第四十五話 意味深な動向
覚悟を決めて眠りに就いた翌朝。慧は案外スッキリとした目覚めを迎えた。輝虎に向き合うと腹を括ったせいか。又は子供の遊びに付き合う程度の気持ちに吹っ切れたのか。又は全く違った感情なのか、そのどれが正解かは定かでは無かったが、とにかくパッと目が覚めたし、何より気分が浮上していた。部活に対してあんなにネガティブだったのに、不思議と今はポジティブだ。と当人も実感しながら、登校の支度を整えた。
準備が整って家を出ると、折好く恵凛も出て来た。二人は少々驚きの表情を浮かべながら挨拶をすると、そのまま合流して一緒に通学路を進んだ。
「そう言えば、龍宮って友宏と連絡先交換してたっけ?」
歩き出して間もなく、それとなく慧が切り出した。
「いえ、まだ風見君と璃音だけですよ?」
「そっか。実はさ、昨日の夜に友宏から連絡があってさ……」
学校で突然友宏に説明されるより、前もって説明をしておいた方が良いと考えた慧は昨晩の友宏とのやりとりを寸分違わず伝えた。トークルームをそのまま見せても良かったが、それは流石に控えておいた。
「そんなことがあったのですね……!」
話を聞き終えた恵凛は、元より大きい瞳を更に大きくしながら答えた。そして何か言葉を続けようと口を開いたのだが、慧と目が合うとその口を閉ざしてしまった。
(俺に気を遣ってくれたのかな……。このままだとずっと部活関係の話で喜びづらいだろうし、ハッキリ言っておかないとな)
俯き加減に横を歩く恵凛を見て決心すると、慧は徐に口を開いた。
「楽しみだよね、部活」
「え?」
「昨日家に帰って考え直したんだ。まぁそんなすぐに整理がつくわけも無いから、まだ苦手意識みたいなのはあるんだろうけどさ、それでも楽しもうとすることは出来るよなって。それで今朝起きたら、なんでか分からないけど、部活が凄く楽しみに思えて来てさ。だから、楽しもう、部活」
考えを言葉にした慧は屈託の無い笑みを恵凛に向けた。すると彼女もそれを察知したようで、
「はい……! 楽しみましょう!」
と、弾けんばかりの笑みを返してくれた。
その後学校に着くまで、慧は恵凛の話に耳を傾けた。やはり彼女は部活動に対して相当な興味を持っていたようで、慧が入部に前向きであると分かるや否や、言葉と感情が一斉に溢れてきたようであった。しかしその一方、部活動どころか、こういったコミュニティに属するのが初めてのようで、言葉の端々にはどこか不安の色が見え隠れしていたように慧は思った。とは言えそれを追求できるはずもなく、慧はただただ話を聞いているほかなかった。
なんてしている内に二人は正門に辿り着いていた。そして正門を抜けて坂を上がろうとしたその時、
「よっ。お二人さん! おはよう!」
と、商店街の方から友宏が駆け寄って来た。
「おはよう」
「あっ、おはようございます」
慧は軽く手を挙げて、恵凛は綺麗にお辞儀をして答えた。
「ふぅー、間に合って良かった。早く話したくて電車の時間逆算してきたんだ」
「どんだけ話したかったんだよ」
「だってさ、俺は昨日話すつもり満々だったのにさ、お前が明日聞く~って言うからさ」
「分かった分かった。俺が悪かったよ」
これ以上ごねられても面倒だと思った慧は潔く友宏の言い分を受け入れた。すると彼はニヤッと笑い、歩き出しながら話を始めたので、慧と恵凛は顔を見合わせて苦笑を浮かべ、友宏の後を追った。
「で、昨日の続きだけどさ!」
追いついて来た二人をチラリと顧みた友宏は、意気揚々と話を始めた。
「ゴールデンウィークのどっかで、夜の学校に忍び込んで七不思議の調査をするんだってさ! どうだ、ワクワクするだろ!」
まるで自分が発案者かのように、友宏は溌溂と言った。
「まぁ七不思議は多少気になるけど、夜の学校に忍び込むのはな……」
その言葉通り、慧は確かに七不思議への多少の興味があったし、それに部活を楽しむと恵凛に宣言してしまった手前、初っ端からマイナスな発言をすることは控えた。しかし流石に、夜中の学校に忍び込む。という計画には難色を示した。
「そうですね。私も興味はありますが、忍び込むというのはあまりよろしくないように思いますね……」
恵凛が賛同してくれたことは、慧に様々な安心を与えた。
「えぇ~、でもこういうのってさ、多少のスリルがあってこそじゃねぇか?」
「例えスリルが必要だとしても、忍び込むってなると、それはもうスリルじゃ無くて犯罪になるだろ?」
「あぁ、まぁ、そうだけどさ……」
慧に正論で殴られた友宏は項垂れてしまった。
「でしたら、事前に申し入れをすれば良いのではないでしょうか?」
恵凛の突飛な発言に慧と友宏は高速で瞬きをした。
(た、確かに理に適ってはいるけど、流石に夜中の学校は解放してもらえないんじゃないか……? いやでも、龍宮なら或いは……?)
力強く真っすぐな彼女の発言を聞いた慧は、口を半開きにしたまま、彼女の立場も考えると、もしかしたらあり得るのかもしれないと思ってしまった。
「それだ! 頼んでみようぜ!」
慧だけでは無く、友宏も恵凛の言葉に可能性を感じたようで、再び活気付いて恵凛の提案に同調した。いやむしろ、友宏に関しては成功を確信しているようにも見えた。
「い、いやいや、流石に夜中に学校を解放してくれるとは思えないけど……」
期待を抱かせてしまうのも酷だと思った慧は、無意識の優しさで水を差した。
「そう、なのですか? それは残念です……」
「いーや、ワンチャンある!」
「そ、そうなのですか?」
慧の言葉に表情を曇らせ、友宏の言葉に表情を明るませと、恵凛の感情は明暗を行き来した。それを目端に捉えていた慧は、これ以上友宏の詭弁に恵凛を躍らせてはなるまいと、
「おい、あんまり変な期待させるなよ」
と、少し強めに言った。
「ちぇっ、だってさ、あるかもしれねーだろ。ワンチャン」
「可能性を感じるのは勝手だけど、期待はするな、期待をさせるなってことだよ」
慧はそう言うと、物憂げに足元を見つめながら歩く恵凛の方を見た。するとそれに釣られて友宏も恵凛の様子を伺い、唇を窄ませた。
「……わりぃ」
「うん」
会話が一段落したところで、三人は下駄箱に辿り着いた。そこで靴を履き替えると、今度は教室目指して階段を上り始める。
(あまりいい話の切り方じゃ無かったかな……)
表情は暗くないとはいえ、友宏と合流するまで話しっぱなしだった恵凛が、先ほどの話以降静かになってしまったのを気にした慧は何か話題を考えた。そして導き出したのが、昨晩の友宏の最後のメッセージであった。
「……そう言えば、もう一人の部員も見つかりそう。とか言ってたよな?」
「あっ、そうだ。その話もしとかねーとな!」
上手いこと話題作りに成功した慧は恵凛の様子を盗み見た、すると彼女は声を出さずに目を見張り、友宏の話の続きを待っていた。その表情からは期待が感じられた。どうやらこっちも成功したようだとホッとした慧は、友宏の方に視線を戻した。
「昨日メッセージのやり取りをしてた感じ、自信はあるみたいだったぜ」
「うーん。そうは言っても、先輩は自信の塊みたいな人だからなぁ……」
「え、そうなん?」
「うん。まぁ、自信過剰と言うか、自分勝手と言うか?」
「じゃあ嘘の可能性もあるってことなのか?」
「何か具体的な情報が無い限りは、先輩の思い込みの可能性はあるかな」
慧はそう答えながら、俺も飯を分けただけでいつの間にか勝手に助手扱いされてたし……。と心の中で思った。
「具体的な情報か……。あ、そう言えば!」
四階に着いたタイミングで友宏は何かを思い出したようで、大きな声で言いながら手を打った。
「な、なに?」
具体的な情報が無い限り。と言ったのは慧本人だが、いざ具体的な情報が出てくるかもしれないという雰囲気になると、慧はグッと身構えた。
「なんか、俺たちが理科室を出て言った後に、その俺たちを追うように渡り廊下を歩いて行った子が居たらしくて、確かその子が――」
「おーい、友宏! ちょっと来てくれよ!」
あと少しで情報が出ようと言う時、階段を上がって右側に伸びる一、二、三、四組が連なる廊下から声がかかった。
「んだよ、良いところだったのに……。わりぃけど、ちょっと行って来るわ。すぐ戻るから、教室で待っててくれ!」
友宏はそう言い残し、三組だか四組だかの教室に吸い込まれていった。
「……教室、行こうか」
「は、はい。そうですね」
去り行く友宏の背中を見送りながら、焦らされたような、化かされたような、何とも言えない気持ちを抱いた二人は言葉少なに七組の教室へと向かった。
(全く。アイツも結構な自由人だよな……。もしかしたら、俺が予想してたよりも親和性が高いのかもな、あの二人……)
そんなことを考えながら教室のドアを開けると、丁度教室から出て来ようとしていた生徒とぶつかった。
「あっ、ごめん……って、え?」
「やあ、おはよう。助手君に恵凛君」
行く手を阻んだのは輝虎であった。彼女は白衣のポケットに突っ込んでいた右手をスッと出すと、軽く手を振って挨拶をした。
「な、なんでここに?」
「そう聞かれると困ってしまうね。うーん、視察。とでも言っておこうかな?」
「視察? 一体何の……」
「まぁまぁ、今日の所は詮索せずにいてくれ給えよ。時が来れば分かることなのだから」
輝虎は自分だけが問題の正解を知っているような意地悪い笑みを浮かべると、慧の横を抜けて廊下に出た。そして振り向くことなく階段の周辺まで進むと、廊下に備え付けてある壁付ベンチに腰掛けた。
「行ってしまいましたね」
「うん。とりあえず教室で友宏を待とうか」
「はい。そうですね」
今輝虎を追っても情報は聞き出せないと判断した二人は、大人しく教室で友宏の帰りを待つことにした。しかし……。
「いや、それがさ、先輩に口止めされちまってさ」
と、他クラスから戻って来た友宏の口からは、想定外の言葉が返された。
「いやでも友宏。お前あんなに話したがってたじゃん」
「そりゃ俺は話したいけどさ。先輩が、サプライズというのも良かろう? ってさ」
まんまと乗せられたか……。そう思いはしたが、慧はその思いを心の中に留めておき、友宏に向き直った。
「そうか、分かったよ。そのサプライズとやらを楽しみに待つとするよ」
慧は半ば呆れながら答えた。すると、
「楽しみですね。サプライズ!」
と、恵凛が思いの外乗り気に答えたので、慧は中途半端な調子で答えてしまった。しかし彼女の気持ちはもうサプライズの方に向いているようで、そんな慧の半端な答えに頓着している様子は全く無かった。
「ふぅー、二人とも納得してくれて良かったぜ。ま、先輩もやる気満々だったし、すぐにサプライズしてくれんだろ!」
二人の答えを聞いた友宏は、根拠も無いのに大仰に答えてみせた。慧はそれになるべく愛想よく笑ってみせると、鞄から筆記用具やらノートやらを取り出し始めた。
「っと、それじゃ、俺はそろそろ」
慧が作業を始めて間もなく、慧の一つ前の席に勝手に腰かけていた友宏はパッと立ち上がって自分の席に戻って行った。
(慌ただしい奴だな……)
何も言わず視線だけで友宏を見送ると、慧はほとんど空になった鞄を手に取り、それを机の横に掛けようと左側に身体を傾けた。すると当然左隣の席が視界に入るわけだが、そこに伊武の姿があり、慧は自らの目を疑った。
(い、いつの間に来てたんだ……!)
芯から驚いたせいか、慧は微塵も声が出なかった。
「なに?」
「あ、いや、ごめん」
驚きの余り数秒間フリーズしていたらしく、それに気付いた伊武が鋭く睨んできたので、慧は思わず謝りを入れて視線を逸らした。
(二日連続で来るなんて珍しいな……。まさか、昨日のゲーム作戦が上手く行ってるのか?)
少し前向き過ぎるとも思ったが、それ以外に思い当たる節も無かったので慧はその結論に行き着いた。それは慧にとって喜ばしいことであり、彼の視線は再び、誘われるように伊武の方を盗み見た。するとまたしても伊武と目が合ってしまった。
(やばい、また目が合った。流石に見過ぎか……。いやでも、江波戸っていつも、登校するや否や寝てたよな? 俺に話したいことがある……? いやいやまさか。それは無いな)
慧が心の中で自問自答を終えると、ホームルーム五分前のチャイムが鳴った。




