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第五十四話 淡白な幕切れ

 先導する伊武に続いて四階まで戻って来た慧たち三人は、そのまま立ち止まることなく渡り廊下に差し掛かろうとしていた。


(体力測定の時は絶対に仲直り出来ないだろって思ってたけど、さっきの感じだといけそうだったよな? それに今見てる感じも、ただの友達二人が身を寄せ合って歩いてるだけだし……。これが吊り橋効果ってやつか? いや、ちょっと違うか)


 前を行く二人の背中を見て、慧はそんなことを考えた。しかし確かに姿を見るだけならば仲睦まじいようだが、ここまで来て一言も会話を交えず、それどころか試みようともしていないのは少しだけ気になった。やはりまだ蟠りや気まずさがあるのだろう。慧はそうと推測して、渡り廊下を進んだ。

 あと少しで渡り廊下の角を曲がろうと言う時、突然璃音がスッと伊武から離れた。後ろから見ていた慧は何が起きたのかと少し首を傾げたが、女子二人は何食わぬ顔で角を曲がり、実習棟に差し掛かる。


(さっきまでほとんどくっついて歩いてたのに、急にどうしたんだ……?)


 そう思いながら二人の後に続き、慧が実習棟の廊下に差し掛かると――


「お、来た来た! おーい、大丈夫だったか!」


 理科室の前に立っている友宏がこちらに気付き、右手を大きく振った。その隣には恵凛と輝虎、そして少し後方には内海が立っていた。すると今度はそれを見た璃音が、


「えりーん! 大丈夫だった?」


 と、友宏の問いかけを無視して声を上げ、先ほどまで怯えていたとは思えない調子で恵凛に駆け寄り、そして抱き着いた。


「はい、私は大丈夫ですよ。むしろ楽しかったです!」

「へ、へぇ~、そう……。よ、良かった。あは、ははは……」


 抱き付きながら恵凛の顔を見つめる璃音の表情は苦々しく歪み、その声は魂が抜けていきそうなほど弱々しく震えていた。


(なるほど。龍宮に強がりたかったから江波戸から離れたのか。まぁ、それも無駄な心配だったみたいだけど)


 全てを知っている慧は少しだけ頬が緩みそうになったが、璃音のプライドを気遣い、かつ敬い、他の者に悟られないよう表情を引き締めて理科室の前に到着した。


「ご苦労様、伊武君」


 戻って来た二人の顔を見た後、輝虎は伊武に声を掛けた。しかし伊武はそれに答えず、懐中電灯だけを返して数歩後退し、理科室側の壁に背を預けた。


「おや、あまり機嫌が良くないようだ」

「まぁ、いつものことですよ」

「ったく、全員俺のこと無視かよ……」


 離れて行った伊武を横目に慧と輝虎が話していると、背後からボソッと小さな嘆きが聞こえた。それで友宏のことを思い出した慧はすぐに振り返った。


「あ、ごめん、友宏。俺たちは、まぁ、見ての通り大丈夫だったよ」

「ははっ、謝んなって、そんな気にしてねぇから。んなことより、無事で良かったよ!」


 友宏は元気に答えると、無垢な笑顔を浮かべて見せた。


「そっか、なら良かった……。そう言えば、友宏と龍宮はいつ戻って来たんだ?」

「えっと、俺たちはお前たちが戻って来る一、二分前に戻って来たかな? 偶然同じ階に逃げたからさ、その後一緒に戻って来たんだよ」

「なるほど。龍宮は大丈夫そうだった?」

「あぁ。いつもとなんも変わり無かったよ。なんなら早く戻りたがってたし」


 数分前のことを思い出してのことか、友宏は話の終わりにフッと笑った。


「ふーん。ホラー耐性があるんだな。いや、そこまでいったら好きまであるか?」

「あの感じだとあるかもな」


 慧の冗談に、友宏は尚も笑みを浮かべながら便乗した。


「はぁ、そろそろいいかしら?」


 各々学生らしい談笑していると、少し離れたところで見聞きしていた内海が全ての会話を遮った。それで内海の存在を思い出した慧たちはピタリと会話を止め、声の主に身体を向けた。


「まず、何があったの?」


 落ち着きの中に少しの怒気を織り込んだ声音が場の空気を静める。


「いやぁ、少し悪戯が過ぎたようで」


 そう答えたのは、この場の中で唯一物怖じせずにいた輝虎であった。彼女は平常通り白衣のポケットに手を突っ込み、内海と視線を交わす。そしてその後すぐに歩み出すと、理科室のドアに手を掛け、


「元凶はこいつです」


 と言ってドアを開けた。するとそこには慧たちを驚かせた人体模型が変わらずに立っていた。しかし今度は全く動かず、本当にただただ立っているだけであったので、慧は幾分か落ち着いた気持ちで人体模型を睨んだ。


「えっとこれは。この学校の人体模型じゃないわよね?」

「おや、気付きましたか」

「えぇ、学校の備品は一通り目を通しているから……。それで、これは何?」

「うーん。そうですねぇ。今日のジョーカーとでも言っておきましょうか」

「ジョーカー?」

「はい、そうです。もしも何も起きなかった時の保険。とでも補足しておきましょうかね」

「つまり、仕込みってことね?」

「その言い方はあまり好みませんが、まぁ、そう言う事になりますかね」


 内海への説明と慧たちへのネタバラシも兼ねているのか、輝虎はとても丁寧に、そして勝ち誇ったかのようにも聞こえる口調でそう結んだ。


「はぁ、とりあえず何があったのかは分かったわ。宇留島さん、これは今日絶対に持ち帰ること」

「イエッサー!」

「それと他のみんな、無事で良かったわ。けれど、今日の活動はここまで。約束は約束だからね」


 内海の言葉に言い返す者は無かった。部長でありこの活動を言い出した輝虎でさえ言い返すことは無く、内海は全員の顔を見回して小さく頷いた。


「それじゃあ、行きましょうか。……今日のことは伏せといてあげるから」


 自分が目を離してしまったという事実もあるからか、内海は部員たちに慈悲の言葉を掛けると、理科室の出入り口に立っている人体模型を引っ張り出してドアを施錠した。


「感謝します、内海ティーチャー。それじゃ、この人体模型は男性の諸君に頼んだ!」

「えっ?」

「はぁ?」


 慧と友宏はドアの前に佇む自分たちを驚かせた不気味な人体模型を見て、思わず大きな声を上げた。しかしそれに構わず、輝虎は懐中電灯を照らして先頭を歩き始めた。


「それ、近付けないでよ」


 璃音は吐き捨てるようにそう言うと、恵凛を連れて輝虎の後に続いた。そしてそれに続いて伊武が歩き出し、慧、友宏、内海の三人が残された。


「ごめんね。風見君、蒲地君。お願いしても良いかな?」


 どうしようかと顔を見合わせていると内海にも念を押されてしまったので、慧は手に持っている電池切れの懐中電灯を内海に手渡し、友宏と共に渋々人体模型を持ち上げて歩き出した。そんな二人の足元は内海によって照らされ、超常現象研究部の一行は各々の光を頼りに昇降口へ向かうのであった……。


「あぁー! 無駄に重いな、こいつ!」


 輝虎たち先行隊が昇降口に到着してから三分弱、ようやく慧たち三人が昇降口に戻って来た。そして慧と友宏が一旦人体模型を置いた直後、友宏がほとんど叫びに近い声を上げた。


「いやー、二人ともご苦労様! あともう少し頑張ってくれ!」

「う、ウソだろ……」

「まぁ、そんなことだろうと思ってましたよ……」

「これ以上運びたくないのなら、内海ティーチャーに交渉してみることだね。この子を理科室に置いても良いですか? って」

「認めません」

「ありゃ。どうやら正門まで運んでもらう事になりそうだ。ハッハッハッハッ!」


 一人だけテンションの高い輝虎の笑い声が昇降口に響く。


「ったく、分かりましたよ。正門までっすね」


 友宏の答えに輝虎はニコッと笑って見せた。しかしそれを聞いていた慧はふと疑問を抱いて口を開いた。


「運ぶのは良いんですけど、正門以降はどうするんですか?」

「ん? あぁ、こうするんだよ」


 白衣のポケットに手を突っ込んだ輝虎は、そこからリモコンを取り出した。そして人体模型に向けてボタンを押すと、人体模型は独りでに歩き出した。


「……えっと~」


 普通に歩いている人体模型を見た慧は、言葉を濁しながらチラリと友宏の方を見た。すると彼は口を大きく開け、わなわなと震えていた。そして次の瞬間。


「最初から自分で歩かせろ!」


 とツッコミを入れるのであった。


「悪かった悪かった。ここからは歩かせるよ」


 上手いこと全部のネタバラシを終えた輝虎は満足そうに笑って答えると、そのまま人体模型と共に外へ出て行った。慧たちもそんな彼女に続いて校外へ出ると、そこで内海の口から解散の号令が発せられ、慧たちは借りていた備品を返却し、校舎を背にして歩き出した。……こうして、初めての部活動に幕が下りた。

 その後正門で本格的に解散した部員たちはそれぞれの家路を進む。とは言っても、慧、恵凛、璃音の三人は同じ電車に乗り、同じ駅で降りるため、当然の如く帰路を共にしていた。


「はぁ~、疲れたぁ~」


 駅に向かう道中、恵凛と共に少し先を行く璃音が愚痴を溢すようにそう言った。


「そうですね。ですが、とても楽しかったです!」

「だ、だね……。は、はは……」


 笑顔で意気揚々と答える恵凛に反し、璃音の表情と声音は満身創痍を物語っていた。


「欲を言えば、もう少し夜の学校を自由に散策出来て、もっと不思議なことが起きれば良かったのですが……」

「た、確かに~。ちょっと刺激が足りなかったよねぇ。はは……」


 二人して喋ってる内容と声音が全然合ってないな。と、後方を歩く慧は思った。しかし傍から見たらそう映るだけで、当の本人たちは何の違和感も抱かず楽しそうに会話を続けながら改札を抜けて行く。こう見ると、やっぱりこの二人の相性は良いんだな。慧はそう思い直して微笑みを浮かべると、二人の後を追って改札を抜けた。

 電車に乗ると恵凛と璃音の口数は減った。恐らく周りを気にしているのもあるだろうが、その実は、二人とも疲れているのだろうと慧は考えた。何故なら自分も、もう家に帰るのだと思うと、急に疲れが身体を蝕み始めたのを実感していたからである。そうして電車に揺られること十分弱、慧たちは古屋根駅で下車すると、別れを惜しむような会話をすることも無く、「またね」「おやすみ」と短い挨拶を交わしてすぐに別れた。


(……そう言えば、龍宮と本屋に行く約束をしてたけど、まだ日時を決めて無かったよな)


 信号を渡って住宅街を歩いていた慧は、ふとそのことを思い出した。しかし部活動の余韻だとか疲労だとかが慧の全身から活力を奪い、なかなか口を開けずにいた。するとその時、


「あの、疲れているとは思うのですが、少しよろしいでしょうか……」


 と、恵凛が口を開いた。


「うん。大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


 そう答えて一間置くと、恵凛は話を再開する。


「本屋さんに行く約束なのですが――」

「えっ」

「ど、どうかしましたか?」

「いや、ごめん。俺も同じこと考えてたから」

「そうでしたか。ふふっ」


 ほとんど思考が停止していた慧は反射的に声を漏らし、本能のままに答えていた。それに対して始めは怖気づいた恵凛だが、それに続く慧の謝罪と言葉を聞いて安堵の笑みを浮かべると、上目遣いに慧の顔を覗いた。


「ご、ごめん。俺、変なこと言った?」


 笑っている恵凛と目が合った慧は、自分の発言を思い出しながら答える。


「いえ、何も」

「そ、そっか。なら良かった。のかな?」

「ふふっ。はい」

「えーっと、それで、本屋の話だったよね?」

「あっ、はい!」

「疲れてるだろうし、一日空けて明後日の昼前くらいにしようか?」

「そうですね。そうしましょう」


 スムーズに予定が決まったところで、二人は丁度自宅の前に辿り着いた。


「それじゃ、また連絡するね」

「はい。今日はお疲れさまでした」

「うん。お疲れ様」


 短いやりとりをして別れると、二人はそれぞれの門扉の前で一度立ち止まった。そしてチラリと視線を交わし、互いに少々恥ずかしそうに会釈をしてから帰宅した。

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