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第三十八話 惑わす言動

 テラスに登場した輝虎は瞬く間に注目の的となった。そんな彼女がずかずかとテラスを歩き、慧の対面に腰掛けると、テラスにいた他の生徒たちは何事も無かったかのように視線を外し、各々の会話に戻った。


(絶対に、間違いなく、何かしらの噂は立つな……)


 慧は既に少し先の未来のことを悲観しながら、対面に座った輝虎の顔色を伺った。


「君。勿論、あの話は覚えているんだよね?」

「仮入部……。のことですよね?」


 恐る恐るそう聞くと、輝虎は力強く頷いて応えた。


「す、すみません。忘れてたわけでは無いんです。ただ、その、忙しくて?」

「忙しくて? って、何で疑問形なんだい? ……はぁ、まぁいい。じゃあ十日間、一秒たりとも約束は忘れていなかった。と言うことで良いんだね」

「あぁー。はい」

「歯切れの悪い返事だね……」


 絶えず睨みを利かせていた輝虎はそこに腕組も加え、しっかりとした答えを聞くまでは動かない。という頑なな意思を体現して見せた。


(マズいな、本心がダダ漏れてたか……。じゃなくて、何とかして誤魔化さないと)


 席を立つ素振りを少しでも見せようものなら、懐から刀か銃でも取り出すのではないかという圧を放つ輝虎に威嚇され、慧は微動だにせず次の手を考えた。


「本当のところはどうなんだい? 忘れていたんだろう?」


 切り口を探す慧に、輝虎は意図せず無意識の助け船を出してくれた。


「……はい。本当にすみませんでした!」


 数秒輝虎の表情を伺い、考えた結果、慧は潔く輝虎の差し出した手を取ることに決めた。


「はぁ、全く君という人は。いつも僕をたぶらかす!」

「ちょ、ちょっと先輩。言葉選びが……」

「間違ってはいないだろう?」

「そ、それは、そう。ですけど……」


 この人と話してると、いつも知らず知らずのうちに流れを持っていかれてるな。と思いつつ、慧は周りの目を気にしながら苦笑いを浮かべ、ちょっと反論でも抗議でもしてやろうかと思ったが、冷静になって見れば、今は相手の言っていることの方が正しいという結論に至り、渋々同意する他無かった。


「それで、入部のことはどうなってるんだい?」

「文字通り、白紙です……」


 このままでは話が長引くだけかもしれないと考えた慧は正直に白状した。すると輝虎は目を細め、唇を窄ませ、慧を見つめた。


「え、えっと?」

「放課後、入部届けの紙を持ってここに来たまえ」

「は、はい?」

「今度は口約束では無く、僕の目の前で書いてもらう!」


 そう来たか……。これで俺を確実に捉えたつもりだろうけど……。


「待ってください」

「おや、何かな?」

「以前仮入部の話をしたとき、俺は確か、『俺たち』って言ったと思います」

「うんうん! 言ってたね。実は僕もそれがずっと気になっていたんだよ!」


 好奇心という餌に釣られ、輝虎がテーブルに身を乗り出してきた。正直慧としては半信半疑の記憶から恐々と引き出してきた博打であったが、輝虎の反応を見る限り、これは多分上手く釣れている。と、自信を得た慧は安堵して話を続ける。


「ですよね! その『俺たち』って言うのは、前に俺と一緒に理科室に来た子なんですけど、覚えていますかね?」

「あぁ~っと……。もしかして、龍宮のご令嬢……?」


 一瞬誰も思い当っていないような口振りで空を見つめた輝虎であったが、その後すぐに慧の方を見つめ直し、表情でまさかと訴えながらそう聞き返した。


「そうです。彼女です」

「アンビリバボー! 彼女が?」


 淡々としている慧に対して輝虎はオーバーなリアクションをして見せると、静かに席に戻った。


「はぁ、君は何でそんなに淡白なんだい? これじゃあまるで僕が一人で空回っているみたいじゃないか」

「そんなことないですよ。俺だって驚きました」


 慧はそう答えながら、あなたはいつだって一人で空回っていますよ……。と心の中でツッコミを入れた。


「それで、彼女はもう入部届けを書いているのかい?」

「あ、いえ。まだです。というか、今日学校に来てないんですよ」

「おや、そうだったのか」

「はい。そこでさっきの話に戻るんですけど、折角なら『俺たち』二人分。まとめて入部届けを書いた方が良いかなって思うんですよ。どうですか?」

「うーん、そう来たか……。分かった。良いだろう」


 よし、これで先輩から逃げられる。慧は漏れそうになった笑みを右手に持っている焼きそばパンを頬張ることで誤魔化した。そしてついでに緑茶で喉を潤そうとしたその時、輝虎が両肘をテーブルに置き、話を続けた。


「それじゃあ次からは恵凛君の方にアタックさせてもらう! きっと君に言っても逃げられるだろうからね」

「ゴホンッ。え、いや、それはちょっと……。龍宮に迷惑なんじゃないかなぁって思うんですけど……」


 慌てて焼きそばパンを流し込んだ慧が言葉を返すと、輝虎はニヤリと笑って席を立った。そして、


「それが狙いだからね」


 と、勝ち誇った笑みを浮かべたかと思うと、彼女は席を離れ、慧に背中を向けた。


「あ、ちょっと先輩!」

「彼女に迷惑を掛けたくないようだったら、今週中にもう一度このテラスに来ることだ。昼休みでも放課後でも、僕はここで待っているからね。もし来なかったら……。君は嘘つきだと言いふらしてやる」


 慧の呼び声に応じて振り返った輝虎は、一方的な交渉の条件と性質の悪い笑みを残してテラスを去った。慧はその白衣の背中が廊下の奥に消えるまで見送ると、手元に残るたまごサンドを気だるげに開封した。


(してやられたな……。龍宮が先輩の部活に興味を示していたとは言え、アレに粘着されたらお互い厄介だし、ここは素直に龍宮に話をして二人で入部するか……。大丈夫。名前を入れるだけだ……。まぁ、どちらにせよ今日は龍宮がいないからそこまで考えても仕方ない。今は他にも問題があるからな……)


 たまごサンドをもぐもぐと咀嚼しながら、慧は山積みの問題に再度向き合ってみたり、また目を背けてみたりと、何度も何度も心の前進と後退を繰り返しながら昼休みを終えるのであった。


 満腹から生じる眠気で幾度となく居眠りをしそうになった慧だが、何とか五時限目の授業を完走し、本日最後の授業へと移り変わる前の十分休憩が訪れた。


「おーい、慧。パソコン室行こうぜー」


 十分休みに突入するや否や、友宏が歩み寄って来て声を掛けた。この六時限目の情報という科目は、実習棟一階に設けられているパソコン室へ行き、そこでパソコンを使ったプログラミングやネットワークについて学ぶ授業となっており、本日唯一の移動教室となっていた。慧はそれを失念しており、友宏に言われてようやく情報の教科書を机から引っ張り出すと、二人は教室を出た。

 既に出発している数名のクラスメートの後に続き、慧と友宏は廊下を行き、渡り廊下を行き、そして階段を一番下まで下り、また少し廊下を進み、パソコン室に到着した。パソコン室はとても広く、凡そ普通の教室二つ分の広さがあった。座る席は教室と同様、出席番号順となっているので、慧はパソコン室の一番後ろまで歩き、教室とは違って多少座り心地のマシな安いオフィスチェアに腰掛けた。

 授業が始まるギリギリまで友宏の談話に付き合っていると、その背後をすぅーっと幽霊のように伊武が通った。チェアに掛けていた慧だけがその存在に気付いており、友宏は気付いていないようであった。するとそのタイミングでチャイムが鳴り、友宏が名残惜しそうに踵を返すと、


「うおっ、びっくりした! ……ごめん、ただ驚いただけだから、ほんとに」


 案の定伊武が来ていたことに気付いていなかったようで、ドッキリ番組さながらのリアクションをして見せると、申し訳なさそうな誤魔化しの苦笑いをしながら自分の席に戻って行った。


「……はぁ、別に気にしてないし」


 伊武は興味無げに呟くと、キーボードをどけてそこにノートを置き、筆箱からシャーペンを取り出して作業を始めた。


(ま、友宏になんか言われて凹むような奴じゃないか。じゃなくて、まだ何か書いてるんだな……。授業も始まるってのに、スマホも出したままだし……)


 伊武の動向を横目に見ながら、慧は真っ暗なモニターに映る冴えない自分の顔を見つめた。眠そうで、怠そうで、不満げなその顔を見ていると、慧は気分が鬱々として来たので、手元に目を逸らした。

 その後間もなく授業開始のチャイムが鳴り、でこの生え際が禿げ始めている細身で中年の男性教員がパソコン室に入って来た。そして日直に号令を掛けさせ、情報の授業が始まった。


「はい、じゃあまずはパソコンを起動します。足元の右側か左側にある縦長い白い箱の、電源ボタンを――」


 慧はその説明を最後まで聞かず、足元右側にある本体の電源ボタンを押し、次いでモニターも先んじて起動した。そうして早々に暇となった慧は何となく伊武が気になって視線を動かすと、彼女も既にパソコンの起動を終えており、デスクには相変わらずノートとスマホが置かれていた。


(機械には強いみたいだな。まぁ、ゲームが好きみたいだし、想定内ではあるか……。けど、一応ラヴィにも記憶しといてもらうか)


 先ほど暗幕の中に浮かぶ自らの顔に少しだけ嫌気が差した慧は、予め持って来ていたイヤホンケースからイヤホンを、そして眼鏡ケースから眼鏡を取り出し、それぞれをモニターの陰に隠れながら装着した。


「なぁ、記録頼めるか……?」

【お、私の出番ですね! えぇ、勿論ですとも!】


 外に漏れ聞こえているのではないかと言うほどの大きな返事を受けた慧は、それとなく、バレないように右手で頬杖をつき、伊武のことを眼鏡の内に捉えた。


【ふむふむ。何か書いているようですね。しかし手の動きからして――】

「いい。それ以上は言うな」


 その一瞬で何を思ったのか、慧は真実を知るのを拒んだ。それは慧自身にも分からない拒絶であった。


【そうですか? では、仰る通りに】

「うん。悪いな」

【いえ、私は大丈夫ですよ。引き続き記録活動に励みます】


 夢現の状態でラヴィの言葉を聞き入れた慧は、何故自分がその言動を取ったのか、改めて考え直してみることにした。


(俺は何で真相から逃げたんだ。知りたくないから? いや、違う。俺は確かにあのノートが気になってるはず。じゃあなんでだ? 知りたいけど知りたくない……。俺は反射的にラヴィの言葉を遮った……。知るのが怖かったからか? それも違う。どちらかと言うとこの感覚は……。楽しみにしてる。そうだ。知る瞬間を楽しみにしてるんだ。でもそれなら、ラヴィに教えてもらうだけでも解決するよな。いや、でもこういうのは直接本人の口から聞いてなんぼ……。あれ、ってことはつまり……)


 脳内に散らばっているピースにばかり気を取られていた慧は、完成したパズルに描かれている自らの真意の全容を知ると、思わず伊武の方へ視線を走らせた。


(江波戸本人の口から教えてもらう事を楽しみにしてる。ってことになるよな……?)


 自分の抱いた不思議な気持ちを、未だ自分の感情と受け入れられずに慧はそっと視線をモニターに戻す。秘密の共有に対する喜び。その秘密を易々と暴こうとする第三者への恐怖と怒り。これらの感情が無意識に働いていることを知った慧は当惑した。しかしすぐに、恵凛と仲直り作戦を計画した時にもこれに似た昂揚を抱いていたような気がした慧は、きっとこれは未知への好奇心だと思い込むことにした。


「おい風見~。早くソフトを開け~。それとも分からないのか~」


 前方から聞こえてくる間延びした声で想念から覚まされた慧は、波立ち広がろうとする感情から目を背け、慌てて授業に集中し直した。

 ……それから心に大きな波が押し寄せることは無く、六時限目が終了した。電源を落としたモニターには、確かに自分であるが、どこか自分では無い自分が映し出されているような気がした慧はすぐに視線を外した。そしてさっさとこの場から立ち去ろうとしたその時、


「ねぇ、ちょっといい?」


 と、伊武から声が掛かった。


「え、うん。平気だけど……」


 静かに水面を打っていた雫が突然石に成り変ったかのように、大きな波紋が心に生じた。慧は声が震えないように努めて答えると、再び安い回転いすに腰を下ろした。


「はい、これ」


 そう言って伊武が差し出したノートには、大人気ソーシャルゲーム風のキャラクターが描かれていた。正直慧は絵に詳しくは無かったが、そんな彼の素人目にもしっかりとしたインパクトと技巧の細やかさとが伝わって来る作品であった。


「これ、今日一日で?」

「うん。朝から描いてたやつ。所々雑だけど、まぁ時間の割には上手く描けたかな」

「これで? マジか……」


 絵を描けない慧からしたら、キャラクターの立ち姿すら描くことが困難だと言うのに、そこにシャーペン一本で陰影もつけ、ブローチや指輪などの装飾品まで描かれている伊武の絵は別次元のものに見えた。


「それじゃ」


 見入っていたノートが引かれたかと思うと、次いで伊武が席を立った。


「あ、え?」

「ノート、見せたから良いでしょ。もう邪魔しないで」


 振り向かずにそう言うと、伊武はそのまま気だるそうにパソコン室を出て行った。一人残された慧は、変に昂っていた心の熱を冷ますようにしばし回転いすにもたれかかり、つい数秒前の浮かれていた自分を恥じた。加えて、自らを苛むこの虚脱感は一体何によるものなのだろうと考えたが、とうとう答えは見つからず、慧は帰りのホームルームに間に合うようにパソコン室を後にした。

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