表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/164

第五十二話 不穏な幕開け

 誰も口を開かないまま十秒ほどが経過した。このままこのお見合いが永遠に続くのではないかと慧が危惧し始めた折、ようやく璃音が沈黙を破った。


「なんであんたがここに?」


 伊武を睨む鋭い視線と同等の鋭い言葉が飛ぶ。


「なぜって、彼女は僕のスカウトした新入部員だからだよ」


 軽妙な調子で答えたのは輝虎であった。しかしそんな輝虎の発言は無視して、まるで本人からの弁明を待つかのように、璃音は伊武を睨み続けた。するとその様子から何かただならぬ気配を感じ取ったようで、輝虎は至って自然に、ぶつかり合う二人の視線の間にスッと割って入った。まるで伊武を隠すかのように。


「どうしたんだい、雀野君。いや、親しみを込めて璃音君! 君たちの間に何があったと言うんだい?」

「……はぁ、別に、大したこと無いです」


 輝虎の芝居じみた台詞で目が覚めたのか、璃音は小さくため息をつき、無感情に答えた。


「ふむ、そうか。それなら良いんだが……」


 納得した風な返事をして見せたが、それは上辺だけのことで、輝虎のその声音や視線には疑心の念がたっぷりと含まれていた。


(嘘だろ。初っ端からこんなに雰囲気が悪くなるなんて……。でも何を言えば良いか分からないし、そもそも何か言って更に悪い雰囲気になったら嫌だし、これは触らぬ神に祟りなしってことだよな? てか、先輩と江波戸はいつ知り合いになってたんだ? いやいや、今そんなことはどうでもいい。この状況をどうにかしないと。その前に、龍宮は大丈夫かな?)


 混乱を極めた慧はほんの数秒間に激しい思考の右往左往を繰り広げ、最終的に恵凛がどうなっているのかが心配になり、ようやく輝虎とその背後に微かに見える伊武から視線を逸らした。そうして視界に映った恵凛は、やはり慧と同様、どうして良いか分からず混乱している様子であった。それを見た慧は一層、自分がどうにかしなくては。と意識を強めたのだが、それは却って自らの首を締める行為となり、どんどん言葉の引き出しが消えていった。


(このままじゃ絶対にマズい……! とにかく何か言って話題を逸らすか、この空気をどうにかしないと……!)


 大怪我覚悟で息を吸ったその時――


「わりぃわりぃ! ちょっと遅れちまった!」


 と、折好くなのか悪くなのか、どちらにせよ今の慧にとっては最高のタイミングで友宏が到着した。


「おぉ、来たか。これで部員は全員揃ったようだね」


 そう言う輝虎からは、つい先ほどまでの常に何かを探っているような様子は消え、代わりにいつもの大仰で芝居じみた調子が戻っていた。


(流石友宏! ナイスタイミングだ……!)


 輝虎に続いて声を掛けようかとも思ったが、今話し出してしまっては、つい本音が漏れてしまうかもしれないと思った慧は心の中でそう叫んだ。すると右隣から、ふぅ。と、小さなため息が聞こえてきた。それを耳にした慧がチラリと横の様子を伺うと、自分と同じく安堵した恵凛が、胸に手を添えて息を漏らしているところであった。


「なんかみんなテンション低くないか? もしかして、俺が遅れたせい?」


 輝虎以外誰も答えようとしないので、流石の友宏も何かを察したのか、少し表情を歪めてそう言った。するとその答え代わりなのか、輝虎が少し横にずれた。そして再び伊武の姿が慧たちの前に現れると、友宏は声を上げずに、あっ。と大きく口を開いた。


「大丈夫。君は何も気にする必要はない。僕が口止めをしたんだからね」


 申し訳なさそうな顔をしている友宏を見て、輝虎がそう答えた。


(そっか。そう言えば、友宏だけは新入部員の正体が江波戸だって知ってたんだよな……。先週やたらと江波戸を避けてたのも、これが理由だったのか……)


 先週不自然に感じていた全ての点が数珠繋ぎのように思い出されてきた慧は、心の中で一人合点をして小さく頷いた。なんて悠長に考え事をしていると、輝虎が話を続ける。


「とまぁ、そんな過去を引きずるよりも、これから始まる部活動を楽しもうじゃないか!」


 単に暗い雰囲気を盛り上げるためなのか、それとも友宏を庇うためなのか、はたまた自らの罪を帳消しにするためなのか。輝虎は底抜けに明るい調子で言うと、大声で笑い飛ばそうとした。しかしその場にいる全員が、それは無理があるだろう。と言わんばかりに目を細めて輝虎を見つめた。


「みんなお待たせぇー」


 これ以上は空気が持たないとその場にいる全員が感じ始めたその時、正門の向こう側から声が聞こえて来た。


「はぁはぁ、ごめんね。教頭先生と話をしてたら遅くなっちゃって」


 やや早足に坂を下りて来たのは内海であった。彼女は謝罪をするや否や、懐中電灯で手元を照らしながら正門の鍵を開けた。


「ささ、早く行きましょう、内海ティーチャー。みんな首を長くして待っていたんですからね!」


 門が開き始めてすぐ、輝虎は逃げるように門の僅かな隙間を抜けて内海の横へと移動した。そして一緒になって門を開け、何事も無かったかのように、ほとんど強制的に内海を連行して坂を上がって行った。そんな輝虎と内海の後に続いて伊武が坂を上って行き、少し感覚を開けて慧と友宏が続き、最後尾に恵凛と璃音が続いた。


「あの二人、大丈夫そうだったか?」


 坂を上り始めて間もなく、盗み見るように前後を見やった友宏がぼそりと慧に呟いた。


「まさか。一触即発状態だったよ」

「だ、だよなぁ。なんも無ければ良いけど……」

「おい、変なフラグ立てるなよ」

「あっ、わりぃ。そんな気は無かったんだけど。は、ははっ」


 先ほどの空気に飲まれたままなのか、珍しく弱腰な友宏と共に慧は坂を上り切った。そしてバラバラにスタートを切った一行は、生徒用の昇降口前で再び集合した。


「……風見君に、龍宮さん。と。うん、全員いるみたいね。それじゃあ今から二時間きっかり。特別に! 夜の校舎を解放します。一応自由に歩き回って良いことにはなってるけど、必ず全員で、かつ監督官として私も同行させてもらいます。それと宇留島さん、各特別教室は私の持っているマスターキーが無いと開かないので、入りたい教室があったら私に言うように。それじゃあ、一秒でも長く活動をしたいでしょうし、説明はここまでにします」


 規約が書いてあるであろうバインダーを見つつ簡単に説明を終えた内海は、それを足元のカゴに入れ、代わりに数本の懐中電灯をそこから取り出した。そして、気休め程度の保身と言う意味も兼ねて、恵凛、璃音、輝虎に手渡し、最後の一本を伊武に渡そうとしたのだが、伊武がそれを拒否したので、最後の一本は内海が持つこととなった。


「よーし、準備は完了! 時間は有限! さぁ、夜の校舎へレッツゴーだ!」


 懐中電灯を弄びながらハイテンションな掛け声を上げる輝虎の裏で、内海が昇降口の一部ドアを開錠した。一行はそこから校内へ入り、全員が入ったことを確認した内海は防犯ルールに則ってドアを施錠し、監督官らしく最後尾に立った。


「それじゃあまずは……。鉄板の音楽室から行くとしよう!」


 スマホの画面を数秒見つめた後、輝虎は行く先を宣言した。その決定に顧問と部員たちが口を出すことも無く、超常現象研究部の一行は実習棟の四階を目指して静かに歩き出した。

 七人がそれぞれの歩度で階段を上がり、微かな足音だけが寂し気に響く中、「やはり音楽室と言えば……」と、輝虎が話し出した。その後「肖像画が動くだとか、ピアノが勝手になり始めるだとか……」と話が続き、それはやがて部員たちにとって心地の良いミュージック代わりとなり、一行はいつの間にか実習棟へと続く四階の渡り廊下を過ぎていた。


「……と言う点から、僕は音楽室を一番に選んだんだ。っと、もう到着してしまったのか」


 一人滔々と語っていた輝虎はそれでもまだ物足りなさそうな様相でそう言うと、立ち止まって身を翻した。そして、


「内海ティーチャー、音楽室の鍵を開けてもらっても?」


 と、最後尾の内海に声を掛けた。

 内海の手によって音楽室のドアが開かれると、彼女はドアの前から退いた。そして輝虎を先頭に生徒たちが先に室内へ入って行き、内海は再び最後尾に戻り、音楽室の出入り口に立って生徒たちを見守った。


「それで、さっきは長々と話してましたけど、結局何を調べるんですか?」


 輝虎に触発されたのか、慧は至って自然に話を切り出していた。慧はそんな自分自身に驚いたが、驚きを覚えた頃にはもう既に全ての言葉を発してしまっていたので、出来ることと言えば平静を装うくらいであった。


「先ほど挙げた全ての可能性を調べるつもりだ」

「えっ! マジで言ってんすか?」


 輝虎の答えに慧よりも早く反応したのは友宏であった。


「あぁ、もちろん。なにも今日だけで全ての検証をするというわけでも無いからね」


 え、本気で言ってるのか? と思った慧が周囲を見回すと、他の部員たちは平気そうな顔をしており、内海一人だけが渋い表情で輝虎を見つめていた。


「ほら、みんなこっち来て! まずは肖像画からだ!」


 教壇の近くに立っている輝虎に急かされて、部員たちはそろそろとその周りに集まった。そしてその後輝虎の口から短い指示が告げられ、肖像画の検証とピアノの検証が始まった。

 ……しかし、三十分が経過しても何も変化は生じなかった。


「うーん。やはり三十分では何も起きないか」

「そりゃそうですよ。肖像画は動かないし、ピアノも勝手には鳴らないわ」


 ピアノの周辺をうろうろしていた璃音は不機嫌そうに近くの机に腰を預け、毒気と怒気の交じった声音で答えた。


「そうだねぇ……。そう簡単に超常現象が起きてしまったらつまらないからね! ハハハハッ!」

「はぁ、何を言ってもノーダメージって感じね」

「それは違う。僕だって多少なりともガッカリはしているよ。だが、あくまでも音楽室がダメだったというだけで、可能性は他にも残っている! だから、少しでも可能性を引き寄せるために、今だけでも超常現象が存在するということを信じてみないかい、璃音君?」

「まぁ、可能性はゼロじゃ無いと思いますけど……。でも流石に、超常現象やら、存在するかも分からないものを信じるなんてあたしには――」


 信じることは出来ないと反論しようとしたその時、璃音の持っている懐中電灯がチカチカと点滅し、そして間もなく光を失った。物証を持っている璃音、討論相手の輝虎、そして手を止めて二人のやり取りを見ていた慧たち。その場にいる全員がたった今起きた小事を見て沈黙した。いや、確かにそれは普段の生活からすれば小事であるが、今この瞬間においては、何か不思議な力を持った大事なのであった。


「あ、あはは……。で、電池が切れたのかな?」


 璃音は乾いた笑みの後に声を震わせながらそう言うと、右手に持っている懐中電灯を胸元まで持ち上げて、空いている左手でポンポンと叩いた。すると電池が切れたはずの懐中電灯は何事も無かったかのように光を発し始めた。これにまた一同言葉を失い、皆静かに輝虎へ視線を集めた。


「ふむ。電池が切れたわけではないようだね」


 誰しもが触れ難かった核心に、あっさりと輝虎が触れた。


「じゃ、じゃあ、今のは何なんすか?」


 恐る恐る友宏が口を開くと、輝虎は小刻みに頷き、その場にいる全員の顔を見回した。


「もしかしたら。いや、もしかしなくても、超常現象かもしれない!」


 つい数分前まで馬鹿にしていた「超常現象」という言葉が、急に現実味を帯びてきたような気がした部員たちは言葉を詰まらせた。


「どうしたんだい、みんな。超常現象を調べに来たんだから、これは喜ぶべきことでは無いのかい?」

「そ、そうっすよねぇ~。は、ははは……」


 友宏は輝虎の調子に合わせて愛想笑いを浮かべると、隣に立っている慧を小突いた。それでようやく思考する脳みそが蘇った慧は、


「で、ですね。何かの予兆だったりして」


 と、輝虎の期待を煽るような返事をしたものの、本心では、これが本当に何かの予兆だったら……。と、一抹の不安が過り、頬が引きつった。


「何かの予兆……。フフッ、なるほど」


 慧の言葉が輝虎の何かを刺激したようで、彼女は教卓に広げていた道具を纏め始めた。そして、


「次の場所へ行こう!」


 と言って音楽室を飛び出した。


「あ、ちょっと、宇留島さん! ――片付けはまた後でやるとして、今は宇留島さんを追いかけましょう」


 出入口付近に立っていた内海は真横を抜けていった輝虎の背中に声を掛けた後、すぐに振り向いて部員たちにそう告げると、先に音楽室を出た。そんな内海の慌てた姿に釣られて慧たちも急いで廊下へ飛び出すと、生物室を挟んで十数メートル先にいる輝虎が見えた。


「なんだ、次の場所って理科室か……」


 慌てて損したと言わんばかりに慧は呟いた。するとどうやらその気持ちは他のメンバーも同じだったようで、一行は歩度を緩め、ゆっくりと輝虎のもとに集まった。


「突然走り出したので驚きました」

「ほんっと人騒がせですね」


 輝虎のもとに辿り着くと、悪意の無い恵凛の言葉と、悪意のある璃音の言葉とが同時に輝虎を襲った。しかしそんなことは全く意に介さないと言った調子で、輝虎はパッと振り向いてニヤリと笑った。


「これは失礼。どうも気分が昂ると周りが見えなくなる性分でね」


 二人の文句を闘牛士のようにあしらうと、輝虎はドアの前から退く。


「では内海ティーチャー。理科室の鍵を開けてもらってもよろしいですか?」

「えぇ、ちょっと待ってて」


 そう答えてドアの前に立った内海は鍵を開ける前に輝虎をチラリと見て、


「開けるけど、次からは勝手に一人で行動しないようにね、宇留島さん」


 と、注意を加えてから鍵を開けた。


「……はい、開いたわ。私は念のため電池を取って来るから、みんなは絶対にここを離れないようにしてね」


 鍵だけ開けた内海はそう言うと、廊下を少し歩いて階段がある角を曲がった。その後ろ姿も見えなくなり、内海の靴音だけがコツコツと遠のく中――


「なんか聞こえない?」


 と、璃音が切り出した。先生の足音くらいしか……。慧は心の中でそう思い、それを口にしようとした瞬間。ひたひた。ひたひた。と、素足で床を歩くような音が聞こえてきた。


「ま、まさか。なぁ……?」


 その場にいる全員を代表して友宏がそう言ったかと思うと――


「……アレ」


 と小さく呟いた伊武がドアのすりガラスを指さした。すると慧たちは本能的にそれが示す先に視線を走らせ、そして、そのすりガラスの奥にぼうっと映るベージュ色の何かを認めた。

 ――すると次の瞬間。ガラガラッ! とドアが勢いよく開き、内臓丸出しの人体模型が現れた。


「うわああああ!」

「きゃああああ!」


 突如現れた人体模型に驚き、慧たちは悲鳴を上げながら四散した。ただし、輝虎と伊武を除いて……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ