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第六十四話 警告とアシスト

 それから数日が経ち、金曜日の昼休み。昼食を摂ろうとしていた慧のスマホにメッセージが入った。誰からだろうとスマホを起動すると、そこには輝虎の名前が表示されていた。


『テラスに来てくれ』


 その淡白なメッセージは個人チャットに届いていた。


(俺だけ……。で合ってるのか?)


 疑問に思った慧は念のために『俺だけですか?』と返すと、『そうだ』とすぐに返信が来た。


(まぁ送り間違いってわけではなさそうだな。でも個人呼び出しで返信もこの一言だけって……)


 慧は言い知れぬ不安を抱きながらも、弁当を持ってテラスへ向かった。

 テラスの手前まで来た慧はガラスの向こう側に座っている輝虎を見つけた。彼女の手元には珍しく購買のパンが置かれていた。


「こんにちは」


 ガラス戸を開けてテラスに出てもこちらに気付いていない様子だったので、慧は挨拶をして存在を示した。その声で慧の到着に気付いたようで、輝虎はようやく顔を上げた。


「おぉ、来てくれたか」

「はい。まぁ一応呼ばれた身なので」

「ハハッ、今日は随分素直だね。まぁいい、座ってくれ給え」


 笑顔を浮かべて購買のパンを開封し始めた輝虎に頷いて応えると、慧は彼女と対面にある椅子を引いてそこに腰掛けた。

 食事を始めて数分。黙々とコロッケパンを食べ続ける輝虎を前に、慧は居心地悪そうに弁当へ箸を運ぶ。


(いつもなら次から次へと話題を持ち出して来るはずの人がこんなに静かだと、こっちがソワソワしてくるな……。かといって本題を知らないこっちから話を切り出すのもなんか違う気がするし……。とりあえず、もう少し様子を伺うか)


 恐らく上手いこと泳がされているのだろう。という冷静な分析と、早く要件を知りたい。という焦慮がせめぎ合い、いつの間にか慧の食事の手は止まっていた。


「どうしたんだい? お腹がいっぱいとか?」

「えっ、いや、違います」

「ふーん、それは残念」


 ようやく会話が生まれたので、この流れで本題に入るのかと慧は思ったが、輝虎の大きく開かれた口にはコロッケパンが詰め込まれた。


「……あの、今日はなんで俺だけ呼んだんですか?」


 つい先刻まで様子を伺おうと思っていた慧だが、それ以上にこのままでは埒が明かないと思い、先に話を切り出した。すると輝虎は急いで咀嚼をし、飲み込み、口を開いた。


「今日はね、見てほしいものがあって君を呼び出したんだ」

「見てほしいものって……。それなら俺以外のみんなにも共有した方が――」

「いや、まずは助手の君に見てほしくてね」


 助手になるって言った覚えはないですけど……。と言いそうになったが、慧はグッとこらえ、


「はぁ……。じゃあまぁそういうことにして。何ですか、見てほしいものって」

「これだ」


 分かりやすく大きくついた慧の溜め息は無視して、輝虎は自分のスマホを取り出し、その画面を慧に見せた。


「……こないだ理科室で撮った写真、ですね?」


 これがどうしたんだ? という調子で慧が問い返すと、輝虎は一度自分の手元にスマホを戻し、何か操作をしてから慧に見せ直した。


「ここを見てくれ」


 ピンチアウトされた同じ画像を見せられた慧は、そこにぼんやりと写る靄を見つけた。


「オーブだ」

「そう。それも……」


 輝虎はつぶやくように答えると、またも自分の手元に戻し、操作をし、また慧の面前に持ってくる。そして、


「ここ、もう一つあるだろう」


 と言った。そこには確かにオーブが写っていた。しかし、


「本当だ。でも、白くない……?」


 写っていたオーブは赤っぽく見えた。


「そうなんだ」


 神妙な面持ちで答えると、輝虎はスマホを持つ手を引っ込め、スマホを持ったまま机上に手を置いた。そして少しの沈黙を挟み、話を再開する。


「赤はね。あまりいいオーブではないんだよ」

「色的に何となくそんな気はしてました」

「ふむ。まぁそうだよね……」


 いつもはずかずかと勝手に話を進める輝虎だが、今日は会話のテンポが良くない。それにどこか余所余所しいというか、含みがあるというか、何か隠しているような節を慧は感じた。


(もしかして、話しづらい話題なのか? でも今更話しづらい話題ってなんだ?)


 自分から話し出そうにも、話の度合いが掴めていない慧は結局話し出すことができず、しばし輝虎と見合った。すると数秒後、輝虎が小さくため息をつき、口を開いた。


「今日の午前中、君を呼び出すかずっと迷っていたんだ。その結果、話すと決めたからこうして君を呼び出したというのに、それでもまた迷ってしまっている……。あぁ、僕はどうしたら! いや、ここまで来たんだ。呼び出したからには話さなくてはならない!」


 突如始まった心境ダダ洩れのモノローグを聞き、慧は少しホッとした。ようやくいつもの調子が戻ってきたようだ。そうと確信した慧は黙って話を聞き続けることにした。


「辛い現実を目の当たりにする羽目になるかもしれない。だがこれを見なくては話が進まない。だからまずはこれを。心して見てくれ給え」


 尚も続く芝居じみた台詞の後、輝虎は右手に持っていたスマホを操作して、またもそれを慧に見せた。提示されたスマホの画面には、先日勝手に撮られた慧の写真が表示されていた。すると次の瞬間、かけていた眼鏡が何かを発見したようで、慧にしか見えないレンズの内側で、とある箇所に四角いマーキングを施した。


(なんだ? ここに何かあるのか……)


 慧は眼鏡ラヴィに示唆された箇所に目を凝らした。かと思うと、瞬く間に目を見張った。何故ならそこには赤いオーブが写っていたからである。


「見てしまったようだね。いや、僕が見せてしまったのか……。とまぁ、おふざけはここまでにして。助手君、何か心当たりはあるかね? 勿論これがオーブと決まったわけではないのだが、一応ね」


 始めは少しふざけていた輝虎だが、途中からは打って変わり、カウンセラーのように冷静沈着な話し方で慧に問いかける。慧はその言葉を受けて直近のことを思い出してみたのだが、何も思い当たらなかった。


「……いえ、心当たりなんて何も」

「そうか。ということは、仮にこれがオーブだとして、このオーブは君の行動に関係なく勝手に取り憑いたという可能性があるね」

「俺に関係なく?」

「あぁ。例えばだが、強い念の籠った地縛霊。とかかな?」

「なるほど。ちなみにもう一枚の写真は?」

「ん? しっかり写っているよ」


 輝虎は淡泊に答えると、机に置かれたままのスマホに手を伸ばし、画面をスライドして次の写真を表示させた。そして慧がその写真を覗き込むと、慧がオーブを見つけるよりも先にラヴィがマーキングをしたので、慧は碌に写真を見ることなく苦笑した。


「ははっ……。結構オーブの確率が高そうなんですね……」

「うーん。スマホの写真だけだと確定はできないね。と、そこで一つ提案がある」

「はい。何ですか?」

「明日。カメラを買いに行こう」

「へ?」

「君だってなるべく早く安心したいだろう?」

「ま、まぁ、それはそうですね」

「だから一緒にカメラを買いに行って、すぐに写真を撮って、これがオーブでないということを証明するんだ!」

「は、はい。でも――」

「オッケーということだね? よし、それじゃあ時間はあとで連絡する。ではまた!」

「あっ、ちょっと先輩……!」


 俺だけじゃなくて、みんなで行けば良いんじゃないですか? と言いたかった慧だが、その言い分を発する隙も無く、輝虎はテラスから去っていった。


 放課後、輝虎からメッセージが届いた。しかしそのメッセージはグループに届いたメッセージで、内容も、今日の部活動は無し。という淡々とした事務的報告であった。するとそれを読んだ他の部員たちは早速予定を変更した。まずは恵凛と璃音は数人の友達と学校に残って少しおしゃべりをしてから帰ると言って隣の教室へ移動し、友宏は他の部活に顔を出すと言って教室を去り、伊武はいつの間にか教室から消えていた。こうしてメッセージ一つであっという間に孤立した慧は、このまま一人学校に残っていても意味がないので、さっさと帰路に就いた。

 一人だと無意識のうちに諸々の動作が早まるのか、気づけば慧は自宅に辿り着いていた。


「あぁ~、今週も終わりだ~」


 手洗いうがいを済ませてリビングに戻ってきた慧はソファに身体を沈め、天井に向かって声を上げた。そしてふと、昼休みの写真を思い出し、次いでその時に発生したレンズの内側に映ったマーキングのことを思い出した。ラヴィに聞いてみよう。そう思った慧は徐に体を起こし、自分の左隣に置かれている鞄からラヴィ一式を取り出した。


「なぁ、今大丈夫か?」

【えぇ、大丈夫ですよ】

「ちょっと聞きたいことがあってさ」

【はい。何なりと】

「今日の昼休みに写真を見たのは覚えてるよな?」

【心霊写真のことですね!】

「なんか食い気味だな……。まぁいいや。そう、そのこと」

【心霊写真がどうかしたのですか?】

「いや、あの時さ、変なマーキングが眼鏡の内側に映ったんだけど、あれ何?」

【あぁー、あれは視覚アシストみたいなものですよ】

「アシスト?」

【はい、そうです。ご主人と宇留島氏の会話を聞き、写真に写り込んだオーブを探していると分かったので、写真をスキャンしてそれらしいものを発見し、マーキングを施したまでです】

「なるほど。そんな便利な機能があったんだな」

【えーっとご主人? 実はこの機能、数日前にも使っているのですよ?】

「えっ、そうなの?」

【気付いていなかったのですか? 安雲橋のライブハウスに行った時です。眼鏡のレンズに江波戸氏の名前が表示されていましたよね?】

「あっ。そういえば、確かに……」

【まったくもう。ご主人が気付いてくれなくては、私がどれだけ機能を備えていても無駄ではないですか】

「わ、悪かったって。あの時はその、江波戸が変な奴に絡まれてたから、新しい機能に気付く暇もなくてさ」

【まぁ、そうですね。確かにあの時は私にかまっている暇はありませんでしたね。しかし、ほとんど一週間後に、それももう一度機能を発動してから聞いてきたということは少しいただけないですね……】

「だ、だからゴメンって」

【いえ、私のことはどうでもいいのですよ。問題なのは、ご主人のその鈍感さです。それが対人関係に響きそうで私は心配なのですよ!】

「あー、そっちね。別に心配されるほどではないと思うけどなぁ」

【いいえ、それは思い込みですね。いつか痛い目を見ますよ。直していきましょう】

「はいはい。分かったよ」

【まずは言葉遣いから直す必要がありますかね?】

「いや、遠慮しとくよ」


 話が面倒な方に傾き始めたので、慧は早々にイヤホンを外し、逃げるように自室へ戻った。

 それから数時間後。ベッドに寝転がってユニユニをプレイしているところに輝虎からメッセージが届いた。


『明日、安雲橋駅に十一時集合』


 メッセージはそれだけであった。どうやら文章だと饒舌ではないみたいだ。慧はそんなことを思いながら『了解しました』とだけ返信した。


 翌日、慧は約束の時間より二十分ほど早く安雲橋駅に到着した。改札付近に輝虎らしき姿は見えない。


(流石にちょっと早かったかな……)


 眼鏡をかけ直した慧は連絡確認のためにスマホを取り出す。が、連絡は来ていない。となるともう待つ他にやることがないと考えた慧が歩き出そうとしたその時――


「おーい、助手君!」


 と、改札の方。からではなく、南口の方から呼びかけられた。慧が声を頼りにそちらを見ると、白のインナーに暗めのロングシャツを羽織り、ハイウエストのデニムパンツを穿いた輝虎が立っていた。もちろん大声で呼ばれたことにも驚いたのだが、それよりも驚いたのは、輝虎の大人びた私服姿と、そのスタイルの良さであった。


「やあ、もう来ていたんだね」

「あっ、は、はい。ついさっき」

「素晴らしいね。二十分前行動とは」

「すみません。こんなに早く来るつもりはなかったんですけど、電車がこの時間しかなくて……」

「ハハッ。いいんだよ。僕はどっちが先に着いても気にしないからね。さ、行こうか」


 無頓着に笑いながら答えると、輝虎は改札に向かって歩き出した。慧はそんな彼女に続き、少々目のやりどころに困りながら歩を進めた。

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