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第五十一話 本当の新入部員

「よし、先輩以外は全員入ったな?」


 一応部屋主である友宏の問いかけに、残る三人は頷いて応えた。


「先輩には改めて俺がメッセ送っとくわ」

「うん、頼んだ。あと出来れば、明日の時間も早めにって伝えといて」

「オッケー。そんじゃ、俺は先に帰るわ」


 友宏は鞄を背負い直すと、ニカッと笑みを浮かべて教室を出て行った。


「じゃ、あたしは部活に顔出して来ようかな。風見、ちゃんと恵凛を送り届けなさいよ?」

「わ、分かってるよ」

「よろしい。じゃ!」


 と言って数歩進んだかと思うと、璃音はすぐに引き返してきて、


「っとそうだ。あんたの連絡先、登録しといていい?」


 と付け加えた。


「あぁ、いいよ」

「サンキュ。あとで登録しとく。それじゃ!」

「はい。また明日」

「また明日」


 手を振り去り行く璃音に別れを告げ、教室には慧と恵凛が残った。


「それじゃ、俺たちも帰ろうか」

「はい」


 淑やかに笑む恵凛を見て、慧は心の全てを洗われたような思いで歩き出した。


「……その、お話ししたいことがあって」


 下駄箱がある一階まで下りて来た時、左隣を歩く恵凛が遠慮がちに切り出した。


「えっ、ど、どうしたの?」


 嫌な予感を抱かせる声音だったため、慧は言葉を詰まらせながら少々身構えた。


「あっ、すみません。別に暗い話では無いです!」


 どうやら微塵も動揺を隠し切れていなかったようで、慧の反応を見た恵凛はすぐさま弁明を加えた。


「そっか、良かった。それで話って?」

「はい。実はゴールデンウィークのどこかで本屋さんに行こうかなと思っているのですが、もしお暇であればご一緒にどうかと思いまして……」

「うん、いいね。行こうかな」

「ほ、本当ですか?」

「うん。俺も行こうとは思ってたんだけどさ、どうにも一人だと腰が重かったから、むしろありがたいよ」

「ふふっ、そうでしたか。私もその気持ち分かります。一人だと、また今度で良いかなーって思っちゃいますよね」

「ははっ、だよね。でも、龍宮がそんなこと思うなんて意外だなぁ。物事を後回しにするイメージが全く無いから。あっ――」


 もうほとんど言い終わったところで、自分がかなりの偏見発言をしていることに気付いた慧は言葉を止めた。そしてすぐに謝罪の言葉を継ぐ。


「ごめん。俺のイメージで話を進めちゃって……」

「いえいえ、気にしないでください。誰にでも先入観とかイメージというものはありますから」

「そ、そうだよね。ははは……」

「はい。ですから、気にせずお話ししてください。私は大丈夫ですので。と言っても、目に余る発言は許しませんからね?」


 あからさまにテンションが落ちた慧を気遣い、恵凛は珍しく茶目っ気のある声音と発言で場を持たしてくれた。すると言われた慧もすぐさまその失態に気付き、自戒の念を抱きながら恵凛の方を見直した。そして、


「そんなこと言われると、どこまで行けるのか試したくなるな」


 と、恵凛の厚意に報いるため、微笑みながらせめてもの冗談を返した。


「うーん、そうですね。そうしたらその時は、とっておきの罰を考えます」

「龍宮が考える罰か……。それはそれで楽しみかも?」

「ふふっ、これでは堂々巡りですね」

「ははっ、だね」


 慧のセンチメンタルで会話の雰囲気が破壊されかけはしたものの、恵凛の機転により、二人の会話は忽ちいつもの穏便で温和な調子に戻った。

 そうしてその後、二人は緩やかな会話をしつつ駅に向かい、電車に揺られ、二十分も経つ頃には古屋根駅に到着していた。


「あぁー、今からしばらくは休みかぁー」


 駅を出た慧は雲の少ない青空を仰ぎ見た。すると突然ゴールデンウィークが始まったのだという実感が湧いてきて、ほとんど本能的に伸びをしながら心の声を漏らした。


「そうですね。高校生活で初めての連休です」

「そうか、確かに。先月の昭和の日は土曜日だったもんな」

「はい。だからとてもワクワクしています」

「うん、俺も」


 短い会話を終えて信号を渡り、二人は住宅街に踏み入る。


「そう言えば、本屋さんに行く日って、出来ればこの日が良いとかある?」


 先ほど話の腰を折ってしまったことを引きずっていた慧は、自分からその話題を掘り返した。


「そうですね。特に考えてはいませんでしたが……」

「そっか。それじゃあ、一日空けて明後日とかにする?」

「はい。そうしましょう! ……ふふっ、楽しみがいっぱいです」


 楽しみを隠し切れていない様子の恵凛を見て、慧は答えることも忘れてその横顔を見つめた。


(思ってることを口走っちゃうなんて、純粋な子だよな。普通ならちょっと狙ってる感と言うか、あざといって思われがちな行動のはずだけど、不思議と龍宮からは嫌なイメージを受けないな……。って、またイメージで語ろうとしてる。まぁでも、龍宮が言った通り、先入観とかイメージってのは完全に拭い切れるものじゃないし、マイナスなイメージ、それこそ偏見とかじゃなければ良しとするか……)


 尚も恵凛の横顔を見ながら自問自答していると、その当人がパッと慧の方を向いたので、驚いた慧は思わず大袈裟に視線を逸らした。


「それでは、また明日ですね」

「えっ、う、うん」


 反射的にそう答えはしたものの、すぐに慧は、何で別れの挨拶をしているのだろうと思い辺りを見回した。すると一秒も経たずして自宅を発見し、現状を把握した。


「宇留島先輩からの連絡、早く来るといいですね」

「そ、そうだね」

「……どうかしましたか?」

「ううん! 何でも無いよ!」


 君の横顔を見つめていたら自宅に到着していた。なんて言えるわけも無く、慧の返答はただただ不自然に大きくなった。


「そう、ですか?」

「うん。……そう、丁度同じことを考えてたからびっくりしたんだ」


 脳みそをフル回転させた結果、慧はこのレベルの言い訳しか思い浮かばず、心の中で溜め息をついた。しかしそんな慧の自己評価に反し、恵凛の顔はパッと明るんだ。


「ふふっ、そうだったのですね。同じことを同じ時に考えているなんて、滅多にないことだから驚いちゃいますね。それに……。とても嬉しいです」

「え? うん、そうだね」

「あっ、すみません。変なこと言ってしまって! では、私はこれで失礼します」


 恵凛は顔を赤らめて少々早口に捲し立てると、そそくさと家の中に入って行ってしまった。


「う、うん。また明日……」


 閉じ行くドアに消えかけの挨拶を投げると、慧はしばし立ち尽くし、龍宮宅の玄関ドアが完全に閉まってから自分も帰宅した。

 手洗いとうがいを済ませてリビングに戻って来たところまでは良かったのだが、そこでソファに腰掛けてしまったのが失敗であった。明日から五連休だという認識が脳から飛び出し、慧の身体に纏わりつき、慧の身体をソファに縛り付けるのだった。


(これが俗に言う五月病ってやつなのか? いやでも正確には、連休が明けてから学校とか仕事に行きたくなくなるってのが五月病の定義だったよな? なんて、どうでもいいか……)


 我ながら浅はかで愚かな思考だと感じた慧はそこで考えることを止めた。そしてしばらくの間カチカチと進む秒針を眺めていると、ふっと脳裏に先ほどの顔を赤らめた恵凛の姿が浮かんできた。


(とても嬉しい。って言ってたよな……。あれはどういう意味で発されたんだろう。龍宮の性格的にも、嬉しいってのはきっと本当なんだろうけど、嬉しいにも色々種類があるしなぁ。他人と初めて意見が合致したから嬉しい? それとも、俺だから……? なんて、流石に自意識過剰か)


 ニヒルな嘲笑を心の中で浮かべていると、ズボンの右ポケットに入っているスマホがバイブレーションした。慧はすぐそれに気付いたが、何となく一間置いてからスマホを取り出した。


『おぉ、グループを作ってくれたのかい!』


 と輝虎。


『はい! 俺が作っておきました!』


 と友宏。その後脱線したやりとりが数回続き、とうとう璃音が、


『あの、明日の部活の件。どうなってるんですか?』


 と首を突っ込んだ。それは文字であるにもかかわらず、少し不機嫌な調子で言っている璃音の姿が容易に想像できた。


『これは失敬。つい先ほどその交渉が終わったんだ』


 輝虎はそこで一度文章を区切ると、数秒後に次のメッセージを送って来た。


『集合場所は学校の正門。開放時間は午後の七時から九時の二時間。だから少し早めに六時五十分くらいには来ていてくれると嬉しいかな。必要な道具は何も無い! 必要なのは、そう、君たちの探求心だ! なお、何を調べるかについては今から考える故、活動内容は明日、集合してから伝えるとする!』


 輝虎のハイテンションなメッセージに反し、慧たち四人の返信は実に単調なものであった。輝虎としてはもう少し話を広げたいようにも感じられたが、慧は心の中でごめんなさいと呟きながらスマホをしまった。

 先輩から連絡が来たことで少しだけ気力が充填された慧はひとまず自室に戻って部屋着に着替えた。そして鞄の中身を整理したり、ラヴィ一式を充電したり、ユニユニをしたりして時間を潰した。しかしここに来て、ぐぅー。と、腹の虫がとても元気良く鳴いた。そう言えば、昼ご飯も半分しか食べていなかった。と思い出した慧はベッドから起き上がった。

 鞄から弁当を取り出してリビングに向かい、残っていた弁当を食した。しかしどれも冷えていて、まさしく冷食。満足感は皆無であった。すると慧は温かいものが食べたくなってきた。そう思って色々とキッチンを漁って見たものの、無加工の食材たちを見ていると料理をする気も失せてきて、カップ麺が食べたくなった。だがカップ麺はこないだの休日に最後の一つを食べてしまった。……そこで慧は料理をするのか、カップ麺を買いに行くのかを天秤にかけた。その結果、後者に決めてリビングを離れた。


【おやおや、急にどうしたのですか】


 コンビニに行くだけだが、そのコンビニに行こうとラヴィが昼に言っていたことを思い出した慧は、イヤホンと眼鏡を手早く装着した。するとそれに驚いたラヴィが忽ち声を上げたのであった。


「コンビニに行こうと思って」

【なるほど……。私の助言に従ってですか!】

「ま、そんなところかな」


 このままラヴィに話をさせると面倒な気がしたので、慧は強制的に会話を断絶して家を出た。

 自転車に乗って十分、コンビニに到着した。時刻は五時半を過ぎたくらいである。少々来るのが早すぎたかもしれない。と言うかそもそも出勤日なのかも分からないので、いたら話しかけよう程度の気持ちで慧は入店した。


「っしゃいませー」


 語頭の聞き取り辛い気だるげな挨拶が慧を迎えた。普通ならば聞こえの悪いその挨拶も、慧にとっては幸運の音色のように聞こえた。そうして期待を胸にレジを覗いて見ると、そこには伊武が立っていた。


「お願いします」


 数個のカップ麺を手にレジへ向かった慧は商品をカウンターに置きながら声を掛けた。すると店員姿の伊武はチラリと慧の方を見て、すぐに視線を落とした。


「さ、最近は忙しいの?」


 直接、何で学校に来ないの? と聞いても良かったのだが、それはあまりにも直接的過ぎると日和った慧は少し言葉を詰まらせながら仕掛けた。


「……別に」

「そ、そっか。……そう言えば、ユニユニ、結構いい感じに育成できてるから、今度会う時に見てもらっても良いかな?」

「……うん、まぁいいよ」

「ありがとう。それじゃあ明日――」


 あっ、そう言えば明日から休みなんだ。と慧が思うと同時に、伊武の鋭い視線が慧を睨んだ。


「って、明日からは休みか。は、ははは……」


 何故か自分が責められているように感じた慧は、咄嗟にノリツッコミ的な調子で言葉を付け加え、苦笑いをした。するとそれを見聞きした伊武の視線は幾らか柔らかくなり、何事も無かったかのように会計へ進んだ。


「それじゃあ、また来週」

「ん。まぁ、頑張って」


 業務中だからなのか、いつもより余所余所しい様子の伊武と別れると、慧はコンビニの出入り口で小首を傾げた。帰り道でも家に着いても、慧は伊武の視線について考えを巡らせていたのだが、その謎も食欲には勝てず、カップ麺が出来上がる頃には湯気と共に蒸発していた。


 しかしそれから二十四時間後。


「あっ、あの白衣。先輩かな?」

「ま、ほぼ百であの人でしょ」

「ふふっ、目立ちますね」

「先輩のことだから、ギリギリで来るもんだと思ってたけど」

「それな。あたしも思ってた」


 連絡を取って同じ電車に乗って来た慧、恵凛、璃音の三人は、いつもより不気味な雰囲気を醸し出している正門のもとに立つ輝虎を見つけ、やや早足に駆け寄った。そして輝虎に声を掛けようと少し多めに息を吸ったのだが、微かに輝虎の話し声が聞こえてきたので一度取りやめた。


「誰かいるみたいだな」

「内海先生ですかね?」


 小声で話しながらもう少し近づくと、話し声に次ぎ、輝虎の奥に人影を認めた。するとその瞬間、ほとんど動物的に慧たちの接近を感じ取った輝虎が振り向いた。


「おぉ君たち! もう来たのか!」

「はい。あの、誰と話してたんですか?」

「あぁ、聞こえていたのか。それではついでに紹介してしまおう」


 輝虎がそう言って左に数歩動くと、慧たち三人は目を見開いた。


「君たちも知っているだろう? 江波戸伊武君だ!」


 紹介を受けた伊武はただ黙って立ち尽くし、三人の顔を見た。そして最終的に慧のところで視線が留まる。すると慧はその瞳に昨晩の余所余所しさが宿っているのを発見し、息を呑んだ。

 こうして慧は二十四時間越しに、湯気と共に蒸発したはずの謎の真相を知るのであった。

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