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第四十九話 ちぐはぐな決着

 会合を終えて昇降口まで下り、靴を履き替えて正門まで来た一行は一度そこで歩みを止めた。


「それじゃ、俺はこっちだから」


 友宏は皆の顔を見回しながらそう言うと、最終的に何か言いたげな表情を浮かべながら慧の顔に焦点を合わせた。


「どうかした?」

「いや、まぁなんだ……。今日はお疲れさん。明日も頑張ろうな!」


 ハッキリと言葉にして伝えられたわけではないのでもどかしさは残ったが、慧は何となく友宏の意図が読み取れたような気がした。友宏はきっと、俺を気遣ってくれているんだ。もし違ったとしても、今はそう言う事にしておこう。慧は疲れている自分を慰めるように都合の良い解釈をすると、


「うん。ありがとう」


 とだけ友宏に返した。


「おう。じゃあな!」


 慧の答えを聞いて幾分か表情の明るさを取り戻した友宏は、慧以外の二人にも快活に手を振り、そのまま商店街の方へと下って行った。


「それじゃ、俺たちも行こうか」


 去って行く友宏の背中を見てちょっとした元気と笑顔を貰った慧は、穏やかな声音で恵凛と璃音に声を掛けた。すると二人にもその快活ウイルスが伝染したようで、二人もいつの間にか微笑みを浮かべながら慧の申し入れを快諾し、三人は駅に向かって歩き出した。


「あの部活、ほんとに大丈夫なの?」


 駅へ向かう道中、璃音が出し抜けに切り出した。


「えっ、あぁ、まぁ……」


 この面倒事を引っ張って来てしまった張本人である慧は返答に困った。恵凛がいる都合上全面的に部活を批判することは出来ないし、かと言って部活の肩を持つほどの信頼の気持ちはまだ生まれていない。となるとここは何とか当たり障りの無い言葉で場を誤魔化すしかないと考えていると、


「ふふ、もう璃音ったら、何度も大丈夫だと言っているのに」


 と、恵凛が話を継いだ。


「いやいや、そうは言うけどね。あたし目線ではあの先輩、相当胡散臭いからね?」


 それはその通りだ。と慧は心の中で返事をするが、声には出さず二人の会話の行く末を見守る。


「そうですかね? とても良い方ですよ?」

「うーん、まぁ根は良い人なのかもしれないけどね。その、なんて言うか……。そう! とにかく情報が少ないわ!」

「確かに。それはそうですね……」


 お、雀野が上手いこと話を持っていったな。慧は心の内で感想を呟きながら、次なる一手を待つ。しかし、続けて話し出したのは恵凛であった。


「ですから、この部活動を通して宇留島先輩のことも知っていこうと思います」

「あっ、うん。そうね……」


 雀野、玉砕か……。と冗談めかした言葉を脳内で溢す一方、有事の際は自分一人では無く、璃音も恵凛を救ってくれるだろうという強い予感を得た慧は、部活動へ抱いていた心配の一つが取り払われたような気がして心が幾分か軽くなった。


(俺と友宏だけじゃ心許なかったし、雀野が入部してくれたってのは、結果的に俺と龍宮を救うことになったのかもしれないな。……でも問題はまだ一つある。雀野よりも先に先輩とコンタクトを取って、先に入部届けを出した人物だ。一体誰なんだ?)


 女子二人の話に耳を傾けながら考え事をしていると、いつの間にか駅に辿り着いていた。遅ればせながらそれに気付いた慧はそこで一度思考をシャットダウンさせると、二人の後に続いて改札を抜けた。ただ一つ、入部した人物の心当たりを探りながら。


「あぁ~、やっと帰って来た~」


 ホームに降りた璃音は伸びをするとともに声を上げた。


「月曜日は疲れますね」

「うん。でも、なんか気分は良いかも」


 そう答える璃音の表情は、憑き物が取れたようにとても清々しく晴れやかであった。それは慧に決意を表明したからなのか、又は慧との蟠りが解消したからなのか、はたまたサプライス入部が済んだからなのか、それともその全てなのか。慧の脳内ではあらゆる可能性の糸が伸びたが、それらは全て結論に辿り着く前に途切れて垂れた。そんな中残ったのは、璃音の「気分は良いかも」という台詞に対する共感であった。


「たまには疲れるってのも良いよな」


 慧は高校生活が始まってからの自分の生活を多少なりとも顧みながら会話に参加した。


「うーん、まぁ、確かに?」

「私は同感です。何と言いますか、草花や木々が、雨風を受けて美しく強く育つのと同じ原理のような気がします」

「何それ、歌詞っぽくてカッコいい!」

「そ、そうですかね?」

「うん! なんかその言い回しだと、あたしも何となく理解できる気がする」

「まるで俺の言い方が悪いみたいに……」

「べ、別にそう言うわけじゃなくて、例えがあると分かりやすいって話よ!」

「はいはい。まぁそうだな」

「ふふっ。どれだけ疲れても、友達がいるとどんなことも楽しいですね」

「恵凛……。さっきから良い事ばっかり言って!」


 璃音はそう言いながら恵凛に飛びつくと、二人はそのままじゃれ合い、腕と腕とを組み合ってホームを出た。そんなやりとりを少し離れて見ていると、慧の疲れた心も、疑いに凝った脳も、何もかもが溶解していくような気がした。


「じゃ、また明日ね」


 駅前まで出てくると、璃音は恵凛から離れ、二人に別れを告げて線路沿いの道を歩いて行った。慧と恵凛は別れの挨拶をした後も、少しだけその背中を見送り、恵凛が視線を逸らしたタイミングで慧も視線を逸らし、二人は住宅街へと続く横断歩道の前まで進んだ。


「その……」


 信号待ちに恵凛がつと話し出した。それはほとんど声が零れたと言って良いほど、小さな声量であった。


「どうしたの?」


 なかなか言葉が続かない恵凛に気を配り、慧が会話を続けた。すると恵凛は短く深呼吸をして、慧を見上げた。


「改めて、今日はすみませんでした……」


 謝罪の言葉は吸い込んだ息相応の大きさで発された。そしてその直後、視線を逸らすその姿も、イタズラを失敗して叱られる幼子のようないじらしさがあり、慧は微笑みを浮かべる寸前まで頬を綻ばせたが、ギリギリのところで真剣な表情を保ち、


「ううん。気にしないで大丈夫だよ、本当に」


 と答えた。すると恵凛は俯けていた顔を上げ、再び慧を見上げた。


「ですが……。多少なりとも気を悪くさせてしまったでしょうし……」

「うーん、まぁ、確かに少しは気を揉んだけど、結果的に全部解決したし、謝ってもくれたし、俺はこれで一件落着で良いかなって思ってるよ」

「……ありがとうございます」


 数秒間慧の瞳を見つめた恵凛は、改めて感謝の気持ちを述べながら頭を軽く下げた。そして彼女が頭を上げる頃には、信号も青に変わっていた。


「慣れないことはするものでは無いですね」


 信号を渡って住宅街に踏み入った折、自らを嘲笑う調子の忍び笑いと共に恵凛が溢した。


「計画は上手く運ばなかったみたいだけど、こっちとしては十分驚いたよ」

「本当ですか?」

「うん。むしろ驚きの連続過ぎて処理が追いつかなかったよ」

「そうですよね。私たちのサプライズだけならまだしも、宇留島先輩も内海先生もサプライズを用意していましたからね」

「そうなんだよ。もうだから、色々な情報が一気に頭に入って来て、俺は頭がショートしてたよ」

「私も、仕掛け人になるとばかり思っていたので後半は脳内が真っ白でした」

「そっか。もしかしたら俺より困惑したかもね」

「そうかもしれません」


 二人は小一時間前のことを振り返りながら、今にして思えば滑稽だったと言わんばかりに穏やかな笑みを浮かべた。何事も過ぎてしまえば案外簡単なもので、しかしその時はそれで精一杯で、なんて言う事も含めて二人は微かに笑い声まで漏らしながら住宅街を進んだ。


「そう言えば」


 笑っている最中に、脳内にこびりついている一つの疑問を思い出した慧は笑いを中断して会話を再開した。


「はい?」

「今日、部活動の許可が下りたわけだけど、その許可が下りたのって雀野とは別の誰かが入部したからなわけで、龍宮はそれが誰か知ってたりするかなって」

「いいえ、私も知りませんでした。私としても、璃音が入ってくれて部活動が発足できると思っていたので」

「そっか……。ありがとう」

「いえ、全然大丈夫です! もう一人の部員さん。楽しみですね」

「うん。楽しみだね」


 内心では、変な人じゃ無ければ良いけど……。なんて思っていたが、ここは恵凛の調子に合わせて良い顔を繕っておいた。

 会話も終えて丁度家の前に着いた二人は短く挨拶をしてそのまま帰宅した。慧は鍵を閉めて靴をしまうと、ひとまず自室に向かい、鞄を机に置き、そこからラヴィ一式を取り出して充電器に繋ぎ、手洗いうがいをするために再び一階に戻ってきた。


(やっぱり龍宮も知らなかったか……。いやまぁ普通に考えたら、雀野をサプライズで入部させようとしていた時点で知らないのは自明のことか……。となると入部した人物の正体は先輩しか知らない。それでいて、あの人の性格的に簡単に明かしはしないだろうから、結局時が来るのを待つしかないってことになるわけだよな……。でも、明後日からはゴールデンウィークだよな? ってことは、明日の放課後に紹介されないと間に合わなく無いか?)


 様々な推察を巡らせながら手を擦り合わせていると、両手はいつの間にか泡まみれになっていた。意識が戻ったところでようやくその事実に気付いた慧はすかさず両手の泡を洗い流し、思考の間も流しっぱなしになっていた水を止め、手の水気をタオルで拭い取って洗面所を後にした。


(でも、いくら推理ところで先輩の人間関係を微塵も知らないんだから、どっちにしても待つしか無いよな……)


 リビングへと向かう廊下で、なるべく辿り着きたくはなかった結末に着地した慧はそれ以上考えることを止めた。しかしだからと言ってすぐに振り切れるわけも無く、歯の間に何か引っかかっているようなもどかしさを感じながら、慧はキッチンで麦茶を飲み、自分の部屋に戻った。


「あーあー、聞こえる?」


 自室に戻った慧はベッドに腰掛け、イヤホンを右耳に装着し、両手でラヴィ本体を持ってその画面を覗き込みながら声をかけた。すると間もなく画面が明転し、黒い二つの輪っかと黒い一本の棒で出来た簡素な顔が浮かび上がり、


【おぉ、これはこれはご主人! 学校お疲れ様です】


 と、返答があった。


「聞こえてるみたいだな」

【はい。聞こえておりますよ】


 ラヴィがそう答えると、画面に映る黒い記号たちは形を変え、笑顔を作って見せた。


「悪いな、今日一日話せる機会が無くてさ」

【良いのですよ。私はあくまでも恋愛サポートナビなのですから! ご主人は自分の私生活、学校生活に集中してください。そうして、今日のように一日の終わりにお話をしてくださればいいのです……】

「話はして欲しいんだな……」

【えぇ、それはもちろんです! 情報が無くてはアドバイスも出来ませんからね。それと、私のモチベーションもありますから!】

「なんか急に話すのがめんどくさくなって来たな……」

【そんなこと仰らずに! 話してくださいよぉ!】

「分かったよ」


 このままだと永遠に駄々をこねられそうだったので、慧は今日あった出来事を簡潔にラヴィに伝えた。


【……なるほど。ぼんやりと聞こえてはいましたが、そんな大事件があったのですね】

「あぁ、それのせいで頭がこんがらがっててさ」

【しかしですねぇ。残念ながら、私が情報が無くてはアドバイスが出来ないのと同じように、宇留島氏の情報が無いので謎の部員の正体はどう頑張っても明かせないと思いますよ?】

「だよな……」


 論理的かつ客観的な視点でラヴィに解説されたせいか、不思議と先ほどまで真相追及に躍起になっていた慧の心も落ち着いて来た。


(勉強してないところがテストに出て来たって解ける訳が無いしな。ラヴィの言う通り、今は謎の部員探しに時間を費やしてる場合じゃないな)


 床に散らばっていた全てのおもちゃが箱の中にしまわれたような爽快感に包まれた慧は、ラヴィをサイドテーブルに置き、己が身をベッドに横たえた。


【解決しましたか?】

「まぁ、なんとなくは」

【そうですか、それは良かった】

「……うん。とりあえず今片付けるべき問題はな」


 慧は少し含みのある返事をした。何故なら、今の慧の脳内には次なる問題が浮かびつつあったからである。それは謎の部員という大きく表面的な問題に隠されていたが、それが無くなった今、密封されていた壺から臭気が漏れ出すように、これから先の不安という細やかで抽象的な毒の霧が慧の脳を犯し始めていたのであった。


(今は何となく流れに乗って上手く行ってるけど、この波が収まった時、俺は果たしてどこに流れ着いているんだろう……。そしてその時、俺は新たな波を見つけ出したり、生み出したりすることは出来るんだろうか……)


 熱に浮かされたように、慧はただ予想も出来ない、操作も出来ない未来について考え込みながら、いつしかイヤホンも外し、目も閉じ、数分後には夢へと沈んでいった……。

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