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第四十六話 部員候補?

 朝のホームルームから三時間が経過した。あれから何も進展はない。部活の件についても、伊武の件についても、全く音沙汰無しであった。しかし気になる点が一つあった。それは今のところ伊武が全ての授業に出ている。ということであった。


「あぁーやっと終わった。でもあと一時間残ってるのかぁ~」


 たった今終了した三時限目は情報であり、慧と共にパソコン室を出た友宏は大きく伸びをしながら喜びとも哀しみとも取れる叫びを上げた。


「そう言えば、龍宮って意外と機械類に強いの?」


 あからさまなアピールをする友宏は無視して、慧は右隣を歩く恵凛に顔を向けた。


「はい。パソコンは多少心得があります。幼い頃、学校に馴染めない私の為に父がノートパソコンを買ってくれたんです。今でもそれを使っています」

「そうだったんだ。優しいお父さんだね」


 幼い頃。という出だしには肝を冷やしたが、嬉しそうに物語っている恵凛を見て、この話題はセーフだなと感じた慧は謝罪の言葉を吞み込んだ。


「はい。とても良い父です……」


 そう答える恵凛にはどこか哀愁が漂っているような気がした。別に地雷を踏んだという風でも無く、ただただ遠い日を思い出すかのような横顔であった。


「パソコンが分かれば、きっと楽しい授業なんだろうな~」

「まぁね。友宏は……。あんまりパソコンとか使わなそうだもんな」

「んだよ、わりぃかよ」

「いやいや、そんなことないよ。その代わりに出来ることはいっぱいあるだろ」

「慧……。お前、たまには気の利いたことも言えるんだな」

「た、たまにってなんだよ」

「ウソウソ。冗談だよ」


 からかうつもりが逆にからかわれてしまった慧だが、今は恵凛との気まずい雰囲気を中和してくれたということもあり、ヘラヘラと笑う友宏に少しも怒りが湧いてこなかった。


「そう言えば」


 今の今まで笑っていた友宏は突然口角を元に戻し、慧に少し身を寄せて囁いた。


「今日、ずっといるよな……」


 続けてそう囁くと、友宏はチラリと後方を見やった。慧もそれに釣られてチラリと後方を見ると、スマホをいじりながら歩く伊武の姿が見えた。


「うん。まぁでも、良いことじゃないか?」

「そうなんだけどさ、うん。そりゃ良い事なんだけどさ……」


 珍しく歯痒い返事をすると、友宏はそのまま黙ってしまった。


(なんだ。いつの間にか喧嘩でもしたのか?)


 一瞬気難しそうな表情を浮かべた友宏を見てそんな考えが過ったが、ふと視線を友宏に戻すと、既にいつもの快活な彼に戻っていたので、慧はそれ以上追求することは控えた。

 そうして教室に戻って来た三人は各々の席に戻った。移動教室の後ということもあり、四時限目までは残り五分くらいしか残されていなかった。その少しの時間でも効率よく動くために、慧はまず情報の教科書を机にしまい、数学の教科書とノートを机から引っ張り出し、そして最後にポケットからスマホを取り出した。その意図としては、このほんの数分でもユニユニのチェックをしておこうと思ったのである。


「……やってるんだ」


 ユニユニを起動して間もなく、左隣からする伊武の声に慧は手を止めた。そして躊躇いがちに視線を移すと、先ほどまで机に突っ伏して寝ていたはずの伊武が頬杖をついてこちらを見ていた。


「う、うん。まぁ、約束したし」

「ふーん……」


 伊武はそう言った切り黙ってしまった。何か意図があるのか、それとも話の続きがあるのか、慧がそれらに留意しながらスマホに視線を戻すと、


「これ」


 と言う伊武の声と共に、慧の机に伊武のスマホが置かれた。その画面には二次元コードが表示されていた。


「これって……」

「登録しといて。いちいち学校来るのめんどいし」

「う、うん、分かった」


 ただ連絡先の登録をするだけだというのに、慧は何故か脅されているかのような心境でメッセージアプリを起動し、リーダーを起動し、伊武の連絡先を登録した。


「オッケー、登録しといた」

「ん、それじゃ」


 伊武はそう言いながら慧の机に置かれている自分のスマホを取り去ると、すぐにスマホを操作した。すると間もなく、慧のスマホにメッセージが届いた。新着メッセージの送り主は今しがた登録したばかりの伊武からであった。ま、大方試しにメッセージを送ったのだろうと思いながらトークルームを開くと、そこには文字では無く、数枚の画像だけが届いていた。


「えっ、これ……」

「昨日帰って調べたやつ。ゲーム内チャットだと画像は送れないから」


 伊武はそれだけ言うと、スマホをカーディガンのポケットにしまい、机に突っ伏した。


(見た感じ、攻略サイトのコピペが数枚と、残りの二枚がメモ帳のスクショっぽいな……。って凄い文字量だな……! 五周年期間にやるべきこと、周回するべきボス、それとキャラ育成の優先度か。なるほど、分かりやすいな……)


 送られてきた画像にあらかた目を通した慧は感心で口が半開きになった。最後の一枚を読み終えてからようやくそれに気付くと、慧は慌てて口を閉じ、もう一度画像を開いた。


(相当このゲームが好きなんだな……。にしても、まさか向こうから連絡先を教えてくれるとは思わなかったな。でも、これだけ作戦が上手く行ってると、なんか変なことが起きそうで怖いな……)


 作戦の順調さがむしろ慧の心に猜疑心を生みつつあったが、慧はその萌芽を見て見ぬフリして、残りの数分でユニユニのスタミナを消費した。


 ……四時限目が終わり、昼休みになった。教科書とノートを机にしまった慧は鞄を机上に置き、そこから財布を取り出した。今日も購買で昼食を買うために。ちなみに教室を離れる前に左隣を見たところ、伊武の姿はなかった。相変わらず忍者みたいだな。なんてことを考えながら廊下に出ると、慧を引き留める声が聞こえた。


「風見君、ちょっと……!」


 その声に振り返ると、教材を胸に抱えた内海がやや早足に歩み寄って来た。


「はい。どうかしましたか?」

「どうかしましたかって……。昨日の話よ」

「昨日……。入部届けの話ですか?」

「そうよ。その、超常現象研究部はどうなったの?」

「今朝聞いたんですけど、もう一人の目星は付いているらしいですよ」

「ほ、本当に?」

「はい。詳しくは聞いていないので、俺も半信半疑ですけど」

「そう。分かったわ」


 内海は困惑の笑みで答えると、そのまま慧の横を抜け、


「どうやら腹を括るしかないみたいね……」


 と、小さく呟いて去って行った。それが漏れ聞こえていた慧は、先生には気の毒なことをしたな。と思いつつ、一階の購買へ向かった。

 例によって安価なサンドイッチと惣菜パンを買って戻って来た慧は、階段を上り切った所で自分の教室前が少しざわついているのを目にした。


(何か面倒事か? 教室に戻れ無さそうならテラスにでも行くか)


 そうと決めて歩き出し、もう少しで教室に到着しようと言う時、ドア前に群がっていた生徒の中から友宏が出て来た。と思うと、それに続いて恵凛、そして輝虎が慧の前に躍り出た。


「おぉ、グッドタイミング!」


 慧の姿を見た輝虎は少し驚いたようでいて、嬉しそうな表情の綻びを見せながら声を上げた。


「な、何事ですか?」

「今から飯を食いながら来週の話をしたいんだってさ」


 三人を代表してなのか、我先にと友宏が答えた。


「来週って、七不思議がどうのってやつ?」

「おう、みたいだぜ」


 そう答える友宏の後方で、白衣のポケットに手を突っ込んでいる輝虎が力強く頷いているのが見えた。


「分かりました。それで、場所はテラスですか?」

「イエス。察しが良くて助かるよ」

「分かりました。スマホを鞄に入れたままなので、少し待っててください」


 教室に戻ってくるつもりでいた慧はラヴィ一式を携帯していなかったので、雑な嘘をついて強引に自分の机に戻った。


(危なかった……。今後もこういうことがありそうだし、ラヴィは常に携帯しておいた方が良さそうだな)


 鞄からラヴィ一式を取り出しながら自らに言い聞かせると、慧はなるべく急いだ風を出しながら廊下に戻った。


「では、全員揃ったところで行くとしようか」


 戻って来た慧を見て、輝虎は不気味に思えるほど柔和な笑みを浮かべると、率先して先を歩いた。慧はそんな彼女に多少の不穏を感じながらも、恵凛と友宏と共にその後ろを歩いた。

 輝虎の一人語りを聞いている内に、一行はテラスへと続く廊下に出た。


「それで、今のところ僕の計画としてはね、やはり王道の七不思議を……っと、もうテラスに到着してしまうね。続きはまた後で話そう」


 輝虎はそう言って話を中断すると、突き当りのテラスを目指して少しだけ歩度を早めた。それに釣られて慧たちも少々早足で廊下を行くと、一行は間もなくテラスに到着した。


「おや、まだ来ていないようだ」


 テラスに出るとほとんど同時に輝虎が呟いた。慧はその何気なく漏れ出た言葉をしっかりと聞き取っており、まさか、もうサプライズを? と身構えた。


「他にも誰か来る予定なのですか?」


 慧が深読みをしていると、少し先にいる恵凛が慧の聞きたかったことを質問してくれた。


「あぁ、部員候補の子にラブレターを送っておいたのだけどね」

「え、会えたんすか?」


 部員候補という言葉を聞いた友宏は過剰な反応を示した。こいつは嘘をつくのが下手なタイプだと慧は思ったが、勿論口にはしなかった。


「いや、会ってはいないよ。置手紙をしておいたんだ。……あの手紙を読んでくれさえしたら来てくれると思ったんだが」


 当てが外れた輝虎はほとんど独り言を唱えるかのように答えると、誰もいないテラスの中央にある椅子に腰かけた。


「まぁ来なかったものは仕方がない。先ほど話していた計画の続きを話そう! さぁ、皆座り給え」


 輝虎にそう促された慧たちは円卓を囲む空席にそれぞれ腰かけ、超常現象研究部(仮)のメンバーはテラスでの昼食を始めた。


「確かさっきは王道の七不思議を解説するところで話を中断してしまったから、そこから続きを話そう……」


 珍しく、というか初めて、輝虎の手元には購買のパンがあった。彼女はそれを開封しながら話を始めたのだが、慧は輝虎の手の中で姿を露にするパンにばかり意識が持っていかれてしまった。


(この人、自分で昼ご飯を……)


 そしてやがて輝虎の口元に運ばれるパンを見て、慧は少しだけ感動を覚えた。


「――助手君?」

「は、はい?」


 全く話を聞いていなかった慧は素っ頓狂な調子で答えた。すると輝虎は、


「それ、食べないのかい?」


 と、物欲しそうに慧の手元にあるサンドイッチと惣菜パンを見た。


「いや、食べますよ!」


 このままではハイエナに盗られてしまうと危惧した慧はすぐに手元のウィンナーパンを開封し、それを二口、三口とかじった。


「世知辛い……。つい数日前の君は何でも恵んでくれたというのに!」


 演技交じりの仰々しく含みのある輝虎の台詞を聞き、恵凛と友宏が一斉に慧を見た。まぁ正直友宏の視線はどうでも良かった。しかし恵凛の視線は何故か棘のように慧の心を刺激したので、


「い、いやいや、違うからね! ただ、先輩が空腹で倒れてたから弁当を分けてあげたことがあるってだけで……」


 と、すぐさま弁明した。


「そんなことがあったのですね」


 少し目を見開いて驚いた様子を見せた恵凛は、すぐに笑みを浮かべ、顔を輝虎の方に戻した。そして、


「でも今日は、風見君も自分の分しかなさそうですので、宜しければ私のお弁当を――」

「良いのかい?」


 恵凛が提案を伝え終わるよりも前に、輝虎は噛みつく勢いで返事をした。


「は、はい……!」

「ありがとう! 頂きます!」


 輝虎は面前で両手を合わせてそう言うと、早速恵凛の弁当箱に入っている俵おにぎりを手に取って頬張った。


「うん、うん、美味しい!」

「ふふ、良かったです」


 そんな二人のやりとりを見て、完全に自分へのヘイトが消えたと感じた慧は手元に残っているサンドイッチを開封し、恵凛に感謝と謝罪の念を抱きながら食事を再開した。

 その後食事も終え、王道七不思議の解説も佳境に差し掛かった折、唯一廊下の見える位置に座っている輝虎は突然話を止めて目を細めた。それを見ていた慧たちも何があったのかとテラスの出入り口に視線を向けると、そこには璃音が立っていた。


(す、雀野? まさか部員候補って……)


 そんな慧の不安を余所に、璃音はガラスのドアを開けてテラスに踏み入って来た。

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