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第三十三話 確かめたい思い

 六時限目を終え、帰りのホームルームも終了すると、クラスメートたちはぞろぞろと廊下へ流れ出た。そんな中、慧と恵凛は教室に残り、璃音の登場を待っていた。


「はぁ、少し緊張してきました」


 右手を軽く胸に添えた恵凛は深呼吸をして慧の方を見た。


「大丈夫。雀野なら受け止めてくれるよ。だから龍宮の正直な気持ちを伝えよう」

「正直な気持ち……」

「うん。それにさ、もし失敗したとしても、その時は俺が受け止めるから」

「はい……! ありがとうございます」


 恵凛は目の前に救済を見たかのように瞳を輝かせてそう言うと、再び深呼吸をした。そしてその深呼吸が終わった直後、廊下から璃音が顔を覗かせた。


「あっ、いたいた!」


 いつも通りの明るさで教室に入って来た璃音は、真っすぐ恵凛の前まで歩み寄って来た。


「お、おはようございます。璃音」

「アハハ。おはようって、もう夕方だよ。でもまぁ、おはよ恵凛」

「す、すみません。そうですよね。もうこんにちはですよね! じゃなくて、えっと……」

【ご主人。一言掛けてあげた方が良いのでは?】

「だな」


 アガっている恵凛を眼鏡越しに見ていたラヴィに背中を押され、慧は席を立って恵凛の斜め後ろに移動した。


「落ち着いて、龍宮」

「は、はい。すぅーはぁー」

「なになに、どうしたの?」


 二人の様子を見て何かを感じ取ったのか、璃音は少し目を見開き、期待と不安の混ざった瞳で二人を交互に見た。


「昨日のことでお話があります!」

「う、うん。あたしもその話をしようと思ってたの」


 双方話し合いをしたいという意思を伝え合うと、恵凛は自分の席に着き、璃音はその隣の席を拝借して二人は相対した。


「まず、昨日はすみませんでした。忙しい中時間を作っていただいたにもかかわらず、私が臆病なばかりに暗い雰囲気にしてしまって」


 恵凛は謝りを入れると共に頭を下げた。


「ううん、あたしの方こそごめん。何も言わずに帰っちゃったから、多分誤解してるだろうな~って、帰ってからずっと考えてたんだ。昨日は本当に予定が無かったし、恵凛と仲良くなりたかったから会うことにしたの。だから今度さ、また改めて一緒にお出掛けしよ!」

「璃音……。はい! 私、もっともっと璃音と仲良くなりたいです!」

「あたしはもっともっともーっと仲良くなりたい!」

「ふふふ、私、嬉しいです。まだまだご迷惑をおかけすると思いますが、なるべくありのままの私でいられるように頑張ります!」

「アハハ。なんか恵凛、少し話しやすくなったかも! まだ言葉遣いは堅苦しいけど、これからもっと打ち解けていこうね!」

「はい!」


 始めこそ緊張を解くために慧が声掛けをしたものの、それはたったの一言で事足りた。元々の二人の相性が良かったこともあり、一度枷が外れてしまえば慧が付け入る隙は無かった。ほんの少し、喧嘩が始まったらどうしようというネガティブな感情が心の隅に存在していたが、その危惧も杞憂に終わって良かったと慧はホッと一息ついた。

 その後三人は帰り支度を整えると、ショッピングモールへ出掛けた時と同様に、女子二人が話している中に時折慧が会話に加わるというスタイルで家路を歩んだ。そして古屋根駅で璃音と別れ、自宅前で恵凛と別れ、最終的に帰宅して独りになった慧は手洗いうがいだけを済ませると、自室に直行してベッドにダイブした。


「あぁー、今思い返すと、俺めっちゃ臭いこと言ってたなぁ……」


 放課後、璃音が教室に来る前に恵凛に掛けた言葉が蘇る。


「告白未遂だろ、アレ……」

【私は良かったと思いますよ~。キュンとしました!】

「うるせぇ」

【そんな冷たいこと言わないでくださいよぉ。私が受け止めますから】

「お前……。充電しないぞ?」

【そ、それだけはご勘弁を!】

「次茶化したら後は無いからな」

【はい! 肝に銘じます!】

「はぁ、ったく調子の良い奴だな……。にしても、今日は大分前進した気がするな」

【そうですね。龍宮氏とも雀野氏とも大分距離が縮まったと思いますよ】

「だよな。となると後は江波戸か……。今日も結局学校来なかったし、あの別れ方はちょっと心配だな」

【では、今日もコンビニに行ってみますか?】

「それは流石にな……。俺も金持ってるわけじゃ無いし、悪い意味で店員に顔覚えられるのも嫌だし……」

【それですと、明日江波戸氏が学校に来てくれるのを祈るしかありませんね】

「まぁそうなるな」

【他に何か案は無いのですか?】

「それを考えるのがお前の役目なんじゃ無いのか?」

【私はあくまでも、ご主人が集めて下さったデータを基にアドバイスをするだけですので】

「はいはい。データ不足ってことね」

【まぁ、そう言うことになりますかね】

「じゃあもうこの話は終わり。とにかく明日になってみなきゃ分かんないってことで」


 慧はキッパリそう言い切ると、ラヴィを充電器に繋いで部屋を出た。


 翌日、伊武は学校に来なかった。その翌日も、そしてその翌日も。正直、二日目まではそこまで気にも留めていなかったが、流石に四日目まで来ると何かあったのではないかという悪い予感が芽生えて来て、慧は昼休みに保健室へ赴くことにした。


「失礼します」


 ノックして保健室に入ると、デスクで食事を摂っていた堤が顔を覗かせた。


「はーい。どうしたの?」

「すみません。お食事中に」

「ううん、大丈夫よ。そこ座って」


 堤はそう言うと弁当を携えてローテーブルの方まで出てきた。そして複数人掛けのソファに腰かけたので、慧はその対面にあるソファに腰を下ろした。


「それで? 体調が悪くて来たって感じには見えないけれど」

「はい。実は、ここ数日江波戸が出席してなくて、でももしかしたら保健室には来てるかなと思って来てみたんですけど」

「そう、なるほどね……。具体的にいつから来てないの?」

「今週の月曜から来てないです」

「と言うことは、今日で四日目ね」

「はい。その……。まぁそうですね」


 慧は一瞬土曜日にショッピングモールであった出来事を堤に打ち明けようかと思案したが、急に小恥ずかしくなって変な濁し方をした。


「分かった。それじゃあ、江波戸さんがここに来たら教えてあげる」

「はい。ありがとうございます」

「風見君が心配してたってね」

「そ、そこまでは言わなくて良いですよ」

「ふふ、ごめんごめん。冗談よ」


 和ませようとしてくれたのか、堤は茶化すように言うとテーブルに置きっぱなしにしていた弁当箱を手に取り、食事を再開した。


「それじゃあ、これで失礼します」


 これ以上堤の食事の邪魔をするのも忍びないと思った慧はそう言って立ち上がった。そしてそのまま立ち去ろうと視線を少しだけ堤から上げると、三つ並ぶベットの内、一番奥側にあるカーテンだけが閉まっていることに気付いた。


「うん。お昼まだならしっかり食べるのよ。まだ時間あるから」

「あ、はい。突然すみませんでした。失礼します」


 カーテンの不自然さは気に掛かったが、ここで堤の言葉を押し切ってまで居座り続けることも出来ず、慧は辞去を述べて一旦は立ち去ることを選んだ。

 保健室を出るとすぐ、慧は耳にイヤホンをつけた。そして、


「ちょっといいか?」


 と、ラヴィに今あったことを伝えた。


「……眼鏡かけてなかったから見えなかっただろうけど、まぁこんなことがあったんだ。で、カーテンのことが気になってんだけど、どう思う?」

【うーん。お相手の話し声は聞こえていましたが、何かを隠しているようには思えませんでしたがね……】

「だよな。でも、なんか怪しく思えちゃってさ。もしかしたらあそこに江波戸がいたんじゃないかって」

【なるほど。そこまで気になるのでしたら、また放課後に覗きに行ってみましょう】

「まぁ、それしかないよな」

【はい。それと、その時は眼鏡も忘れずにお願いしますよ】

「分かってるよ」


 廊下をゆっくりと歩きながらラヴィと作戦を練り終えた慧は、その後教室に戻って昼食を済ませ、五、六時限目の授業を適当に受け、そして放課後を迎えた。

 早く保健室に行かないと堤が帰ってしまうかもしれない。そう考えた慧は帰りのホームルームが終了すると同時に席を立った。幸い唯一慧の足止めをしてきそうな友宏は他のクラスメートに絡まれていたし、恵凛は今日、璃音と寄り道をして帰るとのことだったので、慧は誰にも声を掛けず、掛けられず、そそくさと教室を抜け出した。そうして無事廊下に出た慧は駆け足と認められない程度の早足で廊下を進み、実習棟の一階を目指した。

 途中誰に会うことも無く保健室へと続く廊下に辿り着くと、慧は階段の角で一度足を止め、鞄から眼鏡とイヤホンを取り出してそれぞれを装着した。


「あー、聞こえるか?」

【はい。聞こえていますし、見えていますよ】

「よし。じゃあ行くか」


 最終確認を終えた慧は再び歩を進め、保健室前に来るとドアを三回ノックした。しかし反応は無い。もしかしたらもう帰ってしまったのかもしれない。と思いながらも、慧はドアノブを握ってみた。するとノブはスムーズに回り、ドアはすんなりと開いた。室内を見回してみると、やはり堤はいないようであった。とは言え鍵を開けたまま帰るとも思えないので、恐らく堤はまだ校内にいると予想した慧はひとまず保健室に踏み入り、カーテンの奥を確かめてみることにした。

 いざ閉まっているカーテンを前にしたら慧は突然緊張してきた。この先で伊武が寝ているかもしれない。その場合どんな格好でいるかも分からない。と言うかそもそも違う人が寝ているかもしれない……。と、様々な可能性が頭を過り、慧はカーテンの前で立ち尽くした。


【何かありましたか?】

「いや、そもそも違う人が寝てたらどうしようって」

【確かに、それもそうですねぇ。他に何か確かめる方法があれば良いのですが】

「他にって……。あ、問診票」


 入学して既に二度も書いていた甲斐もあり、慧はふとその存在を思い出した。誰かがここに来て教室に戻っていないとするならば、問診票がまだ堤のデスクにあるはず。そう推理した慧はカーテンから離れて保健室の奥側に位置する堤のデスクに向かい、そしてプリントが散らばっている机上に視線を落として問診票を探した。


(うーん、見当たらないな……。俺の早とちりだったってオチか? でも、江波戸なら問診票を書かずに居座っててもおかしくないと思ったんだけどな……)


 ある程度プリントを手に取って見たが、結局今日分の問診票は一枚も見つからなかった。つまり今日は誰も来ていないということであり、カーテンが閉まっていたのも偶々ということで慧は一人合点すると、手にしたプリント類を出来る限り元の状態に戻して堤のデスクを離れようとした。しかしその時、静かな保健室にドアノブの回る音が響いた。するとそれを耳にした慧は咄嗟に身を屈め、デスクの陰に身を潜めた。


「ほら、入って」

「……はい」

「全く。そろそろ朝から登校したら?」

「別に、私の勝手だし……」


 保健室に入って来たのは堤と伊武であった。しかし慧の存在には気が付いていないらしく、二人は話しながら室内中央に位置するローテーブルを囲むソファに腰かけた。慧はそんな二人の動向を、自らの高鳴る鼓動に邪魔されながらも、息を殺して伺うのであった。

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