒前までの談笑が嘘のように保健室は静まり返った。


「……風見君」


 少しして話を再開したのは堤であった。


「最近、教室での江波戸さんはどう?」

「そうですね。教室では特に変わった様子はないですけど」

「そう……。ならいいのだけど……」


 堤の問い方、答え方はどちらも歯切れが悪く、本当に話したいことを奥に隠して相手の出方を伺っているような言い回しだと慧は感じた。そこでまずはこちらの持っている情報を明示しようと慧は考えた。そうすればきっと、向こうも話しやすくなるはずだ。


「先生。江波戸のことでもう一つ聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」

「えぇ。いいわよ」

「ありがとうございます。それじゃあ初めに、先生は江波戸がアルバイトをしてるって知ってますか?」

「知ってるわよ。コンビニのアルバイトよね?」

「はい、そうです。そのことについて聞きたくて。そのバイト先で何かあったとか、人間関係がどうとかって相談、されたことありますか?」

「うーん……。風見君はされたの?」

「いえ、相談って程では無いと思うんですけど、その、江波戸と店長の関係性? みたいなのについては少し聞きました」

「そうなのね……」


 堤は思案顔で呟くと、僅かに俯いた。そして数秒後に顔を上げると、睨むように慧を見つめ、


「分かったわ」


 と言った。一体何が分かったのだろうか。声に出して聞き返したいところではあったが、まだ話が続きそうだったので慧は静かに続きを待つ。


「やっぱり風見君しかいないわ。君が彼女の殻を破るのよ! それに、江波戸さんがそこまで話してるってことは、それだけ君を信頼してるってことよね?」

「えっ、えぇっと、それは分かりませんけど……」

「いいえ、きっとそうよ。江波戸さんは君のことを信頼してる。だから私も話すわ」


 勝手に話が進んでいるような気もしたが、堤が何かを話すと宣言したので、慧は変に首は突っ込まず、口を閉ざした。


「けどその前に、江波戸さんから聞いた店長との話を詳しく聞いてもいいかしら?」

「はい」


 ――数日前にラヴィに説明をしたように、慧はあの日の出来事と、帰り道に伊武から聞いた話を堤に伝えた。ただ一点、彼氏代わりにされた。という箇所を除いて。


「まさか家にまで来てるなんて……。その他には何か言ってなかったかしら?」

「いえ。俺が聞いたのは今ので全部です」

「そう、分かったわ。それじゃあ次は私の番ね。私が聞いた話は、端的に言うと母親の愚痴よ」

「母親の?」

「えぇ、お母さんとの嚙み合いが良くないみたいでね。それでよく私に愚痴ってたのよ。それである日……」


 堤はそこまで言うと一度躊躇いを見せた。しかし慧と視線を交わすと、再び話を始める。


「ある日、江波戸さんが着替えてるときに見ちゃったのよ。彼女の腕と足に痣があるのを」

「痣……。それって、母親がってことですかね?」

「分からないわ。母親の可能性もあるし、風見君の話に出てきたバイト先の店長の可能性もある。それか、他の男の可能性もあるわ」

「ほ、他の男? どういうことですか?」

「彼女のお母さん、随分と荒れているみたいでね。江波戸さんの話を聞いてる限り、風見君が話してくれたコンビニの店長さん以外にも、男の人を家に連れ込んでるみたいなのよね」

「そうだったんですね……」


 家に帰ろうとしない伊武を知っていたので、何となくそんな気はしていた慧だが、いざ事実として知らされると言葉が出てこなかった。


「正直、今すぐにでもアルバイトを辞めさせて、家からも離してあげたい。けど、私の立場上、本人から相談もされていなければ、証拠だってないから手の出しようが無いのよね。だから風見君に説得してほしいの」

「俺が説得、ですか?」

「そう。こういうのって、大人が言うと説教っぽくなっちゃうでしょ? だから同年代の子に言われた方が良いかなって。それに、風見君の説得なら聞きそうな気がするのよね、あの子」


 何を根拠に言ってるんだ……。と思った慧だが、すぐにそんなことを考えている場合ではないことに気付いた。何故なら、上手いこと堤に断りづらい雰囲気を作られていたからである。


「もちろん、君だけに責任を押し付けるようなことはしないわ。私も最大限のバックアップをするつもりよ」

「わ、分かりました。出来る限りのことはやってみます」

「ありがとう。また何か動きがあったら共有するわね」

「はい。それはありがたいんですけど、大丈夫なんですかね。こんなにポンポン情報を共有しちゃって。江波戸、嫌がりませんかね……?」

「何言ってるのよ今更。もうここまで話しちゃったんだから、お互い腹を決めましょ。それに、私たちが嫌われたとしても、彼女の身の安全を確保することの方が大事だと思わない?」

「た、確かに。それもそうですね」


 ド正論の二連撃を喰らった慧はぐうの音も出ず、堤の言い分に賛同する他無かった。


「でしょ? だから、二人で協力して江波戸さんを救いましょ」

「はい。頑張ります」

「うん。よろしくね。それじゃ、ちょっと話が長くなっちゃったけど、今日はもう帰りなさい」

「はい。失礼します」


 慧はそう答えてソファから立ち上がると、傍らに置いていた学校鞄を肩に下げて保健室の出入り口に向かう。そしてドアの前でもう一度お辞儀をすると、慧は保健室のドアを開けた。すると――


「あっ!」

「うわっ!」


 保健室を出てすぐ、璃音と鉢合わせた。

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