第二十七話 興味と様子見
広大なペデストリアンデッキは数棟の駅ビルに繋がっていた。それらのビルでも文房具や雑貨の調達が出来ないことも無かったが、今日の目的には新設されたショッピングモールへ行く。という項目も含まれていたので、三人は様々な誘惑を振り切ってデッキを進み、ついにショッピングモールへと続く一本道にまで辿り着いた。
「凄い……! 先ほどまで並んでいたビルでさえ大きかったのに、ショッピングモールという場所は更に大きいのですね!」
まだ十数メートル先にあるというのに、視界のほとんどを埋め尽くしているショッピングモールを見て恵凛は感嘆の声を漏らした。
「ここ、数年前まで工事してたんだよ。このデッキも、あのモールに合わせて延長したんだけど、すっごい自然だよね。前々から建ってたって言われても違和感なし!」
「そうなのですか。数年前、ここには何も無かったのですね。想像できません」
人通りは多かったが、慧の少し先を行く二人の会話はしっかりと慧のもとまで届いていた。その微笑ましい会話を聞きながら慧もショッピングモールを見上げると、それは確かに自分が思っていたよりも星峰に馴染んでおり、それどころか星峰の象徴として君臨しているようにさえ思えた。
「あたし、ここには何回か来たことあるからさ、色々案内するね!」
「はい。是非お願いします」
とても女子らしい会話だなと反射的に思った慧だが、それは大いなる勘違いであった。実際は、女子たちはこういう会話をしているんだろうな。という慧の空想に彼女らが偶々当てはまったまでのことであった。つまりこれは小説の一ページを繰ったに過ぎないのだが、慧はその一ページをとても尊大なものだと勝手に感じ取っていた。とは言えそれだけで慧の気持ちが大きく一歩前進するわけでも無く、結局ショッピングモールに到着するまで、慧はVIPを警護するボディガードのように一歩下がって二人を見守るのであった。
そして朗らかな気持ちで前進し続けること数分。三人はついにショッピングモールへと辿り着いた。
「着いた~! さっそく入るわよ!」
そう言って先陣を切る璃音に続き、慧と恵凛はまるで子供を眺めるような気持でその後を追った。
大きな出入り口からショッピングモールに入ると、外観を目にした時に感じた壮大さとは似て非なる壮麗さのようなものを慧は感じた。
「わあ、凄い……。エスカレーターがどこまでも続いていますよ!」
店内に入るとすぐ、一階から四階にかけて吹き抜けになったエントランスが待ち受けており、その吹き抜けにはエスカレーターが規則正しく上下に伸びていた。駅を出てデッキからそのままショッピングモールへと入店した慧たちは既に二階にいたのだが、それにしても三階、四階へと続くエスカレーター。さらには天井まで見通せる吹き抜けを見上げていると、慧は不思議な浮遊感を抱き、気分が高揚してきた。すると慧は独りでに前進し、同じく吹き抜けを見上げている恵凛の横に立って同意の言葉を述べた。
「こんなにデカかったんだな……」
「あれ、風見も来たこと無かったの?」
「いや、一回父さんと来たけど、あの時は気付けなかったなって」
慧はそう答えながら、当時下ばかり見て歩いていた自分を思い出して恥じた。しかしそれと同時に、今現在の自分はこうして色んなものに目を向けられるようになったのだという気付きも生じており、それが慧の心から羞恥心を拭い去り、結果慧は新たな発見を純な気持ちで受け止めることが出来た。それもこれも、ラヴィが来てからマインドが変わったのかも知れないな。何て思いながら、慧は視線を璃音に向けた。
「ふーん。ま、どちらにせよ、入ってすぐのエスカレーターを見てその反応ってことは、私からしたら来たこと無いも同然ね」
璃音はどこか誇らしげな口調で答えると、恵凛を連れて上りと下りのエスカレーターの間に設置されているフロアガイドまで早足で移動した。その後ろ姿を目にしながら、慧は思い出したようにラヴィに話しかけた。
「さっきから静かだけど、まさか寝てないよな?」
【寝てないですよ! 失礼な。順調そうだったから口を出さなかっただけです】
「結構空気読めるよな、お前」
【当たり前ですとも。高性能恋愛ナビですからね】
「自称。な」
【素直じゃないですね~。ご主人もそろそろ認めてくれても良いのですよ?】
「はいはい。今回の作戦が成功したら多少は認めてやるかもな」
【本当ですか! なおやる気が出て参りましたよ!】
「よし、それじゃあ今からフロアガイドを見るから、良さそうな店は覚えておいてくれ」
【お任せください! そんなの朝飯前ですよ】
冗談半分で言ってみた慧だが、案外ラヴィも乗り気のようなので、慧は何も答えず恵凛と璃音のもとに向かった。そして二人の後ろから顔を覗かせ、ラヴィがインプットしやすいようにフロアガイドをゆっくりと見回した。
「えーっとまずは、そんなに荷物にもならないだろうし、先に文房具でも見に行く?」
フロアガイドと睨めっこをしていた璃音はパッと振り返り、慧と恵凛の顔を見た。
【ほら、ご主人。こういう時は男性が指針を決めた方が良いと思いますよ】
「そうだな」
少し気を緩めていた慧のもとにラヴィの助言が降りて来たので、慧は反射的に答えた。ただ単純に、ラヴィの発言に対して答えたつもりの慧だったが、思いの外大きく毅然とした声が出ており、かつ璃音の発言に対しても合致してしまっていたせいか、少しだけちぐはぐな空気が流れた。
「……ま、まぁ、文房具なら軽いし、それに、最悪俺が荷物持ちするし。どうかな?」
そうだな。に続く言葉を二人が待っていると感じ取った慧は咄嗟に言葉を付け足して恵凛の方を見た。すると恵凛は純粋な瞳で慧を見つめながら小さく数回頷いて見せ、ニコリと笑みを浮かべた。
「はい。お二人にお任せします」
「オッケー、じゃあまずは雑貨屋ね。それじゃあこっち!」
下りエスカレーターの方を指さして言うと、ガイド役を務める璃音は率先してそれに乗った。そんな彼女の後に、恵凛、慧と続き、三人は色んな雑貨屋が集まる一階へと下った。
「有名どころだと、あそことか、あっちのお店も有名ね。あっ、あとあのお店も!」
「雑貨屋さんだけでもこんなにたくさんあるのですね……」
「うん。見てるだけでも楽しいから、あたしなんかはよくウィンドウショッピングしちゃうんだ」
「これだけ店舗数が豊富だと目移りしてしまいますね」
「そうそう。だからショッピングモールって場所はね、とりあえず目に留まった店を見て回ること。これが大事よ! その中で、恵凛が気に入った物を買えばいいんだから」
「はい。分かりました。そうしてみます」
「まぁまぁ、そんな硬くならないで。気軽にウィンドウショッピングしよ! 風見もそれでいいよね?」
「え、あぁ。うん」
戸惑ったり笑ったり、感激したり緊張したり、璃音の言葉を聞くたびに表情を変える恵凛に目を奪われていた慧は突然自分が質問の標的になったことに驚き、言葉を詰まらせながらもギリギリ返事と呼べる返事をした。
「気軽にとは言ったけど、流石に今日一日で全部回れる訳もないし、恵凛と行きたい店も何個か考えて来たから、まずはさっきあたしが挙げた有名どころを回ろっか」
「はい! よろしくお願いします」
そう言って一番近くにある大きな雑貨屋に向かう二人に続き、慧も再び歩き出す。
(今のところ上手く行ってるっぽいけど、それはあくまでも龍宮の買い物がって話であって、雀野の情報収集は全く進展なしか……。ラヴィが何か作戦思いつくのを待つってわけにもいかないし、龍宮には単純に買い物を楽しんでもらいたいし、俺がどっかしらで行動を起こさないとダメだよな……)
なんてことを考えている間に、先を行く二人は止まることを知らぬ時間のように雑貨店に入って行った。そしてまずは広い店内を一回りして、雑貨店の品揃えを璃音が軽く説明してから三人は文房具売り場に立ち止まった。
(買い物をしてる女子って元気だな。それにめっちゃ楽しそうだし……。となると一層待ったをかけるのは忍びないし、至って自然に俺と雀野が、あるいは俺と龍宮が二人きりになれるタイミングを待つしかないよな。それで、その瞬間に作戦を立てるなり、雀野の情報を聞き出すなりしないとな。とにかく、今は焦っちゃダメだ。焦りは禁物。絶対に焦って変なことを言い出さないようにしないと)
少しも興味の無い商品を手に取りながら考え事をしていると、隣に人気を感じたので慧はその場をズレようとした。しかしそれよりも前に、その人物はスッと慧の横に着き、「なに見てるの?」と下から覗き込んで来た。
「な、なんだ。雀野かよ」
「なんだってなによ。赤の他人がこんなに接近して来るわけないでしょ?」
「まぁ確かにそうかもしれないけど、知り合いだとしても急にこんな近付かれたらびっくりするけどな、俺は」
慧が皮肉るようにそう言うと、璃音は今の自分の立ち位置を改めて確認し、慧の顔をチラリと見るや否や一気に顔を赤らめて半歩後退した。
「ちょ、ちょっとアンタには刺激が強すぎたのかもね。……で、なに見てたの?」
自分のミスを誤魔化すためなのか、または羞恥心を隠すためなのか、璃音はすぐに話を逸らした。
「あぁ、えっと……」
他者に言われてようやく自らの手元を見た慧は、その手にキャラもののシャーペンが握られているのを見て、思わず陳列フックに商品を戻した。
「あ、今なんか戻したでしょ」
些細な行動もしっかり見抜かれていたようで、璃音は目聡い刑事のように指摘すると、再び慧の方へ歩み寄って来た。さっきは顔を赤らめてたくせに。と心の中で思いながら、慧は自分が戻した商品をはぐらかすことも兼ねてその場から離れた。
「うーん……。あっ、これ」
そう言う璃音の指は先ほどまで慧が持っていたキャラもののシャーペンに触れていた。
「アニ楽のシャーペンなんてあったんだ……」
「え?」
「う、ううん。何でも無い!」
聞き取れなかった慧が聞き返すと、璃音は慌ててシャーペンから手を放して売り場から少し離れた。そんな璃音の慌てようが先ほどの自分と重なった慧は、あのシャーペンに何かあるな。と思い、今度は自分が裁判官になったつもりでシャーペンを手に取り、璃音に見せつけた。
「見てたのこれだよな?」
「え、えぇっと。そうだった、かな……?」
「このキャラ、好きなのか?」
「このキャラじゃなくてアニ楽ね」
「あ、あにがく?」
まるで聞いたことの無い単語を耳にした慧は老人が聞き返すようなゆっくりとした調子で聞き返した。すると璃音はあからさまに、あっ。という表情を浮かべ、視線を少しだけ逸らした。
「……あ、あたしが好きなアニメなの」
「へぇー、あにがく。って言うアニメだったのか」
「アニ楽ね。アニマル楽団っていう、その、子供向けのアニメなの……」
「なるほどね」
そう答えながらシャーペンに視線を落とすと、そこには確かに園児が好みそうな可愛らしい二、三頭身の動物キャラクターたちがおり、そんな彼らがギターやらベースやらヴァイオリンやらトランペットやら、種々様々な楽器と共に描かれていた。
「ガキっぽいって思ったんでしょ」
「いや、そんなことないよ。むしろ可愛らしい趣味だなって……」
慧はそこまで言って自分がマッチポンプに類似したことをしていると思い口を噤んだが、時すでに遅し。であった。
「ほら、思ってるんじゃん」
「い、いや、単純に、なんて言うか、その、女子らしいけど、音楽好きの雀野らしい趣味だなって思ったんだよ」
「ふーん、あっそう。ま、そこまで言うなら信じてあげる。……じゃ、恵凛あっち側でノート見てるから、そろそろ合流しよっか」
「あっ、おい。買わなくて良いのか?」
「うん、いいのいいの。今日は恵凛の買い物が目的なんだから」
璃音はそう言いながらもチラリとシャーペンに一瞥を投げると、すぐにぷいと視線を外し、数個後方にあるノート売り場に向かった。一人残された慧もその後を追おうと思ったが、その前にもう一度シャーペンに視線を落とした。
「おい、これ記録しといてくれないか」
【はい、お任せください。……何か糸口が掴めましたか?】
「いや、そう言うわけじゃ無いんだけど、折角好きな物を聞き出せたわけだし、何かの役に立つかもと思ってさ」
【良い心がけですね、ご主人!】
「ま、まぁな。それじゃ、引き続き店内の記録頼むな」
【はい! 頑張りますよ!】
慧は手に持っていたシャーペンをフックに戻すと、去り際の璃音の顔をふと思い出した。
(俺には欲しそうに見えたけどな……)
心の中で独り言ちると、慧はペン売り場を離れてノート売り場へ急いだ。




