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第二十六話 初めてのお出掛け

 コンビニから帰宅した慧は風呂に入り、夕飯を済ませてベッドに入った。と単純に記すこともできるが、その一つ一つの行動には、仲直り作戦に絡んでいる人物の面影が伴った。仲直り作戦を共に計画している恵凛の笑顔。先輩とのケンカを目撃した直後に屋上で見た璃音の涙。保健室で介抱してもらっても、近所のコンビニで偶然出くわしてもポーカーフェイスの伊武。慧はその三人のことをグルグルとローテーションで考えながらシャワーを浴び、弁当を頬張り、ベッドに入ったのである。その中でも、直近で会話をして、かつポーカーフェイスを珍しく曇らせた伊武の顔を思い出しながら、慧は眠りに落ちたのであった。


 翌日、慧は何重にもセットしていたアラームよりも早く目覚めた。時刻は八時前。慧はもう一度眠ってしまおうかとも考えたが、ここで寝てしまい、後々起きれなかったことを想像して総毛立ち、素早くベッドから離れた。

 こうして春眠から逃れた慧は朝のルーティーンを済ませると、前日食べきれなかった貰い物のサンドイッチを食べて部屋に戻った。それでも時間は三十分ほどしか経っておらず、出掛けるまでは一時間以上も残っていた。


「おはよう」

【早い起床ですね、ご主人】


 スマホ弄りにも飽きてきた慧はラヴィとの会話で時間を潰すことにした。


「まぁ、今日は出掛ける予定だからな」

【良い意気ですよ~。余裕を持つのは大事ですからね!】

「確かに。それはそうかも」

【心なしか、表情も引き締まって来たような気がします】

「それは言い過ぎだろ」

【いえ、私はそんなこと無いと思いますよ。現に生き生きとした生活を送っているではありませんか】


 そう言われてここ数日を振り返ると、確かに充実はしていた。勿論楽しいことばかりだったとは言えないが、確かにこの数日間の忙しなさは深く鮮明な足跡となって慧の心に刻みつけられていた。


「まぁ、それなら間違いじゃ無いかもな」

【でしょう? 私の目は一級品ですから】

「はぁ、その減らず口が台無しにしてるよ……」

【へ? なんですと?】

「聞き返すなよ。どうせ聞こえてるんだろ」


 不機嫌に言い放った慧は無理矢理話を切り上げると、少し早めの準備に取り掛かった。

 早めに始めた準備は勿論早めに終了した。やることが無くなった慧は念には念を入れ、数回鞄の中身と財布の中身をチェックして、すぐ出られるようにリビングのソファに腰かけた。


(駅までは長く見積もって十五分。となると、あと数分で出ないといけないな)


 なんてことを考え始めると、大体人間は緊張から尿意を催す。慧もその習性に促されてトイレを済ませると、時計の針はもう出発の時刻を指していた。


「やべ、もう出ないと」


 急いで手を洗い、ベルトを締め、ソファに置いてあるショルダーバッグを無造作に下げた慧は予め玄関に出していたスニーカーを荒々しく履き、玄関ドアを飛び出した。すると玄関から伸びる数個の敷石の向こうに立っていた恵凛と目が合った。


「あ、おはようございます」


 彼女はそう言って恭しく頭を下げた。


「あ、おはよう。龍宮も今出て来たところ?」


 挨拶をして手早く鍵を閉めると、敷石を踏み越えて恵凛の前で立ち止まった。


「は、はい。つい先ほど出てきたところです」


 そう答える彼女は季節感のあるベージュのスプリングコートを纏い、その下には主張し過ぎないほどの柄が入った暗めのワンピースを着用していた。


「そっか。俺は遅刻が怖くて早めに出て来たんだけど、もしかして龍宮も?」

「……いえ、違います」


 茶化し半分で質問した慧に対し、恵凛は駄々っ子のように不可解な不機嫌さで答えた。


「本当に、偶然同じタイミングだっただけです」


 目に見えて頬を膨らませながらそう付け加えた恵凛は、左腕をグイっと持ち上げて袖を動かし、手首に着けている可愛らしい腕時計に視線を落とす。


「それでは、行きましょうか」


 彼女が何故膨れているのかと理由を考えている慧を余所に、恵凛は先に歩き出してしまった。このまま一人で行かせるのは良くないと感じた慧はすぐにその背中を追い、ひとまず恵凛の横に着いた。しかしよくよく考えると、なにを話せば良いのか分からなかった。理由もハッキリしていないのに謝るのは誠意に欠けるし、かと言って話を逸らすのも違う……。なんてことを考えていると話の接ぎ穂は次第に刈り取られていき、二人は閑静な住宅街に二つの靴音を鳴らしながら駅への道を進んだ。


(少し茶化す程度のつもりだったけど、結構気に障ったのかな……。そりゃそうだよな、俺なんかと同じ思考で龍宮が動いてるわけ無いもんな。となるとなんだ。やっぱりたまたま俺が出て来た時に龍宮も出て来たのか? いや、あの反応は何かあると思うんだよな……。まぁとりあえず、なんか話し掛けないとな)


 そう決心して慧が口を開こうとした直後。


「風見君!」


 という恵凛の叫びが聞こえ、右腕をグイッと引っ張られた。慧はその勢いのまま彼女の上に倒れそうになったが何とか耐え抜き、自分の右腕をしっかりと掴んでいる恵凛のことを見た。すると彼女は素早く両手を放して視線を逸らし、「赤信号だよ」と、問われてもいない理由を付け加えた。


「ごめん、ありがとう。……あと、さっきもごめん。無神経なこと言って」

「え? 無神経なこと……?」

「えっと、遅刻が怖くて早く出て来たのかー。って話なんだけど」

「そ、その話はもう良いです。……拗ねただけですから」

「拗ねた?」

「ほ、ほら、青になりましたよ! 行きましょう」


 確かに拗ねた理由も口にしていたようだったが、俯いていたのと声が小さかったのとが相まって最後の部分しか聞き取れなかった。慧はその理由が気になって仕方無かったが、恵凛は既に横断歩道を渡り始めていたし、これを渡ればすぐに駅に着く。つまり璃音が合流する。そんな時に変な空気だと厄介なことになりかねないと思った慧は自我をグッと抑え込み、横断歩道を渡った。

 自宅から駅までの間で唯一存在する横断歩道を渡ると、案の定駅前では璃音が待っていた。スマホを弄っていた璃音は何かを察知した動物のように突然パッと顔を上げると、近付いてくる恵凛の姿を認めて大きく手を振った。


「おはよ、恵凛! あと風見も」


 紺色のキャップに白いパーカーと黒いスキニーパンツ姿の璃音は恵凛に対して快活に挨拶をしたかと思うと、慧には一瞥を投げるような短い挨拶をした。


「おはようございます、璃音」

「お、おはよう」


 ついで感凄いな。と思いながら返事をした慧だが、挨拶の後に笑いながら会話をしている二人を見ていると、これがもし自分と二人きりだったら、龍宮も雀野もこんな笑顔じゃなかったかもしれないし、むしろついでで良かったな。と思えて来て、甘んじてついでの称号を受け入れるのだった。


「何突っ立ってるの。早くしないと電車来ちゃうよ?」

「え、あぁ、うん」


 たらればの空想をしていた慧は慌てて詰まった返事をした。璃音はそんな慧の様子に気を回すわけでも無く、また恵凛との会話に戻って二人は先に駅へ入って行った。

 少し遅れて駅に入ると、恵凛は璃音の指導のもとカードを購入していた。加えて学校までの定期も付けてもらい、恵凛はカルチャーショックと喜びとで大分興奮しているようであった。そしてそれに続き、今度は改札へ向かった。リーダーにカードをかざして開く自動ドアと音声に少し驚きながら恵凛は足早にそこを抜け、安堵した表情で慧と璃音のことを見た。俺も子どもの頃、早く通らないといけない気がしてたな。と微笑みを浮かべながら慧も改札を抜けると、三人は揃って階段を上り、ホームで電車の到着を待った。

 数分後に到着した電車に乗り込むと、車内は少し混雑していた。しかし運良く端っこの座席が二人分空いていたので、恵凛と璃音に席を譲り、慧は区切り板を隔てた乗降口付近の手すりに掴まって電車に揺られた。その間、女子二人は時折高くなりそうな笑い声を努めて潜め、小声で何かを話していた。慧には全く内容は聞こえて来なかったが、電車内のひそひそ話がここまで聞き心地が良いのは初めてのことであった。


【良いですね~。同級生とのお出掛け。これぞ青春!】


 澄ましていた耳に飛び入って来たラヴィの声は慧の表情に不快感を浮かべた。これを無視したらどうせ永遠と喋りかけて来るだろうし、電車内なら多少誤魔化せるだろうと思った慧は顔を伏せて言葉を返すことにした。


「うるさいな。黙ってろよ……」

【反応しなくても良いのですよ? 私は独り言を溢しているだけなのですから】

「それがうるさいって言ってるんだよ……」

【ならイヤホンを外せば良いじゃないですか】

「良いんだな? 外して」

【ちょっとした冗談じゃないですか、ご主人!】

「ったく、楽しむのもふざけるのも良いけどさ、それは情報収集もしっかり出来てたらのことだからな?」

【分かっていますとも。今この間にも、お二人の会話はしっかりと聞こえていますよ! 聞きますか?】

「い、いや、そこまではいいよ。聞いたらマズい話かもしれないし……」

【流石ご主人! 紳士的で良い振る舞いだと思いますよ】

「はいはい、とにかく頼んだぞ」


 毎度の如く呆れながらラヴィとの会話をシャットダウンすると、慧は対面の乗降口の上部に付けられている電光掲示板を見て目的地への到着時間を確認し、再び聞こえるようでいて聞こえない二人の会話に意識を戻した。

 それから十数分、電車はタイムスケジュール通りに運行し、ほぼ予定通りの時刻に到着した。アナウンスが告げる星峰の名称を耳にしながら三人は雪崩の一部に呑み込まれて降車した。人の流れは想定よりも激しく、慧は降りた直後に二人とはぐれてしまった。だからと言ってホームで足踏みをしているわけにもいかないので、慧は流れに従ってエスカレーターに乗り、改札前で二人を見つけることにした。


「あ、いた。こっちこっち!」


 人波を掻き分けるように聞こえて来た声に振り向くと、その先には少し怯えた様子の恵凛と、堂々と手を挙げる璃音がいた。


「良かった。ちゃんと上がって来れたんだな」

「うん。降りる時に嫌な予感がしたから、ずっと手を繋いでたの。ね?」

「は、はい。思っていたよりも人が多くてびっくりしました。璃音がいて良かったです……」


 恵凛は人々の往来を眺めながら、未だ握っている璃音の手を更に強く握った。


(本来ならこの役目が俺だったんだろうって考えると、情けないけど雀野がいて助かったな、本当に……)


 不安そうにしている恵凛を見ていると、慧の心には罪悪に似た呵責が生じて来た。それに加え、姉のように恵凛のことを守っている璃音を見ていると、自らの無力感も乗算して来て、慧は遣る瀬無い気持ちになった。


「ここは普段から混んでいるのですか?」

「うーん、平日だともっと空いてるんだけどね。今日は土曜日だから流石に混んでるみたい」

「そうなのですね……。あの、私あまり人混みに慣れていないので、まだ手を繋いでいても良いでしょうか?」

「うん、もちろん! それじゃ、ショッピングモールに行こっか」

「はい。行きましょう」


 遠ざかって行く二人の背中を見ながら慧は少しだけ妄想を膨らませた。女子と手を繋いで歩く自分を。そしてそんな自分たちに向けられる視線を。しかし全くそれを気にせず二人だけの世界に浸っている幸せを。


【ご主人! 早く行かないと置いて行かれちゃいますよ!】

「わ、分かってるよ」


 ラヴィの声で現実に引き戻された慧は人の合間を縫うようにして進み、改札を抜けて南口の方を向くと立ち止まっている二人を見つけた。置いて行かれなくて良かったと多少安心しながら二人の少し後ろに着くと、慧の気配に気づいたのか、恵凛がくるりと振り返った。


「凄いですね! 色んな人が歩いていて、色んな建物に道が続いています!」


 駅の出入り口から様々な施設へと繋がっているペデストリアンデッキを認めた恵凛は、元より大きな黒い瞳を更に大きくしながら、慧に訴えかけるように言った。


「うん。完成して十年も経って無いから見た目も綺麗だし、種々様々な施設があるから色んな人が訪れるらしいよ。ネットサイトには、もっと施設が増えるって書かれてるらしいから、意外と注目されてるっぽい」

「そうなのですね……! こちらに来てからは驚きの連続です!」

「スゴイよね。ここが出来た時はあたしも驚いたもん! いつかはライブハウスとか出来てくれればいいのにな~。それか会場とか! なんてたまに思うんだ~」

「らいぶ、はうす。ですか?」

「うん! ライブハウスって言うのはね……」


 そう言いながら歩き出した璃音に続き、恵凛は何かに陶酔した信徒のように茫漠とした足取りでデッキを進む。大きな夢を語る璃音の笑顔は輝いていた。慧は心の中で大袈裟すぎるだろ。と思いはしたものの、その笑顔を前にしてそんな野暮ったいことを言えるはずも無かった。慧は久しぶりに来た星峰駅の景観に二つの星を認めながら、ショッピングモールへの道を急いだ。

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