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第四十四話 意に沿わぬ円滑

 輝虎から解放されて正門まで来た三人は、別れる前にそこで少し立ち止まった。


「噂通りのぶっ飛んだ人だったな」


 真っ先にそう切り出したのは友宏であった。


「そんな人に、これからほとんど毎日振り回されるって考えるとゾッとするだろ?」

「そうか? 俺は楽しみだけどな。まぁそりゃ、多少は心配な部分もあるけどな。話に付いて行けるかどうかとか、どんな超常現象に立ち向かわなきゃいけないのかとか!」

「マジかよ。てかもう活動する前提になってるし……」


 楽天的な友宏は良い潤滑剤になると思ってはいたが、想定以上に相手側に傾いてしまったので、慧は呆れながら答える他無かった。


「まぁまぁ、もっと気軽にやろうぜ。話した感じ、悪い人では無さそうだったしさ」

「うん。まぁ、悪い人では無いだろうな……」


 慧は今までの輝虎の言動を薄っすらと思い出しながら答える。


「なら何も問題無いじゃんか! 楽しもうぜ。部活!」


 友宏はそう言うと、片手を上げて「それじゃあな!」と元気良く言い、慧と恵凛を残して商店街の方へ下って行った。


「私たちも行きましょうか……」

「う、うん」


 躊躇いがちに言う恵凛に釣られ、慧もどこか弱々しい返事をした後に、二人は駅に向かって歩き出した。


(めっちゃ今更だけど、不機嫌ダダ漏れだったよなぁ、俺……。想定外のことが起きると、どうもなぁ……)


 駅へ向かう道中。正門での恵凛の様子から、無意識とは言え自分が不愉快なムードを作り出してしまっていたと気付いた慧は数分前の自らの行動を悔やんだ。加えて理科室を出て正門へ辿り着くまで一言も発していなかったことを思い出し、慧の心は更なるダメージを負った。


「あ、あの!」


 そんな折、気を利かせてのことか、はたまた何かを察知したのか、恵凛が口火を切った。


「風見君は、その、超常現象研究部には入りたくないのですか……?」


 当人は感情を表に出していないつもりなのだろうが、その声音と表情には怯えの色が見聞き出来た。慧はそれでまた一段と心が締め付けられるような思いをしたが、これも全て自分の蒔いた種だと過ちを認め、身も心も恵凛の方へ向き直った。


「嫌じゃないよ。ただちょっと、先輩が苦手なんだと思う」


 慧は包み隠さずにそう返した。そしてチラリと恵凛の表情を伺い、話を続ける。


「それもなんて言うか、良い人だって分かってはいるんだけど、距離感が近すぎて疲れるから苦手。みたいな感じで、あの部活とか先輩に対して、嫌いっていうネガティブな感情は抱いてないと思うんだ。多分……」


 慧自身、まだ明確な答えは見つかっていなかったが、不透明ながらにどうにか言語化して素直な気持ちを伝えた。すると恵凛は優しく微笑み、


「そうですか。良かった」


 と言って、駅の改札前で立ち止まった。慧はそんな急停止した彼女の数歩先で慌てて立ち止まると、身体ごと振り向いた。すると恵凛は慧がしっかりと自分を見たと確認した後に話を継いだ。


「人と人との距離感って難しいですよね。それなのにすみません。無神経なことを言ってしまって」


 そう言い終わる頃には、恵凛は既に頭を下げていた。


「ちょ、ちょっと龍宮……!」


 慧は慌てて恵凛に近付き、なるべく人目に付かないよう自分の身体で恵凛の姿を覆い隠そうとした。すると間もなく恵凛は頭を上げ、慧を見上げた。その瞳は微かに潤んでいた。


「ごめん……」


 まだ何も発していない恵凛の切な訴えが瞳を通して聞こえてきたような気がして、慧は無意識に謝罪の言葉を零していた。


「いえ、そんな……。私が余計なことを聞いてしまったのに」

「ううん。龍宮は悪くないよ。むしろ、気付かせてくれたんだ」

「そう、なのですか?」

「うん。だから、ありがとうも言っておこうかな」


 慧はそう言うと、ようやく自然な微笑みを浮かべた。するとそれに呼応するように、恵凛も強張っていた頬を緩ませた。


「ふふ、はい。受け取っておきますね」


 きっと今、慧の中で何がどう解決したのか恵凛には半分も理解できていないのだろうが、それでも彼女は、ただただ慧の気持ちに寄り添おうと、一緒に笑顔を浮かべてくれた。慧は恵凛の優しさをしみじみと感じながらもう少しだけ口角を上げ、


「それじゃあ帰ろうか」


 と言って、二人は改札を抜けた。

 ……良好な雰囲気を取り戻した慧と恵凛は、そのムードを保ったまま無事帰宅した。


「それでは、また明日」

「うん。また明日」


 そう言って別れようとした二人は数秒間互いの動向を伺った。互いに相手が家に入るのを見送ろうとしていたらしく、二人はそれを察して頬を赤らめ、結果ほとんど同じタイミングで、逃げるように玄関ドアへ向かった。

 鍵をかけ、靴を脱ぎ、リビングに入った慧は、右肩に掛けていた鞄を下ろしてソファに置いた。次いでその傍らに自らも腰かけると、そこに深く身を沈めながら溜め息をついた。


「はぁ、疲れた……」


 ここ最近、毎日のようにこの言葉をぼやいているような気がした慧は少しおかしく思ったが、もう笑う気力も無かった。しかし今日の進展をラヴィに伝えたいような気もしたので、慧は左手を鞄に伸ばしてそれを腰元まで引き寄せると、その中からラヴィ本体、イヤホン、眼鏡の一式を取り出して装着した。


【おやご主人。ご帰宅ですか】


 眼鏡が起動されたことで突然視界を得たラヴィは、すぐに状況を把握して慧に声を掛けた。


「うん。今さっきな」

【今日も今日とてお疲れですね】

「まぁな。でも、少し進展はあったんだ」


 口は流暢に動かしながら、身体は尚もソファに沈めたまま、慧は今日あった出来事をラヴィに伝えた。伊武とゲームの話で盛り上がったことや、課題を言い渡されたこと、そしてその後に入部届けを書きに行ったのだが、結局輝虎に振り回されまくったことなどを、なるべく丁寧かつ手短に伝えた。帰路での恵凛との一幕は、些細なことだから大丈夫だろう。という考えと、微笑み合っている自分と恵凛を客観的に思い出して急に恥ずかしくなった。という思いから、慧はそこまで話さずに言葉を止めた。


【なるほど。江波戸氏の方は間違いなく良い進捗ですね! 宇留島氏の方は……。どうなのでしょう?】

「いや、俺に聞かれても」

【ですよね……。まぁ宇留島氏のことは置いておくとして、今は江波戸氏の方に集中した方が良さそうですね。それと、雀野氏の方はどうなのですか?】

「今日は会ってない」

【ふむ。では、雀野氏に関しては進展無しと言う事ですね】

「まぁ、そうなるな……」


 ラヴィから出た雀野という名前が脳内でこだまし、それは瞬く間に形を変え、文字はいつの間にか璃音の姿となって脳内に浮かんだ。


【音楽の案。私は推していますからね。江波戸氏の方が上手くいったように、雀野氏の方も大丈夫ですよ。趣味は良い切り口になるに違いありませんからね!】


 思案気な慧を気にしたのか、ラヴィがそう付け足した。


「うん、ありがとう」

【はい。大変だとは思いますが、今回のゲームのように、何か予めに準備が出来たら良いですね】

「だな。久し振りに音楽プレイヤーでも起動してみるか……」

【音楽ならば、最悪片手間に聞くことも出来ますからね。それと、やはりトレンドも抑えておけると良いかもしれませんね】

「やっぱりそうだよな。まぁ、そこら辺は友宏に聞くなり、動画アプリで探してみるよ」

【目星は付いているのですね。それならば、この私のありがたい助言ももう必要ないという事ですね!】

「……」

【あ、あれ。ごしゅじーん?】

「……」

【なるほど、眠ってしまったのですね……。シュン……】


 微かに聞こえていたラヴィの茶番もそこで完全に途絶え、慧の意識はそのまま眠りへと落ちていった……。


 流れるように眠りへと落ちていった慧は、また流れるように意識を取り戻した。慧としては長い瞬きをしていたような感覚だったが、現実世界はもう、夜の八時を回っていた。


(八時過ぎか……。六時半に向こうを出て、七時ちょい過ぎに帰って来たはずだから、小一時間は寝たのか……)


 なんてことを考えながら上体を起こすと、ソファに転がっているスマホとラヴィ本体が目に入った。慧はその両方を手に取ると、ラヴィ本体はソファの前にあるローテーブルに置き、スマホは右手に持ったまま電源を入れた。するとすぐ、ロック画面に浮かぶ一件の通知が目に入った。


(誰からだろう……?)


 通知のおかげで完全に意識がハッキリした慧は、掛けたままにしていた眼鏡とイヤホンを外してその二つもローテーブルに置くと、それからまたスマホの画面に視線を向け、通知をタップした。そしてロックを解除してメッセージアプリが起動されると、友宏のトークルームに赤い点が付いていた。


(友宏からか。何だろう)


 そう思いながらトークルームを開くと、『よお、起きてる?』というメッセージだけが入っていた。返事が来てから用件を話そうってことか。そうと悟った慧は『ごめん。寝てた』と返信をして、喉を潤すためにキッチンへ向かった。

 麦茶で喉を潤して戻ってくると、開きっぱなしにしていたトークルームにメッセージが届いていた。


『おぉ、起きたか。まぁ大したことじゃないんだけど、来週ゴールデンウィークじゃんか? それで、先輩から調査の誘いが来てるんだけど、お前も行くよな?』


 来週はもうゴールデンウィークか。と能天気にサラッとメッセージを読み流した慧は、後半の文を読んで頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。何かの間違いかと思って再度メッセージに目を通したが、脳内にはクエスチョンマークが増えるばかりであった。


『え、ちょっと待って。先輩って?』


 何も理解できていない状態でなあなあの返事をしたら、友宏は勝手に話を進めそうだと慧は感じたので、ひとまず話の腰を折った。


『なに言ってんだよ。俺とお前の共通の先輩なんて、宇留島先輩以外にいないだろ?』


 その文章を数回読み直した慧は、


(は? 何をいってるんだ。こいつは)


 と、心の中で独り言ちた。自分がまだ寝ぼけてるのかとも思ったが、こんなに意識が明瞭としているのにそれはあり得ないと思い直して画面に視線を戻すと、そこにはやはり『宇留島先輩以外にいないだろ?』という文字が並んでいた。


『お前、いつの間に連絡先を交換してたんだ……?』

『二人が先に理科室を出て行った後にササッとな。連絡先の交換なんて数秒で終わるし!』


 恐ろしい行動力だ……。凄いを越え、最早呆れるほどの資質を見せつけられたような気がした慧は友宏に拍手でも送ってやりたかったが、問題が問題なので、慧は心の底から友宏を賞賛することが出来なかった。


『そ、そっか……。それで、なんて返したんだ?』

『もちろん、行くって即答しといたぜ!』


 そのメッセージの直後に、メッセージアプリにデフォルトで備わっているグッドスタンプが送られてきた。それは汎用性が高く、慧も普段から良く利用しているスタンプなのだが、今の慧にはそれがとても皮肉たっぷりな憎たらしいものに見えた。


『念のため聞くけど、それは友宏だけ行くってことだよな?』

『いーや? お前も龍宮も行くと思う。って返しといたよ』

『分かった……。詳しい話は明日聞くよ』


 大きなため息を送り付けてやりたいところではあったが、一応予想の範囲内の出来事ではあったので、慧は淡白に返信をすると、自分一人しかいないリビングで大きなため息をついた。


『おう、サンキュー! あと、もう一人の部員。見つかりそうだって言ってたぞ!』


 次から次へと超常現象研究部の実現が近付いて来て、慧は嫌気が差してきた。普通ならばここで、『どんな人?』とか、『マジか。良かったな!』とか返すべきなのだろうが、慧はそれも億劫で、デフォルトのグッドスタンプを送り返してメッセージを終了させた。


(はぁ、なんでこんな円滑に進んでるんだよ……。もうきっと、腹を括れってことなのかな……。まぁ、超常現象研究部なんて、始めの数カ月だけだろ。どうせすぐにやりたいことなんて無くなるんだから、子供の遊びに付き合ってやるくらいの気持ちで行こう)


 慧は自分にそう言い聞かせると、ソファやローテーブルに置いたままにしていた鞄やらラヴィセットやらを拾い上げて自室に向かった。

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