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第四十八話 乱雑、表明、懸念

 帰宅以外の目的でこれほどまでに放課後を待ちわびた日は無かった。しかしその期待に反し、慧の集中力は一時限目から四時限目まで断続的なものになり、あまり授業の内容も覚えていなかった。


(やっと昼休みか。今日はいつもとは違う意味で授業が長く感じられたな……。って、何だかんだで部活を楽しみにしてるのか、俺は?)


 慧は鞄から弁当を取り出しながら自問自答をしてみたが、当然明確な答えが出る訳も無く、慧は昼食を摂り始めた。


「うぃっす、一緒に良いか?」


 食事を始めて間もなく、前方から聞こえた声に顔を上げるとそこには友宏が立っていた。


「うん、いいよ」


 慧としても部活についてどちらかと話したい気分だったので、迷うことなく快諾した。


「サンキュ」


 礼を述べた友宏は、慧の一つ前の席を拝借するとそれを反転させて腰かけ、机に巾着袋を置いた。そしてそこからおにぎりを取り出し、何も言わずにおにぎりを一つ平らげた。その間慧も何度か話を切り出そうかと迷ったが、結局手元にある弁当を満足がいくまで黙々と食し、二人はほとんど同じタイミングで手を止め、口の中を空にして、短い間視線を向け合った。


「……放課後のこと、聞いたよな?」


 切り出したのは友宏であった。


「うん、テラスにって」

「何か進展があったのかもな~」

「え、友宏も何も聞いてないのか?」

「あぁ、なーんも」

「そっか。でも、部員候補が誰かは知ってるんだよな?」

「まぁな。うーん。でも、今もそいつが部員候補かは分からねーけどな」

「確かに……」


 あの先輩のことだから、もしかしたら友宏に教えた部員候補の他にも数人候補を用意している可能性はあるよな。加えてここ数日音沙汰が無かったのも怪しいし……。慧は「確かに」の一言にそれだけの含みを持たせて呟くと、残っている冷食のコロッケを無心で口に運んだ。


「そういや、龍宮は?」


 友宏の問いかけで呆けていた慧の意識は引き戻された。


「え? あぁ、昼休みになったら出て行っちゃったけど」

「そっかー。部活の話なら真っ先に龍宮が食いついて来ると思ったんだけど、思い違いだったか」

「いや、言われてみればそうだな。龍宮が一番部活を楽しみにしていたはずなのに、一言も部活の話をしてない」

「うーん、じゃあ龍宮だけ話を聞かされてるとか?」

「そうとも思えないけどな」

「じゃあ、龍宮が誰か見つけて来たとか!」

「えっ、いや、どうなんだろう……」


 慧はそう答えながらも、今朝のメッセージを思い出して冷や汗を流した。


(確か今朝、雀野から話があるって言われて龍宮は家を早く出たんだったよな。ってことはやっぱり、雀野が部員候補だったってことか? いやいや、あの態度でそうとは思えない。となると、龍宮が誘って、雀野がそれに応じた……。とか?)


 尚も話を続けている友宏の言葉は無視して、慧は自分の世界で推察を広げた。しかしそれらはどれも想像の域を脱することなく、その後二人はぎこちない世間話に戻り、残っている各々の昼食を平らげた。

 ……昼休みが終わり、午後の授業が始まった。しかし午前とは打って変わり、最後の部員が誰なのかを考えていたら授業はいつの間にか終わっていた。


「風見君」

「ん?」


 帰りのホームルームが始まるまでぼんやりしていると、背後から声がかかった。慧は無意識の内に答えながらその声に振り向くと、そこには恵凛が立っていた。


「どうしたの、龍宮」

「放課後のことでお話が」

「部活の話だよね?」

「はい、そうです。それでその、一人一人バラバラで行くよりも、三人纏ってテラスに行きたいなと思っているのですが、どうでしょうか?」


 話の始めは少し心臓が締まる思いをしたが、その提案を最後まで聞いて慧はどこかホッとした。


「うん、そうしよう。俺も声かけようと思ってたし」

「ありがとうごさいます。先輩のお話、楽しみですね」


 恵凛は満面の笑みを浮かべて答えると、自分の席についた。

 その後、帰りのホームルームを経て三人は教室の後方に集まった。


「よし、じゃあ行くか!」

「はい」

「うん」


 集まったはいいものの、誰も先陣を切ろうとしないので気を利かせた友宏が大袈裟な声で二人に声をかけた。しかし慧と恵凛はとても簡素で質素な返事をしたので、友宏は少しだけその返事に得心がいかないような顔をしたが、すぐに気を取り直して先に教室を出て行った。そんな友宏の後に続き、慧と恵凛も教室を出た。


(今のところ俺たちを引き留めるような素振りも無いし、六組の前も素通りだったし、どうやら俺の思い過ごしだったみたいだな。まぁそれはそうだよな。あんな珍奇な部活に入ろうとするわけないし、それに第一、俺と顔を合わせるのも嫌だろうし……。まぁとにかく、雀野は部員候補じゃないだろうな)


 隣を歩く恵凛の様子を度々伺いながら、慧は嬉しいとも言い切れない推察を巡らせた。そしてそこから派生して、今は部活のことで頭がいっぱいになっているが、いずれは璃音とも仲直りを、いや、話し合いをしなくてはならないという漠然とした使命感を抱き始めたところで、一行はテラスの前に到着した。


「やあ、待っていたよ」


 友宏がガラスドアを押し開くと、既にテラスの中央テーブルに着いていた輝虎がいつもの調子で三人を迎えた。


「まぁまぁ、座ってくれ給え」


 そう言う輝虎に促され、三人はそれぞれ席に着いた。


「で、何があったんすか。先輩!」

「ふっふっふっ、まぁそう焦るんじゃない。と、言いたい所だが、焦らしても仕方が無いからまずは結果から報告しよう!」


 ハッタリなのか本気なのか、輝虎は底の読めない詐欺師のような口調と共に立ち上がると、白衣のポケットから一枚の用紙を取り出した。と思うと、それをテーブルに叩き付けた。


「これを見るんだ!」


 言われなくても見ますよ。慧は心の中でツッコミを入れながら用紙に視線を落とした。しかしそんな辟易に反し、慧は一瞬で目を見開いた。それは慧だけでなく、他の二人も同じであった。


「せ、先輩! これって!」

「あぁ、そうさ。部活動が認められた!」


 テーブルの上に提示されたのは、紛れも無い部活動許可証であった。慧はその用紙を見て言葉を失った。そこでひとまず他の二人の反応を見て気持ちを整理しようとしたのだが、友宏はただただ喜び叫んでいるだけだし、恵凛は喜びでも驚きでも無く、何故許可証が? と言いたげな表情を浮かべていたので、慧の心は更に当惑した。


(何で部活動の許可証が? 良くて今日、部員候補が発表されてみんなで申請に行くんだと思ってたけど、部活動許可証? 飛び過ぎじゃないか? それに何で龍宮は不思議そうに用紙を眺めてるんだ?)


 慧の脳内は様々な疑問で埋め尽くされた。すると三人の様子を見ていた輝虎は満足そうに笑い出し、席に戻った。


「いやぁ、三人とも良い反応だねぇ~」


 テーブルに両肘をついた輝虎は、そのまま両手を組んでニヤニヤと三人の顔を伺った。


「えーっと、その、聞きたいことは色々あるんですけど、まずはどうやって許可証を?」


 友宏も恵凛も話の進行役を担うには我を失い過ぎているように慧は思ったので、一番正気を保てていそうな自分が輝虎に問いかけた。


「それはもちろん、条件を満たしたからだよ」

「と言うとつまり、部員が見つかったってことですよね?」

「あぁ。もっと正確に言うと、その人物が入部届けを提出してくれたから部活動の許可が下りた」

「ですよね……」


 慧は呟くように答えると、テーブルに置かれている部活動許可証を手に取り、改めて一言一句見逃さないようにゆっくりと読み直した。……が、やはり何度読んでもそれは本物であった。


「そんなに粗を探さないでくれ給えよ。僕がわざわざ偽造をするとでも思ったのかい?」


 あながち間違ってはいない。と思いはしたが、慧はそれを言葉にはせず、許可証をテーブルに戻した。


「それで、最後の一人は今日来るんですか?」


 ここは潔く認めた方がスムーズに話が進むと考えた慧は、恵凛と友宏も気になっているであろう核心に迫る質問を投げかけた。すると輝虎は不敵な笑みを浮かべ、問いに答えようと短く息を吸った。しかしその瞬間。

 ――ガチャ。と、輝虎の発言を遮るようにテラスのドアが開いた。すると当然、その場にいる全員が音の方を一斉に振り向く。


「お取込み中、だったかしら?」


 テラスに訪れたのは内海であった。次いで、


「ごめん恵凛、先生探してたら遅れちゃった」


 と、内海の背後から姿を現したのは璃音であった。


(す、雀野? なんで?)


 もう何が何だか理解が追いつかないうちに、内海と璃音がテーブルに歩み寄って来た。そして璃音はそのままの勢いで用紙を取り出し、それをテーブルに叩き付けるように置いた。


「書いて来たわ。入部届け!」

「まぁまだ上には通してないから、これは一旦私が預かっておくわね。その代わりに……」


 内海は少々呆れた様子を見せながらも微笑みを絶やさずテーブルに近寄ると、そこに置かれている璃音の入部届けを回収した。そしてそこにまた入部届けとは別の用紙をさらりと置いた。


「ふむ、これは……」


 テーブルに置かれた用紙を見て、輝虎はすぐにそれを手に取った。


「活動許可証?」

「えぇ、ゴールデンウィーク中に校舎に入りたいって言っていたでしょ? ダメもとでそっちも申請を出しておいたのよ」

「おぉ! そちらも対応してくれていたのか! これで合法で校舎に忍び込める!」

「申請が通ってるから忍び込むわけでは無いけどね……。まぁでも、そう言う事よ」


 そう言う内海の表情からはかなりの疲労が読み取れた。きっとダメもとなどでは無く、結構頼み込んだのだろう。なんて考えが一瞬過ったが、それは本当に一陣の風の如く通り過ぎ、慧の思考は再び情報の波に呑まれて乱れた。


(結局この数分で何が起こったんだ? 部活動が許可されて。雀野が入部届けを持って来て、先生が活動許可証を持って来て。……でも、結局部の設立の一助を担ってくれたのは誰なんだ?)


 慧が一人考え事をしていると、先ほどまで輝虎の手元にあった活動許可証は内海の手に戻っていた。


「私の用はこれだけ。それじゃあ、他にやることがあるから私は職員室に戻るわね」

「えぇ、感謝します。内海ティーチャー」

「は、ははは。それじゃあね」


 わざとらしい輝虎の挨拶にあからさまな苦笑いを返すと、内海はくるりと反転し、少しも顧みずにテラスから出て行った。


「ハッハッハッハッ! 色々とこんがらがってしまったね」


 先ほどまで平静に内海を見送っていた輝虎は突然大きな笑い声を上げ、皆の顔を見回した。


「あ、あの、一体どこまでが先輩の計画だったんですか?」


 まるで嵐に見舞われたかのような憔悴しきった様子で慧が問うと、輝虎はようやく笑い声をフェードアウトさせ、慧の方に視線を据えた。


「計画? うーん、そうだね……。秘密にしておこう!」

「は、はい? 出来れば話してほしいんですけど……」

「では答えよう。僕も混乱している! だから今日は解散にして、また明日の放課後にここへ集まろう。では、僕は先生と話をしてくる!」

「あっ、ちょっと先輩――」


 輝虎は早口にそう告げると、猛ダッシュでテラスを去って行った。


「えーっと……」


 誰も話し出す気配が無かったので、慧はとりあえず空気を誤魔化すために声を出してみたのだが、それは却って不自然で気まずい空気を明瞭にしただけであった。


「と、とりあえず、部活動も認められて、ゴールデンウィークの活動も認められて、良い報告だったってことで良いんだよな?」


 戸惑っている慧に気付き、咄嗟に友宏がフォローを入れる。


「そ、そうですね……」

「うん。まぁ、良い報告ではあったな」


 もちろん慧も恵凛も喜びはあった。しかし二人とも互いに思うことがあるようで、余所余所しくぎこちない返事をした。


「なに? もしかしてサプライズ失敗?」

「え?」


 慧たちが微妙な雰囲気で会話をしていると、唯一テーブルの傍で立っていた璃音が明るい調子で口を挟んだ。


「え? って、こんな怪しい部活に恵凛一人を入れるわけにはいかないでしょ。だから、あたしも兼部することにしたの。で、恵凛が折角なら二人と先輩を驚かせたいからって、今日まで秘密にしてたのよ」


 先週の諍いが無かったかのように、璃音は真っすぐに慧の瞳を見つめながら、慧のイメージしている明るい璃音として質問に答えてくれた。


「本当にごめんなさい……!」

「い、いや、全然大丈夫だよ」


 あの時の恵凛の表情の意味が分かった慧はようやく地面に足を着けたような安心感に包まれた。と同時に、今度は璃音に対する疑惑が浮かんできた。それは、


(雀野は完全に気持ちを切り替えたのか? それとも、龍宮の為に嫌々俺と話してるのか?)


 という答えが二極化する疑問であった。


「……ちょっと風見!」

「えっ、なに?」


 聞こえてきた声で思考の世界から呼び覚まされた慧は、目の前にある璃音の顔を見て思わず椅子ごと後退った。


「なにじゃないっての。もう帰るよ」


 そう言う璃音から視線を外し、彼女の脇から奥の方を見てみると、既に恵凛と友宏はテラスの出入り口に向かっていた。


「ほら、立って」

「う、うん」

「……こないだはごめん。あたしが間違ってた」

「え、いや、俺の方こそ」

「ううん。あんたに言われてちゃんと考え直したの。それで、あの時はあたしが無神経だったなって。だから、まずはもっと恵凛と仲良くなって、隠し事なく対等に自分のことを話せるようになろうって思ったの。……ちょ、ちょっと、なんか言いなさいよ」

「あ、あぁ、うん、そっか。じゃあ俺も、今後はもっと言葉を選ぶようにするよ」

「ほんとよ全く! けどまぁ、今後もよろしく!」


 璃音は少し早口に言い残すと、廊下で待っている恵凛のもとへ駆けて行った。そんな彼女の頬と耳とは仄かに赤らんでいた。慧はそれを夕陽の作用なのか、感情の作用なのかと考えたが、すぐに詮索を止めた。何故なら今は、璃音が言った、『隠し事なく対等に話せるようになる』という言葉が脳内でリフレインしており、それが他の誰でも無い慧の心に強烈な爪痕を残していたからであった。


(隠し事なく。か……。確かに必要だよな。でも、俺に出来るのか……?)


 璃音の決意表明に反し、慧は自分の心の奥底に渦巻く黒い何かを微かに感じながら三人の後を追ってテラスを出た。

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