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第四十七話 兆候と申請

 輝虎がラブレターを送ったという部員候補は本当に璃音なのだろうかと慧が心中で疑っていると、その当人である璃音がガラスのドアを閉め、迷わず一直線に慧たちが座っているテーブルに歩み寄って来た。


「なにしてんの、こんなところで」


 璃音は少しも慧の方に視線を送ることなく、ほとんど恵凛だけを見ながらそう聞いた。


「部活動のお話をしていました」

「部活?」


 自分から聞いたは良いが、それでも状況が全く把握できなかった璃音は再び疑問を口に出しながらその場にいる全員の顔を見回した。その時、目が合ってしまうとマズいと反射的に感じた慧は、咄嗟に視線を逸らした。


「えーっと……」


 円卓に沿って皆の顔を一通り目にした璃音は、もう半周だけ視線を進めて一番奥の席に掛けている輝虎に留めた。


「これは失礼」


 目と目が合った輝虎はそう言って立ち上がった。そして、


「僕は二年の宇留島輝虎だ。よろしく」


 と、付け加えながら璃音の前に進み出て、右手を差し出した。


「はぁ、よろしくお願いします」


 璃音は何が起きたのやらサッパリ。といった様子で右手を出し、輝虎と握手をした。と、そんなやりとりをチラチラと盗み見ていた慧はどこか違和感を覚えた。それと言うのは、


(うーん、雀野は本当に部員候補なのか? だとしたら余所余所し過ぎる気がするけどな……)


 という、洞察力に基づく違和感であった。


「まぁまぁ、座って座って」


 慧が思考を巡らせている間に握手を終えていたようで、輝虎は隣の卓から椅子を引っ張り出し、それを璃音に勧めていた。


「は、はい。ありがとう、ございます」


 やはりどこか余所余所しく距離を感じさせるような振る舞いで、璃音は恵凛と友宏の間に置かれた椅子に着いた。


「今丁度、この学校の七不思議の話をしていてね。それで、それを来週のゴールデンウィークで調べてみようという計画を立てていた所なのだよ!」


 大言壮語する輝虎に対し、璃音は口を半開きにして小さく細かく頷いていた。慧もそれを傍で聞き、何が今丁度なんだよ。と思ったが、ツッコミを入れられる訳もなく、璃音の様子を引き続き観察した。


「しかしだね。その計画を実行するにおいて、大きな壁が生じているのだよ……」


 つい数秒前までウキウキで話していた輝虎は、右手を額に当て、大袈裟な溜め息をつきながらそう言った。


「はぁ、壁ですか」


 この答えを聞く限り、璃音が何も知らずにここへ来たのは明白であった。そう、それは確かなのだが、輝虎がどんな手紙を書いたか分からない上に、輝虎の奇想天外な性格を踏まえて考えると、璃音のこの態度一つで璃音が部員候補で無いと決めつけることは出来ないと慎重な判断を下した慧はもう暫し息を潜めることにした。


「……え?」


 続きを話し出さない輝虎を見て、璃音は思わず声を漏らした。


(多分、先輩は聞かれるのを待ってるな……)


 様子を見ていた慧はすぐさまその考えに至った。何故なら輝虎の頬が軽く緩み、何かを企てているようなイタズラな瞳で璃音を見つめていたからである。


「た、大変なんですね~。それで、その、壁って言うのは?」


 その場にいる全員から期待の眼差しを向けられていることに気付いた璃音は、少々声を震わせながら、聞きたくも無い壁の正体を質問した。すると輝虎はバッと立ち上がり、右手をテーブルに置いた。


「良くぞ聞いてくれた! そう、その壁の正体とは!」


 そこで輝虎は一息つき、


「まだ部活動が発足していない。ということだ!」

「は?」

「それと、どうやって学校に忍び込むのか! これも決まっていないんだ……」

「ちょ、ちょい待ち!」


 まだまだその勢いで話を続けそうな輝虎を見て、流石に璃音が言葉を遮った。きっと輝虎はその遮断を無視して話を続けることも出来たのだろうが、彼女は璃音を試すように口を噤んだ。


「そもそも、何の部活なんです?」

「超常現象研究部だ!」

「なにそれ……。まぁ今はいいや。で、発足してないって言うのは、存在していないってことですよね?」

「あぁ、そうだ」

「なんで存在もしない部活の話を?」

「これから作るつもりだからさ」

「もう部員は集まってるってこと?」


 そう言って璃音はその場にいる全員をパッと見やった。しかしその問いに対し、慧たち三人は視線を合わせようとはしない。となると当然の如く、輝虎が答えることになる。


「あと一人なんだ。そこで」


 ここまでの台詞で璃音は何かを察したらしかったが、それよりも前に輝虎が話を続ける。


「君に部へ加わって欲しい」


 誰もが予想していた言葉が発される。するとその直後、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。


「おや、もうそんな時間か。今日はここらで解散としようか。……っとそうだ。もし部に加わっても良いという気になったら、いつでもこのテラスで待っているよ」


 璃音のことを見据えてそう言うと、最後に輝虎は笑って見せた。


「はい、考えときます。……行こ、恵凛」


 冷淡な返事をすると、璃音は横に座っている恵凛の手を取って席を立った。そして慧と友宏を置き、先にテラスを出て行ってしまった。しかしその後ろ姿を見ながら慧は確信を得ていた。璃音はラブレターを送られた人物では無いと。


(先輩がそれらしく話を進めてたけど、部活の存在自体知らないのはおかしいよな。それに友宏の話だと、部員候補の人は俺たちが理科室にいたことを知ってる人物っぽいし。となると、やっぱり雀野は部員候補じゃないはずだ)


 もう完全に閉まり切っているテラスのドアを見つめながら慧が考え込んでいると、肩をトンと小突かれた。それで思考から解放された慧が視線を移すと、少しだけ困惑の色を浮かべた友宏が、


「俺たちも行こうぜ」


 と言った。慧はそれに頷き、友宏と一緒に席を立ち、輝虎に軽く頭を下げてテラスを出て行った。


「……ふっ、そう都合よくはいかないものだな」


 誰もいなくなったテラスで一人呟くと、輝虎も出入り口に向かった。そしてガラスドアを開けて廊下に出ると、数メートル先の廊下の右方、下の階へと続く階段の方へ曲がって行く影が見えた。それは昨日と同じ後ろ姿であった。


「来てはいたのか……」


 そう呟いた輝虎はニヤリと笑みを浮かべると、その影は追わずに自分の教室に戻った。


 昼休みが終わり、午後の授業が始まった。しかしその時も流砂の如く滞りなく流れ、気付けば六時限目終了のチャイムが鳴っていた。


(よし、今日も終わりだ)


 そう思うと慧の心は晴れ晴れとしてきた。机に広がっている教科書とノートを片し、代わりに鞄を机に乗せて筆箱やらノートやらを詰め込んでいると、教室の後方のドアが開き、内海が入ってきた。そして忍者のように慧と恵凛の間まで来ると、小声で「ちょっといい?」と声を掛けた。


「うわっ! せ、先生……」


 内海の入室に気付いていなかった慧は思わず声を上げて振り向いた。恵凛はと言うと、驚きのあまり目を見開き、唇を内側に軽く巻き込んで呼吸を止めていた。


「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだけど」

「はい。分かってます、大丈夫ですよ」


 教師という立場からしても、慧と内海の関係性からしても、声音からしても、全てにおいて内海に驚かせる心づもりは無かっただろうと感じた慧は未だ早まっている鼓動とは反し、落ち着いた調子で答えた。


「二人とも、今日の放課後時間取れる?」


 内海はやや声を潜め、二人の顔をチラチラと伺いながら問いかけた。


「はい、大丈夫ですけど」


 慧はそう答えながら恵凛の方を見た。すると恵凛もコクコクと頷き、


「私も大丈夫です」


 と、内海に合わせて小さく答えた。


「ありがとう。それじゃあ、ホームルームが終わったら教卓の方にお願い」


 その申し入れに慧と恵凛が「はい」と答えると、内海は微かに頭を下げ、机と机の間を縫うようにして教卓の方へ向かって行った。

 何の話だろうかという不安と、多分部活の話だろうという確信の狭間を彷徨いながら十分弱のホームルームが終わった。慧と恵凛は既に纏めていた荷物を肩にかけ、生徒の波が収まった隙に教卓へ向かった。


「すみません。遅れました」


 慧は念のため謝りを入れながら教卓に歩み寄った。そしてそれと同時に、教卓の傍らに立っている友宏を見つけた。


「ううん、大丈夫よ。二人ともありがとう。それと、蒲地君も」


 内海の答えを聞き、友宏も召集された一人なのだと把握した慧は、もうほとんど部活動の話だと決めつけながら視線を内海に戻した。


「その、部活動の話なんだけど」


 予想通りであった。慧は少しだけ安心感を覚えた。


「昼休みに申請は出しておいたわ」

「え、マジすか!」


 真っ先に反応したのは友宏であった。


「ど、どうでしたか?」

「まだ結果は出ていないわ。それにやっぱり、教頭先生の反応を見た限り、もう一人部員を連れて来ないと難しそうよ」

「でもでも! 申請はしてくれたんすよね?」

「えぇ。それは間違いないわ。けど、それほど長くは待ってくれないと思うわ」

「そうですか……。今日も結局部員候補の子は来なかったみたいですし、どうしましょうか……」


 普通この一言から、慧は部活が発足できない焦りか、はたまた部活が発足できない嬉しさを感じるべきであったのだろうが、慧は恵凛のその一言から安堵を感じていた。何故なら、この言葉で璃音が部員候補では無かったことが確定したからであった。


「候補はいるのね?」


 内海は喜びよりも少々嫌気を見せながら問い返した。


「先輩はいるって言ってたな」

「はい。手紙を送ったとも」

「そう……。その子が承諾したら部活が現実的になるのね……」


 意味深に呟く内海を見て、慧は同調したい気持ちを抑え込みながら素知らぬ顔で話を聞き受けた。するとその直後、ガラガラと教室後方のドアが開かれた。まさかこのタイミングで先輩が? と、一瞬にして悪寒を感じた慧がパッと振り向くと、廊下の窓から射す西日に照らされた銀色の束がドアの向こうへと消えて行った。


(江波戸? まだいたのか……?)


 先ほどまで幻想の一部に属していた西日は既に教室の質素なドアを照らしていた。それを見て急に現実へ引き戻されたような気がした慧は、その後特に考え込むことも無く、教卓の会話に戻った。


 しかし無情にも、何一つ進展の無いまま四日が経過した。木曜、金曜、そして土日を跨ぎ、ついに月曜を迎えてしまったため、慧は最早諦め半分であった。


(先輩からの連絡も無いし、部員候補らしい人も見当たらないし、このまま自然消滅かな……)


 なんてことを考えながら慧は登校の支度を進めた。


【どうしたのですか、ご主人】

「え、いや」

【手が止まってますよ】


 ラヴィに言われ、慧はようやくその事実に気付いて再び手を動かし始めた。


「うん。ちょっと部活のこと考えてた」

【そうでしたか。連絡はないのですか?】

「あぁ、全く」

【ふむ、それではどうしようも無いですね。折角ご主人がやる気だというのに!】

「べ、別にやる気ってわけじゃ……」


 小恥ずかしさと否定から顔を俯けると、勉強机に置いていたスマホの画面が明るんだ。メッセージが届いたのであった。慧はスマホを拾い上げてメッセージアプリを起動すると、恵凛とのトークルームが開かれた。


『先ほど璃音から連絡があり、話したいことがあるとのことなので、今日は先に向かっていますね』


 その文言の後には絵文字では無く、笑顔の顔文字が添えられていた。


【今度は何が?】

「いや、何でもない」


 一緒に登校しながら部活の話でもしようと考えていた慧は少しだけ気を落とした。しかしまぁよくよく考えてみたら、それは学校でも出来る話だろうと自らに言い聞かせ、慧は鞄を持って自室を出た。

 ……何となく恵凛と璃音に遭遇しないよう電車を一本遅らせて登校した慧だが、自分の体力を見誤っており、朝のホームルームが開始する十分前になってようやく四階へ辿り着いた。


「はぁはぁ、何とか間に合った……」

【あと少しです。頑張ってください、ご主人!】

「あぁ、分かって――」

「おっ、ようやく来たか、君」


 両膝に両手を着いてラヴィに口答えをしていたその時、前方から声がかかった。呼び方からして大方予想はついていた慧が顔を上げると、そこには予想通り輝虎が立っていた。


「結構待ったぞ、助手君」

「今日は、何の用で?」


 慧は息を整えながら姿勢を正し、ラヴィの存在に気付かれていないかと少し怖々しながら聞き返した。


「今日の放課後、テラスに来てくれ給え。他の部員には既に伝えてある。用件は以上だ。それじゃ」


 輝虎はそう言って白衣のポケットから右手を出し、軽く右手を振るった。そして白衣の裾をパタパタとはためかせながら慧の横を抜け、階段を下って行った。


(どうやらラヴィとの会話は聞かれて無かったみたいだな……。それより今は部活の方だな。何か進展があったのか? まぁとりあえず、今は教室に行かないと)


 独り漠然と考えながら、慧はひとまず遅刻にならないように自分の教室を目指して歩き出した。

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