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第六十六話 交渉

 まずは輝虎にそっくりなレーナという人物の画像を数枚見て、次にレーナという人物について書かれたサイトを数個閲覧して、慧はスマホをスリープモードにしてそっとソファから立ち上がる。


(まぁ確かに先輩はスタイルもいいし、目鼻立ちもハッキリしてるとは思うけど、あの先輩がモデル? まさか……。でも今日着てた服、結構オシャレだったよな……。ってことはあり得るのか?)


 一旦麦茶でも飲んで落ち着こうとソファを立ったはずの慧だが、混乱している頭が勝手に推測を始めてしまい、結局グルグルとソファの周りを歩き回っただけで、慧は再びソファに座り直してしまった。


(うーん、真相が気になる。でも直接先輩に聞くのは気が引けるな……。じゃあ誰かに相談するか? いや待てよ。もしもこれが先輩の隠したい秘密だったとしたら、俺が下手に誰かに相談して噂が広まるのはマズいよな? てことはつまり、先輩に直接聞く他ないのか……)


 自ら答えを導き出したは良いものの、スマホを手に取って輝虎にメッセージを送る勇気は湧いて来なかった。それは麦茶を飲んだ後でも、風呂を出た後でも、夕飯を終えた後でも、寝る前でも、そして翌日になっても変わることはなく、結局何も進展しないままに土日が明けた。


 月曜の朝。真相を明かせないモヤモヤと、何もできない自分に対する不甲斐なさを抱いたまま教室に辿り着いた慧は、自分の席に座って朝のホームルームが始まるのを待っていた。しかし時計を見ているだけでこのジリジリとした思いが消えるわけもなく、何もかもを持て余した慧はズボンのポケットからスマホを取り出した。


(確か先輩、週明けを楽しみにしてたよな……)


 始めはユニユニで時間を潰そうと思っていた慧だが、ふと、最後に輝虎とやり取りをした時のことを思い出し、輝虎とのチャットルームを開く。そしてそこに『これで準備完了! 週明けが楽しみだ!』というメッセージがあることを再確認し、アプリを閉じてスマホを持ったままの右手を太ももの上に置いた。


(やっぱりそうだよな……。まぁ今日は月曜だから部活は無いと思うけど、間違いなく今週中に招集はかかる。でも多分その時は友宏とか龍宮とか他の部員も一緒だろうし、一対一で話せる感じではないよな。となると結局俺がメッセージで聞くか、メッセージで呼び出して二人きりの状況を作るしかないよな……)


 なんて考えていると、右手に持っていたスマホが振動した。慧はそれに少し驚きながらも再び右手を面前に持って来ると、スマホの電源を入れて通知を確認する。


「あっ」


 慧が思わず声を漏らした通知の主は輝虎であった。それもどうやら、つい先ほどまで慧が見ていた個人チャットにメッセージが届いたらしい。


『今日の放課後、理科室に来てくれ給え』


 届いたメッセージはたったのそれだけであったが、慧は度肝を抜かれた。何故ならその一文が、つい先ほど立てた慧の全ての予想の裏を突くものであったからである。とはいえ向こうからメッセージが来てくれたことは僥倖で、これで真相を確かめる覚悟が決まった慧は『了解です』と文字を打ち、送信ボタンをタップした。

 会うことが決まり、悩みが消化されて一気に脳内がクリアになった慧は冴え渡った状態で一日を過ごし、放課後を迎えた。クラスメートが続々と教室を出ていく流れに乗り、慧も教室を出る。そして途中でその流れから脱出し、実習棟へ向かう。渡り廊下を進み切って最初の角を曲がると、理科室の前に立っている輝虎を見つけた。するとその瞬間、少しだけ鼓動が早まった。


(いつあの話を。レーナという人物についての話を切り出そう……)


 覚悟は決まっているはずなのだが、それでも実際に輝虎の姿を目の当たりにすると、無意識的にその目標が浮かび上がってきて、鼓動が少し早まったのであった。


「おっ、来たか助手君」

「は、はい!」

「それじゃ、サクッと撮って帰ろうか」


 慧が腹に一物あるとは露知らず、輝虎はいつもの軽い調子で挨拶をすると、先に理科室の中へ入っていく。慧はそれを見て静かに深呼吸をすると、彼女の後を追って理科室に入る。


「ほら、見てくれ給え! 充電ばっちり、調整完璧の一眼レフカメラだ!」


 実験台に置かれていたカメラを丁寧に両手で持ち上げた輝虎は、幼い子どものように慧に訴えかけてきた。しかし慧はそれに何と答えたら良いのか分からず、


「は、はぁ、えっと、準備お疲れ様です……?」


 と、箸にも棒にもかからぬ返事をした。


「助手君……。もっと他に無いのかい? 検証に対するわくわく感とか、カメラに対する感想とか」

「す、すみません……」

「まぁでも、僕に対する労いの言葉には感謝しよう。……それじゃあ早速で悪いが、ここに座ってくれ給え」


 輝虎は一度実験台にカメラを置くと、理科室前方の出入り口に一番近い実験台に歩いていき、そこから木椅子を一つ取り出し、そこに座るよう慧を促した。


「はい。分かりました」


 指示された慧はそれに従い、廊下側に背中を向けて木椅子に着いた。


「うん、良い感じ。じゃあ試し撮りも兼ねて何枚か撮らせてもらうよ」

「はい」


 慧の返事を受けた輝虎は真剣な表情でカメラを手に取り、ファインダーを覗き込む。そしてあっという間に数回の撮影が済まされた。


「よし、とりあえず五、六枚撮らせてもらったから、撮った写真は自宅で確認した後、君に送るよ」

「分かりました。お願いします」


 いつもの慧ならばその答えとともにさっさと席を立ち、一言二言挨拶をして理科室を出ていくはずなのだが、今日に限っては「レーナの件」があり、慧は黙ったまま木椅子に居座り続けた。するとカメラをいじっていた輝虎がそれに気付いたようで、


「どうしたんだい?」


 と聞いてきた。


「あっ、いえ、えっと……。まだやることあるかなぁ、なんて……」

「ふむ……」


 珍しく協力的な慧を訝しく思ったのか、輝虎は歯切れの悪い相槌を打ち、カメラを実験台に置いて自分も木椅子に腰かけ、最終的には慧のことをじっと見つめ始めた。


(め、めっちゃ見られてる……! 確実に怪しまれてるな。でもまぁそれもそうだよな。明らかに何か話したそうにしてるもんな、俺……。まぁとりあえずここは何でもいいから話をして茶を濁して、そこから徐々に徐々にあの話題に……。と思うのは簡単だけど、頭の中にはレーナの話題しか浮かんでこない……!)


 考えれば考えるほど脳内の容量はレーナのことで膨れ上がっていき、これ以上考えてもどうにもならないと思った慧は覚悟を決めてストレートを投げることに決めた。


「その、先輩……。レーナって知ってますか?」


 慧の決死の投球に対し、なかなか輝虎からの返球がない。というかこれは輝虎のミットにすら届いていないかもしれない。つまり会話のキャッチボールが失敗したということを示していた。それで怖気づいた慧が話を逸らす方向にシフトチェンジしようとしたその時、輝虎が大きく息を吐いた。


「先日の女子高生たちの話が気になったのかい?」

「えっ、は、はい……」

「はぁ、全く。あんな根も葉もない話に乗せられて。と言いたいところだが、実際問題、あれだけ大きな声で僕が誰かに似ているということをほのめかされたら、気になって調べてしまうのが普通だろうね。きっと僕だって助手君と同じ立場になったら調べると思うし」


 始まり方はとても不穏だったが、最終的には輝虎が慧を擁護する形で一度話が区切られた。そして一呼吸置き、輝虎は暗い声音で答えを続ける。


「それで、レーナを知っているかという質問だったね。答えはイエスだ」


 これでひとまず輝虎がレーナを知っているというところまでは漕ぎ着けた。しかし本題は輝虎とレーナの関係性を知ることである。つまり慧はもう一歩踏み込んだ質問をしなくてはならない。それを意識し始めた慧は急に喉が渇いてきた気がした。


「まだ聞きたいことがある。というような顔をしているが?」


 話し始めない慧を見て、輝虎が助け舟を出してくれた。と言うよりかは、敵に塩を送ってもらったと言う方が正しかった。


「はい。えっと……。それじゃあ単刀直入に聞きます。先輩はレーナと何か関係があるんですか? あの日家に帰ってレーナという人物を調べて画像を見たんですけど、正直、先輩にそっくりどころか先輩本人に見えたので、今日はそれを聞きに来ました」

「ふむ。なるほど……」


 輝虎は曖昧な返事を残して考え込む。その真剣な面持ちから、きっと慎重に言葉を選んでいるのだと感じた慧は黙って答えを待った。すると一、二分後、輝虎は組んでいた腕を解いて慧の方に視線を向けた。


「その探求心。流石、超常現象研究部の副部長と言える。僕としても、助手君の勇気と好奇心を評価して真実を教えたいところではある。だが、この問題はタダでは教えられないんだ。そこで一つ提案があるのだが、どうだい、聞いてくれるかな?」

「はい、大丈夫です。続けてください」


 いつ副部長になったんだ? と思いはしたが、慧は流れを途切れさせないために交渉を続けることを選んだ。


「ありがとう。交渉は等価交換だ。僕はレーナとの関係について君に話す。そして助手君、君にはこれの説明をしてもらいたい」


 輝虎はそう言うと、白衣のポケットに手を突っ込み、そこからプラスチックの透明な小袋を取り出した。その中には、ラヴィを渡された日に同梱されていた初代のイヤホンが入っていた。


「そ、それは……」

「そう。先月僕がテラスで拾ったイヤホンだ。いや、テラスで拾った君のイヤホン。と修飾しておいた方が良いかな?」


 今更このイヤホンが話題に出てくると思っていなかった慧は返答に詰まった。すると困惑している慧の様子を見て、ここぞとばかりに輝虎が話を続ける。


「僕はこれを持ち帰り、一か月間色々と調べた。しかし型番も書かれていなければ、同一の商品も無く、類似の商品すら見当たらなかった。つまりこれは一点物だと僕は考えている。そしてあの日、テラスにいたのは僕と君だけであり、四月のあの時点でテラスに出入りしていた人はそれほど多くないことから、僕は君のイヤホンだと推測した。どうかな?」


 輝虎のほとんど完璧な推理を聞き、慧は冷や汗が止まらなかった。しかしただ一つ、そのイヤホンの性能、用途については何も触れていない。ということは、ラヴィの存在は隠せる。そう考えた慧は素直にイヤホンは自分の物であると認めることにした。


「……はい。その通りです。それは俺が落としたイヤホンです。型番が書いて無い上に類似商品が存在しないのは、それが父の試作品だからです」


 慧は予定通り、一番大事な部分を、つまりはラヴィの存在だけを伏せ、その他は真実を語った。すると輝虎は数回頷き、手に持っている小袋の中のイヤホンを見た。


「フッ。なるほど。調べても出てこないわけだ」


 納得したであろう輝虎は緊張の解けた微笑みを浮かべ、イヤホンを実験台に置く。


(何とか乗り切った……)


 輝虎の猛攻を凌いだ慧は心の中で安堵の声を漏らした。しかしその安堵も束の間、微笑んでいたはずの輝虎の表情がキッと引き締まり、陪審員の瞳が再び慧に向けられた。


「でもね。僕はまだ気になることがあるんだよ」


 その喋り出しに慧の胸はギュッと締め付けられた。


「それはね。君があの日以降、イヤホンを回収しに来なかったことだ」


 慧はその言葉を聞き、息を呑んだ。


(そうだ。確かあの日は父さんが帰ってきて、ラヴィをアップデートするのと一緒に新しいイヤホンをくれたんだ……。それで俺は安心しきって、一個目のイヤホンの存在自体を忘れてたんだ……。これはマズいぞ……)


 何か口答えをしようにも、慧はぐうの音も出なかった。しかしこのまま本当にぐうの音も出さずにいると、完全に会話のペースを輝虎に掌握されてしまう……。そこで慧は賭けに出ることにした。


「ま、待ってください先輩! フェアじゃないです」

「ん?」

「俺、イヤホンの説明はしましたよね? それで先輩も納得してましたよね? ということは、次は先輩が答える番なんじゃないですか?」


 弱々しい調子では輝虎に押し切られると考えた慧は、あえて強めの語調で言い切った。すると目を細めていた輝虎は虚を衝かれたかの如く少々目を見開き、


「……アッハッハッハッハッ! 確かにその通りだ。助手君、なかなかやるね」


 と、突然大声で笑いだした。そして警戒が解けた証拠に頬を緩ませると、小さな拍手を添えて慧を讃えた。


「は、ははっ。ありがとうございます……」


 輝虎の激しいテンションのアップダウンに加え、賭けが成功したのかも定かではない慧としては、愛想笑いを浮かべながら礼を述べるのが精一杯のレスポンスであった。


「いやぁ、真相に迫っていく感覚が気持ち良くて、つい探偵モードに入ってしまったよ。悪かったね。それで、確か君の質問は、僕とレーナの関係について。だったかな?」

「はい」

「よし、じゃあ端的に答えよう。彼女は僕の母であり、僕でもある」

「へっ?」


 長きに渡る舌戦が迎えた結末は、とても淡々としていて、とても難解なものであった。

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