第六十三話 意外な端緒
午後の二時間も終わり、放課後が訪れた。
(面倒なことにならなければいいけど……)
慧は昼休みのことを思い浮かべ、時計を眺めながらゆっくりと呼吸をした。するとそこへ友宏が歩いて来た。
「よおー。やっと授業終わったな!」
「うん……」
「なんだ、元気ねぇな。眠いのか?」
「まぁ、そんなところかな」
「ったく、これから部活なんだからシャキッとしろよな」
「分かってるよ」
慧はそう答えると、友宏には聞こえないように小さくため息をついた。そして少しだけ休んでから……。と思ったところへ、今度は璃音がやって来た。
「あぁ~、終わった終わった~」
「あっ、璃音の方も終わったのですね」
「うん。たった今ね」
「あとは江波戸だけか。けど、あいつ今日学校来てんのかな?」
「さぁ。来てたとしても、今ここに居ないんだから理科室集合で良いでしょ」
「ったく、相変わらず仲悪そうだな」
「別にそんなことないし」
「そうですよ。今はお互いに歩み寄っている最中なんです」
「そ、そうなん?」
「うーん、まぁそんなところかな」
「ふーん。よく分かんねーけど、俺たちとしてもお前らが仲良くしてくれた方がありがたいし、頑張ってくれよ。な、慧」
「えっ、あぁ、うん」
恵凛の席を囲むようにして交わされていた三人の会話をぼけっと聞いていた慧は、突然話を振られて雑な返しをした。
「お前、聞いてなかっただろ」
「うん。正直聞いてなかった。ごめん」
「んなことだろうと思ったよ。まぁいいや、そろそろ行こうぜ」
「分かった」
友宏に促された慧が席を立つと、女子二人が先に歩き出した。そしてその二人の背中を追う形で男子二人も歩き出し、四人はそれぞれ雑談をしながら理科室を目指した。
理科室の前に辿り着くと、やる気満々な友宏が率先してドアをノックした。しかし中から返事は無く、鍵も閉まっていた。そこで誰かが鍵を借りに行こうかと言う話も上がったが、それで入れ違いになっては本末転倒だということになり、慧たちは素直に輝虎の到着を待つことにした。……するとそれからほんの数分後、輝虎は現れた。
「やあ君たち。もう来ていたんだね」
相変わらずのマイペースぶりで廊下を歩いて来た輝虎は、それ以上何も語ることなく理科室の鍵を開けた。そしてそのまま先に理科室の中へ入って行ってしまったので、慧たちも黙ってそれに続いた。
「さぁ、好きに掛けてくれ給え」
輝虎はいつも通り、友人を自分の部屋に招き入れる感覚でそう言うと、黒板に一番近い生徒用の実験台の下から木椅子を引き出し、それに腰掛けた。慧たちもその調子には慣れ切っており、誰も何も言わずに各々木椅子を引き出して腰を下ろした。
「そんで、昼休みになに思いついたんすか?」
席に着いて間もなく、輝虎よりも先に友宏が話を切り出した。
「おや、興味津々だね」
「はい! 心霊写真楽しみです!」
「えっ、心霊写真?」
嫌悪感を露に会話の出鼻を挫いたのは璃音であった。そう言えば、霊的なものが苦手だったなということと、輝虎から送られてきたグループメッセージには放課後に理科室集合。としか書かれていなかったということをほとんど同時に思い出した慧は心の中で璃音に同情した。
「そうだよ。なんも聞いてなかったのか?」
「聞いてないし……」
「まぁまぁ、そんなに恐れるものでは無いから安心し給え」
不機嫌に答える璃音に対して輝虎は笑いながら理不尽な言葉でまとめ上げると、ポケットからスマホを取り出した。
「君にも見せておこう」
輝虎はそう付け足すと、隣に座っている璃音の方に椅子ごと近寄り、スマホを持つ手を近付ける。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。別にあたしは見なくてもいいんで」
「大丈夫大丈夫。オーブが写っているだけだから」
何が大丈夫なのかは分からないが、今はとにかく無理強いをしている輝虎より、嫌がっている璃音に助力したほうが良いと考えた慧は止めに入ることにした。
「ま、まぁ、無理に見せなくても良いんじゃないですか?」
「……確かに。この写真を見せなくても口頭で説明をすれば話は通じるか。よし、ならば話を進めることにしよう」
慧の言葉を聞いて冷静さを取り戻したのか、輝虎は木椅子ごと元の位置に戻るとそれに座り直してから話を再開する。
「まず、みんなのために軽くオーブについて説明をしよう。一般的にオーブとは、写真を撮る時のフラッシュが空気中のホコリやら水やらに反射したり、単純にピントが合っていなかったりした時に写真に発生する靄のようなものなのだが、それはまぁ一般的な説明で、スピリチュアルな解釈もある。それと言うのが、霊魂と言う説だ。それは浮遊霊であったり、地縛霊であったり、守護霊であったり、一応害の無い霊魂であることが大半らしいのだが、色や形によっては危険性もあるらしい。と言うのがスピリチュアル的なオーブの説明、及び前置きとなる。ここまでは良いかい?」
輝虎はそこで一度話を区切ると、その場にいる慧たち四人の顔を見回した。
「まぁ、なんとなくは分かりました」
自分の為に説明してくれていると思っている璃音が返事をすると、輝虎は小さく頷いて話を続ける。
「そこで、先ほどの写真に話が戻る。璃音君は見れていないが、さっきの写真には白い靄が写り込んでいたんだ。僕はその靄を白いオーブだと仮定して調べた。するとその結果、白は良い霊魂だということが分かった。しかしそれが浮遊霊なのか、地縛霊なのか、守護霊なのかまでは分からなかった。だからもう少しこの学校の色々な場所を、そして君たち一人一人を写真に撮り、オーブの出所と正体を突き止めよう! と言うのが今回の研究内容だ」
「なるほど! 面白そうすね!」
「私も興味があります!」
相変わらずこの二人は乗り気だな……。慧がそう思いながら璃音の方に視線を向けると、彼女は目を細め、小さくため息をついていた。良かった。同族はいるようだ。と、慧は少し気が楽になった。
「そんで、まずは何を――」
友宏が話を進展させようとしたその時、理科室のドアが開く。一同が驚きながらそちらに視線を向けると、そこには伊武が立っていた。
「おっ、江波戸も来たのか! ちょうど面白くなってきたところだぞ!」
話を遮られた友宏だが、すぐにこの状況に対応して伊武を招き入れる。すると伊武は気だるそうに小さく頭を下げ、慧たちが囲んでいるのと同じ実験台の少し離れたところに腰掛けた。
(江波戸、学校来てたんだな……。というか、呼ばれたら来るんだな……)
席に着いて早々にスマホをいじり始めている伊武を意外そうに眺めていると、輝虎が軌道修正の前兆にわざとらしく咳き込んだ。
「ゴホン。今しがた新しい研究の説明をしていたのだが、伊武君のためにもう一度話そうか?」
「いえ、結構です。続けてどうぞ」
「オーケー。では続けさせてもらう」
伊武は少しも輝虎の方を見ずに答え、対する輝虎もそれを気にする様子は無く、何事もなかったかのように話は再開される。
「えー、それでまず何をするかだが、僕たちはまず写真を撮り歩こうと思う」
「もっとオーブの写真が欲しいって話すよね?」
「あぁ。そうだ。だが、それをやる前に欲しいものがある」
「何でしょうか?」
「カメラだ」
「カメラ? スマホで良いんじゃないすか?」
「まぁスマホだけでも大丈夫なのだが、比較検証のために高性能なカメラも欲しいのだよ。単純な例えだが、スマホで撮った方には靄が写っていて、カメラで撮った方には靄が写っていなかったとする。その場合、それは高確率でホコリやらピントぶれの可能性があるだろう。しかし両方の写真に靄が写っていたとしたら、それはオーブである可能性が高いと言える。そうは思わないかい?」
「確かに!」
「なるほど。結構本格的なのですね」
「あぁ、もちろん。僕はいつだって本気だからね」
輝虎はキザな笑みを浮かべて答えた。その様子に友宏と恵凛は更なる関心をそそられているようであったが、そんな二人とは対照的に慧と璃音は苦笑いを浮かべた。
「やることは分かったすけど、結局カメラが無いから今日の活動は無しすか?」
「うーん、そうだね……。出来ればスマホとカメラが両方ある時に活動をしたいところではあるね。同じ時、同じ場所、同じ被写体を二つのカメラで撮影して、それを比較したいわけだからね」
「ま、そっすよね」
「あぁ。だが、それはそのオーブの正体が浮遊霊か地縛霊で仮定した時の話だ。つまり何が言いたいかというと、オーブの正体が守護霊だとしたら、その人物の近くを漂っていると言う可能性が高いので、今君たちを撮ることだけは可能と言うことだ」
「確かに! じゃあ早速俺を撮ってみてくださいよ!」
「それじゃあ遠慮なく」
輝虎は素っ気なく答えると、手に持っていたスマホを構えて目の前に座る友宏がポーズを取るよりも前にシャッターを切った。
「あっ、ポーズくらい取らせてくださいよ」
「ポーズ? そんなもの必要ないだろう。調べたいのはオーブなのだから」
そう答えながらもう一枚写真を撮ると、輝虎は席を立った。そして実験台を囲むように座っている慧たち五人の写真を一枚撮り、次いで恵凛の方に歩み寄って二枚。次は慧、次は伊武。そして最後に璃音と。それぞれ二枚ずつ写真を取るとスマホをポケットにしまった。
「ちょっと。あたし撮って良いなんて言ってないんですけど?」
「まぁまぁ良いじゃないか。減るものじゃあるまいし」
不平を溢す璃音に対して調子のいい笑顔を浮かべて答えると、輝虎は話を続ける。
「とまぁ、一通り説明は終えたから、今日は仕舞いにしようか。次回の日時は僕の方でカメラの準備が整い次第連絡する。では、解散!」
輝虎の号令で慧たちは席を立ち、木椅子をしまい、理科室を出た。そして輝虎が理科室の鍵を閉めるまで立ち会うと、慧たちは下駄箱に向かい、輝虎はその背中たちを見送ってから職員室へ向かう。しかし何かが気になるようで、輝虎は階段の前で立ち止まり、スマホを取り出す。
「ふむ……。スマホのカメラだけでは何とも言えないが……」
輝虎は小さく呟くと、スマホを白衣のポケットにしまい階段を下った。




