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第六十九話 密約

 まずは伊武を探し出す必要があった。教室。保健室。屋上。下駄箱。彼女が居そうな場所は粗方当たったが、そのどこにも彼女の姿は無かった。そうなると伊武が行きそうな場所は……。と、慧は逆算を始め、その結果一度帰宅することにした。

 帰宅後。弁当を洗ったり私服に着替えるなどして小一時間ほど時間を潰した慧は、再び家を出た。


【どこへ行くのですか。ご主人】

「コンビニだよ」

【何か気付いたのですね?】

「まぁそんなとこかな」


 慧は言葉少なに答えると、自転車を引っ張り出してそれに跨り、早速コンビニに向かった。

 十分ほど自転車を走らせると、慧はコンビニに到着した。自転車を駐輪場に停め、しっかりとカギをかけ、慧はやや早足で店内に入る。


「いらっしゃいませ~」


 男性店員の義務的な挨拶がレジから聞こえてくる。どうやらレジにはいないようだ。じゃあ品出しをしているかもしれない。そうと考えた慧はぐるりと一周店内を回った。しかし陳列作業をしていたのは四、五十代の女性店員だけであった。


(まだ来てないのか? それとも今日は出勤じゃないのか?)


 一度雑誌コーナーに避難した慧は足を止めて考える。


(もしも今日出勤じゃないとしたら、安雲橋のアパートに帰ってるってわけだよな。じゃあ今からそっちに向かうか? いやでも、行動を始めた直後に出勤してくる可能性もあるし、今日はコンビニを張ろう)


 二兎を追うものは一兎も得ず。現状を確認している最中にそのことわざを思い出し、冷静さを取り戻すことに成功した慧は無難な決断を下し、今しばらく店内をうろつくことにした。

 とはいえコンビニの店内は狭く、うろつくにも限度がある。いつまでも同じところをグルグルと歩いていては店員に怪しまれるし、他の客が来た時には邪魔になってしまう。そこで慧は三十分のタイムリミットを設けることにした。現在は午後五時十五分なので、五時四十五分ほどまで店内をうろつき、六時出勤のタイミングで伊武が来なかったら今日は潔く諦めようと決心した。


(じゃあまずは飲料コーナーにでも行くか)


 雑誌コーナーには既に五分以上滞在しているので、そろそろ動き出そうと慧が考えていたその時、出入り口が開いた。そして、


「ちわ。お疲れさまです」


 と言いながら、伊武が店内に入ってきた。そしてバックヤードへ向かうために右に折れると、雑誌コーナーにいる慧と目が合った。


「えっ、なに……」


 慧の姿を捉えるや否や、伊武はあきらかに不機嫌そうな声音で呟いた。


「ご、ごめん。でも話したいことがあって」

「メッセでいいじゃん」

「それも考えたけど、メッセージじゃ反応してくれない気がして」

「……まぁ」


 慧の推測は図星だったようで、伊武はばつが悪そうに返事をした。


「だから、少しだけ話せないかな?」

「いいけど、時間になったら行くから」


 不愛想に答えた伊武はスマホを取り出すと、時間を確認した。


「それじゃあ単刀直入に。今日俺と江波戸の写真に写ってた赤いオーブなんだけど、アレ、ここの店長の生霊だったりしないかなって思ってさ」

「はぁ……。アレ、信じてるわけ?」

「えっ、いや、完全に信用してるってわけじゃないけど、心当たりがあったからさ」

「じゃあ半信半疑ってことね」

「ま、まぁそうだけどさ。念には念をって言うだろ?」

「……で? 私はここを辞めればいいわけ?」

「いやいや! そこまでは言ってないよ。でも、前回対面した感じ、赤いオーブとか生霊とか関係なく、あの人は気を付けた方が良いかなと思ったからさ」

「あっそ」


 伊武は少しも表情を変えずに答えると、右手に持っているスマホで時間を確認し、


「それじゃ」


 と言って慧の横を抜けて行く。


「待って!」


 慧が咄嗟に制止の声を上げると、伊武は振り向かずに立ち止まった。


「その、時間を取らせてごめん。それと、気を悪くしたならごめん」


 慧の要望を聞いて少しだけ立ち止まってくれた伊武は、二つの謝罪を受け取ると何も言わずにバックヤードへ消えていった。


【行ってしまいましたね】

「あぁ。俺の気持ちが少しでも伝わってるといいんだけど……」

【少し説明が下手でしたからね】

「言うなよ。俺も思ってたんだから」

【すみません。ですが、想いは籠っていたと思いますよ】

「うん。ありがとな」


 ひとまず伊武に伝えたいことを伝え終えた慧は、コンビニで夕飯の弁当を買って帰宅した。


 翌日。もう少しオーブのことを知りたいと思った慧は、昼休みにテラスへ赴いた。しかしそこに輝虎はおらず、慧は教室へ戻ることを余儀なくされ、自分の席で昼食を摂ることになった。


(珍しいな、先輩がテラスにいないなんて。ていうか、そもそも学校に来てない。なんてことは流石にないよな? まぁとりあえず連絡を入れてみるか)


 自分の席で食事を始めた慧は白米やら惣菜ならを咀嚼しながら考えを巡らせ、ひとまずメッセージだけ入れておくことにした。


『今日の放課後、理科室に行きますね』


 慧は短いメッセージを送信すると、スマホを机に置いて食事を再開した。

 ……午後の授業はあっという間に終わり、放課後が訪れた。慧はメッセージが来ていないかを確認するためにポケットからスマホを取り出し、アプリを起動する。しかしメッセージは届いていなかった。それどころか、既読すら付いていなかった。


(既読も付いてないなんて、本当に学校に来てないのか……? まぁ一応、テラスと理科室は見に行くか)


 行動方針を定めた慧はアプリを閉じてスマホをポケットにしまうと、鞄を持って席を立った。

 まずはテラスへ向かう。しかし輝虎の姿はない。続いて理科室へ向かう。すると廊下を歩いている折から理科室のドアが開いているのが見えたので、慧は真っすぐ理科室の出入り口に向かった。そして開いているドアの前まで来ると、廊下側に背中を向けて座っている輝虎を発見した。


(何か作業をしてるみたいだな……)


 輝虎の背中越しにノートパソコンが見えたので、慧は理科室に踏み入ると少しだけ右側にズレて画面を覗き込んだ。するとその画面には昨日撮った恵凛の写真が表示されており、丁度それを見ながら輝虎が小さくため息をついた。


(もしかして、見ちゃいけないものを見たか?)


 黙ったまま一部始終を見てしまった慧は、突然罪悪感に駆られた。そこで慧は一度理科室から出ると、開け放たれているドアのところまで戻り、コンコンと二回ノックした。すると輝虎はノートパソコンを叩くように閉じて勢いよく振り返り、慧の姿を見てまた小さく息をついた。


「はぁ、助手君かぁ」

「は、はい。メッセージを入れておいたんですけど……」


 もう既に輝虎の作業を覗き見してしまっている慧は、真実を言っているにもかかわらず、平然と真っ赤な嘘をついている詐欺師のような気がして声が縮こまった。


「すまない。今日はスマホを家に置いてきてしまったんだ。昨晩充電するのを忘れてしまってね」


 輝虎は慧の異変に気付く素振りもなく苦笑いを浮かべながら答えると、


「それで、何の用かな?」


 と早口に言い足した。


「あっ、すみません。もし忙しいようなら別日でも大丈夫なんですけど」

「いいよ。今話し給え」

「分かりました。それじゃあ……。昨日撮った写真のことなんですけど――」


 慧がようやく話を切り出した次の瞬間、


「ちょっと待った」


 と、早速輝虎が話を遮った。


「な、何ですか?」

「君。パソコンの画面を見たかい?」

「えっ……」


 こっちのターンが始まったと思いきや、一瞬にして輝虎のペースに飲み込まれた慧は思わず声を漏らしてしまった。


「これは単純な好奇心なのだが、君が今立っているその位置から、パソコンの画面は見えるのかなぁ? と思ってね」


 慧の動揺を察知したのか、輝虎は相手がハッキリと聞き取れるようにわざとゆっくり質問した。


(もうバレてたのか……? いやでも、最初からバレてたとしたら、先輩ならすぐに仕掛けて来そうだよなぁ。それに聞き方も確信があるような感じでもないし。これはきっと探りを入れてるんだな……。でも、黙ってパソコンを見ちゃったのは事実だし……)


 十数秒間考え、慧が出した答えは。


「いえ。ここからは見えませんよ」

「ふむ、そうか。ありがとう」

「ですが、ここまで行けば見えます」


 慧はそう付け加えると、理科室に入り、右側に一歩半ほどズレ、改めて輝虎と視線を合わせる。


「なるほど、確かにそこなら見えるね。だが、君は入り口に立っていたんだろう?」

「いえ、ノックをする前に一度ここまで入ってます」

「ふむ……。つまりパソコンの画面を見た。と言うことで良いのかな?」

「はい。すみませんでした」


 慧は謝罪を言い切った後、頭を下げる。


「ハハッ。いいんだよ。正直に話してくれてありがとう。それにそもそも、スマホを忘れたのも、ドアを開けたままで君の来訪に気付かなかったのも僕が悪いんだから、君が負い目を感じる必要はない。ほら、君も掛け給え」


 輝虎はあっさり慧の罪を笑い飛ばすと、自分の隣の木椅子を引き出し、ポンポンと叩いた。何で隣なんだ? とは思ったが、慧は何も言わずその席に腰掛けた。


「実は僕も隠していたことがあってね。本当は一人で調べるつもりでいたんだが、君の告白を聞いて僕も白状しようと思ったんだ」


 隣に慧が座ったことを確認すると、輝虎はスリープ状態のノートパソコンを立ち上げながら滔々と語り、先ほどまで見ていた恵凛の写真を再度表示した。


「さっき見えたのはこれだろう?」

「はい。この写真です」


 そう答えると、慧は改めて恵凛の写真を見る。するとさっきは遠くて見えなかったが、恵凛の頭部後方に油が水に浮いているような、様々な色が混ざり合ったグニャグニャの空間が写り込んでいることに気付いた。


「何ですか、これ?」

「気付いたね。正直、僕も何か分かっていないんだ」

「そうなんですか」

「あぁ。だから皆には黙っておいたんだ。僕が理解し切れていない以上、下手なことも言えないからね」

「まぁ、確かにそうですね」

「あぁ。そういうことだから、しばらくは黙っていて欲しいんだ」

「はい。全然いいですよ」

「ありがとう。それと、もし私が手詰まりになったら、手伝ってくれるかい?」

「はい。それも全然大丈夫です」

「さすがは私の助手君だ」


 輝虎は嬉しそうに答えると、ノートパソコンを閉じて立ち上がった。


「あっ、ちょっと先輩。俺の話も聞いてくださいよ」

「おっと、そうだった。なんでも聞いてくれ給え」

「オーブのことで聞きたいことがあって」

「ふむ」

「赤いオーブのことなんですけど、アレって生霊の可能性とかってあるんですかね?」

「うーん、あり得なくはないね。もしかして心当たりが?」

「はい。とは言い切れないんですけど、これかなって言うのは……」

「それは君の赤いオーブだけかい? それとも伊武君のも?」

「多分、二人とも同じだと思ってます」

「なるほど。それは気にかけておいた方が良いかもしれないね。僕も手伝った方が良いかな?」

「いえ、とりあえずは俺一人で様子見をしようかなと思ってます」

「分かった。それじゃあ助手君は赤いオーブの正体を。僕は虹色の歪みの正体をそれぞれ調べることにしよう」

「はい。気を遣ってもらってありがとうございます」

「いいんだよ。ただ、危険なことに首を突っ込んでいると分かったら、すぐに介入するからね」

「分かりました。それでお願いします」

「あぁ。それじゃあ今日は解散にしようか」

「はい」


 赤いオーブの情報取得、更には成り行きで協力関係を結んだ輝虎の気遣いもあり、単独での行動を許された慧はこれからどうやって伊武を説得しつつ、あの店長の実態を探ろうかと策を練りながら帰路に就いた。

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