第六十七話 正体と分析
端的に答える。という前振りは確かにあったが、それにしても輝虎の答えがあまりにも端的過ぎて、慧は「へっ?」と拍子抜けした声を上げるなり固まってしまった。
(えーっと、先輩の言ったことをそのまま受け取ると、レーナは先輩のお母さんだけど、先輩自身でもあるってことだよな。……つまりどういうことだ?)
慧は口を半開きにして輝虎の言葉を何度も何度も脳内で反芻した。しかしどう考えてもあの言葉にはこれ以上の意味が見出せず、慧の脳みそは完全にフリーズした。
「ハハッ。すまない。これは流石に端折り過ぎだね」
困っている慧の反応を一頻り楽しんだ輝虎は、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらそう言った。
「さっぱり意味が分からないです。ちゃんと説明してください」
「悪かった悪かった! ちゃんと説明するよ」
「はい。ちゃんとお願いします」
「あぁ。それじゃあ一つ一つ順を追って説明していこう。まずはレーナという人物について。彼女の本名は、宇留島麗奈。レーナと言うのは芸名だ。続いて僕とレーナの関係についてだが、これは端的に説明した通り、僕とレーナは親子関係。つまり僕が娘でレーナが母だ。ここまでは分かるね?」
「はい。そこまでは分かります。でもその先が……」
「そうだね。『僕でもある』の部分だよね。まぁこれは君が信じるかどうかで話が変わってくるのだが、実は僕と母の容姿がとても似ていてね。それで僕が数回代わりに仕事を受けたことがあるんだ。半ば強引にだが……。とまぁそういうわけで、レーナは僕の母であり、僕自身でもある。という回答になったわけだ」
「な、なるほど。確かに今の話を俺が全部信じるなら、先輩の答えも合点がいきますね」
「あぁ、君が信じれば。ね。どう、信じるのかい?」
「うーん……」
慧は答えを渋りながら輝虎の顔をじっくりと観察する。しかし彼女はポーカーフェイスで、その真偽を判別することは困難であった。
「ま。君が信じようが信じまいが、僕から話せることはもうない。何故ならこれが全てだからね」
「……はい。ありがとうございました」
ただでさえ表情から真意が測れないというのに、ダメ押しでこれ以上話すことはない。と言われてしまったら慧にはこう答える他に選択肢は無かった。しかしその他にも、これ以上は語りたくない。という輝虎の意思を少々感じたような気がしたので、慧は追及することを止めたのであった。
「よし。僕とレーナの話はこれで終わり。と言うことで、僕の質問の続きに――」
逃げ損ねた慧は完全にロックオンされ、再び輝虎の質問責めが始まろうとしたその時、理科室のドアがノックされ、慧たちが反応するよりも前に勢いよく開いた。
「はぁ、ちょっと宇留島さん。無断で理科室のカギを持って行かないでよ」
そう言いながら理科室に入ってきたのは内海であった。
「あら、風見君もいたのね……」
教室に入ってから慧の存在に気付いた内海はボソッと呟きはしたが、すぐに視線を輝虎に戻した。すると輝虎はそれに合わせて立ち上がり、余裕そうにニヤリと笑みを浮かべた。
「これはこれは内海ティーチャー。失礼しました。ですが、置手紙はしておいたはずですよね?」
「えぇ、それを見て来たのよ」
「じゃあなにも問題ないじゃないですか」
「あのねぇ。置手紙をすれば勝手にカギを持って行って良い。何て言うルールはありません。私がいない時にカギを借りるなら、他の先生に伝えてから借りてもらわないと。この部活が出来る前からそうしてたでしょ?」
「うーん。そうですね。多分……」
「はぁ、全く……。まぁ今日は大目に見るから、次回からは私がいる時に借りるか、他の先生に伝えてから借りるようにしてね。絶対よ!」
「はい。承知しました」
こうして始終にこやかな輝虎と始終不機嫌な内海の会話は終わり、慧と輝虎は理科室から追い出された。
「それじゃあ宇留島さんと私は一緒に職員室にカギを返しに行くから、風見君は先に帰宅するように」
「はい。分かりました」
「うん。気を付けて帰ってね」
面倒ごとに巻き込まれて明らかに疲弊した様子の内海は、無感情な笑みを浮かべて慧に挨拶をすると、そのまま輝虎を連れて階段を下って行った。
(ふぅ、内海先生に助けられた……。きっとあのタイミングで先生が来てなかったら、今頃俺は先輩の質問責めに……。今度先生が困っていたら助けてあげよう)
もう階下に消えてしまった内海の残像を瞼の裏に描きながら、慧は心の中で内海に感謝と恩返しを誓い、下駄箱目指して渡り廊下を進んだ。
帰宅途中。ちょうど慧が古屋根駅で下車したころ、ズボンの左ポケットに入れていたラヴィが振動したので、慧は周りに誰もいないことを確認してからイヤホンを装着し、ポケットからラヴィを取り出した。
【ご主人! よくぞあの大ピンチを凌ぎましたね!】
ラヴィ本体を起動した直後、慧の脳みそを揺らす程の大きな声がイヤホンから聞こえてきた。
「う、うるさいな……」
【何故そんなに冷静なのですか! 史上最大と言っても過言ではないピンチを乗り越えたのですよ!】
「まぁ確かにピンチではあったけど、史上最大は言い過ぎだろ」
【いえ! ご主人だけのピンチではなかったんですよ! 私とマスターのピンチでもあったのですからね!】
「そう言われればそうだな。てか、マスターって?」
【それはもちろん私の生みの親。ご主人のお父様ですよ】
「あぁ、なるほどね」
【はい。ご主人はご主人。マスターはマスターです。じゃなくてですね! 今話すべきなのは宇留島氏のことです! 今日はご主人の機転と第三者の介入でピンチを凌げましたが、そう何度も上手くいくとは思えないので、あのイヤホンは回収しましょう。という話をしたかったのですよ】
「うん。それは俺も思ってた。けど、取り返せそうな感じはしないんだよな……」
【そうなんですよねぇ~。私も今日の会話を最初から最後までしっかりと聞かせていただきましたが、彼女の意思が揺らぐ気配は微塵もありませんでしたからね~】
「なんだ。じゃあお前も策無しってことかよ」
【な、何ですか、その言い方は! まぁ、何も策がないのは事実ですが……】
「ほら、無いんじゃん」
【ですから! 二人で考えようってことですよ!】
「はいはい。とりあえず家に帰ってからな」
【絶対ですからね!】
慧はそこで一度ラヴィとの会話を止めると、残り数メートルを歩いてひとまず帰宅し、手洗いとうがいを済ませて自室に向かった。
「おまたせ。期待はしてないけど、この間に何か思いついたか?」
【ちょっとー。少しは期待してくださいよー】
「じゃあ何かあるのか?」
【いえ、何も……】
「なら二人で考えるってことだな」
【そうなりますね。ということで、まずは順を追って状況を整理しましょう。一つ目。宇留島氏はまだイヤホンについて疑念を抱いている。二つ目。あのイヤホンが試作品と言うことは伝えた。三つ目。宇留島氏がご主人に対し、何故イヤホンの回収をしに来なかったのか。という質問をしようとしたところでご主人が上手いこと質問を回避した。と、確定している要点はこんなところですかね】
「うん。そんなんで良いんじゃないかな」
【ではこの三点を基盤に考えていきましょう。可能性として一番あり得そうなのは、宇留島氏が再びご主人を呼び出し、今日の続きを聞いてくるパターンですね】
「でもさ、それならメッセージでも聞けるよな?」
【えぇ、そうですね。しかし私の分析からして、彼女は面と向かって意見を聞くことに重きを置いており、そして恐らく確乎たる証拠を掴むまでは再度質問してこないと思うのですよ】
「うーん、確かに。先輩ならあり得るな」
【ですよね。そこで私が考えたのは、宇留島氏が証拠を掴む前にイヤホンを回収するか。逆に全く回収に行かないことです】
「回収に行かない? 回収した方が良いって言いだしたのはお前だろ」
【そうなのですが、ご主人が帰宅するまでにもう一つの可能性を考えたのですよ。それと言うのは、今日の質問が、すなわち何故イヤホンを回収しに来なかったのか? と言う宇留島氏の質問が、罠なのではないか。ということです】
「罠?」
【はい。私の持っているデータからして、宇留島氏は相当頭のキレる人物だと想定されます。そこで考え出されたのが、あえてご主人にイヤホンの話を持ち掛けることで、ご主人が焦って何かミスをすることを狙っているのでは。という推察です】
「なるほど……。俺を誘い出してるってことか?」
【はい。つまり今ご主人がイヤホン回収に動き出したら、あのイヤホンにはまだ価値がある。という認識になり、宇留島氏はしつこく質問を始めるかもしれません。しかし反対に、ご主人がイヤホン回収に動き出さなければ、あのイヤホンは本当に用済みの物なんだ。という認識になり、逆にイヤホンを返してくれるのではないかと私は思っているのです】
「うーん。まぁ一理あるけど、その可能性に賭けるのは相当リスキーでもあるな」
【そうなのですよ。そこで折衷案なのですが、ひとまず様子見をするのはどうでしょうか?】
「様子見? 回収するなら早く回収した方が良いんじゃないのか?」
【私も始めはそう思っていたのですが、表裏どちらが出るか分からない今、迂闊に動き出すのは危険だと思います。とはいえ完全に見捨てるわけにもいかないので、ここは様子見をしながら、たまーにイヤホンのことを気にする作戦。でいかがでしょうか?】
「……分かった。お前の言う通りにしてみるよ」
【ありがとうございます。眼鏡さえかけていてくれれば、私が宇留島氏をチェックしておきますので、怪しそうな動きが見えたらお知らせするように致します】
「うん。眼鏡はなるべくかけるようにするから、そっちは頼むぞ」
少々不安の残る作戦会議ではあったが、ラヴィが言っていることの方が整合性が取れているように感じた慧は折衷案である一旦様子見作戦を承諾し、会議は終了した。
それから数時間後、片付けるべき用事を済ませてベッドに入った慧がスマホをいじっていると、輝虎からメッセージが届いた。
『遅れてすまない。今日撮った写真だ』
イヤホンのことには微塵も触れていない文章と、併せて画像が三枚送られてきた。そして慧が返信を考えていると、もう一件メッセージが入った。
『非常に複雑なところだが、先日写っていたオーブはどうやらカメラの性能だったらしい』
慧は先にその文章を読んでから数枚の写真を見た。すると忽ちその文章の意味が分かった。何故なら送られてきた写真には、一つもオーブが写っていなかったからである。
『検証としては残念な結果になりましたけど、俺としてはちょっとホッとしましたよ』
相手がイヤホンの話を出さないのだから、こっちから下手に話を出す必要はない。そう判断した慧は写真に対する率直な感想だけを送り、アプリを閉じた。そしてそろそろ就寝しようかとスマホを充電ケーブルに接続しようとしたとき、またメッセージが入った。今度は超常現象研究部のグループチャットにであった。
『皆の衆! 週末にカメラを買ってきたから、明日の放課後は理科室に集合だ!』
招集をかけているように見えるが、実は一方的に部活への出席を強制しているその文章に、友宏、恵凛を筆頭に、全員が参加する旨のメッセージを入れたので、慧もそれに紛れてメッセージを送り、スマホを充電器に繋いだ。
(参加するとは言ったけど、結果が分かってて参加するのは少しキツイな……。まぁでも、俺以外の誰かの写真に写り込む可能性もあるにはあるし、それにこれで写らなかったらそれはそれで先輩も諦めがつくだろうし、好きなだけ撮ってもらうか……。って、そんなこと考えてる場合じゃないな。先輩との今後の距離感を考えておかないと……)
何て色々なことを考えているうちに、慧は眠りに落ちた。




